第144話 王国の最後
「諸君、見ての通り皇帝の身柄は我が手の内にある。これはエデン帝国への反抗の第一歩だ。帝国の属国に堕とされ苦汁を嘗めさせられてきたが、それももう終わりだ。祖国をこの手に取り戻すのだ! 戦える者は今すぐ私の元に集え!」
大広間の向こうからこちらを窺っている王族や貴族達に、エルヴィン王太子が檄を飛ばす。
だが王太子に同調し、打倒帝国の鬨の声を上げる者は誰一人として現れない。
「おい! 何をしている。悪辣なる帝国のくびきから逃れる最初にして最後のチャンスだ! 祖国のために立ち上がる勇敢なる者はおらんのか?!」
王太子を遠巻きに見ている者たちの視線は冷たい。
「お前どれだけ人望が無いんだよ。誰も賛同者はいないじゃないか。痛々しくて見てるのが辛い」
背後から嘲りの言葉を投げつけられ、エルヴィン王太子が怒りを爆発させた。
「うるさい! お前に何が…………」
振り返った王太子が俺の姿を見て、一瞬動きを止めた。
「おい! 何をしてる!」
まあ、驚くだろうな。
拘束されているはずの俺が、椅子にふんぞり返って紅茶を飲んでいたのだから。
おまけに、先ほど逃げ去ったはずの二人のメイドが、何事も無かったかのように国王とアストリット王女にも給仕をしている。
「何って、見て分からんか? 喉が渇いたからティータイムと洒落こんでいるんだ。何だ、お前も欲しいのか?」
エルヴィン王太子の顔が怒りで真っ赤に染まる。
王太子の怒りの視線が、俺の足元で口から泡を吹いて倒れているヴァルター男爵に向けられた。
「ああ、この男か? 偉大なる皇帝陛下様に縄を打とうなどという不届き者は、この俺手ずから罰を与えてやった」
罰と言っても、単にヴァルター男爵の体内の魔力を全て吸い取ってやっただけだ。
急激な魔力切れは悶絶するほどの苦痛を伴うらしい。幸い俺は魔力切れになった事がないので、どれほどの苦しさかは知らないが。
「ふ、ふざけるな!」
エルヴィン王太子が手にした剣で俺に斬りかかる。
だが剣先が俺に向けられた瞬間、王太子は短い叫び声を上げ、剣を落してうずくまった。
王太子の腕から赤い血が滴っている。
「くっ!」
血に染まった腕を押さえ、王太子が視線を上げた。
その視線の先には、白い鎧の重騎士が大剣を構えて立ちはだかっていた。
「なぜだ! ゴーレムは全て破壊したはずだ!」
白い鎧の重騎士はエルヴィン王太子を組み伏せると、馬乗りになって彼の動きを封じた。負傷した腕への拘束を避けたのだろう。
黒い鎧の騎士も立ち上がり、王太子に奪われた剣を取り返している。
床に倒れ込んでいた他の重騎士たちも、次々と立ち上がり動き出している。
「くそっ、俺を騙してたのか!」
「おいおい、騙すとは人聞きの悪い。せっかく一発逆転を狙って対エデン用魔法を使ったのに、それが全く効きませんでしたではあまりにも不憫。だから期待に応えて壊されたふりをしてやったんだ。どうだ俺って優しいだろ」
「馬鹿にしやがって! どれだけ人を見下せば気が済むんだ!!」
「お前がそれを言うか……」
エデンの電子機器を破壊する魔法は前にも一度使われており、その魔法を使った魔術師の身柄は帝国が確保している。
すなわち、この魔法の効果や威力は既に解析済であり、対抗策も見出されているのだ。
誠に残念でしたと言う他ない。
「エルヴィン王太子よ。これだけ人目のある場所でこの俺に剣を向けたんだ。この場で斬り捨てられても文句は言えんぞ」
「だったらさっさと殺せ! 貴様を呪いながらあの世に旅立ってやる」
白い重騎士に組み伏せられた王太子は、唇を噛んで血走った眼で俺を睨んでいる。
「そう簡単に死なせはせん。お前の愚かさがこの国に何をもたらすのか、その目でしかと見届けるがいい」
帝国の文官を呼び指示を出す。
「誰か、王太子の傷の手当を。手当が済んだら拘束してそこに座らせておけ。騒がないよう猿轡も忘れるな。そっちで倒れて泡を吹いている魔術師は目障りだ。さっさと運び出せ」
指示を出し終え、事態の推移を見守っていた国王へと視線を向ける。
憔悴しきって見る影もない。この数時間で一気に老け込んだように見える。
我が子や側室が抗争を繰り広げ次々と命を落とし、王太子は目の前で帝国皇帝を暗殺しようとした。もうどうしていいのか、分からなくなっているのだろう。
いくら嫌いな男だとしても、こんな状態の国王を更に追い込むのは心が痛む。
だがここが最後の大一番なのだ。心を鬼にしろ……。
「ルートヴィヒ国王。お前が次代の国王であると認めた王太子が、帝国皇帝のこの俺に刃を向けた。ホルス王国はエデン帝国の敵となった。覚悟は出来ているんだろうな?」
後ろに控えていたアストリット王女が、口を開こうとした国王を制して割り込んできた。
