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第143話 エルヴィンの逆襲

 二人の重騎士に両脇を抱えられた若い男が、俺の前へと連行されてきた。

 男は両手を後ろ手に拘束され、顔には目隠しと猿轡をはめられている。


 国王ルートヴィヒは連れて来られた男を見ると、ぽつりとその名をつぶやいた。


「エルヴィン」


 俺は重騎士の一人に指示を出した。


「外してやれ」


 重騎士が目隠しと猿轡、そして手枷を外すと、男は周囲をキョロキョロと見回した。


「ここはどこだ?」


 男は目の前のテーブルに目をやり、そこに座っているのがエデン帝国の皇帝と、父である国王ルートヴィヒだと気付くと目を細めた。


「エルヴィン王太子。久しいな、俺が誰だか分かるか?」

「もちろんだ。エデン帝国皇帝タツヤ陛下。……と言っても仮面で顔を隠しているんだ。たぶん、としか言いようがないがな」


 エルヴィン王太子の不遜な物言いを、国王の隣に付き添うアストリット王女が諫める。


「エルヴィン兄様。皇帝陛下の御前です。口の利き方に気を付けなさい」

「アストリット。お前こそ兄に向かってその口の利き方は何だ。それにお前、いつから皇帝の腰ぎんちゃくに成り下がった?」


 どうやらこの兄と妹、元々仲が悪かったようだ。放っておけば喧嘩が勃発しそうだ。


「アストリット王女。ここから先は王太子と忌憚のない話がしたい。言葉遣いや礼儀作法などは気にしなくていい」

「それは助かるな。俺もこんな囚人のような扱いを受けて気が立ってるんだよ」


 エルヴィン王太子はしきりに周囲を見回している。

 目も口も閉ざされた状態で牢から連れ出され、解放されたと思えばこんな衆人環視の中に孤立無援で立たされていたのだ。自分の置かれている状況を把握するのに大忙しなのだろう。


「ずっと牢にいて今の状況が分かっていないだろ。俺から説明しよう。もう気付いていると思うが、ここはホルス王城の大広間だ。今ここでは王位継承権者の査問会が開かれている。周囲でこちらを見ているのは、この査問会の立ち合い人として俺が招集した王国の王族や貴族達だ」


 大広間のあちこちにはディスプレイが設置されており、査問の様子を映し出している。

 大広間内のどこに居ようと、俺たちの会話は手に取るように分かる仕組みである。

 彼らには査問の行方をしっかりと見届けて貰わねばならない。特にこのエルヴィン王太子は今日の査問の主役なのだから。


「他の王位継承権者の査問は先ほど終了した。残るは君の査問だけだ。ご理解頂けたかな?」

「全く分からん。そもそも俺は国境の砦を視察中に、帝国の重騎士に襲われ捕われた。帝国は何の権限があって俺を捕えた? こんな無法が許されるとでも思っているのか?」

「無法とは誤解があるようだな。エデン帝国はホルス王国内で、独自に犯罪者の捜査と逮捕を行う権限を有している。つまり君を捕えたのは完全に法に適った行動という訳だ」

「俺がいったい何をしたと?」


 調査報告書を手に取り、軽く振ってみせる。


「君のやった事を全て読み上げていてはキリが無い。そこでこの査問会では重大な直近三件の案件についてのみ審理することとする」

「重大案件だと?」

「第一はエルフリーデ王女の誘拐および殺害の容疑だ。君は第二王子ランベルトがエルフリーデ王女を攫おうとしていたのを事前に察知していた。そこで近衛騎士団を派遣して、エルフリーデ王女を横から奪い取り、ブレストーク砦へと連れ込んだ。王女は共に砦に連れ込まれた帝国の商人と協力し、君を人質として砦からの脱出を図ったが、人質にされた君は隙を見てエルフリーデ王女を斬り付け逃走。王女はその傷が元で死亡した」


