第135話 旅の終わり
突如出現した幽霊船は、砦の外壁を破壊すると練兵場へと船を降ろしてきた。
船底の一部が開き、中から十人ほどの集団が飛び出してくる。
そのほとんどは鎧や盾で身を固めた重騎士であったが、中には何人か海賊服の者も混じっている。
船を遠巻きに見ていた者たちは彼らを見て驚愕の声を上げた。
それは彼らが普通の人間ではなかったからだ。
船から降りてきたのは骸骨の群れだったのだ。
骸骨の重騎士たちは物見の塔へと向かい、そのうち何人かの骸骨は塔に入っていった。
残りの骸骨たちは塔の周囲で警戒に当たっている。
「スケルトン如きに怯むな! かかれ!」
幽霊船の砲撃から身を隠していた砦の兵たちが、果敢に骸骨騎士に向かっていく。
スケルトンのような雑魚の魔物が相手なら難なく倒せると思ったのだろう。
だが残念ながら力の差は歴然だった。
重厚な鎧を着込み大剣を手にした骸骨騎士は、剣や槍を手に襲い掛かる兵たちを機敏な動きで圧倒し次々と倒していく。
魔術師が次々と炎の矢を飛ばしているが、骸骨騎士は炎が当たっても何事もなかったように動き続けている。
骸骨騎士に挑む兵士や魔術師は瞬く間に倒されていった。
「何を手こずっている! 相手はたかがスケルトンだろうが。だいたいあんな亡霊どもが何で白昼堂々と砦に攻め込んで来る?」
エルヴィン王子の問いに答えられる者など誰もいない。
しばらくして塔に入った骸骨たちが一人の男を連れて外に出て来た。
骸骨騎士たちは塔から出て来た男を大盾で囲むようにして、幽霊船に向かって歩いていく。
集団の最後尾には担架を運んでいる骸骨騎士もいる。
「盾で囲われているのは、あの商人か!」
王子付きの参謀であるクンツも、幽霊船や骸骨騎士の目的が分からず首をかしげている。
「スケルトンが人間を守っている? これはどういう事だ?」
骸骨の集団は幽霊船まで辿り着くと、船底のハッチから続々と中へと消えていった。
それを見たエルヴィン王子が、しきりと考え込んでいる。
「なぜ幽霊船が帝国の商人を連れて行く? ……帝国? 帝国がアンデッドを操って自国民の救出に来たのか? たかが一介の商人の為に? ……だとすればあの幽霊船も帝国の船? あれも浮遊石の力で浮いているというのか?!」
目の前の幽霊船はかつてホルス軍が戦った帝国の船に比べれば、遥かに小さなサイズだ。
空を飛び大砲を多数装備しているとはいえ、船自体は朽ちた木造の帆船である。
地上に降ろす事さえできれば、船への侵入は容易かろう。
あの船を鹵獲することが出来れば、バベル侵攻の大きな力になるに違いない。
エルヴィン王子の顔には冷酷そうな笑みが浮かんだ。
「ふははは、災い転じて福と成すとはこの事か! 魔術師部隊、幽霊船が空に浮かび上がったら、地面に叩き落としてやれ!」
エルヴィン王子の傍らに控えていた五人の魔術師が円陣を組み、一斉に呪文の詠唱を始めた。
呪文の詠唱と共に魔術師たちの中央に大きな光る魔法陣が浮かび上がる。
「幽霊船が落ちれば中の骸骨どもも無事では済むまい。クンツ、今すぐ兵と魔術師を集めろ。船が落ち次第、内部に兵を送り込め。何としてもあの幽霊船を手に入れるんだ」
◇◇◇
「船長。陛下と上陸部隊の収容が終わりました」
「よし、直ちに離脱するぞ。ウンディーネ、浮上!」
「了解、ウンディーネ、浮上」
船体がゆっくりと浮かび上がり、徐々に高度を上げていく。
「進路を帝都バベルに向けろ」
「進路、帝都バベル。了解」
上昇を続けながら船が回頭を始める。
