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第142話 テオ暗殺

 テオ王子死亡の知らせを受け、周囲にざわめきが起きる。

 国王の顔は蒼白だ。


「それはテオに間違いないのか!」

「まず間違いない。遺体の特徴はテオ王子と一致している。他にも馬車の周囲で護衛とおぼしき騎士の遺体が多数見つかっている。馬車発見時に周囲に人影は無く、生存者も誰一人いない事から襲撃者の正体は不明だ。王子たちの遺体は王都に向け移送中である」


 テオ王子はエデン帝国からの召喚命令を受け出先から王都へ戻る途中、何者かの待ち伏せに遭ったようだ。


 国王が椅子にもたれ込み、両手で顔を覆った。

 エルフリーデ第二王女に続き、テオ第四王子の死をも知らされ言葉が出ないようだ。


 先程指示を出した文官が、大広間に集まる貴族や王族の中から一人の女性を伴って戻ってきた。思わず目を奪われてしまうような美しい女性だ。

 ギュンター王子がその女性を見て声を上げた。


「母様! 何故母様が?」


 連れてこられたのはギュンター王子の実母、マリー第四夫人であった。


 国王は夫人が連れてこられたのを見ても、無表情のまま黙り込んでいる。

 もう何を言う気力も無くなっているようだ。


 俺は夫人を手招きした。


「マリー第四夫人で間違いないか?」

「はい。マリー・アルースにございます。皇帝陛下のお召しにより参上いたしました」


 透き通った声に気品溢れる所作。傾国の美女という形容が似合いそうな女性だ。


「テオ王子が殺害されたというのは聞いていたな。テオ王子について、少し話を聞きたい」

「はい、何なりと。……ですが何故私を? 私は亡くなられたテオ王子殿下をそれほど存じ上げませんが」


 調査報告書を手に取り、ページをめくる。


「そうなのか? 夫人は我が子を国王にすべく、幾人かの貴族と共にギュンター派を立ち上げ、第一王子や第二王子と対抗しようとしているとか。テオ王子にも王位継承権を返上し、ギュンター派に加わるよう迫っていたという話だが」

「根も葉もない噂にございます。確かに王城内で人脈作りには励んでおりますが、それは人見知りの激しい我が子に、少しでも多く知人を作らせようという親心でしていること。派閥争いの話ではございません」

