第145話 エピローグ
護衛達と共に皇帝用の控室へと引き揚げた俺は、ソファーに腰を降ろし対面の椅子を指し示した。
「そこに座るがいい。アストリット王太女。いや、王太女と呼ぶのも何だな。……単にアストリットと呼ばせて貰おう」
我ながら酷い仕打ちだと思う。
国王に掛け合い王太女と認めさせたものの、舌の根も乾かぬうちに王政廃止を打ち出したのだから。
王政が廃止されれば、次期女王を意味する王太女の称号に意味はない。
「まず最初にはっきりさせておきたい。君は俺に忠誠を誓った。これから俺に隠し事はなしだ。訊かれたことには正直に答えてもらう」
「畏まりました」
「本当は今日、君を査問にかけるつもりでいた。君には帝国の機密情報をホルス北方の小国ダレスに流出させた疑惑が出ている。機密の漏洩は事実か?」
「事実です」
「なぜ? なぜそんな馬鹿な真似を?」
アストリットはためらいがちに理由を口にした。
「ダレスに亡命しようと思っておりましたので、その手土産として」
「亡命!? 君が?」
「はい。ご存知の通り、王城内では以前から王位継承問題で抗争が繰り返されてきました。私も当初は自派閥を強化し他の派閥に対抗しておりましたが、エルヴィン王太子やランベルト王子が、私兵を使い力を以て派閥の切り崩しにかかると、私の派閥は離反が相次ぎ勢いを失いました」
「だから亡命か?」
「はい。王城にいては、いつ寝首をかかれるか分かりません。国内のどこに隠れても同じでしょう。ダレスが帝国に強い関心を示していたのは知っていましたから、帝国の情報を小出しに渡し、見返りとしていざという時の受け入れと保護を約束させました」
いくら小国相手とは言え、よくもまあそんな交渉を持ち掛けたものだ。
「なぜそんな小国に? 逃げるならアルビナ王国やセントース聖王国でも良かっただろ?」
「王位継承問題の陰に帝国の姿がちらついていましたから、帝国の勢力圏内は危険と判断しました。それに大きな国だと、私との約束を反故にして帝国に売られる危険もありましたので」
驚いた。帝国の暗躍もお見通しとは。
やはりこの娘は有能だ。いや、有能すぎるだろ。
「機密情報の漏洩が発覚したら、帝国が黙っていないと思わなかったのか?」
「ダレスは以前から帝国の傘下に入りたがっていました。ですが皇帝陛下への目通りが許されず、交渉のテーブルにさえつけていません。ダレスが帝国の情報を欲していたのも、交渉の糸口を見つけるため。そこでホルス王国の王女である私なら、ダレスと帝国の仲介が可能だと持ち掛けました」
「……質問の答えになってないぞ」
「機密情報は帝国外への持ち出しを禁じられた情報。ダレスを帝国の一員に加えてしまえば、帝国外への漏洩には当たりません」
「それは屁理屈というものだ。だいたいどうやってダレスの加入を帝国に認めさせるつもりだったんだ?」
「何もするつもりはありませんでした」
アストリットがしれっと答える。
「ダレスを騙したのか?」
「帝国は今、内政安定に全力をあげ、外交面では諸外国と距離を置いています。ですが皇帝陛下の結婚を期に、帝国は諸外国との外交を活発化させると聞き及びます。現在の大陸情勢を鑑みれば、ダレスを含む弱小国家群は、早かれ遅かれ帝国の傘下に入ります。私が何かする必要はありません」
アストリットから視線を外せない。
この娘はいったい何者だ?
諸外国の情報を収集分析して慎重に交渉相手を選び、帝国の機密を餌に亡命時の受け入れを承諾させる。
これが若干十九才の娘のやることか?
