第124話 モノローグ
いつも周囲の動向に気を配り、敵対する者たちに付け入る隙を与えないよう細心の注意を払って生きてきた。
城内での生活は気苦労が絶えなかったが、それでも何とかやってこれた。
そんな私の日常は、ある日を境に一変することになる。
ホルス王国は隣国アルビナ王国に戦線布告し、大軍を率い軍事侵攻した。
アルビナに侵攻したホルス軍は、アルビナ王国を支援するエデン帝国の武力の前に敗れ去った。
王都を攻め落とされたホルス王国はエデン帝国に降伏し、帝国の第二の属国となる。
敗戦国となったホルス王国は、エデン帝国とアルビナ王国への賠償により多大な財政負担を負うこととなった。
国は荒廃し、国民は重税に喘ぐ毎日を送っている。
兵士として戦いに駆り出され、そのまま帰らなかった者は数知れない。
無謀な戦争に踏み切った国王に、国民は怒りの声を上げた。
国王に対する非難の声を聞くたび、私の胸は苦しくなる。
私も国王と同罪だ。
私が国王に伝えた言葉が、彼に戦争を決意させてしまったのだから……。
戦後の混乱が一段落した頃から、王城内に出所不明の怪しい噂が飛び交うようになった。
曰く『エデン帝国はホルス国王ルートヴィヒを退位させようとしている。次期国王は王位継承順位に拘らず、全ての王位継承権者の中から選定するつもりだ』と。
これまで次期国王は王位継承権第一位のエルヴィン王子が確実視されており、周囲もそれを認めていた。
だがこの噂が本当であれば、王位継承権者の全員に国王への道が開かれることになる。
真偽も分からない噂話は、いつの間にか確定情報のように扱われるようになっていた。
貴族たちは自らが有望視する王位継承権者の元に駆け付け協力を申し出た。
当然、国王即位後に相応の地位や利益を得るためだ。
勢いづく王位継承権者たちは、すぐに大きな問題に突き当たった。
帝国がどんな基準で次期国王を選ぼうとしているのか全く分からなかったのだ。
どうすれば自分を国王に選んでもらえる?
答えは簡単だ。
帝国の意図など関係ない。他の王位継承権者を全て排除してしまえばいい。
かくて王族や高位貴族による、仁義なき王位継承戦争が始まった。
私は王位継承権者だが、自ら王位を欲した事など一度も無い。
下らない争いに巻き込まれて命を狙われるのは御免だ。
私はすぐに王位継承権の放棄を国王に願い出た。だがその願いは却下された。
薄氷を踏むような毎日が始まった。
城内といえど暗殺の危険は常にあり、護衛の騎士でさえ信用できない。
外を出歩かず一日中部屋に籠る事も多くなり、食事も毒見は欠かせない。
そんな折「暗殺者が使用人に化けて城内に潜入した」との情報が、私の唯一の支援者からもたらされた。
事故を装うというまだるっこい手段は選ばず、深夜に室内へ忍び込み刃物で確実に心臓を狙いに来るという。
襲撃を指示したのが誰なのかは分からない。
一番怪しいのは長兄エルヴィン王子だ。
次兄ランベルト王子か長姉アストリット王女の可能性もある。
もしかすると何人かいる国王の弟の誰かかもしれない。
心当たりが多すぎる。
今は誰の差し金かを問うている暇は無い。暗殺者の襲撃をどう退けるかが問題だ。
襲撃情報を伝えた支援者は城外への脱出を勧め、逃走手段も用意してくれていた。
このまま城に留まれば、ただ殺されるのを待つだけだ。私は勧めに従い城を脱出することにした。
城からの脱出には私のお付きの侍女が付き添ってくれた。
侍女は私に長年付き従い、何かと私を守ってくれている私の最も信頼する者だ。
彼女が裏切るとか、暗殺者と通じているとか、そういう事は全く考えなかった。
彼女を信じられないというのなら、もうこの世に信じられる者など誰もいない。
危ない場面もあったが、私と侍女は何とか城を抜け出す事に成功した。
支援者が用意した護衛と合流し、馬車でアドニスの街に向かう。
この街に私たちの隠れ家と世話人が用意してあるという。
一年もすれば後継者争いも一段落するはず。それまでは隠れ家にてひっそりと過ごすことになろう。
アドニスの街に向かう私たちは盗賊の一団に襲われた。
護衛が次々と切り殺され、御者までもが殺されてしまった。
盗賊に捕まりそうになった私たちは、すんでのところで行商人の一行に助けられた。
助けられた私たちは驚くべき事実を知る。
私たちをここまで連れて来た護衛や御者は盗賊の一味だった。
この逃走劇は、私の支援者が仕組んだ罠だったのだ。
トラレス伯爵。長年に渡り私を支えていてくれた私の唯一の支援者。
その信頼する伯爵が私を裏切った。
彼は私を密かに城外へと連れ出し、盗賊の仕業に見せ掛けて攫おうとしたのだ。
行くあての無くなった私たちは、盗賊から救ってくれた行商人タツヤに王都までの同行を頼み込んだ。
タツヤはトルスタットの街までの同行は承諾してくれたが、王都までの同行については拒否されてしまった。
当然だ。何者かに狙われている危険人物を同行させれば、連れている自分の家族にも累が及ぶかもしれないのだ。
行商の一行に混じりトルスタットの街に向かう。
旅の途中、タツヤはこちらの事情を深く聞こうとはしなかった。
彼は私が貴族の娘と思っている。貴族と知りながらも特別扱いはせず、当然のように夕食の準備などを手伝わせた。