突然船内に警報が鳴り響いた。船内の照明が赤い非常灯に切り替わる。
「何が起きた?」
「浮遊石の浮遊反応が低下しています! 既に規定値を下回っています」
「機器の故障か? 異常箇所はどこだ?」
「システムに異常なし。浮遊反応依然低下中。このままでは落ちます!」
船は既に降下を始めており、徐々に降下速度が早まりつつある。
「異常なしということは反浮遊魔法だな。砦の連中、帝国への対抗手段を隠し持っていたか。空中艦を墜落させるなんて、やる側からすれば拍手喝采だが、やられる側に立つと無性に腹が立つな」
「船長! そんな悠長な事言ってる場合ですか! 早く指示を下さい!」
「慌てるな、想定の範囲内だろ。リフトファンを始動させろ。魔導エンジン最大出力」
「了解。リフトファン始動。魔導エンジン最大出力」
船体下部の各所からいくつものダクトが突き出され、そこから猛烈な風が吹き出し始めた。
降下を続けていた船体が徐々に降下速度を緩め、やがて上昇へと転じる。
「船体上昇中。姿勢制御良し」
船内の警報が止み、赤い非常灯が通常の照明に切り替わる。
骸骨船長がやれやれといった感じで首を振った。
「同じ手が何度も通用すると思ってたのか? 対策を立ててない訳なかろうに」
先のホルス王国との戦争で、帝国のフリゲート艦の浮遊能力を抑え込み墜落に至らしめた魔術師を、捕虜とし確保している。
戦後その捕虜を使い、浮遊石の反応を封じる反浮遊魔法の研究が進められたのだ。
研究の結果、反浮遊魔法への対策がいくつも見い出されている。
『浮遊石が使えなければ、魔導エンジンを使えばいいんじゃない』
対抗策の中で一番シンプルな答えがこれだ。
魔導エンジンの排気口を船体下部に多数設置し、浮遊石に頼らず船体を宙に浮かせられるようにしたのだ。
これは魔導エンジンへの負荷と魔力消費量の激増のため連続使用には向かないが、反浮遊魔法の効果範囲から逃れる間だけ使えればいいのだ。大した問題ではない。
「船長、アルバトロスが到着したようです」
骸骨船長が空を見上げた。ウンディーネより高い高度に大きな艦影が見える。
空挺母艦アルバトロス。多数の空挺用バトルロイドを擁するエデン帝国の強襲艦だ。
「空挺部隊が降下する前に、砦の魔術師を潰しておきますか?」
「いや、下手に砲撃してエルヴィン王子に当てると事だ。制圧戦闘は彼らの十八番だ。余計な手出しは止めておこう」
上空の艦影から多数の空挺用バトルロイドが地上に向かって降下していく。
彼らが降下した以上、砦の制圧は時間の問題だろう。
「ここでの俺たちの仕事は終わりだ。船を帝都バベルに向けろ」
「砦の制圧を見届けないんですか?」
「今の俺たちの任務は砦の制圧じゃない。陛下を安全に帝都に送り届ける事だ」
「失礼しました。帝都バベルへ向かいます」
大空に浮かぶ朽ちた帆船は、帆に風をはらむと青い空を滑るように進み出した。
◇◇◇
ウンディーネに乗船した俺を出迎えたのはテレーゼだった。
「テレーゼ、来てたのか」
テレーゼが無言のまま俺に抱き着いてきた。俺の胸に顔を埋め声を殺して泣いている。
彼女がこの船に乗っているという事は、俺の身に何が起きたのか全て把握済みという事だろう。
抱き合う俺たちの横を、担架に乗せられた少女が運ばれていく。
俺とテレーゼが無言でその担架を見送る。
思えば皆の反対を押し切り、攫われたエルとフローラの捜索に出た。
それがエルを救い出す事も叶わず、自らも瀕死の状態で救出された。
