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第146話 プロローグ

「タツヤさん。魔道ランプ、あといくつ残ってます?」

「ええと……、大が五個、小が八個。結構売れてるな」

「ランプはもう倉庫にも在庫がないんです。すぐに生産に入らないと欠品になりそうですね。タツヤさん、お願いできますか?」

「魔導ランプはノマじいの工房だったよな。エミーを使いに出すか」


 製造委託している工房への発注書をしたため、エミーの姿を探す。


「あれ? エミーはどこだ?」


 店舗で接客しているはずのエミーの姿が見当たらない。

 背後からの聞き慣れた声が、俺の疑問に答えた。


「エミーならソフィーとノーラと一緒に、パレードを見に行っちゃいましたよ」

「何だと! あんにゃろう。店番さぼってパレード見物とはいい度胸だな。帰って来たら簀巻きにして天井から吊るしてやる! ……それで、何でお前さんだけ残ってるんだ、オスカー」


 俺の後ろに立っていたのは、冒険者パーティー、タイスの剣のリーダー。オスカーである。

 今年で十七になるオスカーは、ますますイケメン度が上昇してきており、誰にも優しい性格も相まって、若い女性たちの間では注目の的となっているらしい。


「あの三人がおしゃべり始めたら、男の僕に居場所なんてありませんよ。パレードが始まるまで、商品を見ながら時間を潰させてもらおうと思って」

「お前も苦労してるんだな。いや、エミーが迷惑掛けてるみたいですまん」


 エミーは俺の妹。……という設定になっているが、実はセントース聖王国に召喚されし心優しい勇者なのである。

 魔物を殺せない性格のおかげで戦力外通告を受け、紆余曲折を経て今ではクドー魔道具店の看板娘(自称)に収まっている。

 同じ年頃のソフィー、ノーラとは特に気が合うようで、最近よく三人で一緒に出歩いている。


「それはいいんですが、タツヤさんはパレード見ないんですか?」

「見るよ。どうせパレードの最中は客なんて来やしないんだ。その間は店を閉めて、バルコニーからパレード見物だ。オスカーも一緒に見るか? ここは一等地だからよく見えるぞ」

「お邪魔じゃないですか?」

「そんな遠慮するような間柄じゃないだろ」




 数か月前、それまで着々と建設が進められていた帝都バベルを囲う城壁が、ついに完成した。城壁の完成で帝都内の安全が確保されたことから、エデンの皇帝府は帝都内の広大な住居区画を一般に開放すると宣言した。


 それまでは帝都の中央にあるバベル城と皇帝府、それに建設作業者向けに先行して建てられた宿屋、食堂、商店などがあるだけで、その他の住居区画は更地のまま放置されていたのだ。

 その居住区画が一斉に開放された。


 土地の供与を受け隣接するギナンの街から移って来た移転者。

 帝国への帰化が認められ帝都にやって来た移住者。

 そういった人達が住居区画に次々と住居や店舗を建て生活を始めた。


 仕事を求めやって来た労働者や冒険者なども多く、帝都内は雑多な人で溢れ返った。


 日々大量の建築資材が帝都内に持ち込まれ、建設現場へと運ばれている。

 激増した住人を賄うための食料や、日々消費される日用品が大量に流通するようになった。

 帝都内に数か所設けられた商業区画には、周辺国からの物資や食料などが大量に運び込まれ、盛んに取引されている。


 帝都内に人が満ち溢れ、経済もうまく回り始めた。

 帝都バベルは本格的にその活動を開始したのである。



 そして帝都中が好景気に沸いている今日この日。

 帝都バベルが誇るバベル城において、エデン帝国皇帝()()()と皇妃()()の結婚式が大々的に執り行われたのである。




「オスカーさん。はい、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

「テレーゼも座りなよ。もうすぐパレードの先頭が見えてくるはずだ」


 クドー魔道具店のバルコニーにテーブルと椅子を並べ、俺とテレーゼとオスカーの三人で店の前の大通りを見下ろす。


 バベル城での婚姻の儀を終えた皇帝アダムと皇妃エバが、その姿を広く国民に知らしめるため、馬車でパレードを行うことになっている。その馬車がもうすぐここを通るはずなのだ。


 これまで人前に姿を見せることのなかった皇帝の姿を見るチャンスとあって、大通りの両側には帝都の住人達が立ち並び、馬車の到着を今か今かと待ち構えている。


 しばらくすると大通りの向こうから帝国の重騎士隊が姿を現した。一糸乱れぬ見事な行進で、沿道で見ている見物人たちから大きな歓声が上がっている。


 重騎士隊が通り過ぎると、次は音楽隊の登場だ。こちらは様々な楽器を演奏しながらの行進のため、一糸乱れぬとまでは言えないものの、街じゅうに響き渡る見事な演奏に、住人たちから大きな拍手が贈られている。