「今語った話に嘘偽りはないな?」
「はい。皇帝陛下」
「ベルタ!」
白い仮面のメイド、ベルタが俺を見て大きく頷く。
アストリットの言に嘘はない。
「ダレスの件はもういい。アストリット。君は今後更に多くの機密に触れる事になる。以後、勝手な判断で情報を漏らす事は許さない」
「陛下の御心のままに」
成り行きで忠誠を誓わせてしまったが、俺にこの娘を御する事が出来るのだろうか? えも言われぬ不安が俺を襲う。
「アストリット。査問の席では散々脅してすまなかった。君個人に怒りも恨みも持ってないし、ホルスを焦土化するというのもただの脅しだ。怖い思いをさせてすまなかった。あれは必要があってした事だ。許せとは言わないが、理解はして欲しい」
頭を下げる俺にアストリットが答える。
「陛下、頭をお上げ下さい。あれが陛下の本意でないと、ちゃんと承知しております」
「なぜそう思った?」
「陛下の言動が妙に芝居がかっていましたので、これは演技なのだろうと」
理解を得られたのは嬉しいが、他人の口から大根役者と指摘されるのは非常に傷つく。確か前にも誰かに同じ事を言われたような気が……。
「何にしても大勢の人の前で土下座までさせたんだ。真摯に謝罪する」
再び頭を下げる俺を、アストリットが押し留める。
「では陛下。謝罪を受ける代わりと言っては何ですが、いくつかお聞かせ願えませんか」
「俺に答えられることであれば」
「エルヴィンは帝国のゴーレムを無力化し、剣を奪って陛下に突き付けました。……あれは陛下の書いた筋書ですよね?」
もう驚かん。彼女には全部お見通しという訳だ。
「やっぱり演技が不自然だったか?」
「演技以前の問題です。剣を突き付けられて平然と笑っているのは、いかがなものかと」
駄目だ。やはり俺は役者に向いてない。
「エルヴィンには事前に暗示を与えておいた。暗示と言っても人を自在に操るような強力なものじゃない。『皇帝を倒すなら対エデン用の魔法を使え』と意識下に刷り込んだ程度だ」
その結果、エルヴィンは俺の喉元に剣を突き付けた。
大勢の貴族がその凶行の一部始終を目撃した。現行犯である。
帝国はホルス王国に即時報復する大義名分を手に入れたのだ。
「他に訊きたい事は?」
「魔法結界が張ってある王城内で、なぜ魔法が使えたのでしょう?」
「俺が細工しておいた」
「エルヴィンが黒鎧の騎士を陛下の影武者だと暴露してしまいましたが……」
「俺がそう仕向けた。影武者の存在を周囲に印象付けておきたくてね」
「私を責め立て強引に忠誠を誓わせたのは、陛下に脅され泣く泣く従属させられたとの体裁を整えるためですか?」
「想像に任す」
アストリットが小さな吐息を洩らした。
「全て陛下の思惑通りという訳ですか」
「そうでもない。アストリットの忠誠を得られたのは嬉しい誤算だ」
クズ揃いの王家の中に、こんな逸材が埋もれていたとは。
その逸材を手に入れる事が出来たのは、幸運以外の何ものでもない。
「アストリット。明日からホルス国王代理、兼エデン皇帝の僕として国の改革に携わってもらう。今日は俺を恐れて口を閉ざしていた王族や貴族どもも、明日になれば必ず反対の声を上げてくる。不満をぶちまけて騒ぐ程度は許容するが、もし武力による反抗に出れば、こちらも武力で応じるしかなくなる。無益な血を流させたくなければ、絶対に武力反抗を許すな」
「畏まりました」
「この国の改革を進めていけば、アストリットを帝国の手先と狙う者も出てこよう。君には護衛を付ける。安全には十分気を配れ」
「お気遣いありがとうございます」
とりあえずはそんなところか。
「疲れた。この続きは追々しよう。ベルタ、フローラ。君たちも座れ。仮面も外していいぞ」
俺も自分の銀の仮面を外した。アストリットが俺の素顔をじっと見ている。
そういえば、先ほど床に頭を擦り付けていたせいで、アストリットの額に血が滲んでいる。
「フローラ。アストリットの手当を頼む。せっかくの美貌が台無しだ」
フローラが救急箱を持ってきた。
箱からガーゼを取り出し、そこにポーションを滴らせる。
「失礼します」
フローラがアストリットの額にガーゼを押し当てる。
顔を近づけるフローラを見て、アストリットが目を見開く。
「え? あなた……エルフリーデ?」
「お久しぶりです。アストリット姉様」
「あなた、エルヴィンに殺されたって……」
「はい、第二王女エルフリーデは死にました。私は陛下のお屋敷で皇妃殿下の侍女をさせていただいております、フローラと申します」
「ねえ、どういうことなの?」
気色ばむアストリット。
「アストリット。エルフリーデは死んだ。その娘はうちの侍女フローラだ。いいな」
「……分かりました。陛下がそうおっしゃるなら」
「まあ、他人の目がない場所なら、姉妹として振る舞うのに問題はない」
アストリットとフローラが話し込むのを横目に、俺はブレスレットに呼び掛けた。
「ケルビム、聞こえるか?」
『はい、マスター。ケルビムです』
「こっちの仕事は終わった。天空の島は高度三千まで上昇させ待機だ。俺達が戻り次第、王都から離脱し通常航路に復帰させる」
『了解しました』
