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第138話 運命の一日

 一昨日のこと。

 ホルス王国の王城にエデン帝国から一通の封書が届けられた。

 それはエデン帝国の皇帝がホルス王城を訪問する旨を伝えるものだった。

 皇帝の来訪は明後日。目的は単に『国王との会談』としか記されていない。


 王城は緊張に包まれた。

 エデン帝国はホルス王国の宗主国であり、例え国王といえどエデン帝国皇帝の前では家臣扱いだ。

 その皇帝が国王に用があるというのであれば、単に王を帝都バベルに呼び出せばいい。

 何も自ら属国まで出向く必要などないのである。


 にも関わらずエデンの皇帝はホルス王国にやって来る。

 これほど急な来訪となれば、単なる視察とは考えられない。

 ホルス王国の上層部はその目的について議論を重ねたが、出て来た答えはどれも推測の域を出ないものばかりだった。




 そして通達から二日後の早朝。


 夜の深い闇に包まれていた王都の街に、淡い光が混じり始める。

 周囲はまだ薄暗いが、朝の支度を始めようと人々が街中に姿を見せ始めている。


 もうすぐ夜が明ける。空が明るくなれば街の住人たちも気付くであろう。

 自分たちの頭上に、空を覆い尽くさんばかりの巨大な島が浮いているのを。


 王都の住人にとって決して忘れる事のできない、運命の一日が今始まろうとしている。



 ◇◇◇



 普段は舞踏会などで使用される城の大広間。

 その大広間の奥に重厚かつ荘厳な装飾の長テーブルが設えられている。


 長テーブルの一方の端に座っているのはエデン帝国の皇帝タツヤ。

 銀の仮面で目元を隠した若き黒髪の皇帝だ。


 その両脇にはメイドが二人、皇帝に寄り添うように控えている。

 一人は中肉中背の金髪メイド。もう一人は細身の赤毛メイド。どちらも顔全面を覆う白い仮面で素顔を隠しており、その表情はうかがい知れない。


 更にメイドの外側では二人の騎士が皇帝を守護せんと周囲に睨みを利かせている。

 皇帝と同様に仮面で目元を隠した黒い鎧の騎士と、大剣を背負った白い兜と鎧の大柄な重騎士である。


 他にも皇帝の周囲の壁際には、帝国の文官や重騎士隊がずらりと並び立ち、いつでも皇帝の指示を受けられるよう待機している。


 長テーブルのもう一方の端に座っているのは、壮年の彫りの深い顔立ちの男だ。

 ルートヴィヒ・ヘルムート・ローデンヴァルト。ホルス王国の国王である。

 こちらは家臣も護衛もつけず、ただ一人で椅子に座っている。




 王城の侍女が緊張した面持ちで、紅茶の入ったティーカップを皇帝と国王の前に差し出している。

 タツヤ皇帝はティーカップを手にすると、立ちのぼる紅茶の香りを楽しんだ後、ゆっくりと口に含んだ。


「ほう。これは美味い。何だか気分が落ち着くいい香りがする」


 紅茶がいたくお気に召したようで、給仕の侍女に満足そうな笑みを向けている。


 その様子をじっと観察していた国王ルートヴィヒは、自分もティーカップを手に紅茶を喉に流し込んだ。皇帝とは違い、彼には紅茶の味を味わう余裕などなかった。


(皇帝がここに来た理由は何だ? 天空の島で脅迫まがいに王都に乗り込んで来た理由は?)


 過日、隣国アルビナ王国はエデン帝国の逆鱗に触れ、その報復としてアルビナ王城を完膚なきまでに破壊された。

 その際、炎上し崩れ落ちる王城の上空に現れ、その神秘的な姿をアルビナ国民の前に誇示した天空の島の逸話は、今でも吟遊詩人たちの語り草だ。


 その天空の島がこのホルスの王都上空に現れた。それもかなり低い高度に留まっている。

 王都の住人たちは、このまま街が天空の島に押しつぶされるのではないかと、戦々恐々としているである。


(これ見よがしに帝国の力を誇示してきたということは、何か無茶な要求を突きつけるつもりか?)


