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第130話 黒幕

 牢の前に姿を現したのは、眠たそうな顔をした若い男だった。

 男はあくびをしながら牢の前の通路を通り過ぎようとしたが、牢の中の俺とエルを見つけぎょっとして立ち止まった。


 俺たちの転移は予定されたものではなかったはず。

 だから俺たちが牢の中に出現したことに、誰も気付いていなかったのだろう。


 牢番らしき男は驚きのあまり硬直している。


「やあ、おはよう。ここの主人に挨拶したいんだが、取り次ぎを頼めるかな。ああ、その前に何か朝食を出してくれないか? 昨夜の夕食を食べ損ねててお腹がペコペコなんだよ」


 若い牢番は無言で後ずさると、来た方向に走り去って行ってしまった。


「あれっ、行っちゃった……。なあエル。あれ、食事出して貰えると思うか?」


 エルが憮然とした表情をしている。


「何をのんきなことを。今の状況が分かっているのか? このまま殺されるかもしれないんだぞ」

「殺すつもりなら、わざわざ手間暇掛けてまで攫ったり転移したりしないよ。まずは相手が誰で何を企んでいるか知るのが先決だ。となると、いざという時のため力を蓄えておく必要がある。ということで食事は大切なんだよ」


 まあエルに関しては殺される心配はないだろう。

 だが俺はフローラの身代わりで転移しただけだ。人違いと分かれば何をされるか分かったものではない。


 今の状況は危機的だ。通信機が使えずエデンとは連絡が取れない。


 俺がいつも強気で行動しているのは、常に目に見えないところから俺を守護する護衛の存在があればこそだ。

 だがその護衛たちは転移という想定外の事態で俺を見失っているはず。

 今の俺は孤立無援で牢の中。身を守るは鳥風特殊スーツと魔銃リボルバーしかない。


 エルの前では強気に振舞ってはいるが、心の中は焦燥感でいっぱいなのだ。



 ◇◇◇



 また外が騒がしくなってきた。先ほどの牢番が上役と思わしき男を連れて戻ってきたのだ。


 やってきたのは貴族風の立派な服を着た男だった。その男は俺たちをじっと観察してから言った。


「ようこそエルフリーデ王女殿下。お待ちしておりました」


(エルフリーデ王女だと? エルは本物のエルフリーデ王女なのか!?)


 エルは俺の身体を盾にし、半ば後ろに隠れながら男に訊ねた。


「ここはどこです? あなたは何者? なぜ私を捕えたの?」

「後ほど我が主がこちらにお見えになられます。ご質問はその際、主にお願いいたします」

「主?」

「はい、我が主、エルヴィン王子殿下にございます」


 俺の後ろに隠れているエルが、俺の服の裾をぎゅっと握り締めた。

 今まで憶測の域を出なかった敵の正体が、ここで初めて明らかになったのだ。

 敵はホルス王国第一王子、エルヴィン王子。エルフリーデ王女の実の兄だ。


 男がエルから視線を外し俺を見た。


「ところでそちらはどなたでしょうか? 招待した覚えはないのですが」


 なんだか汚いゴミでも見るかのような目付きだ。

 頭から湯気が出そうなほどの怒りを覚えたが、全忍耐力を振り絞って何とか怒りを抑え込んだ。偉いぞ俺!


「私はエデン帝国の帝都バベルで魔道具商を営む者です。実は依頼を受けてこちらのお嬢様を王都までお連れする途中でしたが、賊にお嬢様を攫われてしまいまして。その賊のところにお嬢様をお迎えに行ったのですが、どういう訳かここに来てしまったのです。とりあえず、この牢から出してはいただけないでしょうか?」


 男は俺の丁寧な頼みを無視し、エルに視線を戻した。


「後ほど主がお見えになります。しばらくお待ち下さい」


 男は踵を返すと、牢の前から立ち去って行ってしまった。


「なあエル。お前、本当にエルフリーデ王女だったのか?」

「だから何度もエルフリーデだと言ってるだろうが」

「未だに信じられん。こんなのが王女だなんて、世も末だな」

「何を言うか。こんな麗しき王女様とお近づきになれたことを光栄に思うがいい」


 何ということだ。どうやらシャドウの調査結果が間違っていたようだ。

 要らぬ恥を掻いたではないか。後で責任者を探し出して減給処分にしてくれよう。


 ……しかし、腹が減ったな。


「なあエル。また誰もいなくなったけど、食事出して貰えると思うか?」

「知るか!」



 ◇◇◇



 またまた外が騒がしくなってきた。今度こそ本命のお出ましか?