 実際に殺されたのはエルフリーデ王女ではなく彼女の影武者だ。

 だが誰が殺されたのかは問題ではない。エルヴィン王太子は一人のうら若き少女を手に掛けた。この罪は極めて重い。


「エルヴィン王太子。エルフリーデ王女の殺害を認めるか?」

「認めない。全てでっち上げだ」


 まあ肯定しようが否定しようが、どちらも結論は同じだ。問題ない。


「第二はエデン帝国へ反逆容疑だ。君は帝国の帝都バベルへの軍事侵攻を目的に、ブレストーク砦に兵力を集めていた。エルヴィン王太子。帝国への反逆を認めるか?」

「認めない。兵を集めていたのは、国境地帯で大きな被害を出していた大型魔獣討伐のためだ。軍事侵攻とは言い掛かりも甚だしい」


 これも否認か。

 砦に集結していた騎士や兵士達は全員捕えてある。指揮官クラスからの供述も取ってあり、王太子一人がどう否定しようと無意味である。


「第三の容疑だが、これが一番深刻で国家を揺るがす大事件なんだが……」

「何だよ大袈裟に。勿体ぶらずにはっきり言えよ」

「第三はエデン帝国皇帝の誘拐、及び殺害未遂の容疑だ」


 エルヴィン王太子が目を剥く。


「はあ? 俺を無実の罪に陥れるにしても、限度ってものがあるだろ。俺がいつあんたを誘拐した? いつ殺そうとした?」


 エルヴィン王太子は憮然とした態度を見せていたが、急に何かに気付いたように服の上から自分の体を手探りし始めた。


「俺に刃物でも持たせて、皇帝暗殺の犯人に仕立て上げるつもりだな! 手枷まで解いて俺を自由にしたのはそれが目的か! これだけ多くの目撃者の前で、俺の体から短剣でも出てこれば、俺はもう言い逃れ出来ん! 何と狡猾な!」


 王太子は自分の身体や服に、何か不審な物が仕込まれていないかと探し続けている。


「頭は回るようだが的外れにも程がある。それより胸に手を当ててよく考えろ。本当に俺を誘拐した覚えはないと? 俺を殺そうとした覚えはないと?」

「ある訳ないだろ。俺があんたと会うのはこれが二度目だ。誘拐とか言われ…」

「違うな」


 王太子の言葉を遮り、間違いを訂正してやる。


「会うのはこれが三度目だ。前にブレストーク砦で出会っている」

「砦だと……」


 王太子が俺を見つめる。必死に思い出そうとしているが、思い当たる節はなさそうだ。


「まだ分からんか。ではこの顔に見覚えはないか?」


 両脇に控えるメイドを壁にし、王太子にだけに見えるよう、顔から銀の仮面を外す。露わになった俺の素顔を王太子がじっと見つめる。

 しばしの沈黙の後、王太子の表情が驚愕に変わった。


「お前は……帝国の商人!!」

「その通り。エルフリーデ王女と一緒にブレストーク砦に転移させられた帝国の商人だ。どうだ、これでもでっち上げと言い張るか?」


 外した銀の仮面を顔に戻す。


「俺は無理やりブレストーク砦に転移させられた。これは立派な皇帝の誘拐だ。逃げ込んだ物見の塔で、君の差し向けた騎士に斬り付けられ負傷した。これは立派な皇帝の殺害未遂だ」

「なぜ商人を装っていた? まさか最初から俺を捕えるつもりで……」

「だから的外れにも程があると言ってるだろ」


 別に商人を装っていた訳ではない。俺はクドー魔道具店の経営者であり、正真正銘の商人である。


「エルヴィン王太子。エデン帝国皇帝の誘拐と殺害未遂。これを認めるか?」

「…………」

「答えられんか。構わんよ。沈黙は肯定とみなす。何か弁明があれば聞こう」


 やはりエルヴィン王太子は何も答えない。


「エルフリーデ王女の殺害。帝都バベルへの軍事侵攻準備。帝国皇帝の誘拐および殺害未遂。これらは全てこの俺自身がその事実を確認している。エルヴィン王太子には他にも数多くの容疑が掛けられている。君の処分はそれらの調査が終了した後に下されよう」


