第147話 定例会議
暗い部屋の中央に大きな円卓が置かれている。
円卓には六つの椅子が備えられており、そのうち五つの椅子には男が座っている。
そして残り一つの椅子には、巨大なクマのぬいぐるみが……。
「皆揃ったようだな。早速だが始めようか。じゃあリオから頼むよ」
「はい、陛下。財務からの報告をさせていただきます。ではまず資料の税収内訳を見て頂きたいのですが…」
今日は週に一度開いている閣僚会議の日だ。
会議メンバーは、エデン帝国皇帝の俺、宰相ブラッド、外務大臣ノルベルト、財務大臣リオ、軍務大臣バジル、そしてクマのぬいぐるみの六名である。
会議の前半は、四閣僚からの定型的な業務報告だ。
現在進行中の作業に対し、進捗具合や問題点などを資料を使って報告していくのである。
「…の効果が現れるのは一ヵ月後だと思います。財務からの報告は以上になります」
「ありがとう、リオ」
もう一度目の前にホロ表示されている資料を眺める。
何度見返しても気が重くなる数値だ。ため息しか出ない。
「財政健全化計画も残すところ十か月だ。あと十か月で目標値に達しないと後続の計画にも支障が出る。もう一息だ。頑張ってくれ」
「ご期待に沿えるよう、頑張ります」
現在の帝国の財政は、それはそれは不健全な状態なのだ。
帝都バベルは貿易都市として設計された街であり、貿易による税収を主な財源としている。だが動き始めたばかりの都市の悲しさ。歳入は微々たるものであり、歳出は目を覆わんがばかりの額だ。
自力で財政を切り盛りできるようになるまで、まだまだ年月は必要だろうが、赤字脱却に向けての行動計画は立ててある。それが財政健全化計画なのだ。
帝都の莫大な建設費や毎月の赤字の補填は、全て俺の懐から出ているのだ。
こんな不健全な状態をいつまでも続けてはいられない。
「誰か他に意見はあるか? ……無いようなら次はバジルだ。頼む」
「では軍務からの報告ですが…」
この会議の前半は単なる業務報告であり、帝国の置かれている状況を全員で認識合わせするといった意味合いが強い。
報告は財務関係をリオ、軍務関係をバジル、外務関係をノルベルト、全体統括をブラッドと、順に進められていく。
「…私からは以上になります」
最後の宰相ブラッドの報告が終わった。
ここから先は新たな問題や、帝国の運営方針などの話し合いになる。
「宰相。ホルス王国の改革状況はどうなってる?」
現在、ホルス王国はアストリット第一王女による大改革の真っ最中だ。
アストリットは優秀なのだが、実際に国政の場に身を置いた経験が無い。
そこで宰相ブラッドを監督官として、アストリットの監督と補助をさせているのだ。
「王族の罪状調査は順調に進んでいます。元第一王子エルヴィンの調査は優先して終わらせました。後は裁判でどんな罰を与えるか決めるのですが、彼の犯してきた罪を考えれば極刑しかあり得ないでしょう」
「宰相。エルヴィンの身柄を帝国に引き渡すようアストリットに伝えておけ」
宰相ブラッドの眉がピクリと動いた。
「理由をお伺いしても?」
「俺は罪を償わせる為に死を賜るって考えが好きじゃない。エルヴィンのような奴は死罪を言い渡しても、己が罪を悔い改めたりしない。彼らにとって死は救いでしかない。生憎俺はそんな慈悲深い人間じゃないから、奴にはその生涯をかけて犯した罪を償ってもらう」
「どうされるおつもりですか?」
「いつもと同じだ。無人島への流刑だ」
周囲が騒然となった。
「流刑?」
「そうだ、流刑だ。……あれ? 言ってなかったか? 無人島……」
まずい。どうやら言ってなかったようだ。
これはまた宰相から小言を言われそうだ。
「もう何人か無人島送りにしてるんだが……。前に俺を殺そうとしたセントース聖王国の暗殺者スパーノ。あれも無人島にいるぞ」
外務大臣ノルベルトが目をパチパチさせている。
「あの時は陛下が『スパーノの身柄はこちらで預かる』っておっしゃったので、てっきり自分を殺そうとした暗殺者を、ご自身の手で拷問して殺したいのだろうと思ってましたが……」
ノルベルトめ。さらっと恐ろしい事を言いやがった。
……いや、俺のやってる事は一種の拷問だ。文句を言うのは筋違いだな。
