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第132話 流血の王女

「エル! どうした! しっかりしろ!」


 俺の呼びかけにエルは返事を返さない。うつ伏せに倒れたエルの背中は血塗れだ。

 見れば大きな一筋の傷跡が出来ている。刃物で斬り付けられたようだ。

 意識はないようだがかろうじて息はある。早く処置しないと危険だ。


 周囲を見渡せば、拘束していたはずのエルヴィン王子の姿がどこにも見えない。

 王子の拘束に使ったベルトや即席ロープが落ちているだけだ。

 閉ざしたはずの塔の扉は、閂が外され少し隙間が開いている。


「あのクソ王子め!」


 何らかの方法で拘束から逃れ、エルを背後から斬り付け逃走したのだろう。

 だとすればすぐに手勢を引き連れて戻ってくるはずだ。


 急いで塔の扉を閉め閂を掛けると、扉の前に重い木箱をいくつか積み上げた。

 砦の兵が集まってくればすぐに破られてしまうだろうが、僅かでも時間が稼げればいい。


「早く止血しないと!」


 止血に使えそうな包帯か清潔な布はないかと周囲を見回すが、こんな塔の中にそんな都合のいい物などあるはずもない。


 放置されている備品の入った木箱をあさり、ロープと布を見つけ出した。

 それらを使いエルの出血箇所を圧迫し、しっかりと縛り付ける。

 応急処置とも呼べないような雑な処置だが、今俺に出来る事はこれぐらいしかない。


 処置が終わる頃には塔の外が騒がしくなっていた。王子が砦の兵士を集めて戻ってきたのだろう。


「エル、少し我慢してくれよ」


 俺はエルをそっと抱き上げると塔の階段をゆっくりと登り始めた。



 ◇◇◇



 いつの頃からか、エデン帝国がホルス王国の次期国王の選定を進めているとの噂が王城周辺に出回り始めた。


 当初、ホルス王国の王太子エルヴィンはこの噂に嬉々としていた。


 強大な権力を持ち国を支配していた現国王ルートヴィヒは、王国がエデン帝国の属国となって以降、めっきり老け込んでしまった。最近は国政を宰相に任せて王城の奥に籠りきりだ。

 そのため国王の退位は時間の問題と思われており、この状況を知ったエデン帝国が自分を次期国王に据えるべく動き出したと思ったのだ。


 だが続いて入って来た噂はエルヴィンを驚愕させるものだった。

 帝国は王位継承権を持つ全ての者の中から次期国王を選ぶつもりだというのだ。


 これは帝国が自分を即位させるつもりなどないと宣言したに等しい。

 エルヴィンは激怒した。自分の即位に異を唱えるのならばこちらにも考えがあると。


 この日からエルヴィンは他の王位継承権者たちの排除に乗り出した。


 王位継承権者たちに王位継承権を返上し自陣営に加わるよう圧力を掛けたのだ。

 首を縦に振らぬ者は弱みを握って脅迫したり、密かに攫って人目に付かぬよう監禁したりと、まるで街の無法者の如き手法で競争相手を蹴落としていった。


 力無き王位継承権者が次々と表舞台から姿を消していく。

 残った王位継承権者たちの誰しもが、エルヴィンの暗躍を確信していた。


 このまま黙ってやられる訳にはいかない。やられる前にやれ。

 こうして王位継承戦争は幕を開けたのである。


 そんな王位継承戦争の真っただ中。エルヴィンの元に第二王女エルフリーデが王城から姿を消したとの知らせがもたらされた。


 王位への執着もなく引き籠り気味のエルフリーデ王女が、自ら王城を抜け出すとは考えられない。必ず何か裏があるはずだ。

 そう考えたエルヴィンは諜報員を動員してこの件の真相を調べさせた。

 諜報員の報告は半ばエルヴィンの予想した通りだった。


 王女失踪の黒幕は第二王子ランベルト。

 自分こそが王に相応しいとエルヴィンに牙を剥く愚かな弟である。


 ランベルト王子はエルフリーデ王女の支援者であるトラレス伯爵に圧力を掛け、王女が王城から逃げ出すよう誘導させていたのだ。城を出た王女を盗賊に襲わせ、人知れずどこかに監禁するつもりだったのだろう。


