第123話 騎士団の陰謀
「これはお勤めご苦労様です。私はこの屋台の店主でございます。何か問題でもございましたでしょうか?」
背後から声を掛けられた衛兵たちが驚いて振り返る。
「お前が店主か。貴様、営業許可証を偽造しただろう」
テレーゼが何か言いたそうに俺を見た。
その後ろではエミーとエルとフローラが事の成り行きを見守っている。
一旦衛兵たちに待ってもらい、先にテレーゼから状況を聞く事にした。
「どういう状況なの、これ?」
「巡回中の衛兵さんたちが来て、露店の営業許可の有無を尋ねられたので許可証を見せたのですけど、許可証が正規に発行されたものじゃないって言われて」
「そんなはずない。商業ギルドでちゃんと手続きして受け取った物だぞ」
「私もそうお伝えしたんですけど、不備があるの一点張りで」
俺は許可証を衛兵に見せながら尋ねた。
「これは私が商業ギルドに出向いて、利用料もちゃんと支払い正規の手続きで発行していただいたものですが、どこに不備がございましたでしょうか?」
衛兵の一人が横柄な口調で答える。
「正規の許可証にはギルドの押印があるはずだ。見ろ! これのどこに押印がある? これは偽造の許可証だ!」
「であれば商業ギルドの担当者が押印を忘れたのだと思います。一緒に商業ギルドに出向いてご確認を……」
「黙れ! この許可証の文面も正規のものではない。どう見ても偽造許可証だ。貴様、とんでもない事をしでかしたな」
衛兵がニヤニヤ笑い顔を俺に向けている。
俺を糾弾しているはずだが、どう見ても面白がっているようにしか見えない。
衛兵は手の平をこちらに差し出し、何かを要求するかのように指を動かした。
(これは袖の下の要求なのか?)
この大陸の大部分の国では役人への贈賄は法により禁止されており、れっきとした犯罪である。このホルス王国とてその例外ではない。
が、どこの国でも実社会では権力者への袖の下など商習慣の一つであり、何らかの便宜を図ってもらう上で金品を渡すのは常識だ。
こうあからさまに相手から袖の下を要求されたのは初めての経験だが、これがこの国の習慣というのであれば、それに目くじらを立てるつもりはない。
俺は懐から銀貨を取り出し、差し出された手に握らせた。
衛兵は手の平を広げ、渡された銀貨を相方の衛兵に見せる。
「銀貨が二枚か。……おい、見たな」
銀貨を受け取った衛兵が相方の衛兵に問いかける。相方の衛兵もにやけた笑いで応じる。
「ああ、見た。確かに見た。贈賄の現行犯だな。許可証の偽造に贈賄とは、たいそれた事をしでかしたな。これは見過ごせん犯罪だ。店主は捕縛、店の商品は没収だ」
「そんなご無体な!」
(こいつら! 嵌めやがったな!)
たぶん罪状など何でも良かったのだ。罪があれば大袈裟に言い立て、無ければでっち上げて俺に罪を着せるつもりなのだろう。
素直に金を渡したせいでカモだと認定されたのか、売り物まで全てを奪い取る気だ。
衛兵が後ろを向いて合図を送ると、どこに隠れていたのか更に二人の衛兵が現れた。
四人の衛兵が屋台を取り囲む。応援まで用意してたとなると、これはかなり計画的かつ悪質だ。
「私を捕縛するとおっしゃる? 私の商品を没収すると? 私はエデン帝国の帝都バベルに居を構える商人です。帝国民がこのような非道な扱いを受けたと知れば帝国は黙っていませんよ」
俺の抗議に衛兵たちがたじろいだ。帝国の名は思いのほか効果があるようだ。
こんな街の不良衛兵でも、宗主国であるエデン帝国とのトラブルはまずいとの判断くらいは出来るようだ。
「帝国民であろうが、我が国の法を破れば罰せられるのが道理だ。お前が賄賂を贈ったのは事実だろうが」
「そうですね。心付けをお渡ししたのは確かですが、それが商品を没収ほどの重罪なのですか? この街では常日頃、そのような取り締まりが行われているのですか?」
「うるさい! 罪は罪だ! 話は詰所で聞く。一緒に来てもらおうか」
衛兵の顔に焦りの様子が見える。
相手が帝国の商人とあらば、さっさと手を引きたいところだが、公衆の面前で俺を犯罪者と糾弾した以上このまま何もせず帰る訳にもいかない。一旦詰所に連行して形式的な取り調べを行い、嫌疑なしとして釈放すれば穏便に済ませられる。
