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第131話 物見の塔

 牢に入って来た二人の護衛は、鳥の姿に変身した俺を見て固まっている。


 それはそうだ。王女に不埒な真似をしているエロ商人を取り押さえようと牢に入ってきたら、いきなり大きな黒い鳥が現れたのだ。これで驚かない方がどうかしている。


 だがその一瞬の隙が命取りになる。

 俺は鳥風スーツの瞬発力に物を言わせて、瞬時に護衛たちの間合いに飛び込むと、二人の顔面を殴り飛ばした。


「ぐえっ!」

「ぐおっ!」


 目の前に現れた黒い鳥に気を取られていた二人の護衛は、身構える間もなく俺の攻撃を喰らった。そこへすかさず蹴りをお見舞いする。

 二人の護衛が吹き飛び牢の石壁に叩きつけられた。どちらももう動く気配はない。


 俺は安堵の吐息を漏らした。

 いくらスーツの機動力があるといっても、そもそも俺は剣術や格闘術の心得など無い素人なのだ。

 それに対し相手は王族の護衛だ。当然対人戦闘などお手のものだろう。

 そんな猛者を相手に勝機があるとすればそれは奇襲しかなかったのだ。


 不意打ちで倒せなかった場合は、スーツ性能を十二分に引き出すオートモードに頼るしかないのだが、これは後のことを考えると使いたくない。


 護衛たちが倒されたのを見て、エルヴィン王子の後ろに従っていた貴族服の男が慌てて牢に鍵を掛けようとしている。

 護衛ごと俺たちを牢に閉じ込めるつもりなのだろう。


「させるか!」


 牢の鉄格子の扉を思い切り蹴飛ばす。

 扉の前に立っていた貴族服の男は、開いた扉に強打されて転がり動かなくなった。


 俺は牢から抜け出した。


「くそっ、役立たずどもめ!」


 エルヴィン王子が慌てて腰から短剣を抜こうとした。


「遅い!!」


 俺は王子に飛び掛かると足払いをかけ倒し、その頭を鷲掴みにして床へと押し付ける。

 汚い床に口づけさせられた王子が怒り狂っている。


「くそっ、何をするか! 放せ!」


 床の上でもがいている王子の首元に、エルの細身のナイフをあてがう。


「黙れ。暴れると首が落ちるぞ」


 首に当たるナイフの冷たい感触に王子が動きを止めた。

 王子の腰の短剣を素早く取り上げる。


「エル。護衛の二人から武器を取り上げてきてくれ」

「分かった。しかし見事なものだな。手練れ二人をあっという間に倒すとは」


 エルが護衛たちの剣を持って牢から出て来た。


「俺と代わってくれ。このクズ王子にナイフを当てていて欲しいんだが、頼めるか?」


 エルが顔を床に付けているのエルヴィン王子を見下ろす。


「ああ任せろ。ナイフの扱いは得意だ」

「妙な動きを見せたら躊躇わずに斬れ。……実の兄が相手では無理か?」

「問題ない。妹を攫って幽閉しようとする者など兄とは思わん」


 エルの言葉を聞き、王子がピクリと体を震わせた。脅しは十分効果を発揮したようだ。

 王子の首に刃を当てたままエルにナイフを渡す。


「おい、エルフリーデ。こんな事をした只で済むと……」


 何か言いかけた王子の頭を小突く。床に額をぶつけ王子が呻いている。

 十分脅したと思ったが、どうやら脅し足りなかったようだ。


「黙れと言ったはずだ。エル、今度こいつが勝手に口を開いたら、耳を削ぎ落してやれ」

「削ぐなら耳より鼻の方がいいんじゃないか? お兄様の顔は人に冷たい印象を与えるから、もう少し面白みを加えた方がいい」

「それは名案だな。エルに任すから耳でも鼻でも指でも、好きな所を削いでやれ」

「任された」


 エルに王子を託すと、俺は転がっている貴族服の男のところに向かった。

 男の体を探り所持品を検めるが、たいして役に立ちそうな物は持っていない。

 いや、無いこともないか。


「おい、何をやってるんだ?!」

「見ての通り、ズボンを脱がしているんだよ」

「お、お、お前……、男色家だったのか! この非常時にお前という男は……」

「誤解を招く発言はやめろ! いったい何を想像してるんだよ?」


 俺は貴族服の男のズボンからベルトを抜き取り、そのベルトで王子を後ろ手に縛り上げた。

 そしてズボンを捻じって即席のロープを作ると、その一端を王子の首に結び、もう一端をエルに持たせた。王子の散歩用リードの完成だ。


「声も出せないようにしないとな」


 貴族の服の裾を切り裂き猿轡を作ると、王子の口に嵌めさせた。

 王子が何か唸っているが、相手にするつもりはない。


「エル、剣は扱えるか?」

「長い剣は得意じゃない。短剣なら何とか使える」


 王子の持っていた短剣をエルに渡す。


 貴族の男をひきずり牢に放り込み鍵を掛ける。

 これで目が覚めても追ってこれないだろう。


「準備はいいな。じゃあ王子を連れて脱出と行こうか」

「待て。脱出と言っても外の様子が分からない。闇雲に動くのは危険ではないか?」

「王子という人質がいるんだ。こいつが自分で思っている程の大物なら何とかなるだろ」


 そう言ったとたん、嫌な予感に襲われた。


「そういえばこいつ、普段から権力を笠に無法を働いていると聞いている。そこらじゅうで恨みを買ってるから、これ幸いに俺たちごと始末しようって輩が出てくるかもしれん。そう考えると却って足手まといにしかならんな」

