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第134話 ウンディーネ

 ホルス国境付近の山岳地帯。

 朽ち果てた大きな帆船が山の上を飛行していた。

 その姿はまるで海底に眠っていた沈没船が、命を吹き込まれ大空に舞い上がったかのようだ。


 その朽ちた外観とは裏腹に、船の内部は最先端の機器で満ち溢れていた。

 船の操舵室では、船長服姿の骸骨や海賊服姿の骸骨たちが、忙しそうに操船に当たっている。


「船長、ブレストーク砦まで後五分」

「よし。総員戦闘配置! 海兵隊および医療班は上陸に備えよ! 我々の目的は塔に籠城している陛下の救出である。陛下の安全を最優先に行動せよ」


 仮装コルベット艦ウンディーネ。

 エデン帝国が秘密諜報組織シャドウの情報収集艦として建造した艦である。

 外観はこの世界の大型外洋帆船を模しているが、その内部はエデンの技術の粋を集めて作られた新鋭船なのだ。


 朽ちた沈没船を装っているのは、空を飛んでいてもエデンの艦艇だと悟らせないためである。

 その偽装の甲斐あって、既にこの船は巷の間で『冥府から来た幽霊船』として名を馳せている。

 今のところ帝国とこの船の繋がりを疑う声は出ていない。


「カール、砦の練兵場に船を降ろせるか?」

「無理です。船を降ろせるだけの広さがありません」


 骸骨船長は操舵室のモニターに砦の俯瞰図を映し出した。


「ヘルマン、砦に近づいたら練兵場に面した北側の外壁を砲撃しろ。外壁を壊せば練兵場に船を降ろせるはずだ」

「了解しました。船長」


 ウンディーネの前方にブレストーク砦が姿を現した。


「いいか、日頃の訓練の成果を見せる時だ! 陛下の救出に全力を尽くせ!」



 ◇◇◇



「おい、いつまで待たせるつもりだ! さっさとあの商人を捕まえてこんか!」


 塔を見上げるエルヴィン王子の剣幕に兵たちが縮み上がる。

 とっさに王子の参謀役のクンツが口を開いた。


「先程、兵の一人が見張り台への侵入に成功したようです。下から登った騎士と挟撃できれば、すぐに片は付きます」

「たった一人の商人を捕えるのにどれだけ手間取っている! ここの兵どもは揃いも揃って腑抜けの集まりか!」


 クンツは顔色を変えた。

 この砦の兵はホルス王国の正規兵ではない。来たるべき日に備え、各地から目立たぬよう少しづつかき集めてきた有志兵だ。

 あまり高圧的な態度を取って離反されるような事があれば、今後の計画に支障が出る。

 そもそもその商人に捕まり人質にされていた者の吐くセリフではない。


 クンツが王子の怒りを鎮めるにはどうしたらいいかと思案を巡らしていると、塔の扉から一人の兵が転げ出てきた。

 どうやら先程ロープを伝い見張り台への侵入を果たした兵のようだ。


「帝国だ! 帝国の騎士が塔の上に現れた!」

「帝国だと? 塔には砦の兵しか登っていないぞ」

「本当なんだ! 帝国の騎士が塔の外から見張り台に飛び込んで来たんだ」


 クンツは塔を見上げた。

 塔は兵が包囲している。帝国の騎士が現れれば絶対に目に留まるはずだが、そんな騎士など誰も見てはいない。


 その時、塔の上の空間が揺らぎ何かが姿を現した。それを見た誰かが叫んだ。


「浮いてるぞ! 帝国の浮遊機械だ!」


 塔の上に現れたのは、見慣れぬ形の大きな機械だった。

 あんな空に浮かぶ機械など、確かに帝国のものとしか考えられない。


 エデン帝国が空を飛ぶ機械を多用しているのは公然の秘密である。

 その浮遊機械がこの砦にいるという事は、帝国にこちらの動きが漏れたということだ。


 突然塔の上に現れた浮遊機械は、かき消すように姿が見えなくなった。

 クンツが浮遊機械が消えた辺りを見つめていると、唐突に地面が爆発した。


「殿下、狙われています! 建物の中へ避難して下さい!」

「敵はどこだ?! どこから攻撃された!」

「そんな事は後です! 早く砦の中に隠れて!」