……とまあ、そんな事を考えていそうな顔だ。
こちらも事を大きくしたくはないのは同様だ。業腹ではあるが、ここは黙って従ってやるか。
「分かりました。ではご一緒しましょう」
俺は心配顔で成り行きを見ていたテレーゼを手招きする。
「テレーゼ。こっちは心配ない。すぐ帰れると思うから、屋台を片付けて先に宿に戻っていてくれ」
「あなた、私も一緒に行きます」
「いや、エミーやエルたちを放置できない。テレーゼが一緒に付いててくれると俺も助かる」
不安そうな顔をしているエミーを見てテレーゼも折れた。
「……そういう言い方はずるいですよ」
「ずるい男は嫌いかな? ……いててっ!」
テレーゼに尻を抓られた。過激な愛情表現だな。
「じゃあ、後はよろしく」
俺はデイヴィッドに同行を頼み、衛兵たちと連れ立って詰所へと向かった。
◇◇◇
テレーゼはタツヤが衛兵たちと去っていくのを見送ると、残った者たちに指示を出した。
「さあ、今日はもう店じまいしましょう。エミーは私と一緒に屋台の解体をお願い。エルさんとフローラさんは、商品の片付けをお願いします」
エミーはまだタツヤたちの消えた方向から目を離さない。
「お兄ちゃん大丈夫かな? 何だか嫌な感じがする……」
テレーゼは空を指差した。
「あの人なら大丈夫。何か起きればすぐに助けが駆け付けるから」
エミーが空を見上げると、青い空の中で何かが光った……ような気がした。
エミーはテレーゼが空を指差した意味が分からず、首をかしげた。
「はいはい、お兄ちゃんは大丈夫だから屋台の解体手伝ってね」
「はーい」
お嬢様のエルとその侍女フローラは、在庫のチェックをしながら帳簿に記入していく。
「けっこう売れたな。だがこれだけ売れても単価が安いから大した利益にはならないんじゃないか?」
「お嬢様。普通、こんな屋台に高額な商品など出しませんよ。こういった場所では庶民の手の届く安価な商品を多く売って客を集め、その客を実店舗に誘導して高額商品を買わせるのが常套手段です」
「おお、さすがだフローラ。つまりここに並べてあるのは釣り餌という訳だな。便利な道具を安く買えたと喜んでいたら、いつの間にか役にも立たない高額商品まで一緒に買わされる。何と恐ろしい商法なんだ……」
二人の会話を耳にしたテレーゼが、怒りを含ませた声を上げる。
「こら! 店先で人聞きの悪い事を言わない! うちの商品が安いのは、誰でも買えるよう原価を下げる工夫したからです。庶民を騙すような商売はしていません!」
「す、すまん、テレーゼ殿。うちの父がよく訳の分からん高額な壺とかを買ってきて、母に怒られていたからつい……」
「今度店の前でおかしな事を口走ったら、二人ともこの街に捨てていきますからね」
「テレーゼ殿、申し訳なかった。この通りだ。ほら、フローラも一緒に謝ってくれ」
「失言をしたのはお嬢様ですから、私が奥様に謝る理由はないかと」
「この裏切者ーー!」
ワイワイと屋台の片付けを進めていると、広場に騎乗した騎士の一団が入ってきた。
騎士たちは馬から降りるとこちらに向かって歩いてくる。
さりげなく屋台の周囲で護衛に付いていた黒獅子のメンバーたちが、一斉にテレーゼたちの周りを取り囲む。
黒獅子の重戦士クロヴィスが一歩進み出て、その大柄な体でテレーゼと騎士の間に立ちはだかる。
騎士の一団は仁王立ちするクロヴィスの前まで来て足を止めた。
先頭の騎士が口を開く。
「おい。邪魔だ、どけ」
クロヴィスは無言のまま騎士を見つめ微動だにしない。
騎士たちと護衛との間に一触即発の空気が流れる。
それを見たテレーゼは、慌ててクロヴィスの腕を引き後ろに下がらせた。
「騎士様。私どもの店に何かご用でしょうか? 見ての通り本日はもう店じまいですので、お売りできる物はございませんが」
「我らはトルスタット騎士団である。お前たちはクドー魔道具店の者だな。……おい、後ろの二人。ちょっとこっちへ来い」
騎士が声を掛けたのはエルとフローラだった。
二人は互いに顔を見合わせていたが、かすかに頷き合うと騎士の前に進み出ようとした。
その二人をテレーゼが手で制した。
