第122話 勧誘
「なかなか面白い話が聞けたな。幽霊船か。本当にそんなのが現れたのなら、今頃領主の館は大騒ぎだろうな。ふふっ」
笑みを浮かべる俺にデイヴィッドが応じた。
「なあタツヤ。今の幽霊船の話、信じるのか?」
「もちろん。幽霊船なんて海に現れたって驚くのに、それが陸の上に現れたなんてビックリだよ。俺も見てみたかったな。やっぱり幽霊船って幽霊と同じで実体がないのかな?」
「俺はさっきの話を聞いても、タツヤほど素直には信じられなかったがな。何かカラクリがあるはずだと思っただけだ」
「そうかな。夜霧の中を怪しく漂う幽霊船。船の舳先には骸骨の船長。ああ、ロマンだよね。こんな街の中に幽霊船が現れた理由は何だろうね?」
「幽霊の事情なんて知らねえよ」
その後も夕刻になるまで酒場や商店や露店などを回り、客や店主相手に聞き込みをして回った。
「これはうまい。濃厚なタレの味がしみ込んだ柔らかな肉だ」
露店の串焼き屋で世間話をしながら買った串焼きの一本をデイヴィッドに渡し、自分の串に齧りつく。
「串焼き屋の親父まで領主の館に現れた幽霊船の話を知ってるとはね。これはもう街中に広まってても不思議はないな」
「領主も対応に困ったんじゃないか。実際に賊が館に押し入ったならともかく、夢か現実かも分からないような幽霊話では箝口令も敷けない」
「まあ実際に箝口令を敷いても、幽霊船なんて面白そうな話だと口止めは無理だと思うしね」
たった半日の聞き込みだったが、俺が聞きたかった話はだいたい聞けた。
情報源が一般市民なので情報の精度が低いのは承知の上だ。精度の高い情報は別途シャドウの諜報員が収集しているから問題はない。
俺は諜報員とは違う視点から、街の生きた情報を集めたかったのだ。
「なあ、タツヤ」
「何だ?」
「タツヤは帝国の密偵なのか?」
デイヴィッドが鋭い目つきでこちらを見ている。冗談で言ってる訳ではなさそうだ。
どうする? ここで否定するのは簡単だが……。
俺は周囲を見回し、声の届く範囲には誰もいないことを確認した。
「なぜそんな事を思った?」
そう質問を返した瞬間、俺は致命的なミスを犯したことを自覚した。
こういう場面で即座に否定もせずに理由を聞き返すなど、自分が密偵だと認めているようなものだ。
「街で領主や滞在中の第二王子の話を熱心に聞いていただろ。もちろん商人ならその街の有力者の情報を集めるのは当然だ。だがタツヤの知りたがっている情報が商売上の利害関係じゃなく、領主の統治に興味があるように感じた」
「それだけの理由?」
「領主の館に現れたという幽霊船の話を聞いた時にも違和感があったんだ。タツヤは幽霊船の話を聞いて驚いた顔をしていたが、どうも嘘くさい顔だった。幽霊船の話は前から知ってたんじゃないか?」
嘘くさい顔とは失礼な!
でもそう言われてしまうという事は、俺の演技がよほど大根だったと言うことなのだろう。
演技下手なのは何となく自覚していたが、人から真顔で指摘されるとけっこう凹むな。
「俺がどこかの密偵だとしても、帝国の手先とは限らないだろ」
「この時期、この街の領主やホルス王族の情報を欲しがるなんて、エデン帝国ぐらいしか思いつかん」
こんな少ない情報から俺が帝国の密偵だと推測するとは。
俺は黒獅子デイヴィッドを少し甘く見ていたようだ。
しかしこれは困った。ここはしらを切って突っぱねるか?
