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第139話 ランベルト

「さて次の査問だが……。面倒だからまとめてやろうか」


 壁際に控えているエデン帝国の文官を呼び寄せ指示を出す。

 文官は大広間の一角に集められた者の中の何人かに声を掛け、俺と国王ルートヴィヒのいるテーブルまで連れて来た。

 連れて来られたのは歳の頃、十代後半から二十代前半といった五人の男女だ。


「儂の息子たちに何用か!?」


 そう。彼らは皆、ルートヴィヒ国王の息子や娘たちである。

 国王が自分の子供たちが呼ばれた事に気色ばんでいるが、とりあえずスルーだ。


 男が三人、女が二人。

 さすが本物の王子様と王女様である。揃って見目麗しい容姿をしている。

 全員が母親の違う異母兄弟のためか、実の兄弟姉妹というのに、あまり親密な間柄ではないらしい。

 文官から手渡された資料に目を通しながら、テーブルの横に立ち並ぶ若者たちを順に確認していく。


「ふむ。第二王子ランベルト、第三王子ヘルムート、第五王子ギュンター、第一王女アストリット、第三王女ユーリアか。……ん? 王位継承順位の八位までを集めるよう指示したはずだが、五人しかいないな。第一王子エルヴィンは帝国が預かっているし、第二王女エルフリーデは所在不明。あと足りないのは第四王子のテオか」


『第四王子はどこだ?』という意味を込めて国王を見るが、国王は『知るか!』とばかりにそっぽを向いてしまった。


 ホルス王国の王位継承権を持つ者は全部で十七人いるのだが、成人に達していない者や継承順位の低い者はこの場には呼んでいない。


 王位継承権者たちについては、既に秘密諜報組織シャドウによる身辺調査が済んでいる。

 事前に調査報告も受けているのだが、改めて手元の調査報告書を開く。



 第二王子ランベルト。二十一歳。

 少女漫画に出てくるような優しげな顔立ちの王子様だ。

 だがこのイケメン王子様、その甘いマスクの裏で数々の陰謀を巡らしている。

 本人は裏の顔を持つ策略家を気取っているようだが、俺にその報告を上げたシャドウの諜報部長には鼻で笑われていた。

 調査報告書には王子が関わった陰謀事案が列記されており、最後の人物評論欄には一言、『謀略王子(笑)』と書かれている。



 第三王子ヘルムート。十七歳。

 これも顔立ちの整った王子様なのだが、見るからに軽薄そうなオーラが立ち込めている。

 その見た目にたがわずこの王子もあまり素行がよろしくない。

 過去にやらかした悪行は数多く、そのどれもが王族の身分を笠に着て威張り散らし、権力や暴力を以て弱者をいたぶるという、いかにも小者臭の漂う悪行が多い。

 だが最近は悪行などという言葉では済ませられない事態にもなっているようだ。

 人物評論は『ヤンキー王子』。 ……言い得て妙な評価だが、この世界にもヤンキーなんて言葉が存在してるのか?



 第五王子ギュンター。十五歳。

 あまり社交的ではないようで、この年代が通う貴族学校にも行かず一日の大半を自室で過ごしている。

 日常で会話を交わすのは、母親と王子付きの家庭教師、それに身の回りの世話をする侍女だけのようだ。

 おかげで王子の人柄を良く知る者が見つからず、彼の調査報告の情報量は極めて少ない。

 人物評論は『引き籠り王子』。 ……まんまだな。



 第一王女アストリット。十九歳。

 ツインテールを縦巻きにカールさせたドリルのような髪型が特徴の美貌の王女である。

 かなり高慢な性格らしく、王女の横暴さに泣かされた者は数知れず。

 上から目線で高飛車に振る舞う一方、自分に付き従う者への面倒見は意外といいようで、世間の評判は「極めて良い」と「極めて悪い」に二分されている。

 血統と美貌を兼ね備えた王女様だけあって、絶えず婚姻話が持ち込まれていたが、王女の強い拒絶により、その全てが立ち消えになっている。

 人物評論は『ツインドリル姫』。 ……いや待て! それ人物評論ちゃう。ただの外見の評論じゃねーか。この評論欄、誰が書いてんだよ?