「私どもの店員にどのようなご用件でしょうか?」
「手配書の人相に合致する娘がこの店にいると情報が入った。その確認だ」
騎士はエルとフローラをジロジロと見ていたが、やがて他の騎士たちに命じた。
「間違いない。この二人だ。連行しろ」
「お待ちください! これは何かの間違いです!」
騎士の一人が抗議するテレーゼの耳元に小声で言う。
「騒ぎ立てるな。お前の夫の身柄は我らが押さえている。素直に二人を差し出さねば、二度と夫と会えなくなるぞ。その若さで未亡人にはなりたくなかろう」
テレーゼの目が大きく見開かれた。
◇◇◇
俺のイライラは頂点に達しようとしていた。
「だから何度言わせるつもりだ! 営業許可証は商業ギルドに問い合わせれば、正規に発行されたものだと確認できるはずだ! さっさと確認すればいいだろ! 贈賄の件も、金は渡したが何の見返りも要求していない。だから贈賄には当たらない!」
衛兵の詰所では不良衛兵たちの隊長という初老の男が出て来て俺の事情聴取に当たっていた。
ちゃんと事情を説明すればすぐに解放されると思いきや、とんでもない事態になっていた。
なにしろこの初老の隊長、ボケが始まっているのか何度も何度も同じ話を繰り返し訊ねてくるのだ。
大海原のごとき広き心を持つ俺様でも、三度も同じ話をさせられれば堪忍袋の緒も切れようというものだ。
「ふむ、そうは言うがこの許可証に押印が……」
また同じ話が始まった。これで四度目だぞ。もうこれ以上は付き合ってはいられない。
俺が自分で暴れるべきか、それとも後ろに控えているデイヴィッドをけしかけるか悩んでいると、部屋の外から人の言い争う声が聞こえてきた。
何が起きているのかと聞き耳を立てていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「タツヤ、デイヴィッド、いるか! 俺だ。クロヴィスだ! どこにいる、返事をしろ!」
声の主は黒獅子の盾役、重戦士のクロヴィスだ。
クロヴィスの声にデイヴィッドが怒鳴り返す。
「クロヴィス! こっちだ! 何があった!」
取り調べ用の小部屋の扉が開けられクロヴィスが顔をのぞかせた。
その後ろには彼の進入を阻止しようとしたのか、二人の衛兵がクロヴィスにしがみ付いている。
クロヴィスはそんな衛兵たちを無視して俺たちに告げた。
「すまん。エルとフローラが領主の騎士団に連行された」
「何でエルが?!」
「嘘か本当かは分からんが、二人は手配されていると言っていた。奥方が抗議したが、逆らえばタツヤを無事に帰さんと脅されたらしい。それを聞いてエルとフローラは騎士団について行った」
「くそっ!」
俺は取り調べに当たっていた初老の隊長を睨みつけた。
「この茶番は俺を人質に取るために仕組んだものか!? お前たち、騎士団とグルなのか?」
「何のことかな? 君は衛兵に対する贈賄の容疑で捕まっただけだよ」
「何を白々しいことを」
隊長が背筋を伸ばした。目付きが鋭くなり厳しい表情に一変した。
どうやら先ほどまでのボケ老人は演技だったようだ。
「お前たちに特に問題はないようだ。疑いは晴れた。もう帰って貰ってかまわんよ」
この隊長に言いたい事や聞きたい事は山とある。だが今は時間が惜しい。
「デイヴィッド、クロヴィス、行こう」
二人を連れて急いで衛兵の詰所を出る。
詰所の外でテレーゼと連絡を取ろうとして奇妙な事に気が付いた。
「クロヴィス。テレーゼは俺と連絡が取れるのに、何であんたがここに来たんだ? まさかテレーゼに何かあったのか!?」
「いや、奥方はタツヤと連絡を取ろうとしてたけど、うまく繋がらないって言ってたぞ」
「何だとっ!」
俺は腕のブレスレットを口元に寄せるとテレーゼを呼び出した。
「テレーゼ。タツヤだ。応答してくれ」
……返事がない。
「テレーゼ! テレーゼ!」
何度呼び出しても、やはり返事がない。
「ケルビム! 応答しろ!」
天空の島の人工知能ケルビムを呼び出すも、これも応答が返らない。
焦る気持ちを抑え込み、ブレスレットに指を這わせて操作を試みる。
全く反応がない。ブレスレットは機能を停止していた。




