第129話 偽りの王女
目が眩み強烈な嘔吐感に襲われた。そして気が付けば周囲の様子が一変していた。
「ここ、どこだ?」
俺はきょろきょろと周囲を見回した。
今いるのは見知らぬ部屋だ。どう見ても先程までいた物置部屋ではない。
そして俺の足元には後ろ手に縛られ、床に座り込んでいるエルがいた。
部屋は窓のない石造りの壁に三方を囲まれており、残る一面には鉄格子がはまっている。
鉄格子の外は通路になっているようだが、そこには誰もいない。
(まるで牢獄のような部屋だな。……いや、どう見ても牢獄だろ。これ)
どういう状況だか分からないが、とりあえずエルの介抱をすることにした。
エルの縛られていた手を解いて床に横たえる。
意識はあるものの朦朧としているようだ。
「大丈夫か? 俺が分かるか?」
エルが俺の顔を見た。
「……と……り」
(と…り…? とり? 鳥?)
ああそうか。今の俺は黒い鳥風スーツを着ていて顔が隠れている。だから俺が誰だか分かってないのだろう。
俺はブレスレットを胸の前にかざした。
「変身解除!」
俺の身を包んでいた鳥風特殊スーツが一瞬で消え去った。
「はっはっは。驚いたか? 謎の黒い鳥の正体は魔道具商人タツヤ様だったのだ。……これ、内緒だから他の人には言わないでくれよ」
エルの目が大きく開かれた。意識ははっきりしたようだが、何だか様子がおかしい。何か言おうとしているが声が出ないようだ。
エルを攫った連中に何かされたのだろうか?
「悪い。少し体を調べさせてもらうよ」
エルの体に軽く触れ、どこかに異常はないかと調べていく。
どうやら怪我を負わされた様子はない。
「エル。もしかして攫った奴らに変な薬を飲まされたり、魔法を掛けられたりしなかったか?」
エルが微かに頷いた。
「やっぱりか。俺たちが屋敷に踏み込んだものだから、目を離しても逃げられないようにしたんだな。薬ならそのうち効き目も無くなるだろうが、魔法だとどうなんだ? 誰かに解除して貰わないと駄目なのかな? それとも時間が経てば自然に解けるものかな?」
エルが何か口を動かしている。何か知っているのか?
「今の状態は、時間が経てば自然に解けるのか?」
俺の問いにエルが頷いた。
ふむ。自然に解けるのであれば、しばらく放置しておいても問題なさそうだ。
「すまんが、俺たちの今の状況を確認する。少し待っててくれ」
俺はもう一度鉄格子の外を見た。やはり通路に人の気配はない。
牢の扉や鉄格子、それに石壁を丹念に調べるが、壊せそうな箇所は見当たらない。
何か聞こえないかと石壁に耳を当ててみたが、全く物音もしない。
ここがどこなのかを探るための手掛かりが全くない。
「まいったね」
俺たちの身に何が起きたのかは、だいたいの想像は付く。
エルの捕まっていた屋敷の物置部屋には大量の魔力が満ち溢れていた。
魔術師が使った魔法。あれは大量の魔力を消費する転移魔法に違いない。
俺たちの襲撃を受けた誘拐犯たちは、馬車によるエルとフローラの移送を断念し、転移魔法で目的地に送り届けようとしたのだろう。
その転移魔法の発動間際に俺が乱入し、フローラの代わりに俺が転移させられたという訳だ。
「エル。今の俺たちの状況なんだが……」
口の利けないエルに、転移魔法で違う場所に送られたという俺の推測を語って聞かせた。
俺の話を聞き、エルが何か伝えようとしている。
「こ、こ、……、こ」
「ここがどこかは全く分からない。分かるのは牢獄の中って事だけだ」
「フ……ラ、……した」
「フローラは咄嗟に魔法陣の外に放り出したから転移してないはずだ」
「タ……ど……もう……い」
「そんな事今は気にするな。その代わり無事に帰れたら迷惑料をうんと頂くから覚悟しておけよ」
「……て、わ……みつ……」
「どうやってお前たちの居所が分かったか? そりゃもう大変だったんだからな」
エルの言葉は途切れ途切れにしか聞き取れないのだが、どういう訳か彼女の言いたい事は明確に読み取れる。
まあ、考えが読めるというのは俺の思い込みで、実は全く会話が噛み合っていないという可能性もあるが、本人が抗議してこない以上うまく意思疎通出来ていると信じよう。
「エルたちがどこに連れて行かれたか分からず焦ったんだぞ。野営道具を持たず陽の暮れる時刻に街を出たっていうから、街からそう遠くない場所にアジトがあるって睨んだんだ」
エルを見ると興味深げに耳を傾けている。
「いろいろあって、ある程度は潜伏地域を絞り込めたが、そこから先は手掛かり無しだ。だから後は力業だ」