 国王ルートヴィヒの胸中は不安でいっぱいだ。


 タツヤ皇帝は給仕を終えた侍女の退出を確認すると、大広間の入口側に目を向けた。

 そして大勢の着飾った貴族が広間の一角に並んでいるのを見て、満足げに頷いた。


 今回の皇帝の来訪。表向きの理由は国王との会談である。

 だがこの会談には国王のみならず、王族、地方領主、有力貴族など、大勢の者たちが指名のうえ参列を求められた。

 参列の要請と言えば聞こえはいいが、実質は帝国からの召喚命令であり、指名された者に拒否権などない。

 王国は指名された者たちと取り急ぎ連絡を取り、今日この場に呼び集めたのである。




「準備は整ったようだな。では始めようか、ルートヴィヒ国王」


 この期に及んでも、まだ今日の会談の目的が分かっていない。

 国王は我慢できずに、皇帝の来訪理由を問いただした。


「皇帝陛下。今日はどのような用件で来られたのか? まだ会談の議題を伺っておりませんが……」

「弁明を聞きに来た」

「弁明ですと?」

「ああ、弁明だ。今回の件は王にも言い分があろう。弁明の機会を与えるから言いたい事があるなら聞こう」


 口調はあくまで丁寧だが、言葉の端々に冷たい刃を感じさせる話し方だ。

 相手を見下すようなその態度に、ふつふつと怒りの感情が湧き上がる。

 だが相手は帝国の皇帝陛下である。思いのままに怒りをぶつけていい相手ではない。


「お待ちいただきたい。弁明とは一体何の話を? それに今回の件とは何の事なのか?」

「もちろん、ホルス王国のエデン帝国に対する反逆の件だ」


『反逆』の言葉に、国王の自制心はあっさりと吹き飛んだ。


「反逆!? 儂がいつ反逆などした! 帝国の属国に堕とされて以来、頭を垂れ屈辱の日々を耐え忍んでおるというに。その儂に向かって反逆の罪だと! 帝国は儂に謂われなき罪を着せようというのか!」


 会談を見守っていたホルス王国の家臣たちは、国王の反発に真っ青になった。

 衆人環視のなかで宗主国の皇帝を怒鳴りつけたのだ。直ちに首を刎ねられてもおかしくはない。一族郎党まとめて処刑される可能性だってあるのだ。


 だが皇帝は国王の無礼な振る舞いなど気にも留めず、平然と会話を続ける。


「ほう。この期に及んでまだしらを切るか……。では順に説明してやろう」


 皇帝はティーカップの紅茶をぐいと飲み干すと、国王を見据えた。


「先のホルス・アルビナ戦争での敗北により、ホルス王国は帝国の支配を受け入れその属国となった。その際、帝国はホルス王国にいくつかの命令を出した。その一つが『紫炎の予知姫』と呼ばれる人物の引き渡しだ。王国からは『予知姫は出奔し行方知れず』との回答を得たが、それに相違ないか?」

「そ、それは……」


 激しい怒りの感情が急速に鎮まり、徐々に焦りの感情へと変わっていく。


(予知姫の件か……。まずいな。どこまで知られた?)


 言葉を返せない国王に、皇帝は更に言い募る。


「王の子の中にエルフリーデという娘がいるだろ。確か第二王女だったか?」


(これは完全にばれておるな。……しかし、娘を一人隠したくらいで反逆とは大げさな)


 糾弾の矛先が見えた事で少し頭が冷えてきた。

 向こうは全てを調べ上げた上で王城に乗り込んで来ている。


(これを名目に儂に反逆の罪を着せて処刑するつもりか? ……だとすればどう取り繕っても無駄であろうな)


 腹を括ったことで、気が大きくなってきた。

 どうせ殺されるなら、もう下手に出る必要はない。


「ふん、白々しい。どうせ何もかも知っているのだろうが。確かに紫炎の予知姫とは儂の娘エルフリーデのことだ。先代の予知姫に産ませた子だよ。儂はあの娘の予知を聞いてアルビナ王国……いやエデン帝国との戦争に踏み切った。予知は確かに正しかった。だが結果はどうだ。戦いに敗れ今では帝国の属国だ」


 国王の嘆きをあっさりと無視し、皇帝はなおも追及を続ける。


「それで? なぜ予知姫の素性を隠し帝国への引き渡しを拒んだ? 来るべき帝国への反攻に備え、貴重な予知者の温存を図ったか?」


 国王ルートヴィヒが握り拳をテーブルに叩きつけた。


「何を言うか! 帝国は予知者の存在を危険と判断していた。帝国にエルフリーデを引き渡せば秘かに殺されるか、予知の道具として一生どこかに幽閉される。それが分かっていて黙って娘を引き渡せるか!」