「ではここに置いていくか?」

「いや、腐っても王子様だ。人質として通用することを祈ろう」


 俺は腰から愛用のリボルバーを引き抜く。

 エルが俺の銃を見ている。


「何だそれ? もしかして武器なのか?」

「ああ、魔法が使えない俺でも魔法を撃ち出すことができる、便利な魔道具の武器だ」


 エルが銃を見て妙な顔で考え込んでいる。


「なあ。そんな武器があるのなら、私のナイフなんて必要なかったんじゃないか?」

「ぎくっ!」

「武器が必要だと思えばこそ黙ってスカートを捲らせたけど、そんな必要なかったんじゃないのか?」

「ぎくぎくっ!」

「こんな状況下で、私の体をもてあそんで楽しんでたんだな」

「ぎくぎくぎくっ!」


 いかん。そろそろ弁解しないとまずい。


「待て待て。俺の銃は人に武器として認識されないから、相手を威嚇したり脅したりする用途に向かないんだよ。だから俺としては王子に突きつけるナイフがどうしても必要だったんだよ」


 エデン製の武器の共通する欠点は、見る者に脅威を与えられないという点にある。

 俺の銃にしても初見の者は、これを調理道具とか鍛冶道具だとか思ってしまう。

 だから銃を頭に突き付けてたとしても、誰も身の危険など感じないのだ。

 人に本能的な恐怖を与えるという点では、鋭利な刃物に勝るものはない。


「だったら最初から素直にナイフを貸して下さいと言えば良かっただろ」

「王子を見てナイフの必要性に気付いたんだよ。本人が見てる前でナイフを受け取ったりしたら、警戒して牢を開けようとはしなかっただろ」

「……まあいい。今はこれ以上追及しないでおいてやる。だが後でちゃんと責任は取ってもらうからな」


 責任を取れってどういうことだ? まさかパンツ見たから結婚しろとか……。

 すごく気になるが、今は聞き返している時ではない。


「それじゃあ今度こそ脱出といくか。エルヴィン王子が人質として使えるといいんだがな」


 牢の通路を進むと目の前に階段が現れた。

 警戒しつつ階段を登ると長い廊下に出た。廊下の窓から身を乗り出し外を覗いてみる。


「ここは……どこだ?」


 俺たちが捕らわれていたのは、石造りの大きな建物だった。

 近くには似たような建物が何棟か並んでおり、建物の前の広場では兵士が訓練をしているようだ。

 窓から外を覗いたエルが、周囲を見て首をかしげている。


「たぶんここはアルビナ王国との国境にある砦だ」

「このクズ王子、確か王都近郊の秘密の拠点って言ってなかったか?」

「王都の近くに砦なんてない。それにこれだけ大きな砦はアルビナ王国との国境にしかないはずだ」


 騙された。

 俺が猿轡姿のエルヴィン王子を睨むと、王子は気まずそうに視線を外した。

 ここが王都近郊なら何とか逃げられると思って行動に出たのだが、国境近くとなると話が変わってくる。


「でも妙だな。アルビナ王国とホルス王国がエデン帝国に下って、もう両国間で戦争は出来なくなった。両国の国境近くの砦は、もう盗賊相手の治安維持にしか使ってないはず。なのになんでこんなに兵士がいるんだ?」


 もう一度窓から身を乗り出し砦の様子を探る。

 やはり治安維持にしては周囲にいる兵士の数が多すぎる。


 砦の周囲は高い塀に囲まれており、乗り越えるのは無理だ。

 そうなると強硬に門を抜けて外に出るしかないが、迂闊に王子を連れて兵の前に身を晒せば、一斉に取り囲まれて身動きが取れなくなる。いくら人質がいても脱出は至難の業だ。


「王子を盾にしても、外に出るのは難しそうだな……。予定変更だ。あの塔に立て籠もろう」


 俺は砦の一角に聳え立つ物見の塔を指差した。


「あの塔のてっぺんで救助が来るまで立て籠もる」


 エルが窓の外の塔と俺を交互に見ている。


「正気か? あんな逃げ場のない所に立て籠もる理由が分からん」

「助けが来た時に備えて、なるべく目立つ場所にいたい。その点、塔なんてうってつけだ」

「いや、ただ待ってたって助けなんて来ないだろ。あんな場所に立て籠もるなんて自殺行為だ」

「他にいい案があるなら聞くぞ」

「いや、それは思い付かないが……」


 エルの不安そうな顔を見て、俺は自分の説明不足を自覚した。

 いつも言葉が足りないせいで、周囲の者は俺の行動を不安視するのだ。


「塔に立て籠もる理由は二つある。一つは身を守るのに最適な場所だからだ。俺の銃では大勢で取り囲まれると対抗できないが、塔の中なら狭い階段があるから大人数で攻められる事はない。俺の銃で十分対抗できる」