「そうか。ではテオ王子との親交はなかったと?」

「テオ王子は息子ギュンターと歳の近い兄君。部屋に引きこもり気味のギュンターを何とか外に連れ出していただけないかと、イザベル夫人共々協力を求めたことはございます」


 イザベル夫人とは殺害されたテオ王子の実母で、国王の第三夫人のことだ。


「テオ王子に会った際に、王位継承権を返上するよう言わなかったか?」

「まさか。そのような話は全くしておりません」

「今の言葉、嘘偽りはないな?」

「はい。全て真実です」


 脇に立つベルタが、俺の背中を強く指で叩いた。

 トトトン、トトトン、トトトン。『偽りあり』の合図だ。


「マリー夫人。テオ王子を殺させたのは夫人ではないのか?」


 マリー夫人が口に手を当て、驚きの表情を見せる。


「皇帝陛下。私めをお疑いですか?」

「聞かれた事に答えよ。テオ王子を殺すよう誰かに指示を出したか?」

「いいえ。殺害などとんでもない事にございます」


 トトトン、トトトン、トトトン。これも嘘だ。

 これではっきりした。テオ王子殺害の黒幕はこの女だ。


「まあいい。無関係かどうかは、イザベル夫人から話を聞けば分かるだろう」


 俺の言葉に夫人が目を見開き驚愕の表情を見せた。


「イザベル夫人!? 夫人は……、夫人は生きているのですか!?」

「生きているとは?」

「先ほど、全員殺されたと……」

「はて? イザベル夫人がテオ王子と一緒に殺されたとは一言も言っていないが……」


 目を細めマリー夫人を注視する。夫人は口ごもり慌てて目を伏せた。

 そんなやりとりを見ていた文官が、おずおずと進み出る。


「恐れながら申し上げます。陛下、メモの二枚目をお読みいただきたく」

「二枚目?」


 俺はテーブルに伏せたメモを取り上げた。先程見たメモの下にもう一枚紙が重なっている。


「すまない。見落としがあったようだ」


 二枚目のメモを手に、じっくりと読み進める。


「追加の知らせだ。襲撃された馬車の中から、テオ王子の他に女性の遺体が見つかったようだ。確認中ではあるがイザベル第三夫人と見て間違いないだろう」

「イザベルもか!!」


 国王が椅子から立ち上がった。だが、すぐに腰が抜けたように椅子に座り込んだ。


 第二王女エルフリーデが殺された。

 第四王子テオが殺された。

 そしてテオ王子の母、イザベル第三夫人も殺された。

 自分の子や側室の死を次々と知らされ、国王の悲しみはいかばかりか。


「妙だな。俺は最初イザベル夫人が馬車に同乗していたとは知らず、殺されたのはテオ王子と護衛の騎士達だと伝えた。だがマリー夫人はまるでイザベル夫人の死を知っていたかのような口ぶりだった」


 マリー夫人の手が小刻みに震え出した。額から汗も滲み出ている。

 俺は改めて夫人に問うた。


「どういう訳だ? なぜイザベル夫人の死を知っていた?」

「いえ、少し思い違いをしただけです」

「そうかな? 王子を襲撃した者から、二人の殺害に成功したと報告を受けていたのではないのか?」

「そ、そのような事は……」


 ひたすら狼狽えるマリー夫人。俺は声を荒げた。


「俺が何も知らないとでも思っているのか!!」

「ひっ!」


 俺の恫喝にマリー夫人が悲鳴を洩らし床に座り込んだ。


 彼女は自分が殺害を指示したとは自白していない。

 彼女の犯行を裏付ける物的証拠はまだ見つかっていない。

 彼女は今現在、容疑者であって犯人ではない。


 だがそんな事はどうでもいい。

 今のマリー夫人の姿を見れば、誰しも彼女が事件に関与していたと思うであろう。

 それで充分だ。俺の目的は十分に達成された。


「マリー夫人にはじっくりと話を聞かせてもらう必要があるな」


 壁際に並んでいる帝国の騎士に指示を出す。


「マリー夫人を別室にお連れしろ。丁重にな」

「母上!」


 ギュンター王子がへたり込む母を守るかのように、騎士の前に立ち塞がる。


「ギュンター王子。マリー夫人にはテオ王子並びにイザベル夫人殺害の容疑が掛けられている。取り調べの結果、容疑が晴れれば即刻解放しよう。夫人が心配なら取り調べが始まるまで付き添ってやるがいい」


 マリー夫人が帝国の騎士に連れられ大広間から退出していく。ギュンター王子が泣きそうな顔でその後を追う。


 国王はもう魂の抜けたような状態である。

 だがここで慰めの声を掛ける訳にはいかない。


 明日になれば全ては変わる。いや、変えてみせる。

 そのためには、今しばらくこの茶番劇を演じ続けなければならない。

 例えそれが人の道から外れていようとも……。


 ◇


 五日ほど前、イザベル第三夫人とその息子の第四王子テオが、連れ立って夫人の実家のグランス領へと出掛けていった。


 テオ王子の身辺調査を担当していたシャドウの諜報員は、イザベル夫人の帰郷が王位継承争いと何か関連があるのではと疑い、自分もグランス領へと赴いた。

 現地調査の結果、夫人の帰郷目的は母親の病気見舞いと判明し、諜報員の疑念は解消された。


 その後諜報員は、夫人と王子の一行が王都への帰途につくのを見届け、その後を追うように王都へと向かった。


 王都に戻った諜報員は、先にグランス領を出た王子一行が、まだ王都に戻って来ていない事を知らされる。

 グランス領と王都を結ぶ街道は一本しかない。途中に立ち寄るような街や村はなく、気付かぬうちに王子一行を追い抜いた可能性は極めて低い。


 諜報員の行動は素早かった。彼はこの状況を異常事態と判断し、即座にシャドウ本部へと通報したのだ。そして事件性を認めたシャドウ本部は、組織を挙げてテオ王子一行の捜索に乗り出した。


