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第126話 奪還(1)

 トルスタットの街近郊の森の中。

 その森の中の少し開けた場所に朽ちた一軒の屋敷が建っていた。


 とうに陽は暮れ周囲は闇に包まれている。

 だが今夜は月の明かりがあるため屋敷の周りは思いの外明るい。


 屋敷の前には馬車が停められており、近くの木々には何頭かの馬が繋がれている。

 入口の前では男が一人、周囲の森に注意を向けている。


 屋敷の扉が開き、中からトレイを持った男が出て来た。


「ブリス、ご苦労さん、ほら食事だぞ」


 ブリスと呼ばれた男が、嬉しそうに応じる。


「やっと来たか。さっきから腹が鳴って仕方がなかったんだ。……って、何だよ。いつもの携行食じゃないか。中で料理してたんじゃないのか?」

「何を期待してたんだ? 森に隠れてるのに、匂い出る調理なんて出来る訳ないだろ」

「いや、だって姫様もいるんだし……」

「王女様も俺たちと同じ携行食だ」


 ブリスが干し肉を歯で引きちぎりながら言う。


「こんな朽ち果てた屋敷で干し肉と干し果実の夕食とはね。姫様もおかわいそうに」

「人さらいの真似をさせられている俺たちの方が、よほどかわいそうだと思うけどな」

「違いない」

「交代までまだ一時間ある。もうしばらく頼むぞ」

「おうよ」


 ブリスは干し肉を頬張りながらも、視線を絶えず周囲に巡らし警戒を怠らない。

 噛み切れない肉を何度も咀嚼していた彼の口が不意に止まった。


(何だ? 何か妙な気配がする。獣か? 魔物か?)


 ブリスは全神経を研ぎ澄ませ周囲の気配を探るが、月明かりが届く範囲には動くものは何も見えない。


「パン、パン、パン!」


 突然、闇を引き裂く鋭い音が続けざまに三回鳴った。

 ブリスは自分を狙って何かが飛んでくるのを察知するや反射的に身を捩った。

 耳元のすぐ横を、何かが音を立てて通り過ぎる。


 ブリスは叫んだ。


「敵襲! 敵襲ーーー!!」



 ◇



「外した!?」


 十分に狙った銃撃を躱され、銃を構えたノーラが信じられないといった面持ちで呟く。

 俺も見ていたが、あれは外したのではない。相手が銃弾を察知して躱したのだ。


 見張りの男が敵襲を知らせながら屋敷の中へと逃げ込んだ。

 屋敷の中が騒々しくなった。


「予定とは違うがすべき事は一緒だ。ソフィー、やってくれ!」

「了解」


 ソフィーが呪文の詠唱を始める。


「エクスプロージョン!!」


 屋敷の至近距離で轟音と共に大きな爆発が起きた。

 爆発で木々が薙ぎ倒され、周囲に石つぶてが飛び散る。


 轟音に驚いた馬たちがパニックになり、嘶きながら四方八方へと走り出す。

 事前に木に繋がれていた馬たちのロープを切断しておいたのだ。

 これで奴らはもうこの屋敷から逃げ出せない。


「相変わらず…………、いや、また威力が上がったんじゃないか?」

「やっぱりそう見えます? 一番弱く飛ばしたつもりなんですけど」


 ソフィーの魔法は威力が高すぎて使いどころが難しいのだ。

 威力を抑えるよう日々訓練を重ねているのだが、努力の甲斐も無く威力は増すばかりだ。


 至近距離で爆発の起きた屋敷はといえば、あれだけ大きな爆発だったにも関わらず、様子を見に外に飛び出してくる者は誰一人いない。


 まあいい。敵は袋のネズミだ。

 後はじっくりといこうじゃないか。



 ◇



 屋敷の中では男たちが慌ただしく戦闘の準備を行っていた。


「くそっ、敵は何人だ? どこから狙われている? ブリス、周囲を探れ! エドモン、姫たちの声を封じて奥の部屋へ移動させろ。リコも一緒に行って例の魔法をすぐ使えるよう準備しておけ」