 国王の怒りの叫びに、今度は皇帝の顔が強張る。


「娘の身を案じて…………だと!? 予知姫が第二王女だとばれなければ、帝国の手から守り通せると考えたのか? だから城から出さなかったのか……。親だから……、娘だから……」


 しきりと何か考え込んでいる皇帝の肩に、脇に控えていた金髪メイドがためらいがちに手を沿えた。驚いた皇帝が金髪メイドの白い仮面を見つめる。

 無言で見つめ合う皇帝とメイド。何だか妙な光景である。


 しばらくして皇帝は金髪メイドから視線を外すと国王に向き直った。


「娘を想う親心とあらば、これ以上責を問う訳にもいかん。予知姫の素性を隠し帝国への引き渡しを拒んだ件はこれを不問とする」


 予想外の答えに戸惑う国王。

 予知姫の隠匿を指示したのはまぎれもない事実であり、断罪されても仕方がない。

 それを不問に処すとは、いったいどういう事だ?


「で、紫炎の予知姫ことエルフリーデ王女はどこにいる? 第二王女にもこの場に来るよう指示を出したはずだが姿が見えんようだ。皇帝の名において身の安全と行動の自由は保障しよう。さあ、早くここに連れて来てくるがいい」


 今回帝国から会談に参列するよう指名された者たちには、王城から召喚状が出されている。だが何分急なことであり、連絡が取れずこの場に来ていない者も何人かいる。

 第二王女エルフリーデもその一人である。


 国王は口ごもりながら答える。


「エルフリーデはここにおらん。しばらく前に城から姿を消した。お付きの侍女と身の回りの荷物も一緒に消えておる。身の危険を感じて自ら姿を隠したのであろう。探させてはおるが、儂も行方は知らん」


 皇帝が無言で国王の顔を凝視している。国王の弁明を疑っているようだ。

 慈悲により予知姫の隠匿を不問とされながら、尚も帝国から隠そうとする姿勢に、何か不穏なものを感じ取ったのか。


 疑われても仕方ない状況だが、エルフリーデの王城からの失踪は事実であり、嘘で誤魔化す訳にもいかない。


「嘘ではない。馬車で城を……」


 皇帝は手をかざし国王の言葉を遮る。


「無駄に言葉を重ねるな。質問には『はい』か『いいえ』のどちらかで答えろ。王よ、エルフリーデ王女が城から消えたと言ったな。お前は王女の失踪に何か関与しているのか?」

「『いいえ』だ。儂は何も関与していない。エルフリーデは自分で姿を消した」


 国王の返答に皇帝は手を口に当てて考え込む。


「…………そうか、王はエルフリーデの失踪とは無関係か。……疑って悪かったな」

「儂の言葉を信じるのか?」


 皇帝はその問いには答えず、空になったティーカップを金髪メイドに手渡す。

 金髪メイドはカップを受け取ると、テーブルに置かれたポットから紅茶を注ぐ。


「エルフリーデ王女の件は一旦おこう。次の件だ。先の戦争で王国が帝国に用いた対エデン用魔法と、その魔法を王国に伝えた旅の魔術師の情報。これらホルス王国が保有する全ての情報を帝国に差し出すよう命じたはずだ」

「ちゃんと渡したであろう。魔法の情報もその魔法を覚えた魔術師も、我が国にその魔法を伝えた旅の魔術師の情報も。一切合切くれてやっただろうが」


 皇帝は新しく淹れられた紅茶で喉を潤し話を続ける。


「先日、我が帝国の商人が行商目的でホルス王国へ入国した。その商人は街でいざこざに巻き込まれ、その結果転移魔法で遠方の地へと飛ばされた」

「だから何だというのだ。転移魔法についての情報も、転移魔法が使える魔術師も、全て帝国に引き渡し済みだ。その後に転移魔法が使われたというのなら、それはもう帝国の問題だ」


 皇帝は人差し指を立てると指先を左右に振った。


「王国から引き渡された転移魔法は、転移門を開いて大人数を転移させる魔法だ。転移門の設置は制約が多く実用性に欠ける。それに比べ今回使われた転移魔法は、少人数を任意の場所に送れる魔法で、明らかに転移門とは別系統だ。他にもエデン製の魔道具を無効化する魔法なんてのも使われている」