どれだけテレーゼに心労を掛けたことか。全く以て不甲斐ない。
「テレーゼ。心配掛けてすまなかった」
「私こそごめんなさい。もっと早く見つけていれば……」
テレーゼの優しい言葉が俺の心に突き刺さる。
「違う。俺の甘い考えが今の状況を引き起こした。責めを負うのはこの俺だよ」
「お兄ちゃん。大丈夫?」
「エミーも来てたのか……。もしかして俺を探し出してくれたのはエミーか?」
「正確な場所までは特定できなかったけど、何となくこの辺りにいるって予感がしたの」
勇者エミーの危機感知能力には何度か助けられた。
今回も俺の助けを求める声を聞きつけ、救出に動いてくれたのだろう。
「それをテレーゼお姉ちゃんに話したら、すぐにこの船を手配してくれたんだよ」
「テレーゼが!?」
「あなたを一刻でも早く探し出したくて、近くにいたこの船を呼んで捜索に当たらせたの。エデンの偵察機も全て捜索に動員しました。勝手な事をしてごめんなさい」
「いや、テレーゼはエデン帝国の皇妃なんだから、皇帝不在時に指示を出すのは当然だ。むしろ俺の不手際を補ってくれて嬉しいよ」
どうやら俺の打ち上げた発光弾を見つけたのも、動員した偵察機のうちの一機という話だ。
やはりテレーゼは俺の救いの女神だ。
船底ハッチの前で話し込んでいる俺たちの前に、船長服姿の骸骨が進み出てきた。
骸骨船長は船長帽を胸に抱くと、俺とテレーゼの前で恭しく敬礼をする。
「皇帝陛下、ご無事で何よりです」
「カーティス。苦労を掛けたな。詳しく状況を聞きたい。どこか落ち着ける部屋を用意してくれ」
「了解しました。ご案内いたします。こちらへ」
骸骨船長が自ら部屋に案内すべく前を歩き出した。
俺、テレーゼ、エミーの三人がそれに続く。
「ところでカーティス。何で船内なのに髑髏マスクを被ってるんだ?」
「え? 船内では制服を着るよう指示を出したのは陛下、いえ、司令ですよね?」
「制服は確かにそうだけど、髑髏マスクは船外に出る時だけでいいよ。元々作戦行動中に乗組員の素顔を見られないように用意したものだ。船内でまで被る必要はないよ」
船長が自分の頭の髑髏のマスクを素早く抜き取った。マスクの下から精悍そうな中年の男の顔が現れた。
「司令。だったらもっと早く言って下さいよ。船内が骸骨だらけで結構気味悪いんですよ」
「俺がしっかり伝えてなかったせいだな。悪かった」
カーティスは俺が帝国皇帝の立場でいる時は恭しく接するが、シャドウの司令官の立場だと、軽口をたたきあえる上官と部下といった接し方をする。
俺がそういった態度を好むと知っているからなのだが、実際にそういう行動に出られる者はなかなかいない。俺にとっては得難く貴重な人材なのである。
そうこうしているうちに、一行は目的の部屋に着いた。
カーティスが俺たちを部屋に招き入れ椅子を勧める。
「俺のいなかった間の報告を聞きたい。まずはフローラとオスカーたち三人はどうなった?」
俺、オスカー、ノーラ、ソフィーの四人は、誘拐犯に攫われたエルとフローラを見つけ出し、彼女たちの救出に動いていた。
俺とエルが転移魔法で飛ばされた後、残された者がどうなったのか俺は全く知らないのだ。
俺の問いにテレーゼが答える。
「フローラさんとオスカーさんたちでしたら、皆さんこの船に乗っていますよ」
「えっ、何で!?」
テレーゼに代わりカーティスが説明を始める。
「フローラ嬢は誘拐犯に魔法を掛けられて動けない状態でしたし、オスカー殿も足の負傷に加え、スーツのオートモードを使った後遺症で苦しんでいました。そこで誘拐犯の引渡しと引き換えに彼らに治療を約束しました」