 これで帝国に仇なしたエルヴィン王太子の所業は、査問の成り行き見守っていた王族や貴族達に、しっかりと伝わったはずだ。


「王太子を連れていけ」


 帝国の重騎士がエルヴィン王太子に近づいた時、彼は重騎士の手をすり抜け飛び退いた。


「俺に触るな! まだだ! まだ終わりじゃない! これはむしろ好機! 何しろ皇帝が目の前にいるんだ。ここで皇帝を倒してしまえば帝国は終わりだ! まだ巻き返しは可能だ!」


 エルヴィン王太子は王族や貴族たちが集まっている一角に向かい、大声を張り上げた。


「ヴァルター! あれを使え! 皇帝がここにいる今がチャンスだ!!」



 ◇



「エルヴィン王太子。帝国皇帝の誘拐と殺害未遂。これを認めるか?」


 エデン帝国の皇帝がエルヴィン王太子を詰問している。

 大広間に集められた貴族達に混じり、王太子の査問の様子を見守っていたヴァルター男爵は、深いため息をついた。


(エルヴィン殿下はもう終わりだ。これからどうするか……。他の陣営に乗り換えようにも、王家の内紛で力のある王位継承権者はもう誰も残ってない)


 早くからエルヴィン王太子の陣営に加わり、王太子のために尽くしてきた。人に言えない汚れ仕事も進んでこなしてきた。別に王太子への忠誠心からという訳ではない。エルヴィン王太子が国王に即位した暁には、それなりの見返りがあると期待してのことだ。


 そのエルヴィン王太子は今、皇帝の問いかけに何も答えず口を閉ざしている。

 当然だ。皇帝の誘拐と殺害未遂を認めてしまえば、王太子といえど極刑は免れまい。


(しばらく身を潜めて、情勢が落ち着くのを待つか。いや、今後エルヴィン殿下の悪行の数々が明るみに出れば、それを手伝ってきた自分にも追及の手が及びかねない。今のうちに帝国の手の届かない外国へ逃げるべきか……)


 ヴァルター男爵は貴族の間では珍しく、高位魔法が使える魔術師でもある。家財を処分して他国に逃げたとしても、日々の生活に困る事はないだろう。


 そんな事を考えていたヴァルター男爵の耳に、エルヴィン王太子の叫び声が響く。


「ヴァルター! あれを使え! 皇帝がここにいる今がチャンスだ!!」


 エルヴィン王太子がこちらを見ている。ヴァルター男爵の姿を確認した上での命令だ。

 王太子からの不意な指示に、心の中で罵りの声を上げる。


(くそっ、殿下め! やってくれたな! この期に及んで、私を道連れにするつもりか!)


 エルヴィン派に属する魔術師は、エルヴィン王太子から出所不明の魔導書を渡されており、いざと言う時には、そこに記された魔法を使うよう指示されている。


 魔導書に書かれた魔法は既に習得済みだが、魔法の効果の検証が出来ておらず、本当に意味のある魔法かどうかは分かっていない。


(あの魔法を使えと? しかも今ここで? いや、今だからこそか……)


 こんな衆目の中で名指しされたのだ。帝国の注意を引いてしまったのは間違いない。知らぬふりをしても通用しないだろう。


(もう殿下の策に乗るしかないのか)


 ヴァルター男爵は懐から大きな魔石を取り出すと、呪文を詠唱しながら大広間中央へと躍り出た。

 呪文の詠唱が進むにつれ、大広間の床に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣を見た誰かが驚きの声を上げる。


