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第125話 エル捜索隊

 ブレスレットが使えなくなった。

 乱暴に扱った覚えはないのだが、どこかにぶつけて壊してしまったのかもしれない。

 おかげでテレーゼともケルビムとも連絡が取れない。


 俺はデイヴィッドとクロヴィスに声をかけた。


「エルたちがどうなったかは気になるが、今はまずテレーゼたちと合流しよう」

「それがいい。タツヤを人質に取られて奥方は心労で倒れそうだったからな」

「何だとっ! 二人とも急げ! 宿まで走るぞ!!」


 急ぎ足でテレーゼたちがいる宿に向かいながら、エルとフローラが騎士団に連れて行かれた経緯をクロヴィスから詳しく聞いた。

 

「そうか。エルは俺が人質に取られてると思って、自発的に騎士団についていったんだな。騎士団相手では逆らいようもなかっただろうし。くそっ、何でこんなに早くエルの居所がばれたんだ……」


 分からない事が多すぎる。


 エルを連れて行ったのがトルスタット騎士団ならば、指示を出したのはトルスタットの領主のはず。この街の領主がなぜエルを捕えた?


 黒い森でエルが盗賊団に襲われた時、エルは支援者に裏切られたと言っていた。

 その支援者の名は聞いていないが、そいつがトルスタットの領主と通じているのか?


 この件の背景がなかなか見えてこない。

 これは本当に貴族家のお家騒動なのか?

 エルはいったい何者だ?

 エルはなぜ狙われた?


 テレーゼのブレスレットを使えば、この街で別行動をしている秘密諜報組織シャドウを呼び出せる。そうすれば必要な情報はすぐに得られるはずだ。

 事情が明らかになれば、エルを攫った者の正体も明らかになるだろう。


 何にしても、まずはテレーゼとの合流が最優先だ。



 ◇



「テレーゼ!」


 宿の部屋に駆け込んだ俺の姿を見て、テレーゼが飛びついてきた。


「タツヤさん! タツヤさん! タツヤさん!」


 感情が昂り過ぎてうまく言葉が出てこないようだ。


「良かった……。本当に良かった……。無事で良かった……。心配で心配で……」


 今まで懸命に堪えていたのだろう。そう言いながらテレーゼが号泣を始めた。

 俺はテレーゼをしっかりと抱きしめた。


「ごめん、心配かけたね。俺は大丈夫だよ、何もされてないよ」


 テレーゼを抱き締めたまま部屋の中を見渡す。

 部屋の中には俺とテレーゼとエミー。それに護衛の黒獅子たちが揃っている。

 ……いや、シーフのテリーの姿が見えないな。


 エミーが近づいてきて俺に腕に手をかけた。


「お兄ちゃん、無事で良かった……。でもエルさんとフローラさんが騎士団に連れていかれちゃった。ごめんなさい。私、また何も出来なかった」


 テレーゼと一緒にエミーも抱きしめる。


「前にも言ったはずだよ。エミーが責任を感じる必要は全くない。どう考えたって悪いのはエルを攫った騎士だろ。全部奴らが悪い!」


 テレーゼが泣き腫らした顔を上げた。


「ごめんなさい。私……、私、脅されてエルさんを……」

「分かってる。何があったかはクロヴィスから聞いた。騎士団相手ではこちらは何もできん。下手に逆らわなかったのは正解だよ。テレーゼもエミーも、もう気に病むな」

「あなたに連絡を取ろうとしても通信が繋がらないし、あなたに何かあったと思って……」


 そうだ。その件があった。


「俺のブレスレットは壊れたみたいだ。テレーゼのブレスレットでケルビムを呼び出してくれないか」

「試しましたけど、どこにも繋がらないの」

「テレーゼもか! エミーはどう?」

「私のも使えなくなってる」


 三人のブレスレットが同時に使えなくなったとすれば、単なる故障とは考えられない。

 動かなくなった原因は何だ?

 気付かないうちに対エデン用魔法でも使われたか?