俺は腕のブレスレットをエルに見せた。
「このブレスレットを使えば鳥の姿に変身できる。鳥の姿になれば常人より速く走ったり跳んだり出来るし、疲れ知らずで動き回れる」
このブレスレットは何者かに電子回路を無効化され、通信機能が使えなくなっていた。
だが変身機能はブレスレットに刻んだ異空間収納魔法陣で、異空間から特殊スーツを取り出す仕組みだ。こちらは純粋な魔道具だから無効化されなかったようだ。
「俺と護衛三人でこのスーツを着て、潜伏してると思わしき地域を虱潰しに捜索して回ったんだ」
夜の森の捜索ではスーツに装備された赤外線センサーが絶大な威力を発揮した。
気温の下がる夜間なら、遠くからでも人の放つ体温を探知できるからだ。
捜索対象は人が九人に馬が七頭の大集団だ。十分探知可能な熱量のはず。
朝になれば周囲の気温も上がり熱源の感知ができなくなる。
それまでに広大な捜索地域をどれだけ回れるか、時間との闘いだった。
そんな状況で捜索開始からわずか二時間でアジトを発見できた。
これを幸運と呼ばずしてなんと呼ぶ。
「で、何とかエルたちの捕らわれた屋敷を見つけ出した。四人で話し合った結果、俺たちなら十分に救出は可能だって話になり、救出作戦を実行に移したんだ」
本当はアジトを発見した時点で街に戻り、救出隊を引き連れて戻るつもりだった。
だがオスカーがこの方針に強く異を唱えた。
救出隊を組織して戻って来られるのは、早くても街の門が開く夜明け以降だ。
誘拐犯は夜明けすぐにここを離れるはずで、それではとても間に合わないと。
オスカーの意見に俺も納得し、四人での救出作戦となったのだ。
だが見通しが甘かった。結果はご覧の通りだ。
救出は失敗に終わり、俺とエルはどことも分からない場所に転移させられた。
あれからオスカーたちがどうなったかも分かっていない。
正直、今のこの状況はかなりまずい。
絶体絶命と言ってもいいくらいのピンチだ。
「まあ、何というか……、こんな結果になって申し訳ないと思ってる」
俺の謝罪の言葉にエルが首を振る。
「きに……しない……で」
「そうか。そう言って貰えると助かる。俺の話はこんなところかな。今度はエルの話を聞きたいんだが、まだ会話出来そうにないか?」
「ごほ、ごほ、あー、あー、あああー、ああ、まだ……、まだ身体は……動かせないが……口は……だんだん……利けるように……なってきた」
俺はエルが話しやすいよう、体を起こし壁際に座らせた。
「今まで敢えて聞かなかったが、ここに至っては聞かない訳にはいかん。エル、お前は何者だ? どこの家の者だ? 誰に狙われている?」
「私は……、私は……」
話すべきかどうかまだ迷っているようだ。だが意を決したように口を開く。
「驚かないで……聞いて、欲しい。私の名は……エルフリーデ。ホルス王国……第二王女、エルフリーデ…、グレーテ…、ローデンヴァルト…、だ」
(へぇー、第二王女ね……)
俺は返事が出来ずに黙り込んだ。何と答えていいか分からなかったからだ。
「隠していて……申し訳ない。いきなり……言われても、困るだろうが、私はこの国の……王女なんだ」
俺はエルの額に、軽くチョップを見舞った。
「あうっ! な、な、何をする?!」
口だけではなく身体も動くようになってきたのか、エルがおでこに手を当てた。
「そういう話はいらないんだよ。さっさと本当の事を吐け!」
「いや、信じられないかも、しれないが、私は第二王女、エルフリーデだ。今証明できる物は、何も持ってないが……」
もう一発チョップを見舞おうとしたが、それを察知したエルが手で額を隠してしまった。
仕方がないからエルの両頬をつまんで引っ張ってやった。
「ほひ! ひゃひをする! ひひゃいひゃないか!」
俺はエルの頬を解放してやると言った。
「お前が何者かは知らん。だが王女じゃない事だけは確かだ」
「なぜそう言い切れる? 何を根拠に違うと言うのだ?」
「まだしらを切るか……。まあいい。ではお前がエルフリーデ王女だとして、その王女様が何故狙われているんだ?」
エルが目を伏せた。しばしの沈黙の後、エルが話し始めた。
「しばらく前の事、王城内にある噂が広がった。エデン帝国がホルス国王を退位させようとしていると。次期国王は帝国が全ての王位継承権者の中から継承順位に拘らず選定するとも」
「ほほう。ということは次期国王の座を巡って内紛が起きているということか」