 だがこの計画は失敗に終わったようだ。エルフリーデ王女を襲ったはずの盗賊団が何者かに殺されているのが発見されたのだ。王女の足取りはそこで消えてしまった。


 エルフリーデには隠された力がある。役に立つかと言われれば微妙な力だが、かと言って他の陣営に渡していいものでもない。

 ランベルト王子より先に王女を見つけ出し、こちらの陣営に取り込む必要がある。


 エルヴィンは動かせる近衛騎士の精鋭を集め、エルフリーデ王女探索へと向かわせた。


 その甲斐あって騎士たちはエルフリーデ王女の捕獲に成功したようだが、王女は馬車ではなく転移魔法で砦に送られてきた。捕獲時に何か問題が発生したようだ。

 騎士が誰一人帰還していないため、何故無関係の商人まで一緒に転移されてきたかは不明だが、本命の王女の捕獲に成功した以上、それはどうでもいい話ではある。


 エルヴィンは捕えた王女に会いに牢へと出向いた。だが黒い鳥と化した商人に逆に捕えられ、人質として物見の塔へ拉致されてしまった。

 プライド高い王太子にとって、これは未だかつて味わった事のない屈辱であった。



 ◇◇◇



(こんな雑な身体検査で済ますとは馬鹿な奴め)


 エルヴィンは後ろ手に縛られたままベルトに手を伸ばすと、ベルトの裏に縫い込んであった小さな刃物を抜き取った。

 日頃から人に恨みを買う事が多く、用心の為にと常に身に付けている品の一つだ。


 エルフリーデ王女は塔の扉の前にバリケードを築こうとこちらに背を向けている。

 エルヴィンから取り上げた短剣は、作業の邪魔とばかりに近くの木箱の上に置かれている。


(我が妹ながら、迂闊すぎる愚か者だな)


 エルヴィンは隠し持った刃物で手足の拘束を解き始めた。

 エルフリーデはこちらの動きに全く気付いていない。


 全ての拘束を外したエルヴィンは、そっと起き上がると木箱の上に置かれた短剣に手を伸ばした。そして短剣を手にすると重たい木箱でバリケードを構築中のエルフリーデに静かに近寄った。


(俺に逆らう者がどうなるか、思い知るがいい!)


 エルヴィンはゆっくりと短剣を振り上げた……。




 砦の広場では、訓練中の兵士たちが手を止め空を見上げていた。

 つい先ほど砦の上空に謎の発光体が出現した。発光体は周囲に強烈な光を放つと、しばらくして消えてしまった。


「おい、あれは何だったんだ?」

「誰かが何かの魔法を使ったんじゃないか?」

「あんな強烈な光を放つ魔法なんて聞いた事がないぞ」


 目撃した兵士たちは光の正体についてワイワイと意見を出し合うも、あれが何だったのかうまく説明できる者は誰もいなかった。


 そんな兵たちの前に、血相を変えたエルヴィンが飛び込んで来た。


「お前たち! 物見の塔に賊が押し入った! すぐに行って捕えてこい! 賊は必ず生かして捕えろ。絶対に殺すんじゃないぞ!」

「了解しました、王太子殿下。皆、俺に付いて来い!」


 隊長が訓練中の兵を率いて塔へと走りだす。

 エルヴィンは兵たちの後を追いながら悪態を付いた。


「くそっ。せっかく捕えたエルフリーデを殺してしまった……。だが他の者の手に渡らなかっただけまだましか」


 愚かな妹のことなどもうどうでもいい。問題はあの商人だ。


「あのクソ商人め! 俺をコケにしおって! 奴だけは絶対に許さん! 必ず捕まえて嬲り殺しにしてくれる!」


 塔の下に辿り着いた兵たちが、閉ざされた扉の前で騒いでいる。


「隊長。駄目です。扉が空きません」

「仕方がない、扉を破るぞ。おい誰か大槌を持って来い」


 塔の周囲は兵に埋め尽くされた。もう逃げる余地はない。



 ◇◇◇



 俺は塔の見張り台から身を乗り出し下を見下ろした。

 塔の入口の前には砦の兵が集まっている。どうやら扉を破壊しようとしているようだ。

 これは扉が破られるのは時間の問題だろう。


 塔の見張り台にはエルが横たわっている。早く治療しないとまずい。


(救援はまだか!)