「逃げる事を考えなければ、確かに安全だとは思うが……」

「理由のもう一つは、俺に助けを呼ぶ当てがあるからだ。うまく助けを呼べれば目立つ場所にいた方が早く見つけてもらえる」

「どんな方法が?」


 エルの質問に答えようとした時、廊下の向こうに一人の男が現れた。

 男はこちらを見て戸惑ったような顔をしていたが、首にロープを巻かれて猿轡をされた王子を見ると、鬼のような形相で腰の剣を抜き放ちこちらに駆け出した。


「貴様ら! エルヴィン殿下に何をしているか! この痴れ者め!!」


 俺はすかさず銃を連射した。廊下に轟音が響き男が仰け反って倒れる。

 銃の弾は非殺傷用のエアバレットを選んである。死んではいないはずだ。

 エアバレットは威嚇用の弾のため発射音も非常に大きい。


「音を聞いた者が集まってくるぞ。塔まで走る。俺が血路を開くからエルは王子を連れて付いてきてくれ」


 幸い銃声を聞いて駆け付けてくる者は散発的にしか現れず、姿を見せたとたん俺の銃の餌食となった。


 七、八人ほど倒したところで物見塔の入口に辿り着いた。

 塔の扉を開けるとそこは小部屋になっており、上に登る階段の他に何か備品らしき物の入った大きな木箱が乱雑に積まれている。


「俺は上の制圧に行ってくる。エルは扉の前に木箱を積んでバリケードを築いてくれ」

「分かった」


 俺は人質のエルヴィン王子を床に腹ばいにさせた。

 首のロープを外し、代わりに両足を縛りつける。

 後ろ手に縛られて、足も縛られ、更にうつ伏せに寝かされていれば、起き上がるのも難しいだろう。


「お前はここで寝ていろ。勝手に起き上がったら反抗の意思ありと見なして制裁を加える」


 猿轡で話せない王子が、何度も首を縦に振っている。


「エル。こいつが起き上がる気配を見せたら……エルの好きにしていいぞ」

「うふふ。任せて」


 エルがとてもいい表情で俺に答える。

 ちょっと危ない気もするが、人手が足りないので仕方がない。

 

 入口の封鎖をエルに任せて塔の階段を登る。

 塔は人が暮らす用途ではなく、純粋に砦の周囲を索敵するための細身の物見用だ。

 内部は先端まで階段が続いており、すぐに屋上に出る扉に突き当たった。


 そっと扉を開けて様子を窺う。塔の屋上には誰もいないようだ。

 扉を開け放ち見張り台に出る。さすがに物見の塔だけあって周囲の眺望は抜群だ。

 下を見れば砦の全景が手に取るように見渡せる。


(あれ? この上から見下ろした砦の全景、どこかで見た事があるような……)


 ホルス王国の砦なんて一度も訪れた事はないが、前の戦争の時に偵察機からの映像は何度も見ている。


「そうだ! ブレストーク砦だ」


 ブレストーク砦はエデン帝国の宰相ブラッドが、かつて司令官代理を務めていた砦だ。


 ブラッド率いる軍勢はブレストーク砦から出撃し、アルビナ王国のギナンの街に迫り、あと一歩で街の攻略に成功というところで、ホルス王国が降伏した。

 敗戦によりギナン攻略は実現しなかったのだが、もし攻略に成功していたら彼はホルスの英雄と呼ばれる存在になっていただろう。


 ここがブレストーク砦なら希望はある。

 何と言ってもここはエデン帝国の帝都バベルから目と鼻の先だ。


 俺は銃を取り出しシリンダーを回転させた。そして銃を真上に向け引き金を引く。


「バシュ」


 軽い発射音がして一筋の小さな光が空へと登っていく。空高く上がった光が上空で弾けた。

 周囲に強烈な光が降り注ぎ、その光は徐々に輝きを失って消えていく。


 俺が空に向けて撃ったのはフラッシュバレット、つまり発光弾だ。

 本来は夜間に周囲を照らす照明用として作ったものだが、昼間の信号弾としても十分に使える。

 発光弾はかなり高い高度で光るので、近くにエデンの偵察機がいれば必ずこちらを見つけてくれるはずだ。


 帝都バベルの上空および周辺空域では、エデンの偵察機が日夜警戒に当たっている。

 特に国境地帯は最重要監視エリアだ。偵察機が俺の合図に気付く可能性は非常に高い。

 後は塔の上に籠城して救助が来るのを待つだけだ。


 俺は急いで塔の階段を駆け降りた。

 助けは必ず来る。エルにそう伝えるためだ。

 だが地上に降りた俺は、目の前の光景に言葉を失った。


 エルが倒れていた。そしてその背中は真っ赤な血に染まっていた。

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