「お待ち下さい! エルヴィン王太子のしでかした事は、あくまで彼個人の行い。ホルス王国に帝国への叛意はありません」
「アストリット王女、控えよ。俺は国王に尋ねている」
「国王は今、冷静な判断を下せる状態にありません。私が国王に代わりお答えさせていただきます」
「黙れ! 何の権限も持たぬ小娘が、王の代弁者を気取るとは何事だ。出過ぎた真似をするな」
「いいえ。私がこの場に同席を許されているのは、皇帝陛下が私に『国王を支えよ』と命じたため。であれば、今がまさに国王を支える時でありましょう」
皇帝の叱責をものともせず食い下がるアストリット王女。不敬に問われかねない危険な行為だが、国の危機を目の前に黙っていられなくなったのだろう。
横目で国王を見る。目がうつろで、まるで魂が抜け出たかのような無気力感が漂っている。
(確かに、そろそろ限界か……)
「ルートヴィヒ国王。アストリット王女を後継者に指名するか? 王女を王太女に任じ国王の権限を委任するのであれば、帝国は王太女を国王の代理として認めよう」
国王はアストリット王女をじっと見つめていたが、やがてその手を握り言った。
「アストリット。すまん。儂ではもうこの場を収められん。後を頼む。そなたを我が後継者と認め全権を委任する。思うように采配を振るうがいい」
さすがにこんな展開は予想していなかったのだろう。
晴れてホルス王国王太女となったアストリット王女だが、その表情に困惑の色を隠しきれない。
当然である。ホルス王国を泥船と呼んでいたのに、その泥船の船長に任命されてしまったのだから。
……まあ、そうなるよう誘導したのはこの俺ではあるのだが。
「では国王代理アストリット王太女。エルヴィン前王太子は帝国に反逆し、この俺を殺そうとした。王太女はエルヴィン個人の仕業と言うが、次期国王である王太子を単なる個人と見做すのは、いささか無理があろう」
詰め寄る俺に、アストリット王太女が即座に反応する。
「エルヴィンの反逆行為は、王や宰相など上層部もあずかり知らぬ事。お怒りはごもっともでございますが、その責はひとえに反逆者エルヴィンが負うべきもの。斬首でも磔でも、お好きに処分して頂いてかまいません。されどホルス王国はこの件に何ら関与しておりません。何とぞご寛大なる処置をお願い申しあげます」
アストリット王太女が床に膝を付き、深々と頭を下げた。
宗主国の皇帝を前に物怖じもせず、堂々と反論する度胸の良さ。
事態収拾のため、躊躇なく兄の処刑を勧める非情さ。
国を守るためとあらば、自ら膝を屈する事も厭わない潔さ。
いいね。気に入った。
「王太女よ。エルヴィン王子は帝国への侵攻を目的に、ブレストーク砦に兵を集めていた。その砦には近衛騎士団もいたのだぞ。砦も騎士団も個人の力で動かせるものではない。王太子の権限で動いていたのは明白だ。これでも王国の関与はないと?」
アストリット王太女が唇を噛んでいる。反論の糸口を見い出せず焦っているようだ。
彼女は有能だ。時間さえ与えれば、この場を切り抜ける方策を考え出すだろう。
だがそうはさせない。
「何も言えまい。ホルス王国はエデン帝国を宗主と仰ぐことを条件に、国の存続を許されてきた。その宗主である帝国に反旗を翻し、あまつさえ皇帝の暗殺をも企てた。平穏より不穏を好む蛮族の国など、我が帝国には必要ない!」
「皇帝陛下! 何をお考えですか!?」
「もうホルス王国を存続させる意味はない! 二度とこの俺を煩わせんよう、この国を焼き尽くす! 街も村も、山も川も、緑の大地も深き森も、その全てを破壊し焼き払い、草木一本生えぬ死の大地に変えてくれよう。さすればこの怒りも収まるだろう」
他の誰かが言った言葉であれば、大言壮語と笑い飛ばされるだろう。
だがそれが、エデン帝国皇帝の口から出た言葉となれば話は別だ。
帝国にはその言葉を実現するだけの力があるのだから。
俺の怒気を浴び、理詰めでの説得は無理と判断したのだろう。アストリット王太女が床に額を擦り付けた。
「陛下! お怒りはごもっともですが、その責はひとえに私達王家が負うべきもの。何も知らぬホルス王国の国民には何の咎もございません。どうかそれだけはご容赦を!」
「ならん! もう十分見て来ただろう。この国の王族は揃いも揃って救いようもないクズばかりだ。そんな奴らが統治する国に何を期待しろと。ホルス王国という国の有り様が変わらねば、また帝国に反旗を翻す者も出てこよう。同じ事の繰り返しだ」
苛烈な責めの言葉に、アストリット王太女の瞳から涙が溢れ出る。よく見ればその体も小刻みに震えているようだ。
「変えます! 私が変えてみせます! 同じ過ちは繰り返させません! どうか、どうかご再考を!」
