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第133話 塔の攻防

 塔の螺旋階段の下から重い足音が伝わってくる。登って来たのは重厚な大盾を構えた屈強な兵士だった。兵士は階段の途中で立ち止まりこちらを見上げた。


「無駄な抵抗は止めて投降しろ。そうすれば命だけは助けてやる」

「お断りだ。こっちはクソ王子に殺されそうになったから、身を守る為に立て籠もってるんだよ。そっちこそ無駄なことは止めて俺たちを解放しろ」


 大盾の男がニヤリと笑った。


「そうか、投降する気はないという訳だな。それは嬉し……、いや、残念だ」


 この野郎、やる気満々じゃないか。だったらこちらも遠慮はしない。


 俺は銃を構えると大盾の兵士に向けて発砲した。

 だが発射された炎の弾は男の大盾に当たると大きく弾け飛んでいった。

 全くダメージを与えられていない。


 すかさず銃弾をアイスバレットに切り替え連射する。

 氷の弾は、大盾に当たると派手に砕けて周囲に氷の破片を撒き散らした。

 だが大盾は表面に傷が付いた程度でビクともしていない。


「くそっ、全然効いてないないじゃないか。趣味に走り過ぎたか!」


 俺の銃はリボルバーを模した魔道具である。シリンダーを回転させ用途に応じて多様な銃弾を選択できるというロマン溢れる魔法銃なのだ。

 護身用として持ち歩いてはいるが、所詮は趣味で作った銃であり重厚な盾を貫く威力はない。


 大盾を構えた兵士がじりじりと進んでくる。あと少しで階段を登りきりそうだ。


「どうした。それで終わりか? ならばこちらから行くぞ」


 盾の向こうで兵士が剣を構えたようだ。

 銃が効かないとなると、後はスーツの力で押しきるしかない。


 俺は勢いをつけ兵士に跳び蹴りを浴びせた。

 兵士は俺の蹴りを大盾で受け止めたが、勢いを殺しきれず盾があらぬ方向を向く。

 その隙を逃さず素早く銃を構えると、がら空きの胴体に銃弾を撃ち込んだ。


 兵士が悲鳴を上げて階段から転げ落ちていく。

 後続の兵士たちをも巻き込み、階段の下は阿鼻叫喚の大騒ぎである。


「大口叩いた割には、あっけなかったな」


 敵の第一陣は防いだ。だがすぐに第二陣が登ってくるはずだ。


「カチン!」


 背後で金属音がした。振り返れば塔の物見台にロープの付いた鉤爪が投げ込まれている。

 ロープが引かれ鉤爪が塔の縁にガチリと食い込む。


 慌てて塔の下を覗き込むと、いくつもの梯子が塔の外壁に立て掛けられており、梯子の先には兵士が取り付いている。

 梯子は塔の高さの半分にも届いていないが、そこから先は鉤爪ロープで登ろうというのだろう。


 鉤爪を石壁から外そうとしたが、下から荷重をかけられた鉤爪はびくともしない。

 ロープに銃口を当てファイヤーバレットを数発撃ちこんだ。

 ロープが焼き切れ、塔に登ろうとしていた兵士が地上へと転げ落ちる。


「くそっ! 外壁と階段を同時に攻められたら、とてもじゃないが対処できん」


 まさか外壁を登ってくるとは思っていなかった。つくづく自分の認識の甘さに嫌気がさす。


 再び金属音がして新たな鉤爪が見張り台に飛び込んできた。

 今度もロープを焼いてやろうと塔から身を乗り出した瞬間、俺の頭のすぐ脇を真っ赤な火の玉が駆け抜けていった。


「今度は火魔法か! どこから狙われた?」


 この高さなら弓も魔法も届かないだろうとたかをくくっていたが、敵にも優秀な魔術師がいるようだ。

 ちょっと敵を侮り過ぎた。さすがにあれを喰らったら只では済まない。


 見張り台の壁に身を隠し、周囲の魔力を探る。


 見つけた。兵たちの中に魔術師が三人ほど混じっている。

 彼らの体内には活性化した魔力が満ちており、すぐに次の魔法を放ってくるだろう。


「届くか? ……何とかいけそうだな」


 俺は地上の魔術師たちに意識を集中し、彼らの体内の魔力を全て吸い取ってやった。


 見張り台から下を見下ろすと、ローブ姿の魔術師が崩れ落ちるのが見えた。

 急激な魔力切れで昏倒しただけだが、これでもう戦線復帰は出来まい。


「見よ! 我が魔力操作スキルの威力を! 魔術師殺しの二つ名は伊達じゃない!」


 まあ誰からも『魔術師殺し』などと呼ばれた事実はないのだが、そうでも言って自分を鼓舞していないと、こんな大勢からの攻勢を耐える気力が保てないのだ。


 またしても階段を駆けあがる足音がする。今度は大盾と全身鎧で身を固めた重騎士だった。


「休む間もなしかよ!」

「賊よ。この塔は完全に包囲されている。もう逃げられん。大人しく投降しろ」

「またそれかよ。その件はさっきも丁重にお断りしたはずなんだけどな。どうせ投降しても殺すつもりなんだろ」