 リーダー格の男が他の者たちに次々と指示を出している。


「敵を見つけたぞ! 正面ちょい右、木が三本固まってる辺りだ。二人、いや、三人いる」


 索敵のスキルを持つ者が、見つけた襲撃者の位置を他の者たちへと伝える。


「よし、俺に任せろ!」


 魔術師が呪文を唱え、扉の影に隠れながら森に向けて魔法を放つ。


「アイスランス!!」


 空中に生成された三本の氷の槍が、森の中へと吸い込まれていく。

 が、何の反応も無い。


「逃げられた! 敵が移動した。右の大きな木に登ったぞ」

「よし、もう一度だ。アイスランス!!」


 今度の氷の槍は十本だ。扇状に並んだ十本の槍が木の上に向かって飛んでいく。

 だが、これも何の反応も無い。


「駄目だ。全部外した。敵の動きが速すぎる」


 魔術師の男は隠れていた扉から飛び出し、暗い森の中を睨みつける。


「だったらこれでどうだ! 行けっ! アイスニードル!!」


 今度は空中に無数の小さな氷の針が生成された。下手に狙わず数で圧倒しようというのだろう。


 氷の針が森に撃ち込まれる。木々の葉が一斉に粉々に砕け宙に舞い散った。

 針は広範囲に打ち出されたはずだが、襲撃者に当たった気配はない。


「チッ!」


 魔術師は舌打ちすると、続けざまに魔法を放とうとした。

 だがそんな彼のすぐ目の前に、何か黒い大きなものが舞い降りた。

 それは頭に鳥を模した兜をかぶり、全身を黒いマントで包んだ鳥のような姿をした男だった。


「悪いね。魔力を全部頂くよ」


 黒い鳥男は、そう言うと素早く魔術師に手をかざした。


「ぐえっ」


 魔術師の男は一声うめき声をあげると、その場に崩れ落ちた。


 それを見て、屋敷の中から三人の男たちが外へと飛び出した。

 真っ先に飛び出した若い男が、鳥男に剣を向けながら問う。


「貴様、何者だ?!」

「人に名を尋ねる時は、自分から先に名乗れって教わらなか……」


 剣を手にした男は、素早い動きで鳥男に詰め寄ると、目にも止まらぬ速さで剣を振り抜いた。

 鳥男はその動きを予想していたのか、地を一蹴りするとふわりと後方に飛び退いて剣を躱す。


「うわっ、危っぶなー。まだ話の途中だったでしょ」

「…………」


 切りつけた男は、黙ったまま剣を構えている。


「名乗りもしない。人の話も聞かない。返事もしない。全く近頃の若いもんは礼儀を知らないよね。よほど親の躾がなってなかったんだろうな。まあ人さらいの子を持つ親なんて程度が知れるってもんだけどな」

「…………」

「ふん、安い挑発には乗らないってか。まあいいや。だったらさっさと決まり文句を言わせてもらおうか」


 黒い鳥男は剣を構えた男に指を突きつけた。


「今すぐ攫った娘たちを解放して投降しろ。そうすれば命だけは助けてやる」


 指を突きつけられた男は言葉を返した。


「その言葉、そっくり返すぞ。貴様が何者かは知らんが、武器を捨ててそこに伏せろ。従わねば斬る」

「交渉決裂か? 仕方がない」


 三人の男と黒い鳥男との間に緊張が高まる。男たちは身構え、剣を握る手に力を込めた。

 先に動いたのは鳥男だった。


「ぶはははは。お前らの相手などしていられるか!」


 鳥男は大きく後ろに飛び退くと、そのまま後方にバク転を繰り返しながら一目散に森の中へと消えて行った。


 三人の男たちがあっけに取られて鳥男が逃げ去った森の奥を見つめていると、闇に包まれた森の中から若い女の声が響いてきた。


「エクスプロージョン!!」


 男たちの足元で大きな爆発が起こり、三人は高く高く宙を舞った。



 屋敷の中から三人が吹き飛ばされるのを見ていたリーダーは、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。