 やってきたのは派手な服を着た若い男だった。後ろに先程の貴族風の男と二人の護衛の男たちが続く。

 この派手な服の男、なかなか整った顔立ちをしているのだが、妙に目付きが悪く冷酷な印象を与えている。


 こいつの顔には見覚えがある。第一王子エルヴィンに間違いない。


 俺は皇帝という立場上、ホルス王国の国王を始めとした上層部の連中とは面識があり、王太子エルヴィン王子の顔も見知っているのだ。

 俺はと言えば、謁見時には常に銀のマスクで素顔を隠しているため、王子に俺の素性がばれる恐れはない。


 エルヴィン王子は牢の鉄格子の前に立ち、中で座っているエルを見下ろした。


「久しいな、エルフリーデ。…………ん?」


 エルヴィン王子は首をかしげると、エルの顔をまじまじと見つめた。


「お前……、誰だ!?」


 それを聞いてエルが憤然と抗議する。


「『お前誰だ?』はないでしょう? お兄様は実の妹の顔をお忘れなったのですか? 年に一度か二度会うだけとはいえ、顔も忘れられてしまうほど影の薄い妹とは、さすがに私も傷つきます」

「いや……、何だか雰囲気が違う」

「嫌ですわ、お兄様。いつもは華麗なドレスに装飾品、それに化粧で身を飾っていますが、今の私は平民の服装ですし髪型も変えています。装飾品も化粧もしていません。いつもと違う姿に違和感を抱かれているのでしょうが、これが何の飾りもない素顔の私ですわ」

「そ、そうか……。確かに女は化けるというからな」


 王子ははたじたじになりながらも納得したようだ。


 だが今のやり取りを聞いて俺は確信した。やはりエルは偽者だ。エルフリーデ王女などではない。

 だったらこの娘はいったい何者だ? なぜ王女を騙る?


「ところでお兄様、ここはどこなのですか? 私はトルスタットの街の近くにいたはずですが、魔法で転移させられたように思えるのですが」


 エルの抗議に意気消沈していた王子が、この質問に気を取り直した。


「ここか? ここは王都近郊にある俺の秘密の拠点だ。本来はお前を馬車で連れてくるはずだったのに転移魔法で送り込むとは、一体向こうで何が起きたんだ?」

「面倒なのは先に送り届けて、後はのんびり遊びながら帰るとかおっしゃてましたよ」

「素直に言う気はないようだな。まあいい。転移魔法を使うには希少な魔石が必要でな。緊急用にと渡してはおいたが、あれは手に入れるのに苦労した品だ。出来れば使わずに済ませて欲しかったよ」


 それは残念だったな。わざわざ転移などしなくても、俺たちは元々王都に来るつもりだった。待っていれば希少な魔石を無駄にせずとも良かったのに。ざまあみろだ。


「それで、なぜ私をここに?」


 エルのその質問に、エルヴィン王子が冷酷そうな視線で応じた。


「お前はトラレス伯爵に唆かされて城から逃げ出した。知っているか? トラレス伯爵はお前を見限って弟ランベルトにくみした。その手土産としてお前を捕えランベルトに差し出すつもりだったのだろう」


 そういう事か。王女を城から誘い出して盗賊に襲わせ、その身柄を第二王子ランベルトに引き渡して恩を売る。盗賊に攫われたのなら伯爵が裏切ったとは誰も思うまい。


 今後情勢が変わって王女が表舞台に戻る事があれば、何食わぬ顔で昔からの支援者として振る舞うつもりだったのだろう。


 トラレス伯爵か。王女を売り渡すとは上級貴族の割にやる事が汚い。

 いや、利に聡いからこそ機敏に有利な勢力に付くのだろう。


「お前をランベルトに渡す訳にはいかん。だから奴より先にお前を確保せんと手の者を向かわせたのだ」

「それで私をどうするおつもりで?」


 エルヴィン王子が冷たく笑う。


「次期国王の座は俺のものだ。お前には俺が王座に就くまで、どこか人目に付かない所で暮らしてもらう。心配するな。お前を殺したりはせんよ。殺すと後が面倒だからな。それにお前は他の兄弟たちと違って利用価値がある」


 異母兄妹とはいえ、同じ血を分けた妹を自らの野望のため軟禁しようとは。

 他の兄弟たちなら殺すのも厭わないようだし、やはりこいつはクズだ。


 まあこいつがクズである事は、とうの昔に知ってはいたが……。


 さて、敵の正体も動機も明らかになった。さっさとここから退散させて貰おう。


「エルヴィン王子殿下。ご兄妹の歓談中、誠に申し訳ありません。私はエルフリーデ王女様に巻き込まれて転移させられた旅の商人にございます。私はここにいてもお邪魔かと思いますので、そろそろおいとまさせて頂こうかと思いますが……」