 偵察機を動員した大規模な捜索の結果、街道から少し離れた森の中で、何者かに襲われた馬車とテオ王子、イザベル夫人、それに護衛騎士たちの遺体を発見したのである。


 周囲に怪しい人影はなく、一行を襲った者の正体は不明。

 ただ盗賊の類が、騎士の守る王家の馬車を襲うとは考えられず、襲撃の目的は王族の暗殺であると推測された。


 ではこの暗殺を指示したのは誰か? 容疑者はすぐに見つかった。

 第五王子ギュンターの実母マリー第四夫人その人だ。


 彼女は王位に興味を示さぬギュンター王子に代わり、自らギュンター派を立ち上げ王城内で活発に派閥拡大に動いていた。

 容姿に優れる王の側室たちの中でも、マリー夫人は他の追随を許さぬ程の美貌の持ち主だ。

 彼女はその美貌を武器に有力貴族たちを次々と虜にし、ギュンター派の勢力を拡大していった。


 その彼女の直近の標的は、ギュンター王子の異母兄であるテオ王子だ。

 テオ王子を自派閥に取り込むべく、何かと理由を付けて王子に接触を図っていたが、テオ王子はマリー夫人を厭い、まともに相手をしなかったようだ。


 従わぬなら排除するまでと、怒りに任せて強硬手段に打って出たのか。それとも他に何か切羽詰まった理由があったのか。マリー夫人が王子暗殺に踏み切った理由は定かではない。


 状況証拠の多くはマリー夫人が黒幕だと告げている。

 だが彼女の犯行を裏付ける確たる証拠は何もない。


 明日になればホルス王都で王位継承権者に対する査問会が開かれる。

 それまでに証拠を揃えられればいいが、シャドウの総力を集めたとしても、たった一日では実行犯確保も証拠固めも厳しいであろう。


 そこで俺は決めたのだ。黒幕のあぶり出しに王子と夫人の死を利用すると。


 証拠が間に合わなくとも構わない。査問の席でマリー夫人を糾弾し、テオ王子とイザベル夫人の暗殺を自供するよう追い込む。

 それが無理ならマリー夫人が黒幕だと印象付けるだけでいいのだ。


 かくて王子と夫人の死は、今しばらく伏せられることになったのだ。


 ◇


(自分の目的のために人の死をも利用するとは……。俺は碌な死に方しないだろうな)


