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第121話 幽霊船

 俺たちはトルスタットの街にやってきていた。今回の旅での最初の行商地である。


 街には昼頃に到着した。明日の昼にはこの街を出る予定なので、行商に使える時間はそれほど多くない。

 俺たちは街に入るとすぐに宿を探し部屋を確保した。


「じゃあ、俺は商業ギルドに行って出店用の場所を確保してくる。テレーゼはその間にエミーと一緒に食料品の補充とエルたちの服の調達を頼む」

「分かりました」


 俺は物珍しそうに宿の中を見回しているエルに言った。


「エルとフローラは部屋に入ってろ。絶対に外には出るなよ。お前の派手なドレスは十分に目立つ。テレーゼが着替えを調達するまでは、一切人前に姿を見せるな」

「ああ、分かった。気を付けよう」


 素っ気ない返事だ。本当に分かってるのか、こいつは?


 とりあえずこのトルスタットの街までエルとフローラを連れてきたのだが、二人ともこの街には知り合いもなく、また所持金もほとんどないという事で、未だに俺たちと行動を共にしている。当然、彼女たちの宿泊費や食費は俺持ちである。


 商人としての矜持には反するが、ここはある程度のお金を渡して厄介払いするに限る。

 そう考えてエルたちに資金供与を持ち掛けたのだが、これはフローラの泣き落としにより拒絶されてしまった。


 どこに敵がいるか分からない状況下で知らない街に放り出されるより、とりあえず信用できる俺たちに付いて王都まで移動した方が安全だと考えたのだろう。


 俺は黒獅子デイヴィッドに声を掛けた。


「これから商業ギルドに行くから誰か一人付いてきてくれないか。それとテレーゼたちの買い出しの護衛と、宿でのエルたちの護衛も頼む。人の割り振りはデイヴィッドに任すよ」

「了解した。タツヤには俺が同行しよう。奥方にはクロヴィスとテリーが付いてくれ。レベッカとクロエはエルのお守りだ。皆、それでいいな?」


 黒獅子たちの担当が決まると、今度はオスカーたちを呼んだ。

 

「街にいる間は黒獅子と交代で半日づつ休みを出すよ。今日の午後はオスカーたちの番で、明日の午前は黒獅子たちだ。ということで、オスカーたちは今日はもう自由にしてくれていいよ」


 俺の言葉にノーラが喜びを露わにした。


「やった! だったら街に繰り出して食べ歩こうよ。ここまでくる途中に、見た事のない食べ物がたくさん並んでて気になってたんだ」

「懐が寂しいんですよ。そんなに豪遊はできません」

「そんなぁ。せっかく休みがあってもお金がないとは……。世知辛い世の中だね……」


 ノーラが世を儚んで肩を落としている。

 俺はオスカーに何枚かの銀貨を渡した。


「これは?」

「例のオスカーへの詫びだ。それだけあれば三人で腹いっぱい食べ歩き出来るだろ」

「やった! タツヤさん太っ腹!」



 ◇◇◇



 街の広場には商売用の区画が多数用意されており、商業ギルドに料金を支払えばその区画を借りる事が出来る。

 商業ギルドに出向いて一区画を借り受けると、指定場所に組み立て式の簡易屋台を設置し、クドー魔道具店の商品の数々を並べる。


 なかなかいい店構えだ。さあ、クドー魔道具店出張販売所の開店だ。


「いらっしゃい、いらっしゃい。クドー魔道具店の出張販売だよ。帝都バベルで人気沸騰の商品を、トルスタットの皆さんに特別価格で販売しまーす。数量限定、売り切れ御免。ここで買わなきゃ二度と買えないかもしれないよ。そこのお兄さん。見ていくだけならタダだよ。手に取ってよーく見てちょうだい」


 意外な所に逸材がいた。

 エミーの軽快な口上に、道行く人たちが立ち止まってこちらを注目している。

 何人かがエミーの呼びかけに応えて屋台の前に立ち止まり、商品を見ている。

 客の一人が屋台の商品サンプルを手に取った。


「お嬢ちゃん。この魔水筒ってのなんだが」

「お兄さん、お目が高い! この魔水筒、帝都バベルのクドー魔道具店で一番の売り上げを誇る人気商品なんですよ。いつも入荷と共に完売になって、なかなか入手しにくい商品なんです。この魔水筒、この筒の蓋をこうやって捻ると…………」