「王城内では魔法は使えないはずだぞ! 一体どうなってる!?」


 異変に気付いた帝国の重騎士が、ヴァルター男爵を取り押さえようと一斉に動き出した。

 重騎士の腕が男爵を拘束しようと伸ばされる。だが少し遅かった。

 男爵の詠唱は既に最終段階を迎えていた。


「爆ぜろ! イーエムピー・ボム!」


 ……何も起こらない。


「くそっ、失敗か! 手応えはあったのに」


 だが男爵はすぐに気が付いた。魔法はちゃんと発動していると。


 ヴァルター男爵を取り押さえようしていた重騎士の動きが止まっている。

 一人だけではない。大広間の警護にあたっていた、全ての重騎士の動きが止まっている。

 石像のごとく動きを止めた重騎士が、一人また一人と大きな音を立てて床に倒れ込む。

 皇帝の脇で護衛に付いていた二人の騎士も、床に倒れて動きを止めている。


 魔法はちゃんと発動し効果を発揮した。あれは周囲のエデン製魔道具を根こそぎ破壊するという極めて特殊な魔法なのだ。


 ヴァルター男爵は目の前で動かなくなった重騎士を蹴飛ばし、反応がないことを確かめた。


「帝国の重騎士は、魔道具で操るゴーレムだって噂。あれ、本当だったんだな」



 ◇



 エルヴィン王太子は床に倒れた黒鎧の騎士へと駆け寄ると、騎士の腰から剣を引き抜き、その剣先を皇帝の喉元へと突きつけた。


「動くな!」


 皇帝の脇に控えていた二人のメイドが、悲鳴を上げ逃げ去っていく。


「形勢逆転だな。帝国の重騎士はもう誰一人動いていない。残っているのはろくに戦えない文官ばかりだ」

「うちの重騎士を全滅させるとは、咄嗟の行動にしては見事な手際だな」

「護衛にはゴーレムだけでなく、人間も入れておくべきだったな」

「まったくだ。肝に銘じておこう。ところで今のは対エデン用魔法か? やはり君が隠し持っていたんだな?」

「ご想像にお任せするよ」


 成り行きを見守っていた国王が弱々しく口を開く。


「エルヴィン、もう止めろ。何をしても状況は変わらぬ」


 国王の言葉を聞き、エルヴィン王太子が悲しそうに顔を歪める。


「父上、老いたな……。昔はもっと覇気に満ち溢れていたのに……」


 エルヴィン王太子は俺の喉元に剣を突きつけたまま、アストリット王女を見据えた。


「アストリット。皇帝の横に倒れている黒鎧の騎士。そいつの仮面を剥げ」


 指示されたアストリット王女は困惑し、ちらりと皇帝に視線を向ける。

 皇帝が頷くと、アストリット王女は倒れている黒鎧の騎士の顔から仮面を外した。


「皇帝と同じ顔か。こいつは皇帝の影武者ゴーレムだ。ということは、動いてるあんたの方が本物で間違いないようだな」

「ああ、俺は本物だよ。どうして俺の護衛が影武者だと気付いた?」

「黒鎧の護衛が皇帝の影武者だってのは、結構有名な話だ。時々本物と入れ替わっては敵の目を欺いているってな。……しかし、本当に人間そっくりだな。これがゴーレムとは驚きだ」


 王太子は周囲を見回すと、ヴァルター男爵を呼び寄せた。


「ヴァルター男爵。皇帝を拘束しろ。帝国の重騎士は一掃したし、皇帝の身柄も確保した。もう帝国は俺に手出しできん」


 ヴァルター男爵が皇帝を拘束しながら王太子に言う。


「殿下。早く手勢を集めて下さい。まだ帝国の文官達もいますし、いくら皇帝を人質にしていても、殿下と私の二人では何もできません」

「分かっている」


 王太子は大広間に集められた貴族達に向かい、大声を張り上げた。


「諸君、見ての通り皇帝の身柄は我が手の内にある。これはエデン帝国への反抗の第一歩だ。帝国の属国に堕とされ苦汁を嘗めさせられてきたが、それももう終わりだ。祖国をこの手に取り戻すのだ! 戦える者は今すぐ私の元に集え!」

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