「なるべく苦しませんよう殿下には申し添えてやろう」

「有難くて涙が出そうだよ」


 先程の兵士と同様、階段から蹴落としてやろうと重騎士に渾身の蹴りを繰り出す。

 だが重騎士は俺の蹴りを大盾でいなすと、素早く剣を突きつけてきた。

 とっさに飛び退き剣を躱したが、重騎士はその隙に階段から見張り台まで登り詰めて来ていた。


 重騎士に銃を向け連射するが、大盾に阻まれてダメージを与えられない。

 やはり銃は通用しない。かくなる上は格闘戦に持ち込むしかない。


 だがこんな狭い場所で重装の騎士に素手で立ち向かうなど、スーツの力を以てしても無謀としか言いようがない。とはいえもう俺にはこれしか戦う術はない。


 決意を固め身構えた俺の背後から、男の声が響く。


「動くな! この女を殺されたくなければ抵抗するな!」


 いつの間にか軽装の兵士が見張り台に侵入してきていた。

 塔の外壁からロープを伝って乗り込んできたようだ。

 男はしゃがみ込み、気を失い横たわっているエルの喉元に短剣を突きつけている。


「早く武器を捨てろ! この女がどうなってもいいのか!」

「お前正気か!? そのお方は第二王女エルフリーデ殿下だぞ。お前は王族を殺める気か?」

「エルヴィン殿下から賊の男は生かしたまま捕えよと命令を受けている。だが女のことなど何も聞いていない。特に指示されていない以上、死なせてしまっても問題はない」


 王女というのが嘘だと思っているのか、それとも第二王女と知っての上での発言なのか。

 どちらにしても、エルを人質に取られた時点で俺の負けは確定だ。


「分かった。もう抵抗はしない。武器も捨てる。だからその王女をすぐに治療をしてやって欲しい」

「いいだろう。まずは武器を捨てろ」


 俺が腰の銃に手を伸ばそうとした時、エルが弱々しい声を上げた。

 どうやらこの騒ぎに意識を取り戻したようだ。


「駄目だ……。私の事など気にせず一人で逃げろ。私は放っておいてもじきに死ぬ」

「いや。エルは死なない。すぐに治療を受ければ大丈夫だ」

「タツヤ。王家の継承問題に巻き込んでしまいすまない。死にゆく私には、ただ謝ることしかできない」

「エルは死なないと言ってるだろ。俺のことは気にせずさっさと治療を受けろ」


 エルの視線がまた宙を彷徨い始めた。早く治療を受けさせないと本当に危ない。


「私はずっと姫と一緒に王城に籠って暮らしてきた。だから自由な生活に憧れていたんだ。街で平民に扮して姫と一緒に屋台の手伝いをした時、とても楽しかった。先の見えない逃亡生活の最中だというのに、その自由さを楽しんでいたんだ。最後に素晴らしい時間を与えてくれてありがとう。これ以上タツヤの足手纏いになるつもりはない。私がいなければ一人で逃げられるだろう」


 エルはそう言うと短剣を突きつけている男の手を両手で掴んだ。


 突然の事で止める間など無かった。

 エルは男の手に握られた短剣で自らの胸を貫いた。


「うっ!」


 エルの胸から赤い血が吹き出す。


 エルの想像もしていなかった行動に、短剣を手にしていた男も狼狽している。


「お、お、俺じゃないぞ。その女が自分でやったんだ」


 俺たちのやり取りを見守っていた重騎士も、その意外な展開に戸惑っている。


「エルーーーーー!」


 短剣の男を突き飛ばすとエルの肩に手を沿えた。


「ありがとう……ごめんなさい……。姫を、姫様を……頼む」





 ……それがエルの最後の言葉だった。


 エルの青い瞳から輝きが失われ、短剣を掴んでいた手がだらりと床に垂れた。


「エル! エル! しっかりしろ!」


 もうエルは微動だにしない。


「死ぬな! すぐに回復術師を探して連れてくる。まだ死ぬな!!」


 重騎士はエルに縋り呼び続ける俺をじっと見つめていた。


「貴公が逃げ出せるよう、自ら死を選んだか……。哀れだな。だがその娘の死を以てしても、貴公の置かれた状況は何も変わらん。大人しく投降しろ」

「貴様ら、よくも……、よくもエルを殺したな!」


 重騎士は残念そうな素振りで首を振った。


「もはや何を言っても無駄のようだな。……いざ参る!」


 重騎士が素早い動きで剣を振るう。

 体をそらし何とか剣を躱したと思ったとたん、腕に鋭い痛みを感じた。

 見れば右腕がざくりと切られ血が滴っている。剣を躱し損ねていたようだ。


 重騎士が次々と剣を繰り出す。その素早い動きに剣を避けきれない。


「ぐふぉっ!」


 とうとう重騎士の剣を躱し損ね、胸から腰へと大きく切りつけられてしまった。

 スーツが大きく裂け、周囲に血飛沫が舞い散る。


 激痛のあまり倒れ込みそうになるのを何とかこらえた。

 もはや全身血まみれで特殊スーツもボロボロだ。


(こいつ、強すぎる!)