「治療とあらば仕方がないか。とはいえ仮にも秘密諜報組織の船だぞ。安易に一般人を乗せるのどうかと思うが」
「いえ、彼らを乗せたのはシャドウの情報収集艦ウンディーネではありません。骸骨船長率いる、さまよえる幽霊船ディーネ号なのです。何か問題でも?」
「清々しいまでの屁理屈だな。そんな事を言っても船内の設備を見られたら、この船が幽霊船でないことなんて一目瞭然だろ」
「司令官は彼らの為人をご存知ですよね。彼らが我々の不利になる事を言いふらすとお考えですか?」
「そういう論法はずるいぞ。まあいい。船長はお前だ。お前の判断を信じるよ」
「ありがとうございます」
とはいえオスカーたちには後で口止めしておく必要がありそうだ。
「オスカーの容態は?」
「足の傷は治療済みです。ただスーツ使用後の激痛に苦しんでいましたので、今は眠らせています」
「あれほど嫌がっていたオートモードを使ったということは、かなり苦戦したようだな」
「ええ、誘拐犯の一人が近衛騎士団の精鋭だったようで、使わなければ勝てなかったと言っていました」
俺はそんな強敵をオスカーに押し付けてしまっていたのか。
今回は何とか勝てたようだが、もしオスカーが負けて殺されていたら……。
つくづく自分の駄目さ加減に腹が立つ。
「フローラの具合は?」
「身体は既に回復しています。今は空いている船室に入ってもらっています」
侍女としてエルに付き従っていた少女フローラ。
だがそれは世を忍ぶ仮の姿。その正体はホルス王国第二王女エルフリーデだ。
俺が探し続けていた紫炎の予知姫と呼ばれる人物でもある。
彼女には、俺の口から伝えねばならぬ事がある。
王女の影武者エルが帰らぬ人となってしまった事を。
だが何と伝えればいいのか……。
「カーティス、誘拐犯どもはどうした? 特に俺とエルを転移させた魔術師は?」
「魔術師を含め、全員捕えて船倉に放り込んであります」
転移魔法は危険な魔法である。世の軍事バランスを容易く変えてしまう力を持っている。
そのため転移魔法を使える魔術師はエデン帝国の管理下に置き、その使用を厳しく制限させているのだ。
「よくやった。奴の使った転移魔法は既知の転移魔法とは別系統のようだからな。奴からは情報を引き出す必要がある」
ホルス王国はエデン帝国の目を欺き、転移魔術師を隠匿していた。
更には帝国が血眼になって探していた「紫炎の予知姫」を偽情報を流して秘匿した。
彼らは何を思ってこんな事をしたのか。
これはもう申し開きの余地もないだろう。
「詳細な報告は帝都に戻ってから聞くよ。宰相を交えて今後の対応を検討する必要があるな」
取り急ぎ聞くべき事は聞いたはずだ。後は何かあっただろうか。
「しまった! 荷馬車とデイヴィッドたちを宿に残したままだ!」
俺は商人に扮して行商の旅をしている最中だ。
トルスタットの街の宿では、護衛の冒険者パーティー黒獅子のメンバーが、俺たちの帰りを待っているはず。
もう行商を続ける意味はなくなったが、彼らに黙って帝都に戻る訳にもいかない。
荷馬車の回収も必要だ。
「船長。帝都に戻る前に少しトルスタットに寄ってくれ」
「了解。トルスタットに向かいます」
◇◇◇
旅は終わった。
街から街へと行商を続け、王都に至るはずだった荷馬車の旅。
その旅は一人の少女の死を以て終わりを迎えた。
エルと呼ばれた少女の死を以て……。