 ホルス王国は先の戦争で対エデン用魔法を使い、エデンの空中フリゲート艦サラマンダーの浮遊能力を封じ大地へと引きずり落した。


 戦争終結後、対エデン用魔法の危険を痛感した俺は、ホルス王国内の対エデン用魔法が使える魔術師を全て探し出し、帝国の管理下に置いた。書物に記されたものも全て回収させた。


 だが捜索の網を逃れた魔術師や書物が存在する可能性は否定できない。

 何者かがエデンの電子機器を無効化するような魔法を隠し持っていたとしても、何の不思議もない。


「ケルビムと連絡が取れないのは痛いな。エルを探し出すのにエデンの力を使えない」


 横で聞いたデイヴィッドが俺に問いかける。


「タツヤ。エルとフローラを探すつもりか?」

「もちろんだ」

「探す必要があるのか? これがエルの家のお家騒動に端を発した問題なら、騎士たちの目的はエルの身柄確保であって危害を加える意図は無いだろう。俺たちはここで手を引くべきじゃないのか? 平気で脅しをかけてくるような相手だ。これ以上関わると奥方や妹さんに何かされる恐れもある」

「何を言ってる!? あんな真似をされて……」


 デイヴィッドならエルの奪還に手を貸してくれると思っていた。

 その彼の口から「手を引け」という言葉を聞いて思わず言い返しそうになったが、何とか言葉を飲み込んだ。


 デイヴィットの言は正しい。

 彼は俺の護衛なのだ。護衛対象が危険な事に首を突っ込まないよう諫めるのも彼の役割だ。

 テレーゼやエミーにも害が及ぶ恐れがあるとなれば尚更だ。


 どうやら俺はテレーゼの涙を見て、気付かないうちに頭に血がのぼっていたようだ。


 冷静になれ。冷静に、冷静に、冷静に……。

 何度か深呼吸し心を落ち着かせ、考えをまとめる。


「俺は彼女たちに王都までの同行を約束した。まあ無理やり押し切られた感は否めないが、それでも約束は約束だ。商人にとっては口約束も契約と同等。契約を守らなければ信用問題に関わる。だから二人を取り返して俺の手で王都に送り届ける」