デイヴィッドは冒険者としての実力もあるし信頼できそうな男だ。
できれば今後も協力関係を維持しておきたい。
「俺は密偵じゃないよ」
嘘ではない。俺は帝国皇帝なのだ。
密偵の真似事をしているだけで密偵ではない。
「密偵ではなく協力者だよ。俺はエデン帝国の偉いさんとコネがあって、いろいろと便宜を図ってもらってる。その見返りに街で集めた情報を帝国に伝えているんだ」
「やっぱりそうか」
「勘違いしてくれるなよ。俺の本職はあくまで魔道具職人だ。帝国は千年前に滅びた古代文明の技術を隠し持っていて、その技術の一部を俺に開示している。俺はその技術を応用して魔道具を作り帝国に納めている。俺と帝国はそういった関係だよ」
デイヴィッドが思い出したように言った。
「前に乗せてもらった空飛ぶ乗り物、あれも帝国の技術か?」
「流星号か? その通り。あれは帝国から供与された部品を使って製造したものだ。帝国は空を飛ぶ乗り物を多数保有してる。帝国が自由に空を飛べるのは秘密のはずだったんだが、最近は方針が変わったみたいで人前でも平気で飛ばしてる。だからもう『公然の秘密』って扱いだけどな」
デイヴィッドが驚愕の表情を俺に向けた。
「なあ、もしかして各地で目撃されている空に浮かぶ島って、あれも……」
「今、俺の口から言えるのはここまでだ。……それで、俺が帝国の協力者だと知ってどうする? 帝国の手先がいるぞってどこかに訴え出るか?」
デイヴィッドが手を振りながら言う。
「よせよ。帝国の商人が帝国に協力するのは当たり前だ。俺が知りたかったのは、護衛として依頼主を何から守ればいいかってことだ。タツヤが普通の商人なら盗賊や魔物から守るだけで済む。だが危ない情報を集めてるとなると領主や役人からも守らなきゃならん。そうなると警護のやり方も変わってくる。だから事前に聞いておきたかったんだよ」
さすが熟練の冒険者だ。単に好奇心が刺激されたのかと思っていたが、そこまで考えていたのか。
「見てたなら分かるだろ。俺の情報収集なんて、通りすがりの商人が街の住人と噂話に興じているレベルだ。重要施設に忍び込んだり機密文書を盗み出すとかはしてないから、領主や役人とトラブルになる事はない」
俺は一旦言葉を止めると周囲を見回し、誰も近くにいないことを再確認した。
「……と、そう思ってたんだが、エルとフローラを拾ったせいで状況が変わった。エルはかなり高位の貴族の娘のはずだ。お家騒動で狙われてるから、所在がばれると貴族や権力者に狙われる可能性が高い」
「エルがどこの家の娘か聞いたか?」
「いや、エルから言い出さない限り聞かないつもりだ」
俺の答えを聞いてデイヴィッドが渋い顔をした。
「狙われているとなると、ある程度の事情は知っておきたい。どこから矢が射掛けられるか分からないでは守りようがない」
「確かにそうだな。この街で二人とは別れるつもりでいたから詳しくは聞かなかったけど、このまま王都まで一緒ってことなら、もう少し話を聞いておく必要があるな。戻ったらエルと話をしよう。デイヴィッドも同席してくれ」
本心を言えば聞きたくない。聞けば確実に面倒に巻き込まれる。
とはいえ、デイヴィッドから護衛の職務に支障が出ると言われれば無視もできない。
しかし、デイヴィッドってなかなか頼りになる男だな。
歳は三十代後半。Bランク冒険者で実力は十分。かなりのイケメンで、街の女性たちからの人気が高い。
黒獅子の重戦士クロヴィスから仕入れた話によると、デイヴィッドはその昔、黒獅子の二つ名に恥じない勇猛かつ粗暴な若者だったらしい。
次々と高ランクの魔物討伐を成し遂げ、あと一息でAランク昇進というところまで上り詰めたが、ある時凶暴な魔物の討伐に失敗しパーティーが全滅。それ以降は性格が一変し、粗暴さは鳴りを潜め思慮深い行動を取るようになったようだ。
今では熟練の冒険者として周囲からの評価も高い。
……欲しいな。
「なあ、デイヴィッド。帝国に仕官する気はないか?」
「何だって!?」
デイヴィッドがあっけに取られた顔を俺に向けた。
「エデン帝国は建国以来ずっと人手不足なんだよ。今帝国に仕官すれば、けっこういい地位まで上がれると思うぞ」
「冗談はやめてくれ。おれは冒険者として名を成してきたんだ。今更宮仕えなんてできるかよ」
「固く考えなくても俺みたいな協力者の立場でも構わない。それなら冒険者を続けながらでも出来る。帝国から何か依頼された時にだけ仕事を受けるとか、他国に行った時に見聞した事を報告したりする程度で構わない」
「タツヤはそう言うが、帝国が俺みたいな者を望むとは思えんが……」
「俺は帝国の偉いさんと通じてるって言ったろ。帝国がデイヴィッドみたいな人材を欲してるのは間違いない。それに俺の推薦があれば即採用されるはずだ」
相手にされないだろうと思いつつの勧誘だったが、思いの外デイヴィッドの食いつきがいい。ここはもう少し押した方がいいだろう。
「若い時は冒険者もいいけど、歳を取るとなかなか続けられる仕事じゃないだろ。協力者になればけっこな給金が貰えるから生活も安定する。まあ、返事は急がない。王都に着くまでに考えてくれればいいよ。もっと詳しく知りたければ……」
その時、俺のブレスレットに通信が入った。テレーゼからの呼び出しだ。
デイヴィッドとの会話を中断し、ブレスレットに応答する。
「どうした。テレーゼ」
『あなた、近くにいますよね? できれば戻って来て欲しいのですけど』
何だろうか?
緊急事態という訳ではなさそうだが、こちらが仕事中なのを知っていて連絡を入れてくるという事は、よほど対応に困る事態が発生したのだろう。
「わかった。すぐに戻る」
『お待ちしています』
通信を切ると、一緒に聞いていたデイヴィッドに伝える。
「デイヴィッド、聞いての通りだ。急いで戻ろう。帝国への仕官の話は考えておいて欲しい」
「分かった。それで奥方の用事は何だろうな? 今の様子だと荒事が起きているようではなさそうだが」
「広場まですぐの距離だ。状況を聞き出すより直接行った方が早い」
俺とデイヴィッドが広場の屋台に戻ると、屋台の前に人だかりが出来ていた。
この街の衛兵らしき男が二人、屋台の前でテレーゼたちと何か言っ争っている。
衛兵と揉めるとはいったい何が起きている?
これはいささか面倒な事になりそうだ。