 皇帝は振っていた指先を国王に突きつけた。


「帝国はそんな魔法の存在など聞いていない。ホルス王国は魔法のいくつかを帝国に引き渡さず秘匿しているのではないか?」

「誰がそんな事をするか! 儂はそんな指示など出してはおらん。言い掛かりは止めてもらおう。それとも儂が秘匿したという証拠でもあるのか?」

「今回転移魔法を使用した魔術師の身柄は帝国が押さえている。身元を調べたら何と、この城の近衛騎士団の者というではないか」


 国王の顔が強張る。

 近衛騎士団は国王直属の騎士団であり、国王以外の命令で動くことはない。

 独自の裁量で動ける他の騎士団とは性格が異なるのだ。

 もし本当に近衛騎士団が関わっているのなら、いくら無関係を主張しても受け入れられないだろう。


「その魔術師は本当に儂の近衛なのか?」

「魔術師はリコという名だったかな。他にもリーダーのルーカスをはじめ、数人の近衛騎士を確保している。間違いなくこの城の近衛騎士だよ」

「ルーカス……。確かエルヴィン付きの騎士のはずだが」


(エルヴィンが何か関与しているのか?)


 咄嗟に部屋の隅に並ぶ者たちに視線を投げ、第一王子エルヴィンの姿を探す。

 だがすぐに王子とは所在不明で連絡が付かなかった事を思い出す。


「息子のエルヴィンから話を聞きたいところだが、奴も所在が掴めずこの場におらん」

「いなくて当然だ。王太子エルヴィンの身柄は帝国が押さえている」


 王子の不在を非難されるかと思いきや、返って来た答えは予想を裏切るものだった。


「エルヴィンを捕えた!? いったい……、いったい何故?」


 自分の知らないところで何か事態が動いている。

 得体の知れない恐怖に取り付かれ全身が震え出す。


 突然、目の前の皇帝の背後に何か黒い闇が蠢いているかのような錯覚に襲われた。


(この男は何だ! 何者なんだ! このおぞましい感覚は何だ!?)


 皇帝がぐいと身を乗り出し、国王の目をしっかりと見据えた。

 皇帝の銀の仮面の下で黒い瞳が怪しく光っている。


 皇帝の黒い瞳から目が離せない。体が硬直し全身からどっと汗が吹き出す。

 意識を集中しないと卒倒しそうな程の強いプレッシャーを感じる。


「王よ、『はい』か『いいえ』で答えよ。エデン帝国皇帝タツヤが問う。対エデン用魔法の秘匿を指示したのはお前か?」

「『いいえ』だ! 儂は何も知らん!」

「ふむ。では最後の質問だ。お前はエデン帝国に反旗を翻すつもりか? お前はエデン帝国の敵か?」

「い、い、いいえ! いいえだ! 帝国の力は十分理解してる! 我が国には帝国に逆らう力も意思もない!」


 もう何も取り繕う余裕など無かった。一刻も早くこの得体の知れぬ恐怖から逃れたかった。

 全てをさらけ出し、ただこの問答が早く終わるようひたすら願った。

 それ程までに恐ろしい、底知れぬ深い闇に引きずり込まれるかのような感覚に襲われていたのだ。


 皇帝は国王の返答を聞くと隣に控える赤毛メイドを見上げた。

 それに答えるように赤毛メイドが小さく頷く。


「嘘は付いてないようだな。いいだろう。国王の対エデン用魔法隠匿に関する嫌疑は晴れた。ルートヴィヒ国王に対する査問はこれにて終了とする」

「さ、査問!? 今のは査問だったのか!?」

「ああ。今日この城に来たのは査問会を開くためだ。王への査問は終了だ。ここから先は他の者の査問に移る」


 皇帝が大広間の一角に集う貴族の一団にチラリと視線を投げ掛けた。


「査問対象は大勢いるからな。長丁場になるだろうから、まずは一息入れるがいい」


 金髪メイドが紅茶を淹れ直し二人の前に差し出す。


 国王はティーカップに手を伸ばすと、紅茶を一気に飲み干した。

 人心地が付いて大きく息を吐いた国王は、不意に気が付いた。

 先程まで全身を蝕んでいた恐怖心がすっかり消え去っている事に。


「何だったのだ、あれは……」

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