 クンツの機転でいち早く砦の堅牢な建物に逃げ込んだエルヴィン王子だが、その顔は怒りのあまり真っ赤に染まっている。

 爆発は塔の周囲で散発的に起きているが、どうやら建物まで攻撃する意図はないようだ。


「もう帝国に嗅ぎつけられたか! 帝都バベルへの侵攻の手筈はまだ整っていないというのに!」

「この砦はもう駄目です。何人かお付けします。殿下はすぐにここからお逃げ下さい」

「馬鹿を言うな! ここを落とされたら二度とバベル侵攻の軍を興すことなど叶わん」

「いえ、チャンスはあります。殿下が第二王子派の領主たちを味方に付ければ、また兵は集められます」

「それまで帝国が黙って見ているとでも思っているのか? ……仕方がない。現有戦力で帝都バベルに侵攻する」


 ホルス王国の王位継承権者を全て排除し、エルヴィン王子こそがホルスの正統なる王だと帝国に認めさせるべく、これまで暗躍を続けてきた。

 もし帝国がエルヴィン王子の国王即位を認めない場合、砦に集めた軍をエデン帝国の帝都バベルに侵攻させバベル城を落とす。それがエルヴィン王子の計画だ。


 エデンの空飛ぶ船を始めとする強大な戦力への対抗策は用意した。

 帝都バベルには既に多数の工作員も潜入させている。

 内外で呼応して帝都を叩けば、帝都の皇帝を倒すことも夢ではない。


 だがそれは綿密に準備を整え、万全の体制で帝国に挑んだ場合の話である。

 今はまだ兵を集めている段階であり、現時点でのバベル侵攻など夢物語だ。


「殿下、無茶です! まさか玉砕するおつもりですか?!」


 エルヴィン王子はもうクンツの言葉など聞いてはいなかった。


「まずはあの浮遊機械を落とす。その後は全兵力を以て帝都バベルに進軍を開始する。帝都を落としホルス王国をこの手に取り戻…」


 エルヴィン王子の決意は、慌ただしく駆け込んで来た兵士の言葉によって遮られた。


「大変です! 砦の上に大きな船が現れました! 空を、空を飛んでいます!」

「帝国め、本格的に攻めてきたな。だがこれは好機だ。今度こそあの空飛ぶ船を奪い取る。魔術師部隊を呼べ! 浮遊石の力を抑え込んで船を落とすんだ! もう一度あの船を地面に叩きつけてやれ!」

「違います! 以前現れた帝国の空飛ぶ船ではありません! 幽霊船です! 幽霊船が砦の近くに浮いています!」

「何だと!」


 王子は窓に駆け寄り、空を見上げた。

 砦から少し離れた低い位置に、朽ち果てた大型帆船が浮いている。


「あれは何だ? 帝国の船ではないのか?」


 宙に浮く船を見ていると、船の側舷に五つの四角い穴が開いた。その穴から太く短い筒が突き出てきた。


 五本の筒が一斉に火を噴いた。周囲に轟音が響き渡る。



 ◇◇◇



「全弾命中! 砦の外壁は崩壊しました」


 骸骨船長が操船室の窓から砲撃の結果を確認する。


「よし、カール。これで船を降ろせるはずだ。なるべく塔に近い位置に着底させろ」

「了解」

「上陸部隊、準備はいいか? 医療班は接地と同時に塔に向かえ。スカル隊は医療班に護衛として同行。クロスボーン隊は塔周辺の制圧に当たれ」

「接地五秒前。五……、四……、三……、二……、一……、着底!」


 船内に軽い振動と衝撃音が響く。続けて船底のハッチが開く。


「上陸部隊、出撃! 皇帝陛下を救い出せ!」



 ◇◇◇



 何だか身体がぽかぽかと温かい。まるで天使に抱かれているかのような、そんな心地良さが俺を包んでいた。

 ああ、ずっとこうしていたい。

 そんな夢見心地のなか、どこからともなく優しげな声が響いてきた。


「……ですよ。……きて下さい。目を開けて下さい。聞こえますか?」


(もう朝か……。テレーゼが起こしに来たのか)


 手を伸ばし声の主を探す。その指先が何かに触れた。テレーゼの腕のようだ。

 触れた腕を引き寄せ、その華奢な体をしっかりと抱きしめる。


「きゃあ!」


 かわいらしい悲鳴がした。だが構わず抱きしめ続ける。

 その柔らかい身体から仄かに女の香りが漂う。


(あれ? 何だかいつもと匂いが違うな)