「馬鹿共め! 俺の指示を無視して飛び出したあげく、この様とは!」

「まずい。あの魔法をこの屋敷に撃ち込まれたら、屋敷ごと吹き飛ばされるぞ」

「それは大丈夫だ。奴らの目的は王女だ。王女に怪我をさせるような真似をするものか」


 リーダーは奥の部屋へと足を踏み入れた。

 奥の部屋の中には一人の男と二人の少女がいた。少女たちは後ろ手に縛られて床に座らされている。

 少女のひとりは口をパクパクさせているが、沈黙の魔法を掛けられたせいか、声は全く出ていない。


「リコ。今すぐ例の魔法を使え」

「準備は進めてるがもう少し時間がかかる。それと渡された魔石は本当に使ってしまっていいんだろうな?」


 リコと呼ばれた男の手の中に、拳ほどの大きさの魔石が握られている。


「こういう時の為に用意した魔石だ。遠慮なく使え。準備が終わり次第すぐに始めろ」

「了解だ」

「俺たちは時間を稼ぐ。後は頼んだぞ、リコ」

「任せておけ」


 外を監視していた男が叫んだ。


「おい、来てくれ。また鳥の格好をしたのが現れた。今度は白い鳥だ」


 リーダーが外を覗くと、確かに白い鳥の姿をした男がこちらに近づいて来る。

 その白い鳥男の手には大剣が握られている。


「来たな。今度は俺が出る」

「外に出れば魔法で吹き飛ばされるぞ」

「なに、奴に近づいてしまえば魔法など使えんさ。お前はここを死守しろ。敵の増援が現れても外には出るなよ」

「分かった。気を付けてな」

「ああ、これ以上好きにはさせん!」


 リーダーは剣を手にすると扉を開けた。



 ◇



 屋敷から出て来た男は、オスカーを見るなり剣を構えて一直線に突っ込んで来た。

 オスカーは慌てて大剣を構える。


「キン! キン! キン!」


 何とか最初の斬撃は受けきった。

 だがその後も次々と繰り出される剣を捌くのに精いっぱいで、反撃の糸口が見い出せない。


(接近戦に持ち込まれたら駄目だ。距離を取って絶えず動き回り相手の隙を狙うんだ)


 相手と距離を置こうと後退しても、すかさず相手も距離を詰めてくる。

 腕力で押しきろうにも、相手の力も驚く程強くその力は拮抗している。


「くっ! 速い!」

「ほう、変な兜で顔は見えんが、ずいぶん若そうな声だな」


 何合か打ち合ううちに、相手の動きが変わってきた。

 こちらの動きに慣れてきたのか、意図的に剣筋をずらして躱し、こちらの隙を突いて攻めてくる。


(何で?! スーツを着た今の僕なら、どんな相手にだって後れを取らないはず。なのに何故この人は僕より機敏に動けるんだ?)


 更に何合か打ち合いが続いた。明らかに押されている。


(強い。この人は強い。スーツを着た僕より遥かに強い)


 互いの動きが止まった時、男がオスカーに語り掛けた。


「お前は不思議な男だな。大剣を軽々と振るうその腕力にその瞬発力。とても並みの人間の動きとは思えん。だが運動能力は飛び抜けてるのに、それに剣技が伴っていない」


 オスカーは唇を噛んだ。初めて剣を交わした男に自分の本性を見抜かれた。


 スーツを着れば人並外れた運動能力は得られる。

 だがスーツを着たからと言って剣の技術が上達する訳ではない。

 これまで感じた事のないような強烈な劣等感がオスカーを襲う。


「剣を握って間もないのか、それとも生まれ持った運動能力に胡坐をかいて、ろくに剣技を磨いてこなかったのか。どちらにしても、お前のような才能を持つ男を殺すのは惜しい。どうだ俺たちの所に来る気はないか? お前の才能を伸ばしてやる。それが嫌なら見逃してやるから黙って立ち去れ」


 悔しいが、この男に勝てる気がしない。

 だが二人の少女が攫われているのだ。ここで逃げる訳にはいかない。


「エルさんとフローラさんを返してもらえますか?」

「それは無理だな」

「返して頂けないならこの戦いを止める理由はありません」

「そうか、残念だよ」


 男の姿が消えた。

 いや、違う。あまりの速さに目が男を捉えきれなかったのだ。


 気が付いた時には、オスカーの体は大きな衝撃を受け弾き飛ばされていた。

 オスカーの体が勢いよく地面を転がり、立ち木にぶつかってやっと止まった。


「俺はお前ほど優れた運動能力は持って無いが、身体強化の魔法を使えばこんな芸当だって出来るんだよ」


 全身を強打したショックで手足がブルブルと震えている。

 大剣を杖替わりに立ち上がろうとしたのだが、手にも足にも力が入らない。


 足が痛い。

 右足を見るとスーツが大きく裂け、その周囲が血に染まっていた。

 気付かないうちに切られていたのだ。


(勝てない……。格が違う……。逃げたい。でも逃げたら二人を助けられない)


 この隠れ家を探し出せたのは、幸運以外の何物でもないのだ。

 今彼らを取り逃がせば、もう二度と二人を助け出すチャンスは巡って来ないだろう。


 男が剣を下げて迫ってきた。


(僕は負ける訳にはいかない。絶対に勝たなきゃ駄目なんだ! 手段を選ぶな! 下手なプライドなど捨ててしまえ!)


 オスカーは叫んだ。


「スーツよ! 僕に力を貸せ! オートモード!!」

誤字の指摘をいくつも頂いております。大変ありがとうございます。

事前にチェックはしているのですが、自分では誤字脱字に気付けない事が多いので、指摘いただけると大変嬉しいです。

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