 落ち込む心を奮い立たせ、次の査問対象者を見る。


 第一王女アストリット。縦巻きツインテールの悪徳令嬢風の王女だが、見た目に誤魔化されてはいけない。この王女は只者ではない。


「アストリット第一王女。前へ」

「はい、皇帝陛下」


 王女が俺の前に進み出る。その目はまっすぐに俺を見つめている。


「アストリット王女。王座が欲しいか? 女王になりたいか?」


 問われた王女は、間髪を入れずに答えた。


「この国の王座に興味はありません」


 王座はいらないとの回答は予想通りだ。だが彼女の言葉に何か違和感を覚えた。


「『この国の王座』と言ったな。ではホルス王国以外の王座なら欲しいのか?」

「申し訳ありません。言葉が足りませんでした。他国の王座が欲しいという意味ではなく、我が国の王座には欲しがるだけの価値が無い、と申し上げました」

「ほう。君の兄弟たちは己が手を血に染めてでも王座を欲しているぞ。それを価値がないと?」

「泥船を欲しがる者の気が知れません」


 泥船とは辛辣である。俺も全く同意見ではあるが……。


 実はシャドウの身辺調査で、アストリット王女がエデン帝国の機密情報を他国に渡したという疑惑が出ている。


 帝国は属国三国を支配する上で、各国上層部には帝国の科学力の一端を開示している。

 それらは全て機密扱いであり、帝国外への漏洩を固く禁じているのだが、アストリット王女はその情報を、ホルス王国の北側にある小国家群に渡した節があるのだ。


 本当はこの査問の席で情報漏洩の疑惑を問いつめ、その真偽を確かめるつもりでいた。だが今回は彼女への査問は行わない。


 アストリット王女は頭の回転が速い。証拠もない噂レベルの疑惑で彼女を追及したところで、返り討ちに合うのがオチだろう。


 この査問会の目的はホルス王家の威信を失墜させることだ。逆に王女にやり込められたりしたら目も当てられない。


「良く分かった、アストリット王女。ご苦労だった。もういいぞ。…………いや待て。……気が変わった。すまんが王女には査問会の終了まで同席を願おう。良いかな?」

「はい、皇帝陛下。同席は構いませんが、私に何をお求めでしょうか?」

「国王のそばにいてやってくれ。娘が一緒にいれば心の支えになるだろう」


 国王の精神的な疲労が思いの外激しい。

 国王にはこの茶番劇、最後まで付き合ってもらう必要がある。酷い仕打ちとは承知しているが、まだ倒れられては困るのだ。


 アストリット王女は国王の椅子の隣に立つと、俺に軽く頭を下げた。


「皇帝陛下。ご高配を賜り感謝いたします」


 なに、礼には及ばない。

 もし国王が最後までもたないようなら、アストリット王女を国王の代理に仕立てようと思っただけだ。


 ◇


「第三王女ユーリア。前に出なさい」


 次は第三王女のユーリアだ。

 成人したばかりの十五歳。もともと歳若い王女様なのだが、その仕草や見た目から更に幼く見える。もう俺の目には少女ではなくお子様にしか見えない。


 正直なところ、俺はこのユーリア王女とは関わり合いになりたくない。

 兄弟達とは違った意味で問題があるのだ。

 その問題とは王女のファンクラブ『ユーリア親衛隊』にある。


 これまでユーリア親衛隊は、ユーリア王女を崇める騎士達が自主的に作った私設組織であると思われてきた。だが実態は違う。逆なのだ。

 ユーリア親衛隊とは、ユーリア王女がお気に入りのイケメン騎士を厳選して集めた、言うなれば王女の逆ハーレム組織なのである。


 しかも王女と騎士達の関係は「王女と守護騎士」といったご立派なものではなく、「女王様と下僕」といった関係なのだ。


 そして王女の寝所では夜な夜な…………。



 実の所、ユーリア王女は困った王女様ではあるが、査問にかけて糾弾する程の事はしていない。

 彼女がどんな性癖を持っていようが、当人達が納得しているのならば、野暮な口出しをするつもりはない。


「ユーリア王女。王座が欲しいか?」


 一応皆に聞いているので、ユーリア王女にも聞いてみた。


「はい。欲しいです。女王になりたいです」


 王座に興味はないと思ってたんだが、まさか本物の女王様になりたいとは。


「そうか、分かった。ご苦労だった。もう下がっていいぞ」

「えっ、私を女王にしてくれないの?」

「いや、欲しいか聞いただけで、やるとは一言も言ってない」

「えーーっ。何それ。ずるーーい」


 ユーリア王女が頬を膨らませ、両手を腰に当てて抗議している。なかなか可愛いじゃないか。

 でも残念ながら俺はロリコンじゃない。王女の希望に応える理由は無い。


 憮然とした顔で抗議の意を示すユーリア王女を下がらせる。



 残る王位継承権者はあと一人。帝国が身柄を押さえている王太子エルヴィンだけだ。

 国王は相変わらず黙りこくっているが、まだ大丈夫そうだ。であればこのまま続行だ。


「さあ、最後の査問だ。王太子エルヴィンを連れてこい!」

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[一言] ホルス王国がどのような結末を迎えるか楽しみ。
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