 その後も槍や盾を持つ騎士隊が続々と続き、パレードを盛り立てていく。

 いくつかの隊列が過ぎた後、パレードの後方からひときわ大きな歓声が聞こえてきた。


「ようやく皇帝と皇妃のお出ましか?」


 四頭立ての豪華絢爛な馬車が姿を現した。

 屋根のない馬車にアダム皇帝とエバ皇妃が座っているのが見える。

 両側の建物からたくさんの花びらが馬車に向かって投げられ、周囲には皇帝と皇妃の婚姻を祝う言葉が飛び交っている。

 歓声に応えるように、馬車から優雅に手を振る皇帝と皇妃。


「わぁ。すごい歓声と熱気だ。僕、皇帝陛下と皇妃殿下のお姿を初めて見ました。でも……」

「でも、何だ?」

「何で二人とも仮面をつけてるんですかね?」


 まあ、当然の疑問だな。


「アダム皇帝の方は顔の火傷の痕を隠すためとか、目が悪くて強い光を浴びないようにとか言われてるが、本当の所は誰も知らない。エバ皇妃の方は女神の如く美しい女性で、皇帝がその美貌を独占したくて、世の男たちから顔を隠させてるって噂だ。あくまで噂だが、あいつは嫁大好き男だから案外本当なのかも知れん」


 テレーゼが俺の説明を聞いて笑いをかみ殺している。

 そんな思わせぶりな笑いをしてると、法螺話だとばれるからやめなさいってば。


「タツヤさんは皇帝陛下と個人的に親しいんですよね?」

「人柄は良く知ってるな。……けど、これ以上は俺の口からは言えないな」

「分かりました。余計な事は聞きませんよ」


 オスカーには以前から『俺は帝国にコネがある』と吹聴していたため、俺やテレーゼが帝国内部の事情に通じていても、それを疑問に思うことはない。


 まあコネの相手が帝国の木っ端役人ではなく、皇帝その人だと知って驚いてはいたが、踏み込んではいけない領域はちゃんと心得ているようで、しつこく追及してくる事はない。

 やっぱりオスカーは出来た男だ。……まあ、俺には及ばないが。


 アダム皇帝とエバ皇妃を乗せた馬車がクドー魔道具店の前へとやって来た。

 周囲に手を振り笑顔を振りまいていた皇帝が、ちらりと俺たちのいるバルコニーを見上げる。

 俺の姿を目にした皇帝の顔から笑顔が消えた。


(これなら大丈夫そうだな)


 俺が頷いてみせると、アダム皇帝は俺から視線を外し、何事も無かったかのように、また周囲に笑顔を振りまき始めた。


 二人を乗せた馬車は店の前を通り過ぎ、俺たちの視界から消えていった。


「行っちゃったな」

「すごかったですね。一度でいいから僕もあんな馬車に乗ってパレードしてみたいな」

「へー、誰を隣に座らせるつもりなんだ?」

「そういう意味で言ったんじゃありません」


 怪しい。こんなイケメンなのに今まで浮いた話を聞いた事がない。絶対に怪しい。


「ソフィーやノーラって訳でもなさそうだし、まさかエミーか? させんぞ! エミーを嫁に欲しければ、まずはこの俺を倒してみせろ!」

「倒していいんですか? スーツを使わなければ、タツヤさんに勝ち目なんてありませんよ」

「言ったな! 口にしてはならぬ事を言ったな!! こうなれば、俺のこの左手に封印されし禁断の…。あ痛っ! テレーゼ、何するんだよ」


 背後からテレーゼに頭をはたかれた。結構痛いよ。


「何を恥ずかしい事やってるんですか。オスカーさんもあまり相手にしちゃ駄目ですよ。際限なく調子に乗りますから」

「はい、ごめんなさい」

「……妻の俺に対する扱いが酷い」


 アダム皇帝とエバ皇妃の婚姻の儀は無事に終了している。

 祝賀パレードもこの調子なら大丈夫だろう。


 夜になれば諸外国の招待客を交えた結婚披露パーティーが開かれるが、パーティーの開始まではいくらか時間がある。もうひと仕事するとしよう。


 ……あれ?


「エミーめ! まだ帰って来てないのか! この発注書は俺が持ってくのかよ!」



 ◇◇◇



 俺はバベル城の衣装部屋で、この日のために用意された豪華な衣装を身に付けていた。

 装飾の多い衣装で一人ではちゃんと着られないため、メイドのアリスに着付けを手伝ってもらっている。


「マスター。背筋を伸ばして下さい。そんなしょぼくれた姿勢では、お客様に笑われますよ」

「常々疑問に思ってるんだが、お前、俺のメイドだよな。主人に向かって『しょぼくれた』はないだろ」

「現実から目を逸らしてはいけません。正面の鏡を見て下さい。しょぼくれた冴えない男が立っているではないですか」


 アリスは俺の秘書兼メイドなのだが、最近は殊に毒舌に磨きがかかってきている。

 主人の繊細な心を傷つけるメイドって何なの? メイドロイドの人工知能には、人間を傷つけるべからずっていう、あの有名な原則は入ってないのだろうか?


