第137話 決意
街から街へと魔道具の行商をしながらの情報収集の旅。
そんな当初の想定は、旅を始めた途端に崩れ去った。
俺の安易な行動せいで次々と問題が発生し、思慮に欠ける解決を試みて更なる状況悪化を招いた。
その結果、一人の年若い少女が儚く命を散らしてしまった。
少女の遺体にすがり咽び泣くエルフリーデの姿が今も脳裏から離れない。
帝都へと向かうウンディーネの甲板に寝転び大空を見上げる。
果てしなく広がる青い空に白い雲がいくつか浮かんでいる。
(雲はいいな……。大空にプカプカ浮かんで、風の向くまま気の向くまま、明日の事など何も考えず、ただただ風に流されて……。ああ、俺も雲になりたい……)
「雲になってどこかに行ってしまうつもりですか? 私を置いて」
気が付けばテレーゼが寝転ぶ俺の隣に座り込み、俺の顔を覗き込んでいた。
やりきれない思いから現実逃避を始めてしまった俺の心の内など、テレーゼにとっては簡単に読み取れてしまうのだろう。
「テレーゼか……。全然気付かなかったよ。それにしてもすごいな。何でそこまで俺の思っている事が分かるんだ?」
「あなたの妻ですから。……と言いたい所ですけど、全部口から出てましたよ」
「なんと……」
現実逃避のあまり、思ったことを全部声に出していたようだ。
テレーゼには悪いが、まだ現実に向き合う気分にはなれそうもない。
「すまないが、もう少し一人にして…………」
テレーゼの憂いを帯びた顔を見て俺は言葉を飲み込んだ。
(不甲斐ない。テレーゼにこんな顔をさせてしまうとは……)
俺は身体をずらすと隣に座るテレーゼの膝の上に頭を乗せた。
テレーゼが俺の頭を抱え込み髪をそっと撫でる。
人肌のぬくもりが俺のやるせない思いを癒していく。
「俺はエルを助けられなかった。俺の後先考えない行動のせいで、何の罪もない娘が目の前で死んでいった。どう償っていいのか分からない……」
「エルさんを死に追いやったのはエルヴィン王子です。あなたのせいじゃありませんよ」
「確かにエルヴィンはエルを斬り付けて深い傷を負わせた。それがエルの死の引き金になった事は間違いはない。けど……、けどそんな事じゃないんだ。エルを死に追いやるような状況を作り出した元凶は、この俺なんだ……」
テレーゼの手が俺の顔を包み込む。そしてその指が優しく涙を拭った。
俺はいつの間にか泣いていたようだ。
「俺は敗戦で荒廃したホルス王国を立て直したかった。こんな事態を招いた現国王を退位させ、新しい王の元で国を再建させようと思ったんだ」
だが事前の調査で国王の交代に関して大きな問題が発覚した。
王太子エルヴィンが曰く付きの人物だと判明したのだ。
王子の身辺調査を指揮したシャドウの諜報部長グローリアは、俺の執務室の机の上に報告書の山を積み上げると、開口一番こう言った。
『司令官、この男の殺害命令を下さい』
エルヴィン王子は王太子の立場を利用し、数々の残虐な行為を繰り返していた。
王子に逆らったり機嫌を損ねたという、ただそれだけの理由で多くの者たちが投獄され拷問を受けた。処刑されてしまった者も数多い。
相手が貴族であれば自らの派閥に入るよう圧力を掛け、従わぬ者は権力や謀略を用い自派閥に取り込んだうえで金を絞り取る。
とある地方の領主は王子の要求を拒否し無実の罪により投獄された。その間に領地の屋敷は火をかけられ幼子を含む一家全員が殺された。領主はその後釈放されたが、屋敷の焼け跡を見て絶望のあまり自害した。
他にも王子が関与した悪辣な行為は枚挙にいとまがない。
これだけ派手にやって、国王や家臣たちが王子のやっている事に気付かないはずはない。
だが国王や家臣たちの誰も王子を諫めてはいない。それどころか事件の隠蔽に手を貸した形跡さえある。
こんな男をホルスの次期国王に据えるなど論外である。
こんな男を放置している国王に国の統治は任せられない。
「だから俺は全ての王位継承権者の中から次期国王を選ぶとホルス国内に噂を流した。王家の腐敗を正す意思と力量を帝国に認めさせれば国王即位も夢じゃない。そんな意味を込めたメッセージだったんだ」
だが王位継承権者の誰一人として、帝国に自らの意思と力量を示した者はいなかった。
「こう言っては何ですけど……、メッセージが遠まわし過ぎて誰も意図を汲み取れなかったのでは?」
「俺もそう思った。だからこっちからホルス王国へ出向くことにしたんだ。王位継承権者たちの資質と能力をこの目で確かめ、誰が王に相応しいかを見極めようと思って」
俺はこの旅を通じて知った。
俺の流した噂は、ちゃんと王位継承権者たちの耳に届いていたのだ。
彼らはその噂を信じ、王座を目指して一斉に走り出していた。
ただその走りだした方向は、俺の意図した方向とは全く異なる方向だった。
「王位継承権者たちは王位を継ぐには競争相手を蹴落とせばいいと考えた。その結果、エルフリーデは二人の王子から狙われ、影武者のエルが命を落とした。エルの死は元を辿れば俺の流した噂が原因なんだ」