 第三王女ユーリア。十五歳。

 先日十五歳の誕生日を迎え、大人の仲間入りを果たした王女様だ。

 まだ幼さの残るいたいけな王女の姿は、見る者に『守ってやりたい』『放っておけない』といった保護欲を掻き立てるらしく、王族の中では一番人気が高い。

 若手騎士の間では『ユーリア親衛隊』なるファンクラブまで結成されており、王城勤めの騎士たちが非番毎に王女に付き従っているという話だ。

 人物評論は…………まあ…………その…………何だ…………。この王女様に関してはコメントは差し控えよう。



 最後に第四王子テオ。十六歳。

 所在不明でこの場に姿を見せていない王子だ。

 手元の資料にはテオ王子の調査報告もしっかりと記されているが、もうこれに目を通す必要はないだろう……。



 この国の王子や王女は、総じて性格に問題のある者ばかりだ。

 これは宮廷内での母親間の権力争いが、そのまま子供たちに引き継がれた結果のようだ。

 陰謀渦巻く王宮での生活が、幼少期の人格形成に悪影響を与えた事は想像に難くない。

 同情すべき点がないでもないが、成人してからの行いは全て本人の責任である。


 俺は報告書の束を閉じると、テーブルの脇に立つ彼ら五人に向かって宣言した。


「これより王位継承権者への査問を始める」


 国王が怖い顔でこちらを睨んでいるが、査問に対して口出しするつもりは無いようだ。


「王は知っているか? 最近ホルス王国の王位継承権者の間で、次期国王の座を巡って熾烈な争いが起きているのを」

「何を馬鹿なことを。儂はまだ健康で退位など数十年先だ。後継者争いなど起きるものか」


 何だろうね……。偉大なる皇帝陛下様に対する口の利き方ではないようだ。

 俺に向かって散々と怒鳴り散らした後なので、今更取り繕っても仕方がないとでも思っているのだろう。


 先程までの無礼な言動の数々は、反逆罪への弁明に必死だったから許容していたに過ぎない。だがその件はもう片が付いた。いつまでも無礼な振る舞いが許されると思ったら大間違いだ。


「王よ。お前は誰に向かって物を言っている?」


 眉をひそめ国王を一瞥いちべつする。

 国王の表情がみるみる凍り付く。額からはぽたぽたと汗が染み出している。

 どうやら俺の威厳にあてられ委縮してしまったようだ。


 ……と言えればカッコ良かったのだが、実はこれ、俺の威厳とは全く関係ない。

 しばらく前に魔力操作の訓練をしていて、偶然に生み出された俺の新しい技なのだ。


 この魔力を応用した技には、人の心の奥底に潜む負の感情を増幅する効果があり、これを喰らった者は底知れぬ恐怖に支配され、赤子のように泣き叫び、這いつくばって許しを請うという、それはそれはえげつない技なのだ。


 下手をすれば一生消えないトラウマを植え付け、人格を破壊しかねない危険な技であり、使用には細心の注意が必要なのだが、まあ、この無礼千万な国王に使う分には問題ないだろう。


「誰に向かって物を言ってるのか?」


 重ねて迫る俺に、国王が慌ててテーブルに頭を擦り付ける。

 国王の額から流れ落ちる汗がテーブルの上に小さな水溜まりを作っている。


「も、申し訳ございません。失礼の段、平に、平にご容赦を!」


 普段、人に頭を下げ慣れていないせいか、謝罪に誠意が感じられない。

 だがそれを指摘していると話が進まなくなる。


 俺は国王に掛けていた技を解除した。

 国王は息をつきながら顔を上げ、凍り付いた表情のまま額の汗を拭っている。


「話を戻そう。数か月前から王都内に妙な噂が広まっている。曰く『エデン帝国がホルス王国の王位継承権者の中から次期国王を選ぶべく選定を始めた』と」

「そ、それは本当の事なのですか!?」

「噂に過ぎん。帝国が次期国王の選定を行っている事実はない」


 嘘は付いてない。帝国はまだ次期国王の選定に着手していない。ただ噂を流しただけだ。


「だが、街に流れた噂を真に受けた者が大勢いたようだ。王位継承権者の間では既に次期国王の座を巡る争いが始まっている。競争と言っても自分が国王に相応しいとアピールするのではなく、ライバルを潰し合うという競争だがな」