 デイヴィットが苦笑いをしている。


「何だよ。その取って付けたような理由付けは。思ってる事を素直に言えよ」

「あいつら、うちの嫁を泣かした。ぶちのめしてやらんと気が済まん。それに二人も攫われて黙ってられるか。帝国の威を借る商人の恐ろしさ、奴らに思い知らせてくれる」


 それを聞いてデイヴィットの苦笑いが大笑いに変わった。


「『帝国の威を借る商人』って何だよ。凄いのかセコいのかよく分からんな。それでコネのある帝国のお偉いさんには、どれぐらい力を借りられそうなんだ?」


 俺は動かなくなった自分のブレスレットを見つめた。


「見ての通り帝国と連絡が取れないから、支援は全く期待できん」


 テレーゼが俺の袖を引き、俺にだけ聞こえるよう小声で言う。


「上に護衛機がいますよね。護衛機ならエデンと連絡が取れますよね?」


 実は俺たちの上空には、常に護衛用の無人戦闘偵察機が一機張り付いているのだ。

 この護衛機は、光学迷彩で姿を隠しつつ俺たちの行動を見守っており、搭載された人工知能が危険を察知すると、自己判断で救助活動や敵対勢力の排除を行ってくれる。

 こいつが密かに俺たちを守ってくれているおかげで、俺は安心して行動出来るのだ。


「確かにいるが、その護衛機を呼び寄せる手段がない」

「いつもこちらを見てるんですよね。空に向かって手を振ったら降りてきませんか?」

「ちょっと無理だろうな」


 今回の旅は、行商人に身をやつした潜入調査の旅である。

 街でチンピラに絡まれた程度で護衛機に介入されては、潜入調査など成り立たない。


 そこで護衛機には、俺やテレーゼに重大な危機が迫った時だけ行動に出るよう、危機感知レベルの調整をしてあるのだ。


 例え俺がチンピラと殴り合いのケンカをしても、それが命の危機を伴わない限り護衛機はただ見守るだけだ。地上で手を振ったくらいでは何の反応も示さないだろう。


 どうしたものかと思い悩んでいると、部屋の外から足音が聞こえてきた。

 足音は部屋の前で止まり扉がノックされる。


「俺だ。テリーだ」


 扉の前にいたクロヴィスが扉を開けると、黒獅子の斥候役テリーが入って来た。


「どうだった?」

「奴ら、エルとフローラを馬車に乗せて西門から街の外に出た。どこに向かったのかまでは分からん」


 どうやらテリーは、騎士団に連れ去られたエルとフローラを尾行し、行先の確認に出てくれていたようだ。

 街中ならともかく、街の外に出られては徒歩での尾行は不可能だ。尾行を断念して帰ってきたのだろう。


「領主のところに連れて行ったんじゃないのか?」

「まっすぐに西門に向かい、そのまま街を出ていったぞ」

「そいつらの人数は?」

「馬が六。馬車の御者が一。全部で七人だ。馬車の中はエルとフローラだけのはずだが未確認だ」

「馬車は野営の道具を積んでたか?」

「いや、屋根に大きな荷物は積んでなかった。馬車の中に積んだのでなければ、野営の用意はしてないはずだ」


 時は夕刻。そろそろ空が暗くなる時間だ。

 野営の用意をしていないということは、街の近くに奴らの拠点があるという事だ。


 偵察機を街道沿いに飛ばせば、エルたちを探し出すのは容易のはずだが、偵察機に指示出来ないとなると捜索は困難だ。


 シャドウ司令部には毎日深夜に定時連絡を入れている。俺との連絡が途絶えれば状況確認のため向こうから接触してくるはずだが、それを待ってはいられない。


 考え込む俺を見て、エミーが自信無さげに言った。


「お兄ちゃん。エルさんとフローラさんのだいたいの場所なら分かると思う」

「本当か!?」

「確かではないんだけど、エルさんたちが助けを求めてる感じがする」


 エミーはエルたちが黒い森で盗賊に襲われていた時も、その危機を感知していた。

 今回も勇者エミーの危機感知能力は健在のようだ。


 エミーはトルスタット近辺の地図を広げてしばらく睨んでいたが、やがてペンを手にすると地図上に大きな丸を書き込んだ。


「たぶん二人はこの辺りにいる」


 エミーが指示した位置は、西へ伸びる街道を含む一帯だ。

 街からそれほど離れていない場所だが、丸で囲まれたエリアはかなり広範囲だ。

 これから夜になろうという時間だけに、人を動員して調べる訳にもいかない。


 捜索場所を絞れたのは朗報だが、結局はシャドウと連絡が付くまで動けないということか。


 いや、初動の遅れは取り返しの付かない結果をもたらす事が多い。

 ここは俺一人でも捜索に当たるべきだ。


「よし。まずは俺が一人で様子を探ってくるよ」

「一人だと! 何を馬鹿な事言ってるんだ!」


 テレーゼを除く全員から一斉に非難の声が上がった。

 俺はその声を抑え込み強い口調で皆を説き伏せた。


「俺にはオスカーたちと同じ特殊スーツがある。スーツを着れば夜でも周囲が見えるし、馬並みに速く走れる」

「夜は魔物の動きが活発になる。一人でなんて危険すぎる」

「エルたちが捕まっている場所を探しに行くだけだ。魔物と遭遇しても戦わず逃げに徹するから危険はないよ」


 これ以上、引き留められては貴重な捜索の時間が失われる。

 大急ぎで身支度を整え、部屋の扉に手を掛ける。


「どういう状況になっても、夜が明ける頃には一度戻るつもりだ。じゃあ、後はよろしく」


 俺は勢いよく扉を開けた。


「ゴチン!」


 おや、何か手応えがあったぞ。


 扉の向こう側を見ると、おでこに手を当ててしゃがみ込んでいるオスカーがいた。

 涙目のオスカーが恨めしそうな顔で俺を見上げる。


「タツヤさん。何するんですか! いきなり開けないで下さいよ」

「えっと……、ごめん」


 オスカーの後ろにはソフィーとノーラもいる。


「あら、タツヤさん。こんな時間にどこに行くんですか?」


 ソフィーが怪訝そうな顔で俺を見ている。俺の顔に笑みが浮かんだ。


「実にいいタイミングで帰ってきてくれた。これから俺と一緒に来てくれないか?」

「何ですか? もう夕食の時間ですよ。それに午後は護衛の仕事はお休みって……」

「夕食も休みも後回しだ。エルとフローラが攫われた。これから捜索に出る」


 エル捜索隊のメンバーは揃った。

 俺たち四人ならエルたちを必ず見つけられるはずだ。

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