 とびっきりの笑顔とへりくだった態度でエルヴィン王子にお願いをする。

 こんなクズに丁寧な口を利くのは業腹ごうはらではあるが、ひたすら我慢である。


 エルが俺を見た。

 自分だけ逃げるなと非難されるかと思いきや、俺に向ける彼女の目は優しい。

 まるで俺だけでも逃げろと言っているかのようだ。


「おい、商人。なぜお前のような者が転移されてきたのか分からんが、運が無かったと諦めるのだな」

「私を帰すつもりはないと?」

「ああ、俺の顔を見た以上、ここから生きて帰す訳にはいかん」

「ここで見た事、聞いた事は、一切口しないとお約束致します。何とぞご慈悲を」


 エルヴィン王子が目を細めた。ただでさえ悪人顔なのに更に悪い顔になったぞ。


「商人。お前確かエデン帝国の者だったな……。ではこうしよう。お前が私の子飼いの間者となるなら命だけは助けよう。今後は俺の指示に従い、帝国内での諜報活動や破壊活動に従事してもらう。どうだ、我が間者となるか?」


 アウトだ。完全にアウトだ。

 帝国への諜報活動は目をつぶってもいい。だが破壊活動は容認できるものではない。

 これは明らかに帝国に対する反逆行為だ。一族郎党すべて処刑されても文句は言えない。

 王子の一族といえばホルス王国の王族だ。どうやらホルス王国の命運も尽きたようだ。


「分かりました。私はあなた様の間者となりましょう。それで命ばかりはお助けを」


 俺の承諾にエルヴィン王子が高笑いを始めた。


「ふはははは。即答か。帝国の商人には愛国心というものは無いとみえる」


 ひとしきり笑った後、王子が真顔に戻って言った。


「馬鹿め! そんな簡単に寝返るような奴など信用できるか!」


 どうも間者の勧誘は俺をいたぶる為の嘘だったようだ。

 完全にアウトかと思ったが、あれが嘘なら今回の判定は辛うじてセーフだな。

 良かったよ。ホルス王国の命脈は何とか保たれたようだ。


 しかし何だ。例え信用の置けない相手でも、素知らぬ顔で駒として使うぐらいの度量が欲しかった。この王子、まだまだ悪役としてのレベルは低いようだ。


「王子殿下。どうしても私を生かして帰す気はないとおっしゃるか?」

「当たり前だ。お前を生かしておく理由がない」

「そうですか。では仕方がないですね」


 俺は隣にいたエルを捕まえ背後から抱きしめた。エルが悲鳴を上げる。


「きゃあ! 何をするの!」

「おい! クズ王子! そっちがその気なら俺にも考えがある。どうせ死ぬならお前の妹、ここで傷物にしてくれるわ!」


 俺は抱き締められもがくエルの耳元で囁いた。


「エル。すまんがナイフ借りるぞ」

「……わかった」


 幸いエルはすぐに俺の意図に気付いたようだ。


 俺はエルの尻を大胆に撫でまわしつつ、スカートの中に隠しているはずのナイフの位置を探る。

 あった。ナイフの鞘がベルトで太ももに固定されている。


 牢の外では王子や護衛の男たちが大騒ぎしている。


「貴様! 何をしているか!!」

「どうせ殺されちゃうんだろ。だったら最後に楽しませてもらわないとな」

「いやー。たすけてー」


 護衛の一人がどこかに走っていった。牢のカギを取りに行ったのだろう。


 俺はできるだけ野卑やひな言葉遣いを心掛け、観客によく聞こえるように大きな声で言った。


「げへへ。高貴なる王女様のスカートの中、じっくり見させてもらおうか。どれどれ、王女様はどんなパンツを履いてるのかなー」


 自分で言っておいて何だが、あまりの低俗さに自己嫌悪で死にたくなってきた。

 だが始めた以上、最後までやり通すしかない。


 エルの背後からスカートを捲り上げて手を差し込む。


「ぐひひ。これはすごい。そこらの下賤な女とは肌ざわりが違う。もう我慢の限界だぜ」

「きゃーーー!」


 牢の外から見ている者たちに気付かれぬよう、エルの太ももからナイフを鞘ごと抜き取り、自分の服の中へと隠す。


「きゃー。やめてー。たすけてー」


 エルは恥ずかしさを堪えて俺の演技に合わせてくれている。

 だが悲鳴が棒読みだ。どうもエルは俺以上に大根役者のようだ。


 そうこうしているうちに姿を消していた護衛が、牢のカギを持って戻ってきた。


「早くしろ! あの男を引きずり出せ!」


 俺は観客たちに見せつけるようエルの体をまさぐりながら耳元に囁く。


「扉が開いたら逃げるぞ。変身して王子を人質に取る。エルは俺から離れないように付いてきてくれ」

「んっ。あんっ……。わかっ……た」


 エルが甘い吐息を漏らしている。これはまずい。演技に熱が入り過ぎたようだ。


 牢の鍵が開けられた。護衛の二人が牢に入ってくる。


「変身!」


 牢内に突如として黒く大きな鳥が出現した。


 牢の中に踏み込んだ二人の護衛も、牢の外から見ている王子と貴族の男も、黒い鳥の出現に目を見張っている。


 さて、ひと暴れさせてもらうとしようか。

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