「明日からアストリットに護衛をつける。バトルロイド一個小隊とシルフィードを一機用意してくれ」
『バトルロイドはスカーレット隊を、シルフィードは八番機を割り当てます。よろしいですか?』
「ああ、それで頼む」
横で交信を聞いていたベルタが、驚きの声を上げる。
「虎の子のシルフィードにバトルロイド一個小隊って、戦争でも始めるつもりですか? 個人の護衛には過剰な戦力だと思いますけど」
「アストリットには、俺がやるはずだった憎まれ役を任せるんだ。これぐらいしないと安心できん」
シルフィードはエデンの誇る最新鋭の戦闘偵察機だ。シルフィードに上空からの警護を、四機のバトルロイドに地上の警護を任せれば、どんな敵からもアストリットを守り通せるだろう。
「ベルタ。今後は貴族たちの動向に目を光らせる必要がある。明日から忙しくなるぞ。覚悟しておけ」
「陛下。明日から忙しいって、今でも十分忙しいんですよ。これ以上まだ働けと?」
「身体を壊さん程度に頑張ろうよ。その分、手当をはずむから」
「手当の増額より諜報員の増員を要求します」
「諜報員は育成中だが、まだ現場に出せるレベルじゃない。急がせてはいるが、当分増員は無理だな」
「そんなぁ」
忙しくなるのは秘密諜報組織シャドウだけではない。
新しい国を立ち上げるまで、俺もやるべき事が山積みだ。
最優先で処理すべきは、王族達の処置だろう。
エルヴィンやランベルトを始めとする王族達には、その犯した罪に応じた罰を与える必要がある。だが犯した罪を全て精査するには、かなりの時間が必要だろう。
ヤンキー王子のヘルムートのように、平民を相手に悪行を重ねてきた王族も数多い。ホルス王国の法では彼らは裁けない。王族は平民に無法を行っても罪には問われないからだ。
実はこのホルスの法。そこまで厳格に定められている訳ではない。かなり穴だらけであり、いくらでも恣意的解釈が可能なのだ。
今回の例でいえば「王族の犯した罪は問わない」は「王族であれば犯した罪は問わない」とも解釈できる。この二つは似て非なるものだ。
前者は犯行時に王族かどうかが問われるのに対し、後者は現時点で王族かどうかが問われる。
王政を廃し王族全員を平民にしてしまえば、もはや「王族であれば犯した罪は問わない」という条項は適用されない。過去に犯した犯罪でも、ちゃんと処罰が可能になる。
王族など多かれ少なかれ悪行に手を染めている。今回は彼らを一網打尽にする絶好の機会なのだ。
王族が片付けば、残るは貴族だけだ。
新たな国の立ち上げに協力するなら良し。
敵対するようなら潰すだけだ。
やらねばならぬ仕事は山積みだ。
一体いつになったら、のんびりした生活が送れるのやら。
◇◇◇
天空の島エデン。
その花々が咲き乱れる楽園の外縁部に、葉を青々と茂らせた大きな木が一本立っている。
その木の根元に小さな墓標がひとつ。
花束の置かれたその墓標の前で、一人の少女が膝を付き両手を合わせて祈りを捧げている。
俺は少女の邪魔にならぬよう、静かに墓標に語りかけた。
「なあエル。この墓、気に入ってくれたか? お前の名フローラに相応しい一年中花の絶えない素敵な墓だぞ。向こうを見てみろよ。地上が一望できる絶景の場所だ。……どうせなら生きてるお前に見せたかったよ」
祈りを終えた少女が立ち上がる。その青い目は涙で潤んでいる。
少女の肩にそっと手を置き、二人で墓標の前に立つ。
「お前に託されたエルフリーデは、この通りもう何の心配もない。彼女を狙う敵は俺が全て排除した。王女の身分もエルフリーデの名も、全て捨てさせてしまったが、これでもう彼女を狙う者は誰一人いなくなった。もう大丈夫だよ。安心して眠ってくれ」
少女が悲しみをこらえ切れず、墓標にその思いを洩らす。
「ずっと、ずっと一緒だったのに。楽しい事も、苦しい事も、悲しい事も、全部二人で乗り越えてきたのに……。どうして……どうして私を置いて……どうして……」
少女が嗚咽を洩らし始めた。涙が止めどなく溢れ出ている。
俺は少女を抱き寄せると、そっと胸に抱え込んだ。
少女が落ち着くまで、ずっとその背中を撫ぜ続けた。
エルは敵に囲まれた俺を救おうと、自らその命を絶った。
エルを死なせたのは俺だ。何でも出来ると己が力を過信した結果、エルは死んでしまった。
俺の心に深い傷跡を残して、一人で逝ってしまった。
残された俺は、ただ自分の愚かさを悔いる事しか出来ない。
俺はもう二度と同じ過ちを繰り返したりしない。
「エルフリーデにはお前の名を継がせたよ。事後承諾だけど構わないよな? この娘はこれからの人生をフローラとして生きていく。そうなると、お前もフローラ、この娘もフローラで紛らわしい。だから俺は今まで通りお前の事はエルと呼ぶ。俺にとってお前はエル以外の何者でもないからな。それに墓標も『エル』の名で作ったんだ。今更直せないからそこは諦めろ」
小さな墓標は何も答えない。沈黙は同意とみなそう。
「じゃあエル。また来るよ。フローラは俺の屋敷で働く事になった。いつでも会いに来れるし、俺も時々は顔を見せに来る。だから寂しくないだろ」
俺の言葉に応えるように、一陣の突風が駆け抜けた。
風は周囲に咲き乱れる花々を舞い上げ、辺りを花吹雪で覆い尽くした。