 客に淀みなく説明するその姿は正にベテラン販売員だ。

 これは勇者の秘められた力? ……な訳はないな。


 販売はテレーゼとエミーの二人の担当なのだが、テレーゼもエミーの流暢な販売話術に目を丸くしている。


 屋台の後ろではエルとフローラが在庫の数を確認している。

 働かざる者食うべからず。

 二人にはテレーゼが街で買ってきた街娘風の衣装に着替えさせ、屋台の商品管理と会計をさせているのだ。


 エルはお家騒動で狙われている立場ではあるが、黒い森以降の足取りは掴まれてないはずだし、今は街娘に扮している。そう簡単に正体がばれたりはしないだろう。


 それに屋台の周囲には黒獅子のメンバーが陰日向に護衛に付いている。黒幕の意向がエルの身柄確保なら、もし見つかったとしても街中でいきなり荒事になることはないはずだ。


「なあ、この服、何だか胸元がいやに広いような気がして落ち着かないんだが……」

「それは平民の娘のごく普通の服だぞ。そうそう中が見えたりしないから大丈夫だ」

「スカートも短くないか? これだと足に巻いているナイフが見えてしまいそうで怖いんだが……」


 危ない奴だな! そんなところにナイフを隠していたのか。

 護身用にナイフを隠し持つのは貴族の娘の間では常識なんだろうか?

 そんな思いでエルのスカートを見つめていると、背後からの視線を感じた。

 慌てて振り向くとテレーゼが俺をじっと見つめていた。


(いや、ちょっとスカートの中を覗いてみたいとは思ったが、それはナイフの装着具合が気になっただけで、別にパンツが見たいとかそういう話ではないんだ!)


 心の中での釈明を読み取ったのか、テレーゼはにこりと微笑むと俺から視線を外した。

 何だか気心が知れるというレベルではなく、完全に心の中を読まれているような気がする。

 テレーゼって実は読心のスキル持ちなのかもしれない。


 屋台については俺がいなくても何とかなりそうだ。


 屋台の後ろでさりげなく周囲を警戒しているデイビッドに声を掛ける。


「デイヴィッド。ちょっと街歩きしたい。一緒に来てくれるか?」

「了解した」

「テレーゼ、ちょっと出掛けてくる。屋台の方は頼むよ」

「いってらっしゃいませ。お気を付けて」


 テレーゼを軽く抱きしめ、小声で耳元に囁く。


「もし護衛たちの手に余るような事態が発生したら、躊躇わずに救援を呼べ」

「分かってます。大丈夫ですよ」


 テレーゼは俺に顔を寄せると、そっとキスをした。

 ふと見れば、エルとフローラがじっとこっちを見ている。

 どうやらテレーゼは二人にわざと見せつけたようだ。

 これは自分の所有物だから変な気を起こすなという意思表示なのだろうか?




 デイビッドと二人で街をぶらつく。

 人の集まる広場の近辺は、どの店もけっこう賑わっているようだ。


「けっこう賑わってるな。街の規模はそこそこだけど、街の中は活気に溢れてる」


 俺の感想に、デイビッドが応じる。


「そうだな。この街の周辺は魔物が多そうだから冒険者も多く集まるんだろう。冒険者が多い街は魔物の素材も多く売買されるし、冒険者目当ての宿屋、食堂、酒場、武器屋、雑貨屋なんかが繁盛して、街全体が潤うって訳だな」

「へぇー。デイビッドってけっこう博識だね」

「学が無くともそれくらいは分かる」


 手頃な食堂兼酒場を見つけて中を覗く。

 昼食の時間は過ぎておりテーブルに座る人はまばらだ。


 地元の男らしき二人連れが、酒を飲みながら大声で何か言い合っている。

 俺はデイビッドに目配せをすると、その男たちの近くのテーブルに席を取った。


「だから見間違いじゃないって言ってんだろ! 他にも何人も見てるんだ! あれは確かに船だった。大きなボロボロの帆船だったんだよ」

「だから海も川もない街中に船なんかいる訳ないだろ。見間違いに決まってる」

「大勢の警備兵が見間違えるなんてある訳ないだろ!」

「でもお前も他の警備兵も、みんな朝まで眠りこけてたんだろ」

「そうだけど……。そうだけど、あれは絶対に幽霊船だ。冥府からやってきた幽霊船だよ」


 俺は店員に酒を二杯注文すると、受け取った酒を持って男たちのテーブルの脇に立った。


「兄さん方、何だか面白そうな話をしてるね。良かったら俺にもその話を聞かせてもらえないかな?」

「何だ、お前?」

「俺か? 俺はこの街に商売に来た行商人だよ。何だか興味を惹かれる話をしてるから、商売のネタになるんじゃないかと思ってね。これはお近づきの印だ。まあ一杯やってくれ」