 国王がぎょっとした表情で王子や王女たちの顔を見つめた。


「お前たち……、何をしでかしたのだ!?」


 王の詰問に目を伏せる者、視線を泳がす者、無表情の者、何故か俺を睨む者、訳が分からないといった顔の者。五者五様の反応である。


「まさか……、まさか……、エルフリーデの失踪は……。テオがこの場にいないのは……」


 さすがに国王も気付いたようだ。

 俺は居並ぶ王子王女たちの一人に声を掛けた。


「エルフリーデ王女が城から姿を消したという話だが、王女の行先に心当たりはないか? ランベルト王子」


 指名されたランベルト王子は、胸に手を当て軽くお辞儀をしながら丁寧な口調で答える。


「我が妹エルフリーデの行方については、何も心当たりがございません。お役に立てず申し訳ございません。皇帝陛下」


 素晴らしい。返答の仕草が優雅で気品に溢れている。

 社交界では若い令嬢相手に無双しているという話だが納得である。


 まあ、腹の中もこれくらい綺麗なら、次期国王の候補に入っていたはずだが実に残念である。


「先日トルスタットの街に行っただろ。街では領主の館に滞在したそうだが」

「陛下、よくご存知でいらっしゃいますね。領主ジーベルク伯爵の招きに応じ、視察を兼ねてかの地を訪問いたしました」

「あの街で何か変わったことが起きなかったか?」

「変わった事ですか? 特に何も無かったと思いますが」

「ほう、知らんとな。領主の館に幽霊船が現れたと大騒ぎだったそうだが」

「はて? そのような話、私は聞き及んでおりませんが」


 さすが『謀略王子(笑)』である。こちらの追及にも顔色一つ変える事なく堂々としている。


「先日、帝都バベルの皇帝府に送り主不明の魔道具が届けられた。調べてみたらどうも映像記録用の魔道具らしくてな」


 俺の合図を受け、赤毛のメイドがテーブルの上に小さな投影機を置く。

 ランベルトが鋭い眼差しで、その投影機を見つめている。


「中身はとある男が尋問されている光景だったんだが、どうやらトルスタットの領主館で撮影されたものらしいんだよ」


 テーブルの上に投影機から小さなホログラムの像が投影される。

 映し出されたのは椅子に座っている若い男の姿だった。

 男はまるで酒に酔っているかのような状態で、目も虚ろで頭もふらふらと揺れ動いている。


 ランベルト王子はホログラム映像を見て何か言いかけたが、ハッとした様子で慌てて口をつぐむ。その映像の男が自分だと気づいたようだ。


「最初の方はあまり重要じゃないから飛ばすとして……、おっと、ここからだな」


 どこからか響く声が、椅子の男に質問を投げている。


『ランベルト王子。王位継承権者が何人か王城から姿を消している。何か知っていることはないか?』


『……ゼークスとネルの二人は……私の派閥に取り込んだ。……他の派閥から手出しされないよう……国外に出した。……二人とも、セントース聖王国に隠した』

『二人とも無事か。どうりで痕跡が見つからないはずだ。国外に出ていたとはね。単なる派閥争いの結果なら事件性はないか。関与はその二人だけか?』

『……エルフリーデを攫うよう指示を出した』


 ホログラムの映像を凝視していたランベルト王子が叫んだ。


「やめろ!」


 王子がテーブルの上に置かれた映写機を奪い取ろうと手を伸ばす。

 だが、いつの間にか背後に忍び寄っていた帝国の重騎士により取り押さえられ、手足を拘束され口を塞がれる。


 ホログラムの映像は続く。


『エルフリーデ? エルフリーデ第二王女か? ……ちょっと待て。第二王女が攫われたなんて話は聞いてないぞ』

『……数日前に指示を出したばかりだ。……その後すぐに王都を出てトルスタット領に来たから、成否の報告は受けていない』

『何と指示を出した? もっと詳しく』

『……トラレス伯爵に命じた。……エルフリーデの命が狙われていると偽の情報を流して城から連れ出すよう指示した。……城を出たら人目に付かない所で襲撃して、盗賊の仕業に見せ掛け監禁するようにと。……もしもの場合は殺害も』