彼の妻のテレーゼや妹のエミーと女同士の会話に華を咲かせながらの夕食の準備をし、大勢の護衛たちと一緒にわいわいと夕食を取る。
何もかも初めての経験で自分でも意外なほど心躍る経験だった。
トルスタットの街では街娘に化けて広場の屋台で魔道具販売の手伝いをした。
売り子はテレーゼとエミーの担当で、自分たちは裏方の仕事ではあったが、広場の屋台の仕事はこれもまた楽しい経験だった。
このまま平民として街で暮らすというのも悪くないと思った。
だが楽しい夢もいつかは覚める。
この街の騎士に私たちの存在が露見した。
私たちの前に現れた騎士は、タツヤを人質に取りテレーゼに私たちの引き渡しを要求した。
愛する夫の命を盾に私たちの引き渡しを要求され、苦悩の表情を浮かべるテレーゼ。
彼女に「脅迫に屈し私たちを差し出した」などという汚名を着せてはならない。
私は彼女が口を開く前に、自ら騎士たちの前に進み出た。
「ここの主人は私たちとは何の関わりもない。すぐに彼を解放しなさい。無事に解放するなら私は抵抗せずお前たちに付いていく」
私たちは敵の手に落ちた。
◇◇◇
トルスタットの街から西に伸びる街道。その街道を疾走する六騎の騎馬と一台の馬車。
エルとフローラはその馬車の中に捕らわれていた。
目を伏せ肩を落としたエルが、弱々しい言葉を漏らす。
「タツヤ殿は無事に解放されただろうか……。私たちが彼を巻き込んだ。もし彼に何かあれば私はテレーゼ殿に何と詫びればいいんだ……」
フローラがエルの手に自分の手を重ねる。
「大丈夫だと思います。家族や護衛を連れた商人を殺せば、残された者が騒ぎ立てるのは必至です。事情も知らぬただの商人を、危険を冒してまで殺すとは思えません」
「……そうだな。タツヤ殿は私たちが何者か知らない。何も知らないなら危険視される事もないはず」
それは推測というより、願望というべき言葉であった。
「フローラ。この馬車、どこに向かってると思う?」
「私たちを捕えた騎士が誰の手先か分かりませんから、何とも言えません」
エルが俯いていた顔を上げてフローラを見る。
「彼らはトルスタット騎士団だ。となれば指示を出したのはトルスタット領主のジーベルク伯爵。そして伯爵は第二王子ランベルト派の重鎮の一人だ。ランベルト殿下の関与は明白じゃないか」
フローラは人差し指を立てると、左右に振って見せた。
「彼らはトルスタットの騎士じゃありません。トルスタットの騎士なら私たちを騎士団の拠点に連れて行くはず。なのにこの馬車は街から遠ざかるように走っています」
「……そうだな。確かに変だ」
「そもそも手配書というのが変なんです。私たちはその手配書にどう書かれていたんでしょうね? 街娘の服を着たお嬢様や私には、それほど際立った特徴なんて無いはずです。二人とも青い瞳に金の髪、体形は一般的な女性相当。その程度の特徴の娘なんて街中にいくらでもいます。なのにあの騎士は私たちを見てこう言ったんです。『間違いない。この二人だ』と」
エルがフローラの言った言葉の意味を考え込む。
「……なぜ私たちが手配の者だと特定できた?」
「あの騎士は以前から私たちの顔を見知っていたのでしょう。ホルス王国第二王女エルフリーデとその侍女の顔を。王女だけなら公式行事などで顔を見る機会もあったでしょう。ですが王女付きの侍女の顔まで知っているとなると、城の奥深くまで出入りできる人物に限られます。彼らはトルスタットの騎士などではありません」
「では奴らは何者だ?」
「王都の近衛騎士ではないかと」
エルは驚いてフローラの顔を見つめた。
「近衛騎士団を動かせるのは国王だけだぞ! まさか国王が私たちを……。いや、そんな……、いくら親子関係が希薄だからと言って、実の娘を攫わせるだなんて……」
「いえ、国王以外にも近衛を動かせる者はいます。第一王子エルヴィン殿下。殿下なら王太子の立場で近衛を動かせます」
フローラの口から出たその名に、エルはめまいを覚える。
「なぜそんな回りくどい事を……。城から姿を消した王女を保護するというのなら、身分を偽らずとも堂々と私たちの前に来ればいいではないか」
「トルスタットの領主は第二王子ランベルト派ですよ。その街に第一王子エルヴィン派の近衛騎士団が乗り込めば大騒動になります。だから近衛騎士はトルスタットの騎士に成りすまして、秘密裏に私たちを捕えようとしたのでしょう。私たちが下手に王女の身分を明かして騒ぎ立てないよう、人質まで用意して」
エルが絶句した。フローラはエルの悲痛な姿を見るとその手を握り締めた。
「まあ、どれも証拠もない憶測でしかありません。結論を急ぐべきではありませんね」
「……私たち、これからどうなるのかな?」
「私たちを攫ったのがエルヴィン殿下であれば、殿下が次期国王として即位するまで、どこかに監禁といった…………」
ふっとフローラの言葉が途切れた。
エルがフローラを見ると、彼女はぼんやりと視線を宙に漂わせている。
エルはしばらくその様子を見守っていたが、やがてそっと手を伸ばすとフローラの体に触れた。
「フローラ、大丈夫?」
「はっ!」
エルの呼びかけに、フローラは我に返った。
「大丈夫です。そう、大丈夫。……お嬢様、ご安心下さい。近いうちに必ず助けが来ますよ」
そう断言するフローラの瞳は紫色に輝いていた。