「大陸西部の海に、小さな島が点在する海域がある。そこの島の一つに一週間分の水と食料、それにいくつかの道具を持たせて放り出すんだよ。住む場所を確保するのも、水や食料を調達するのも、後は全て自分の力だ。誰も助けてはくれない。何もしなければ飢えて死ぬだけだ。島内を這いずり回って生きる糧を得る。それが俺の与えた罰だ」
「今まで何人くらい無人島に送り込んだんですか?」
「四人だ。俺を暗殺しようとしたアルビナ王国の元王子フェリクス。アルビナ王国ティトの街の虐殺を指示したホルス王国元将軍ロジェ及びルーベック。それとさっき言ったセントース聖王国の暗殺者スパーノ。それぞれ別の島に放り込んである」
「エルヴィン元王子も流刑にすると?」
「ああ。そのつもりだ」
皆が黙り込んでしまった。ドン引きって感じだな……。
「念のために言っておくが、四人ともちゃんと生きてるぞ。まあ、反省の度合いはそれぞれだけどな」
無人島の話を伝えていなかった事を責められる前に、さっさと話題を変えてしまおう。
「宰相。王族の件はいいとして、貴族の対応はどうなっている?」
「貴族制度を廃止する期日はまだ未定です。領地を持たぬ爵位の低い者は、貴族制度廃止を抵抗なく受け入れていますが、爵位の高い者は王都での抗議行動を活発化させていますし、辺境の領主は何人か集まってホルス王国からの独立を企てているようです。アストリット王女が手を回して不満分子のガス抜きを図っていますので、うまく事が運べば抵抗の動きは徐々に弱まっていくでしょう」
ホルス王国の正統なる後継者はあらかた潰した。ここまで来れば貴族制度廃止は、それほど急ぐ必要はない。反対派の対応が順調に進んでいればいい。
「宰相の目から見て、アストリットは為政者としてどうだ?」
「彼女は広い分野で知識が豊富で、状況分析や判断力にも優れています。ホルスの改革が終わったら、ぜひ帝国に欲しい人物です。ですが為政者として見ると……」
宰相ブラッドが困った顔をしている。
「何だか歯切れが悪いな。そんなに言い辛い事があるのか?」
「気に入らない事があると、怒りに任せて相手を罵倒する傾向が見られます。これまで彼女に付けた文官が何人も心を病んで配置転換を願い出ています。中には突然失踪してしまった者も……」
わお! 何てことだよ。
そう言えば、彼女の身辺調査を行ったシャドウの報告書には『高慢な性格』とか『王女の横暴さに泣かされた者は数知れず』とか書かれていたような。
悪役令嬢風の容姿は別にして、彼女からは高慢な性格など微塵も感じなかったのだが……。
「相手に自分と同等の能力を求めてしまうのでしょう。使えないと判断すると見下して、横暴に振舞ってしまうようです」
「天才肌に多いやつだな。自分が能力を認めた者しか相手にしない。能力の低い者に合わせる事が出来ない」
あれ? 俺は罵倒されてないよな?
一応、彼女の主だから大丈夫なのかな?
「人の上に立たせるのは問題ありって事か。じゃあ、ホルスの改革が終わるまでブラッドの下に留め置くよ。悪いが手綱を握っていてくれ。もしブラッドの手に余るようなら、その時は言ってくれ」
「了解しました」
アストリットにそんな落とし穴があったとは……。
いや、ちゃんと報告は上がっていたのだ。スルーしてた俺が悪いのか。
「共和制への移行準備はどう?」
「ホルス国土の区割りと、区毎の代表者選出は完了しています。今はその者たちを集めて共和制の研修を行っている最中です」
ホルス王国は、王を廃し国民の代表者が国政を司る共和制への移行を目指している。だが王が統治する君主制しか知らない国民に、共和制の理念だけ押し付けてもうまくいく訳がない。最初はかなり踏み込んだ支援が必要だろう。
「了解した。問題はないようだ。このまま進めてくれ」
外務大臣ノルベルトが手を上げている。
「陛下、お願いしたい事があるのですが」
「何だ」
「陛下の結婚式以降、諸外国との交渉事が増えていて業務が滞りがちです。事前に文官を倍に増員していたのですが、正直言って全く足りていません。私の見るところ、更に倍増させないと今後手が回らなくなります。人員増の許可をいただきたいのですが」
ノルベルトの言葉に軍務大臣バジルも手を上げた。
「陛下。その前に軍務にも予算増をお願いします。先ほどもご説明しましたが、どれだけ募集をかけても人が集まりません。あまりやりたくはないのですが、給金を上げて再募集するくらいしか打てる手がありません」