 違和感を感じ思わず目を開けた俺は、驚きのあまり声を張り上げた。


「ぎゃーーーーーーーーーーーーーー!!」


 俺の叫びにつられ、腕の中の人物も負けじと叫ぶ。


「きゃーーーーーーー!!」


 心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 何しろ俺が抱き締めていたのは骸骨だったのだ。

 俺は骸骨を抱き締め、頬ずりしていたのだ。


 慌てて逃げ出そうとする俺を見て骸骨が言った。


「陛下、落ち着いて下さい。私です。ミレイユです」


 骸骨は自分の頭に手をやると、その頭蓋骨を身体からスポンと抜き取った。

 髑髏の下から現れたのは若い女の顔だった。


「ミ、ミレイユか。脅かすな。心臓が止まりそうだったぞ」

「何を言ってるんですか! 私たちにこんな格好させてるのは陛下じゃないですか!」


 実はこの骸骨の頭は、頭からすっぽり被るタイプのマスクなのだ。

 だがそんじょそこらのマスクとは訳が違う。先端技術をふんだんに盛り込み、被るとまるで本物の髑髏としか見えない特製マスクなのだ。


「確かに指示したのは俺だけどさ。寝起きにその髑髏の顔は…………。あれ? そう言えば、ここどこ?」


 ぎょっとして周囲を見回す。俺がいるのは塔の上の見張り台だった。

 周囲にはミレイユと護衛のホワイト1がいるだけだ。


 唐突に自分の置かれている状況を思い出した。


「ミレイユ、俺はどれくらい眠っていた!? 今の状況は!? エルは、エルはどこだ? 早くエルに治癒魔法を!」

「陛下、落ち着いて下さい。陛下が倒れられてからまだ十数分しか経っていません。陛下には治癒魔法をかけましたが、かなり深い傷でしたので完治はしていません」


 胸に手を当ててみた。確かに傷は塞がっているが、傷跡はまだ残ったままだ。

 痛みもあるし、体力は消耗したままだ。


「エルはどうなった?」


 ミレイユが目を伏せた。


「一緒にいた女性は……既にお亡くなりになっていました。ご遺体は塔の下に運ばせました」

「蘇生させられないか?」

「念のためエルさんにも治癒魔法をかけましたが、蘇生はいたしませんでした。力及ばず、申し訳ありません」

「……いや、……無理を言ってすまん」


 ミレイユはセントース聖王国からシャドウに引き抜いてきた優秀な治癒魔法師だ。

 だがいくら優秀な治癒魔法の遣い手であろうと、死者を蘇らせる事など不可能だ。


「ホワイト1、状況を教えてくれ。あれからどうなった?」


 白い鎧に身を包んだバトルロイドが一歩進み出て俺に報告する。


「ウンディーネが到着しマスターの救出活動を開始しています。この塔および周辺部はシルフィードおよびバトルロイド隊により制圧が完了。この後はウンディーネにマスターを収容し、直ちに砦から離脱する予定です。第一王子の捕獲および砦全体の制圧は後続のアルバトロス空挺部隊に任せます」

「分かった。ウンディーネに急ごう」


 ミレイユには治癒魔法を掛けてもらったが、まだ完全に回復した訳ではない。

 ふらつく身体をミレイユに支えてもらいながら塔を降りる。


 塔の階段下の小部屋は骸骨たちで溢れていた。まるで骸骨たちの集会場のようだ。


 船を幽霊船に偽装している以上、乗員も船に相応しい姿にしなければならない。

 そんな理由でウンディーネの乗員には、全身が骸骨に見える特別な制服を着用させている。


 バトルロイドも同様だ。

 ウンディーネ所属の八機のバトルロイドは、海兵隊用として他のバトルロイドとはデザインを変えてある。

 鎧の胸部には大きな髑髏と交差する大腿骨の海賊マークをあしらってあり、兜などは完全なる頭蓋骨型だ。

 また海兵隊専用装備として大盾を持たせてあるのだが、盾の表面にはこれまた髑髏が彫り込まれており、その黒い眼窩は赤く光らせる事ができる。


 夜霧の中、このバトルロイドに出会った者は卒倒すること間違い無しだ。


 そんな骸骨たちの集団の中に、白い布の掛けられた担架が置かれていた。

 担架に近づきそっと布を捲る。そこには若く美しい少女が静かに眠っていた。


「エル……」


 そっと手を伸ばしその頬に触れてみる。まだ仄かに温もりがある。

 つい一時間ほど前まで元気に会話を交わしていた。

 なのにもう二度とその声を聞く事は叶わない。


 彼女は自らの手でその人生を終わらせてしまった。

 何と馬鹿なことを……。


 いや、馬鹿は俺だ。全ては俺が原因だ……。



(駄目だ! 今はまだ感傷に浸っていていい時ではない!)


 俺はエルの顔に布を戻し、沈み込みそうになる思いを振り払った。


「ウンディーネに向かう。先導してくれ」

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