 男たちは俺を胡散臭げな目で見ていたが、俺が酒の入ったジョッキを差し出すと素直にそれを受け取った。


「そうか、じゃあ遠慮なく頂こうか」


 聞けば男たちは、この街の領主の館に勤める警備兵とその友人との事だった。


 警備兵の男はトールと名乗った。彼は昨夜領主の館で起こった不可解な出来事について、俺に詳細に語ってくれた。


 与太話と決めつける友人に鬱憤を募らせていたところに、熱心に話を聞いてくれる俺が現れたのだ。昨夜の出来事をそれはもう丁寧に語ってくれた。



 ◇◇◇



 その夜、トルスタット伯爵の館では敷地の至る所で篝火が焚かれ、多数の兵が警備に当たっていた。

 二人一組で敷地を巡回していたトールは、相棒の兵士に疑問を投げつけた。


「なあ、今夜の警備、何だか人が多くないか?」

「そうか、お前昼間いなかったから知らないのか。今、この館に王都の王子殿下が滞在してるんだよ。それで警備が厳重になってる」

「王子って誰? 何しに来てるんだ?」

「第二王子のランベルト殿下だよ。何しに来てるかまでは知らん」

「へえ、この館に王族を招くなんて初めてだよな」


 トールは夜空を見上げた。今夜は曇り空で星一つ見る事が出来ない。


「星も月も何も見えない。……あれ? 霧が出てきたか?」


 気が付けば周囲には霧が漂っており、近くの館の形さえはっきり見えなくなってきていた。

 霧は次第にその濃さを増しており、今ではもう数歩前さえ見通せない。


「まずいな。ちょっと霧が深すぎる。これだけ何も見えないと巡回しても意味がないな」

「そうだな。一旦詰所に戻って霧が晴れるまで待とう」


 トールと相棒が詰所に戻ろうとした時、白い霧の中で何かが動いた。


「おい、トール。前で何か動いてるぞ。何だか大きい物だ。……何だ?」


 その時一陣の強い風が吹き、霧の一部が吹き飛ばされた。


「……待てよ、待て、待て、待て! 何だあれ?! 何でこんなところに?!」


 白い霧の中からぬっと姿を現したのは、大きな帆船だった。


 その木造の船体は傷だらけで船縁などは朽ち果てている。ボロボロに破れた帆は土緑色だ。

 まるで長い間海の底に沈んでいた沈没船が陸に引き上げられたかのようだ。


 船は未だ霧の中に包まれその全容は定かではないが、霧の中から突き出した船首部分と三本のマストから推測するに、かなり大きな帆船のようだ。


「トール、すぐに詰所に戻って……、戻って……」


 相棒の兵士が言葉の途中で、地面に崩れ落ちた。

 トールは慌てて駆け寄ろうとしたが、だんだんと体の力が抜けていくのを感じた。


(何だ? 力が抜ける。それに何だか眠くなってきた)


 気力を振り絞ってもう一度船を見上げたトールは、船の舳先に一人の男が立っているのに気が付いた。

 丈の長いジャケットを着て、腰にはサーベルを帯びている。

 どうやらこの男がこの船の船長のようだ。

 

 その船長らしき男がトールを見下ろした。一瞬、男と目が合ったような気がした。

 だが、薄れゆく意識の中でトールは『それは絶対に無い』と否定した。


 目が合うなんてあり得ない。

 何しろ男の顔には目玉が無かったからだ。

 船の舳先に立つ男はジャケットを着た骸骨だった。


 トールは意識を手放してその場に崩れ落ちた。



 ◇◇◇



「それで領主の館の者たちは、全員が朝までおねんねって訳だ。朝、皆が目を覚まして大騒ぎになったが、幽霊船は跡形も無く消えていた」

「トールさんの言葉を疑う訳じゃないが、それって幻惑の魔法を掛けられたんじゃないのか? 第二王子が滞在中だったんだろ。何者かが警備兵に幻覚を見せて眠らせて、その隙に王子殿下を亡き者に……。そう言えば滞在してたっていう第二王子は無事だったのか?」


 トールは空になったジョッキを手で弄んでいる。

 俺は店員に合図し酒の追加を注文した。

 新しいジョッキが運ばれてくると、トールはそれに口を付け話を続けた。


「それが不思議な事に、滞在中の第二王子も領主様もその家族も、誰一人危害を加えられた者はいなかったんだ。館の内部を念入りに調べたが、盗られた物や壊された物は何もなかった」

「確かに不思議だな。だったら愉快犯か? いや、もっと悪いかも。第二王子の滞在中に領主の館に賊が入ったとなると、領主様のメンツは丸つぶれだ。領主様に恨みを持つ者の犯行かな?」


 トールはかぶりを振った。


「そもそも館にいた全員に幻覚を見せて眠らせるなんて、どんな大魔法使いだって不可能だ。あれはそんなまやかしじゃない。冥府からやってきた幽霊船だ。何が目的で現れたのかは分からないが、愉快犯とかメンツを潰すとか、そんな次元の話じゃない」

「へー。聞けば聞くほど不思議な話だな」


 その後は二人から街の領主の評判や滞在中の第二王子の話など、引き出せそうな情報を次々と聞き出していった。

 望むまま酒を飲ませながらの質問だったので、とうとう二人とも潰れてしまい、情報収集はそこで終了となった。


 俺とデイビッドは潰れた二人を残して酒場を後にした。


「なかなか面白い話が聞けたな。幽霊船か。本当にそんなのが現れたのなら、今頃領主の館は大騒ぎだろうな。ふっふっふ」


 駄目だ。思わず笑いが込み上げてきてしまった。

 俺も少し酔ってるのかもしれないな。

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