軍務の人手不足は深刻だ。貿易が盛んなこの帝都は、労働人口の半分以上を商人が占めている。商売での一攫千金を目指す若者が多いこの街で、あえて兵士になりたがる者などそうそういないのだ。
「ノルベルトもバジルも分かった。次回までに資料を揃えておけ。精査して問題なければ承認する」
「ありがとうございます」
財務大臣リオがこちらを睨んでいる。
その目は雄弁に『おいこら! 勝手に決めるな! ちゃんと財務の意見も聞けよ!』と語っている。
財務には費用削減と税収向上を厳命しておきながら、軍務や外務の追加予算要求は認めているのだ。リオが怒るのも当然だ。
とはいえ軍務や外務の言い分も尤もなのだ。ここはリオに泣いてもらおう。
「他に何かあるか?」
俺の問いにノルベルトが応えた。
「陛下。例の小国家群のダレスですが、やはり謁見を申し込んできました。帝国の庇護下に入れないかと陛下に請願したいようです」
「アストリットが帝国の機密を渡し、亡命の受け入れを約束させたというあの国か」
ダレスはホルス王国北方の海岸沿いに、南北に並ぶ五つの小国家のうち最南端に位置する国である。この五国はそれぞれ大型外洋船が停泊できる港を持っていて、遠方の地との貿易でそこそこ潤っている。
ただ自国に外敵から国を守るだけの軍事力がないため、帝国の傘下に入り国を守ってもらいたいのだろう。
「彼らは何を恐れている? 今現在侵略の危機にあるのか?」
「外敵に狙われている事実は無いかと。強いて言うなら、エデン帝国に狙われている……と、そう思い込んでいるようで」
「何でそうなるんだよ。帝国は周辺国と友好的な関係を望んでるって表明したばかりだろ」
「大陸の歴史を紐解けば、友好国に攻め込まれ滅亡した国の話なんて、腐るほどあります」
「いつ攻め込んでくるか分からない国なら、いっそ自ら飛び込んでやろうって感じなのかな?」
外敵から身を守る術のない国の近くに、強大なる軍事力を持つ国家が誕生したのだ。脅威を感じるなと言う方が無理なのかも知れない。
「帝国の傘下に入れるとして、こちらに何の益がある? いくら海洋貿易で稼いでいるからって、あんな小国では払える上納金などたかが知れてるだろう。割に合わん」
「確かにダレス単体で見ればそこまで魅力のある国ではありません。ですが五つの小国家群を一纏めで相手にするなら話は別です。帝国に入る金は単純計算で五倍。それに引き換え一国でも五国でも、国の防衛が必要となった場合の戦力は大して変わりません。五国を経由し遠方との貿易が可能となる事を考えれば、十分検討に値するかと」
確かに五つの小国が総意を以て帝国の傘下に入るのならば、確かに益はある。
だがまだ結論を下すには早い。
「ノルベルト。謁見の許可はまだ出すな。しばらく待たせておけ」
「畏まりました」
俺は隣に座るクマのぬいぐるみに視線を向けた。
「ゼロ。至急ダレスに調査員を送れ。帝国へ帰属する意思が本物かどうか情報を集めさせろ」
指示されたクマのぬいぐるみが頷く。
「了解しました」
「他に何か議題はあるか?」
周囲を見ても、これ以上何か意見がある者はいないようだ。
「なければ今日はここまでにしよう。ご苦労だった」
円卓に座っていた男たちの姿が次々と消えていく。
実はこの会議室は現実のものでは無い。仮想空間に設定された部屋なのだ。
多忙な者たちをわざわざ集めるのは時間の無駄と採用した会議システムであり、出席者からの評判もなかなか良い。
仮想の会議室に俺とクマのぬいぐるみだけが残った。
次の瞬間、クマのぬいぐるみが女の姿へと変化した。
クマ女の正体はシャドウ・ゼロ。秘密諜報組織シャドウの諜報部長であり、シャドウの実質的な責任者である。
秘密諜報組織シャドウはエデン帝国の組織ではなく、皇帝である俺個人の直轄組織である。それゆえに四人の閣僚にもシャドウの詳細は伏せられており、彼らがいる場ではゼロも正体を隠すため、クマのぬいぐるみ姿での参加なのだ。
閣僚たちが消え空いていた椅子の一つに、一人の男が出現した。
「司令。遅くなりました」
「いや。時間通りだよ。しかし今日の出席はシャドウ1だけか。やはり皆忙しいようだな」
現場で諜報活動に携わっている者は、時間の融通が利かない。
どうしても参加できる者だけの会議となってしまう。
「さて、三人だけだがシャドウの定例会議を始めるとしようか」