「そうだ。それまで第一王子エルヴィンが次期国王と目されていた。それが王位継承権者全員が同じスタートラインに並んだんだ。多くの王位継承権者は狂喜し次期国王の座を巡り一斉に暗躍を始めた。私のような力なき王位継承権者は窮地に立たされた。このままでは他の継承権者の支配下に置かれるか、それとも秘かに亡き者にされるか。だから私は王城から逃げ出した」
今の話が本当だとすれば、この国の王位継承権者どもは度し難い。
派閥抗争はまだしも、競争相手の暗殺など悪手にも程がある。
エデン帝国が、いや、帝国皇帝がなぜ王位継承順位を無視してホルス王国の次期国王を選ぼうとしているのか、その理由を全く理解しようとしていない。
「それで王女様を狙ってるのは誰なんだ? 俺たちをこんな牢獄に招待したのは。エルを裏切ったっていう支援者なのか?」
「私を支援していたのはノーマン領の領主トラレス伯爵だ。彼は私を長年支援してくれていた人物で、城からの逃亡も彼の手引きだ。黒い森での襲撃は伯爵の仕業だろう。だがトルスタットの街で騎士団を使って私を捕えたのは別口だと思う。たぶん第一王子エルヴィン殿下の手の者だ」
敵はトラレス伯爵に第一王子エルヴィンか。でも怪しいのはもう一人いるぞ。
「トルスタット領主の館に第二王子のランベルトが滞在している。奴の仕業じゃないのか?」
「ランベルト殿下も私を狙ってるはずだが今回は違うと思う。私たちを捕えたのは、たぶん王城の近衛騎士団だ。命じたのは第一王子エルヴィン殿下だ」
「近衛だと? 奴ら近衛騎士と名乗ったのか?」
「いや、正体は明かさなかったが、私とフローラの顔を知っていた」
(ふむ。エルが本当に王女様ならこの話は筋が通ってる。……本当に王女様であれば、だが)
「面白い話だったけど、エルは何でそのエルフリーデ王女だと偽ってるんだ? 王女の名を騙るだなんて重罪だぞ。下手すれば首が飛ぶ。……そうか、だから王女を詐称した罪で騎士に捕まったのか!」
「だから騙ってるんじゃなくて、本当に私がエルフリーデなんだよ」
「知ってるか? 王女様って可憐で清楚な存在なんだぞ。間違っても男を地面に転がして首筋にナイフを突きつけるなんてことしないんだよ」
黒い森でエルを助けた時、エルは俺を敵と認識しナイフを突きつけてきた。
どこの世界にスカートの中にナイフを隠し持ち、男を襲う王女様がいるというのだ。
「その件はちゃんと謝っただろ。まだ根に持ってるのか? ちっちゃい男だな」
「その口の利き方もだよ。世の王女様はもっとお上品でお淑やかな話し方をするもんだ」
「王女に幻想を抱き過ぎじゃないか? 世の王女様なんてどれも一皮剥けば我儘で粗野で高慢ちきだぞ。……まあ私みたいな例外もいるが」
何が幻想だよ。ちゃんと本物の王女様を知ってるからこそ言っているのだ。
アルビナ王国アレクシア王女。彼女は上品で優雅さを持ち合わせている典型的な王女様だ。
エルとアレクシア。王女として比較することさえおこがましい。
「俺の知り合いの王女様はもっとお淑やかなんだけどな」
「一介の魔道具商人風情が王女と知り合いだと? そっちの方が怪しいだろ」
「実は俺、とっても偉い商人様なんだ。王族にたくさん知り合いがいるんだぞ」
「そんな偉い商人様がボロの幌馬車で行商などするものか」
「なんだと! お前、俺の話を信じてないな!」
「それはお互い様だろ!」
俺が思うに、エルはアレクシア王女より、その友人クリスティンに似ている。
彼女は宰相の娘で公爵令嬢だというのに、やけに庶民感覚の持ち主で気さくだ。気楽に話ができて気を遣わなくていい。
エルからはクリスティンと同じ匂いが漂っている。
俺がエルを王女でないと断言するのには理由がある。
数日前、エルの映像をシャドウ本部に送り、エルがホルス王国の王位継承権者かどうかを調べさせたのだ。
照会結果は『王位継承権者の中に該当する人物はいない』だった。
エルは第二王女エルフリーデではない。
だがエルが俺に語った話。妙に説得力がありとてもエルの創作とは思えない。
俺の知っている事実と矛盾する点もない。
もしかしてエルは本物の王女様なのだろうか?
シャドウが事前に収集した王族情報の方に誤りがあったのか?
何だか訳が分からなくなってきたぞ。
◇◇◇
遠くから何やら騒めき音が響いてきた。
それに続いて何か足音のようなものも聞こえてくる。
牢の中で眠っていた俺は、その物音に目を覚ました。
急いで隣で眠っているエルを揺り起こす。
「エル、起きろ。俺たちをこの牢獄に招待した奴らのご登場だぞ」
さあ、俺たちを捕えたのはどこのどいつだ?
ご対面といこうじゃないか。