「ほう、言ったな。変えてみせると言ったな。いいだろう。アストリット王太女よ。我にその身を差し出し、我が僕となりてこの国の再生に死力を尽くせ。そう誓うのであれば、今回に限り我が怒りを収め、国を滅することは見送ろう。さあどうする? 承諾するのであれば、ここに来て我が手を取れ」
アストリット王太女が俺の前に進み出て膝を付いた。そして俺の差し出す手を両手で包み込むと、恭しく額の前に押し頂く。
「我が忠誠を皇帝陛下に捧げます。陛下の手足となりて、この国の再生に尽力すると誓います」
「そなたの忠誠しかと受け取った。立つがいい。アストリット王太女」
王太女の手を取り立たせてやる。強く床に頭を擦り付けていたせいで、額にうっすらと血が滲んでいる。涙で顔もぐちゃぐちゃだ。
この娘はよく頑張った。
国王代理などという重責を押し付けられ、国の命運を左右する局面に放り込まれた。
宗主国の皇帝に脅し付けられ、心折れそうになりながらも最後まで諦めず、皇帝にその身を差し出し国民の命を救った。
よくやった。もう十分だ。ここから先は俺の仕事だ。
俺は大広間に集められた王族や貴族達に向かい、声を張り上げた。
「者共、よく聞け! お前たちは今日、その目でしかと見たはずだ。この国の王族達の醜い姿を。彼らは日々横暴な振る舞いを続け、王座を得んと兄弟姉妹の誘拐や殺害など暗躍を繰り返してきた」
椅子に縛り付けられているエルヴィン王子に近寄り、その頭を小突く。
「この愚か者に至っては、帝国皇帝の殺害をも企んだ。もはや国を滅ぼされても文句を言えぬ所業だ。だがこれはこの愚か者だけの問題ではない。こやつをこんな愚か者に育てた王や王族の責任であり、それを諫める事無く同調してきた貴族どもの責任でもある。王も王族も貴族も全員が同罪だ」
俺はアストリット王太女の背後へと回り、その両肩を掴んで貴族たちからよく見えるよう前面へと押し出した。
「王太女はそんな王族や貴族どもの犯した罪を一身に引き受け、我にその身を捧げた。この娘は滅亡の危機に瀕したこの国を救った救世主だ。だが安心するのはまだ早い。お前達は本当の意味で救われた訳ではない。この国が変わらなければ、その時こそこの俺がこの国を滅ぼす」
貴族たちの反応が薄い。立ち合い人としてずっと査問を見守ってきたのだ。観劇気分が抜けず、当事者意識が無いのかもしれない。
まあいい。すぐに他人事ではなくなる。
「さて、今後は我が僕アストリットを旗頭に国を大きく作り直してもらう。俺が要求する改革の柱は二つ」
いったん言葉を切り、周囲を見回す。さあ、これを聞いてどう反応するかな?
「一つ目の柱は王政の廃止だ。この国では王族の存在は害悪でしかない。今後は世襲の王による統治ではなく、複数の国民の代表者による合議制により国を治めてもらう。詳細は後日説明するが、要はこの国の政治形態を君主制から共和制に変えるという事だ」
予想通り、今度は大きな騒めきが起きる。聞き耳を立てていると、俺が使った『国民』の言葉に引っかかっているようだ。なかなか鋭いね。
「二つ目の柱は貴族制度の廃止だ。今後は身分制度を撤廃し、全国民を平民とする。現在領地を持っている領主は、その領地を全て国が没収する。但し生活維持のため、現在居住している土地家屋及び一定割合の領地は没収を免除。貴族の身分を失うことで生活が困窮する場合は、個別に対応を取る。これも詳細は後日伝える」
先ほどとは比べようもない程の大きな騒めきが起きる。特に領地持ちの領主たちは大騒ぎだ。顔を真っ赤にする者、青くなった者、真っ白になった者と、色とりどりだ。
猛烈な抗議の声が上がると思っていたのだが、声高に異議を唱える者はいない。
まあ下手に抗議して俺を怒らせれば、自分の命はおろか国の命運さえ尽きるとの認識からだろう。
「以上二点は、この国を再生する上で最も重要となる施策だ。混乱を避けるための準備期間は設けるが、施行準備が整い次第アストリット王太女の主導の下、新体制に移行する。お前達、彼女の改革がうまく結果を出せなければ、この国に待つのは破滅だけと心せよ。彼女に協力を惜しまず、新体制の構築に力を注げ」
そうそう。もう一つ言っておくべき事があった。
「今後、この国には王がいなくなる。王のおらぬ国をもう王国とは呼べまい。国の統治も大きく変わる。これを機にホルスの名を廃し、新たなる国名を定める。新たなる国名は公募とする。自分の考えた名を国名として残すチャンスだぞ。いい名前を考えておけ」
◇◇◇
こうして三百年以上の歴史を誇るホルス王国は、静かにその幕を閉じ、ミルドランド大陸の歴史から姿を消す事となった。
新たに生まれる国が、この先繁栄の道を辿るのか、はたまた衰退の道を辿るのか。
その未来を知る者は誰もいない……。
……紫炎の予知姫を除いて。