「それはあなたの責任じゃありません。神ならざる者にそんな先々の結果まで見通すことなんて不可能です。もしあなたに罪があると言うのなら、あなたを後押しした私も同罪です。一緒に罪を償います。だからそんな悲しい顔をしないで」
テレーゼは優しい。
もし俺が地獄に落とされるような事があれば、彼女はためらわずに自分も一緒に行くと言うだろう。俺には過ぎた嫁だ。
「今回の事で痛感したよ。俺には物事をうまく解決に導く力なんてない。そんな俺が皇帝なんてやってられるのは、単に俺に力があるからだ」
アルビナ王国、ホルス王国、セントース聖王国。この三国がエデン帝国に下った理由は、対話でも懐柔でも交渉でもない。一切の抵抗を許さない圧倒的な力を見せつけた結果だ。
「俺はもう間違ったりしない。今後は絶大な力を背景にホルス王国を変える。たぶん……いや、確実に俺はホルスの敵となる。多くの血が流れると思う。俺を憎む者も大勢出てくるはずだ。テレーゼにも嫌な思いをさせるだろう。テレーゼ、俺は……、俺は……」
テレーゼが手を伸ばして俺の顔を両手で包み込む。
「大丈夫です。世界中の人があなたの敵に回ったとしても、私だけはあなたの味方です。それでは不満ですか?」
「テレーゼ、ありがとう。君は俺の天使だよ」
「それで、これからどうするつもりです?」
テレーゼの目を見つめ、俺の決意を伝える。
「ホルス王国を滅ぼす」
◇◇◇
エデン帝国の仮装コルベット艦ウンディーネ。
この船の乗組員の大半は元ホルス王国の特殊部隊員だ。
前の戦争でホルス王国は、エデン帝国の空中フリゲート艦サラマンダーを地に落とし、皇帝殺害および艦の鹵獲を目的に特殊部隊を潜入させてきた。
その結果、特殊部隊員たちは艦への侵入には成功したものの、艦の鹵獲も皇帝の暗殺も果たせず帝国の捕虜となったのだ。
戦後、俺はこの特殊部隊員たちにエデン帝国での三年間の軍役を課した。
その目的は彼らが持つ対エデン用魔法の情報拡散防止の為であったが、純粋に人手が足りなかったという面も否定できない。
最初は彼らを使って皇帝直属の軍を編成するつもりだった。だが彼らの特殊部隊員としての能力は諜報向けであると気付き、彼らを秘密諜報組織シャドーに組み込んだ。
同時に彼らに運用させるべく、小型の情報収集艦の建造も始めた。それがこのウンディーネなのである。
そのウンディーネの操舵室で乗員たちの操船を眺めていると、船長のカーティスが声を掛けて来た。
「司令、じきに帝都に到着しますよ」
「了解だ。……なあ、カーティス」
「何でしょう?」
「ホルス王国の国民として今の王国の状況をどう見る?」
ウンディーネの船長カーティス。元ホルス軍特殊部隊の隊長だった男だ。
彼にはシャドウの一員として王太子エルヴィンやその他の王族の身辺調査に参加させていた。王家の腐敗ぶりは俺より詳しく知っている。
「何と言えばいいのか……。我が祖国がここまで腐っているとは思いませんでしたよ。正直言って愛国心が揺らいでいます」
「ホルス軍人であるお前たちを帝国軍に編入すると決めた時、お前は俺にこう言ったよな。『帝国軍に入ってもホルス王国に剣を向ける事はできない』って」
「ええ、司令からは『祖国との争いにはお前たちを使わない』と約束をいただいています」
カーティスが固い口調で返事を返す。俺を見る目がいつになく鋭さを増している。
「今後ホルス王国と戦火を交える可能性がある。状況如何ではウンディーネを戦線に投入することもあり得る。乗員のなかで祖国とは戦えないという者は下船を許可する。船を降りる事に対する罰則は一切ない。船に留まる者には兵役期間の短縮を検討する。但し今後の作戦行動に関しては一切の抗命を許さない」
「了解しました」
乗員が祖国との戦いを拒否し船を降りるの仕方がない。
ウンディーネは人による操船が基本だが、遠隔や人工知能による操船も可能だ。最悪全乗員が下船したとしても船の運用は可能である。
「船長。今日中に乗員の下船意思を確認しろ」
「その必要はありません」
俺がそう切り出す事は想定していたのだろう。
カーティスの即答ぶりに思わず顔が強張る。
迂闊だった。この話は船を降りてからすべきだった。
ホルス王国出身の乗組員が多いこの船でもし反乱など起こされれば、最悪この船を失う事になりかねない。
「ここで俺を倒して祖国を守るつもりか?」
俺の問いにカーティスが目を見開く。
そして自分に向けられた疑惑に思い至ると、慌てて説明を始める。
「ち、違います! そういう意味ではありません! 乗員の意思確認は既に済んでいます」
「何?」
「下船を希望する者は一人もおりません」
「同胞との戦いになるぞ」
「諜報機関の一員として、王国の裏側を嫌と言うほど見てきました。今のホルス王国は腐りきっています。たとえ祖国に弓引くことになろうとも、国王とその一党は排除すべきです。私も部下たちも司令のお考えに従います」
思わず安堵の息が漏れた。
「分かった。今後ともウンディーネの働きに期待する」
後顧の憂いは断った。
これでホルス王国との戦いに踏み切ったとしても、背中を撃たれる心配は無さそうだ。