 俺は慌ててホログラムの映像を止めた。

 ランベルト王子を拘束している騎士に指示を出し、口だけ自由にさせる。


「ランベルト王子。エルフリーデ王女を城から誘拐した件について、何か弁明はあるか?」

「う、嘘だ。これは私ではありません! 私はこんな事言ってない! これは私を陥れる罠だ!」

「いやいや、これどう見ても君だろ。まあ実を言えば、こんな自供など無くとも君が関与した証拠は十分揃ってはいる」


 幽霊船ウンディーネでトルスタット領主の館に乗り込み、館の人間を全員眠らせた上で催眠状態下のランベルト王子や領主から供述を取ったのだ。

 他でもない自分の口から出た自白である。これ以上確実な証拠はない。

 他にも館を捜索して、いろいろと物的証拠も入手済みだ。


 まあ、こんな方法で取った自供が証拠と言えるかという問題はあるが、エデン帝国の版図内では帝国皇帝が白と言えば白、黒と言えば黒、問題なしと言えば問題はないのである。

 嗚呼、独裁万歳! エデン帝国に栄光あれ!!


「君の自供を元に帝国でも調査を進めた。王女誘拐の実行犯であるトラレス伯爵も捕縛済みだ。証拠や証言は山ほどあるぞ」


 トラレス伯爵はその昔、王女の母親である先代予知姫に大きな恩を受けたようだ。

 伯爵はその恩に報いるべく、長年に渡り母子の支援を続けてきた。だがその伯爵家も時代の流れと共に、徐々に没落の一途を辿る。

 ランベルト王子は傾きかけた伯爵家を罠に嵌め弱みを握ると、それをネタに王女誘拐の実行役を強要したのだ。


 ランベルト王子が項垂うなだれる。もはや言い逃れは出来ないと悟ったのだろう。

 策士を気取っていたようなので、もっと抗弁してくると思ったのだが、何だか拍子抜けだ。


「弁明がないならランベルト王子には退出してもらおうか。君に掛けられた容疑は数多い。今後の調べで罪状を明らかにし、その上で処分を決めるとしよう。連れていけ」


 帝国の騎士に指示を出す俺に、それまで黙って聞いていた国王が口を挟んだ。


「待ってくれ! エルフリーデは? 娘はどうなったのだ!?」


 俺は国王の問いには答えず、隣に立つ仮面の金髪メイドを指で呼び寄せる。

 顔を寄せたメイドに耳元でそっと尋ねる。


(最後にもう一度だけ聞く。……本当にいいんだな? エルフリーデ)

(はい。かまいません)


 俺はため息をつくと、国王に向き直る。


「エルフリーデ王女は王城から誘い出され、国境近くの森の中で乗車する馬車を盗賊に襲われた。襲撃は偶然通りがかった帝国の行商人によって阻止されたが、王女はその後にエルヴィン第一王子の命を受けた近衛騎士団に捕えられ、転移魔法でブレストーク砦に送られた。エルは……、いやエルフリーデ王女は砦でエルヴィン王子に切りつけられ…………………その後に亡くなった」


 国王が肩を落として顔を伏せた。話の成り行きで半ば覚悟していたのだろう。

 親子としての関係は希薄だったと聞いているが、そんな関係だとしても我が子が死んだと聞かされれば辛かろう。

 ましてや殺したのも、殺されたのも、どちらも自分の子供である。


「エルフリーデ王女を殺害した第一王子エルヴィンは帝国が身柄を押さえている。エルヴィン王子には他にも帝国に対する反逆容疑が掛けられている。彼からは後でじっくり話を聞くことになろう」

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