 意識が飛びそうだ。だがここで倒れる訳にはいかない。

 こいつだけは何としても倒さなければならない。

 エルを死に追いやったこいつらは絶対に許さん。


 もう後のことなど構ってはいられない。俺は最後の切り札を切った。


「オートモード!」


 …………何も反応がない。

 いつもなら直ちに自動戦闘が開始され敵に襲い掛かるはず。なのに何も起こる気配がない。


 反射的に腰のベルトに手を添えた。ベルトは大きく破損していた。

 さっき喰らった一撃でベルトに内蔵されたスーツの制御ユニットが破壊されたのだろう。

 これでは自動戦闘はおろか筋力増強機能さえ働かない。

 もうこのスーツは死んでいる。


 万策尽きた。もう戦う力も戦う気力も残ってはいない。

 俺は床に崩れ落ちた。


 俺が戦意を喪失したと判断したのか、重騎士は剣先をこちらに向けたまま宣告した。


「勝敗は決したようだな。貴公の負けだ」


 俺は静かに横たわるエルを見た。


(エル、すまん……)


 俺が投降しようとした時、塔の見張り台に何か白いものが飛び込んで来た。

 それは白い兜と全身鎧を身に纏い、背中にマントを翻した大柄の騎士であった。


 白い騎士は俺を守るように位置すると、大盾の重騎士に剣を突きつけた。

 重騎士が驚きの声を上げる。


「貴様、何者だ! どこから現れた!」


 見張り台に飛び込んで来た白い騎士は、俺の護衛バトルロイド、ホワイト1だった。


 散々待ち望んだ救援だ。

 だが来るのが遅すぎた。あと少しだけ早く来ていれば……。


 深い悲しみが激しい怒りへと変わる。


「ホワイト1、そいつをひねり潰せ!」


 白い騎士姿のホワイト1が大剣を振りかざし、重騎士に切りかかる。

 重騎士は素早く大盾を構えるが、ホワイト1の一撃は大盾をあっさりと跳ね飛ばした。

 続けて繰り出された剣が重騎士の胴を薙ぐ。重騎士は鎧を切り裂かれ動かなくなった。


 重騎士は片付いた。残るは短剣の男だ。

 短剣の男へと視線を向けるが、男の姿は塔の上から消えていた。


「ホワイト1! 階段を降りて逃げた男がいる。行って捕まえてこい!」

「駄目です。マスターの安全確保が最優先です」

「早く行け!」

「駄目です」


 命令を拒否され、俺の怒りが頂点に達した。


「だったら俺が行く!」


 階段へと足を踏み出そうとするが、激痛のあまり身体が動かせない。

 俺は自分の身体を見下ろした。重騎士に斬られた傷は思ったより深そうだ。

 こんな姿で護衛に敵を追えと命じても、俺の命令など聞くはずない。


 自分の無残な姿を見て、いくらか冷静さが戻って来た。


「分かったよ。ホワイト1は俺の警護に付け。お前、どうやってここまで来たんだ?」


 ホワイト1が塔の外を指差す。

 その指し示す空間が陽炎のように揺らいでいる。そしてその陽炎の中から、徐々に大きな物体が姿を現した。


「シルフィードか」


 シルフィードは常に俺に付き従い上空から周囲を警戒する俺の専属護衛機だ。

 いざ事が起これば搭載している強襲用バトルロイドを地上に投下し俺の元へと向かわせ、自身は空から航空支援や救助支援を行うのである。


「シルフィード。お前は塔の周囲にいる兵を蹴散らしてこい」


 シルフィードの姿が再び空中にかき消えた。

 これでもう塔に上がってくる兵はいなくなるはずだ。


 救援が来た事で心の緊張が一気に緩んだ。

 重騎士に負わされた傷がズキズキと痛む。意識が朦朧として瞼も重くなっている。

 だが、まだ倒れる訳にはいかない。


「マスター、これを」


 ホワイト1が俺に何かを差し出した。エデンの通信機だ。

 俺は通信機を手にし、天空の島を呼び出した。


「ケルビム、聞こえるか?」

『はい、マスター。心配しておりました。御無事で何よりです』

「この砦にウンディーネかアルバトロスを寄越せ。バトルロイド隊を出して砦を制圧するんだ。誰一人砦から逃がすな。特にエルヴィン王子は必ず捕獲しろ」

『既に動員可能なエデンの艦船及び作戦機は全てブレストーク砦に向かわせています。仮装コルベット艦ウンディーネは六分後に、空挺母艦アルバトロスは十五分後に到着予定。ウンディーネ到着後、直ちに砦の制圧に入ります。マスター、聞いていますか? マスター……、マスター……』


 ケルビムが俺を呼んでいる。だがもう限界だ。何も考えられない。


「ケルビム。後は……頼む……」


 俺の意識はそこで途絶えた。

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