 本来は塔の上に籠城し気長に救援を待つつもりだった。

 だが状況は変わってしまった。早急にエルの治療が必要だ。


(早く助けに来い!)


 居ても立ってもいられず腰から銃を抜き取ると、空に向かって二発目の信号弾を打ち上げた。

 青空の中に強烈な光が輝き出す。

 地上の連中も俺が信号弾を打ち上げていることに気付いたようで、騒がしさが増している。


「う、うっ」


 隣で横たわるエルが意識を取り戻したようだ。

 エルの顔を覗き込むと、エルは薄目を開けて俺を見た。


「タツヤ……。ここは……どこだ?」

「塔の見張り台だ。救援要請を出したからじきに助けが来るはずだ。もうしばらくの辛抱だ」

「もういい。私はどうせ助からない。私を置いて一人で逃げてくれ」


 背中の傷が痛むのかエルの顔が苦痛に歪む。

 エルの冷たくなっている手を取り両手で包み込む。


「大丈夫だ。助けは必ず来る。俺が必ず助けてやる」

「もういいんだ。私はもう疲れた。私が王女として死ねば姫様は何のしがらみも無く自由に生きていける。私はここで王女として死ぬ。それが一番いいんだ」


 エルの意識は朦朧としているようだ。自分が何を口にしているか気付いてないのだろう。

 弱みに付け込むようで気が引けたが、あえてエルに質問を投げ掛けた。


「君は誰だ? 君の名を教えてくれないか」

「何を言っている? 私はホルス王国第二王女、エルフリーデ・グレーテ・ローデンヴァルト。紫炎の予知姫エルフリーデだ」


(紫炎の予知姫だと!? 予知姫とはエルフリーデの事だったのか!?)


 思わぬところで俺の探し求めていた情報が転がり込んできた。

 だが今の話は本当なのだろうか?


 もし王女が俺の探し求める予知姫ならば、これまでに集まってきた予知姫に関する情報のほとんどが偽物ということだ。

 ホルス王国が意図的に予知姫の存在を秘匿し、情報操作していたということか。


「エル。君は今までずっと王女という役を演じてきたんだな。大変だったな。でももういいんだよ。もう王女を演じる必要はないんだ。エル、君は本当は誰なんだ? 君の本当の名前を教えてくれないか」

「私は……、私は……、私はフローラ。子爵家の三女として生を受けた、フローラ・ゼルマ・ハース。私は十二の時に姫の侍女として王城に召し抱えられた。私が呼ばれた理由は姫と容姿が似ていたからだ。私は姫の侍女であり、護衛であり、友人であり、そして影だ。私が王女として死ねば、もう誰も姫を狙わなくなる。だから私はここで死ぬ。死ななければならないんだ」


 エルの視線が宙を彷徨っている。

 額に手を当ててみればかなり熱が出ている。これ以上無理はさせられない。


「エル。分かった。もういい。もう何も話すな」


 疑惑のほとんどは明らかになった。

 エルと名乗る娘の正体は、エルフリーデ王女付きの侍女のフローラだった。

 そしてエルの侍女フローラと名乗っていた娘こそが、ホルス王国第二王女のエルフリーデだ。

 王女と侍女は城からの逃亡中、ずっと名前と姿を入れ替えお互いの役を演じていたのだろう。


 確かに二人の容姿は似ている。顔の造作に違いはあれど、どちらも金髪碧眼で体形もほとんど同じだ。服装や髪型で誤魔化せばよほど親しい者でなければ騙し通せるだろう。


 紫炎の予知姫に関しては真偽の確認が必要だが、少なくとも今のエルが嘘を付くとは思えない。


 物思いに耽りそうになる俺の耳に、塔の扉が粉砕される音が伝わってきた。

 兵士の喚声も聞こえている。


「くそっ、とうとう扉を破られたか!」


 救援はまだ来ない。


 塔の中は頂上まで狭い階段が続いており、一人づつしか上がってはこれない。十分対処出来るはずだ。


 階段の下に銃を向け、いつでも発砲できるよう構える。


「さあ、死にたい奴から上がって来い!」

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