 部屋のドアがノックされた。アリスがドアを開けると、そこに立っていたのはエデン帝国の宰相ブラッドだった。


「陛下。ここにいましたか。間に合わないんじゃないかと思ってひやひやしましたよ」

「すまん。うちの製品の製造委託をしてるノマじいの工房に行ったら、じいさんの昔話が始まっちゃってね」


 宰相ブラッドが眉をしかめている。


「自分の結婚式やパレードを影武者に押し付けて、自分は店で仕事してるってだけでも信じ難いのに、その仕事にかまけて披露パーティーに遅刻するとか、一体何を考えてるんですか」

「内輪の結婚式はとっくに済ませてるんだ。二度も結婚式なんてやってられるか。それにまだ遅刻はしてないぞ。もう準備は済んでる。いつでも会場に行けるぞ」

「陛下は良くても、皇妃殿下は支度に時間が掛かります。一緒に会場入りしないといけないんですよ」

「向こうにはフローラが付いてるんだ。大丈夫だろ」




 皇帝アダムと皇妃エバの結婚披露パーティー。

 まあ披露パーティーといっても、その実態は諸外国の招待客が入り混じる外交の舞台である。


 これまでエデン帝国は、諸外国とは距離を置いた外交に徹してきた。その帝国が友好関係を築きたいと結婚式の招待状を送って寄こしたのだ。

 これは堂々と帝国の内情を探るまたとないチャンスである。周辺各国はこぞって高位の王族や貴族、交渉力に長ける外交官を帝都バベルに送り込んだ。


 帝国が自国の脅威となる可能性はないのか?

 帝国の異常なまでの繁栄の秘密は何か?

 帝国の先進的な技術を自国に導入できないか?

 帝国が保有している浮遊石を何とか手に入れられないか? 


 帝国に派遣された者たちの使命は重大なのである。




「テレ………、あー。我が妻エバよ。疲れてはおらぬか?」

「はい、アダム陛下。大丈夫にございます」


 俺は結婚式を期に皇帝としての名を変えることにした。

 今まではあまり深く考えずに「皇帝タツヤ」と名乗ってきたが、魔道具店の工房主と皇帝が同じ「タツヤ」ではいろいろと都合が悪い。

 皇帝や国王が、即位などを契機に名を変えるのはよくある話だ。今回の婚礼は改名の絶好の機会なのだ。


 ということで、今後、皇帝の俺は「皇帝アダム」と名乗る事にし、ついでにテレーゼも「皇妃エバ」と名乗らせることにした。


 皇帝アダムも皇妃エバも目元を隠す仮面をしているから、二人がクドー魔道具店の工房主と店長だと気付く者はいないはずだ。


 更に言えば皇帝アダムも皇妃エバも、影武者のアンドロイドが用意してあり、今日の婚姻の儀と祝賀パレードは、そのアンドロイド達に任せておいた。

 工房主タツヤと皇帝アダムが同時に姿を見せれば、誰も俺たちが同一人物だとは思うまい。


 ということで、面倒な婚姻の儀と祝賀パレードは影武者に丸投げしたのだが、流石に招待客と言葉を交わす結婚披露パーティーまでは影武者に任せられない。


 仕方なく皇妃エバを伴って披露パーティーに出ているのだが、皇帝アダムと皇妃エバに祝辞を述べようと列を成す各国の王族や貴族や外交官を相手に、早くも疲れ果ててしまったのだ。


 俺はパーティーの冒頭に、招待客の前で簡単な演説を行った。

 皇帝の結婚を祝いに遠路はるばる駆け付けてくれた各国の代表に感謝の意を示し、エデン帝国は周辺国との友好を求めていると表明したのだ。今後各国との信頼度が増せば、帝国の技術供与を検討するとも。


 どうやら最後の言葉がまずかったようだ。他国に先んじ技術供与を受けようと、招待客が我先にと押し寄せ、大混乱になってしまったのだ。


「陛下こそ大丈夫ですか? 顔が引きつってますよ」

「ああ、今日中に終わるのかなと思ってね。もう面倒だから影武者と交代してしまうか?」

「あなた。こちらから招待したお客様ですよ、最後までちゃんとお相手しないと駄目ですよ」


 俺を見るテレーゼの目が厳しい。

 やばい。どうやらテレーゼを怒らせてしまったようだ。

 俺と違って彼女は生真面目だ。こんな場でおふざけは厳禁だ。


 仕方がない。次のお客の相手でもするか。

 しかし何だ。俺はいつになったら魔道具店に専念できるようになるのだろうか?



 ◇◇◇



 この時、俺はまだ気付いていなかった。

 この結婚式が大陸中にエデン帝国の名を轟かせる契機となる事を。

 覇権主義を唱える大国たちが、エデン帝国の独占する浮遊石を黙って見ている訳がない事を。

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[一言] また手下(の国)が増えそう。
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