第120話 冒険者たちの反省会
僕らは平原の街道を歩いていた。もちろん散歩している訳ではない。
行商の一行の護衛として、馬車に先行して周囲を警戒しながら進んでいるのだ。
「ねえ、オスカー。まだ気にしてるの? 終わった事はもう気にしない。スパッと忘れようよ」
よほど暗い顔をしていたのだろうか。ノーラが明るい声で僕に笑いかける。
「だから、忘れちゃ駄目だって言ってるでしょ。私もノーラもオスカーも、反省すべきところはちゃんと反省しないと」
すかさずソフィーの突っ込みが入った。気丈に言っているが、昨夜はソフィーもだいぶ落ち込んでいたのだ。
落ち込みもしよう。僕とノーラとソフィーの三人は、昨夜タツヤさんに呼び出され、厳しく叱責されてしまったのだ。
◇◇◇
「今日はご苦労様だった。君たちのおかげで二人の少女を無事救出できた。まずは礼を言おう」
タツヤさんが頭を下げる。
僕が返事を返そうとする間もなく、タツヤさんは言葉を続けた。
「が、それはそれとして、君たちに言わねばならん事がある」
タツヤさんはいつになく険しい顔をしている。
「昼間、俺は君たち三人に何と指示した? 『偵察に出てくれ』と頼んだはずだ。報告を最優先に、自衛以外の戦闘は禁止ともな。だがオスカーは独断で盗賊たちの真っただ中に飛び込んだ」
僕は確かに偵察の指示を受けた。
だが少女が盗賊に襲われているのを見て、真っ先に敵陣に飛び込んだのだ。
「でもそれは緊急事態だったから」
納得出来ないと言うようにノーラが反論する。
「本当にそうだったか? 状況を伝えて指示を仰ぐ事も出来ないような緊急事態だったのか?」
「女の子が襲われてたんだよ。黙って見ていられないよ」
「そうだな。刃物を突きつけられ、今しも殺されそうな状況なら確かにそうだろう。でも、あの場合、本当にそこまでの緊急だったのか?」
「服を破られたんだよ。何もしなければ裸に剥かれてた。これが緊急でなくて何が緊急だって言うの?!」
「確かに盗賊はフローラを相手に事に及ぼうとしていた。若い君たちにこれを言うのは酷だが、彼女が実際に犯されるまでには、まだいくらか時間の猶予はあったはずなんだ。俺に連絡を取って指示を仰ぐことも十分可能だったはずだ」
僕はたまらず口を挟んだ。
「それは違います! 僕にはあの状況が一秒を争う状況に思えました。猶予があったなんて、後からなら何とでも言えます」
タツヤさんはため息を付いた。
「現場では即時の判断が求められる。その現場に居合わせなかった者からあれこれ言われても納得出来ないのは当然だ。でも本当にそうなのか? 連絡を入れる暇もないと判断して行動に出たのか? そんな事考えもせずに、ただ後先考えずに盗賊の中に飛び込んだんじゃないのか?」
「そんな事はありません! そんな事は……」
タツヤさんは全部お見通しのようだ。
確かに僕はあの時、フローラさんの服をはぎ取った盗賊に対して怒りを募らせ、盗賊の中に飛び込み相手を切り伏せた。
何も考えてはいなかった。自分が何をしているのか意識したのは、盗賊が血しぶきを上げて倒れた後だった。
「オスカーはあの時、冷静さを失っていた。それが一番の問題なんだ。ノーラやソフィーも同様だ。オスカーが敵の真っただ中に踊り込んでしまったのなら、残る二人でオスカーをサポートすべきだった。だけど二人ともパニックに陥りまともな判断が出来なくなった。三人のパーティーが三人とも冷静さを失ったらもう終わりだ。今回は黒獅子たちがいたから何とか持ち直したが、彼らがいなかったらはっきり言って危なかった」
僕もノーラもソフィーも、何も言えずに俯いた。
「追い打ちを掛けるようで心苦しいが、もう少し言わせて貰おう。君たちの仕事はいったい何だ? 依頼主の護衛だろ。勝手に盗賊に立ち向かい、逆に倒されるような事があったらどうするつもりなんだ? 盗賊たちは君たちの次に依頼主にも襲い掛かるぞ」
確かにそうだ。依頼主を放り出して盗賊との戦いに身を投じたとなれば、護衛としての任を果たしていない。護衛失格だ。でも……。
「優先順位を考えるんだ。冷たい事を言うようだが、第一に守るべきものがあるのなら、他人が襲われていようと見捨ててその場を離れるだけの覚悟も必要だ」
タツヤさんの言っている事は正しいんだと思う。
でも僕には無理だ。目に前に救いを求めている人がいれば、何を差し置いても助けたい。
「じゃあ僕はあの時どうすれば良かったんですか?」
タツヤさんは少し考えてから言った。
「後知恵でも良ければ答えるよ。まずは最優先で状況報告だ。賊がフローラに不埒な行いをするにしても、一分や二分の猶予はあったはずだ。フローラには悪いが、胸や尻を撫でまわされるくらいは我慢してもらって、その間に状況を伝えてその場で取れる最善の対策を考える。一人で後先考えずに突っ込むより遥かにいい対応が取れるはずだ」
確かにそれが正解なんだろう。でもあの時の僕はそんな事全く思い浮かばなかった。
「更に言えば、俺がその状況を報告されたら、ソフィーに指示して盗賊のいる近くに爆散魔法を撃たせていたはずだ。近くで爆発が起これば盗賊だって女を構っている暇など無くなる。どこから攻撃されたかと襲撃者を探し回るはずだ。これで少しは時間が稼げる。その間に黒獅子を向かわせ盗賊たちの注意を引き付け、その隙にこっそり少女二人の救出を試みる。二人の救出が成功すれば後はいつもの手順だ。ソフィーが盗賊たちの中に爆散魔法を打ち込み、ノーラとオスカーで取りこぼしを始末する」
ははっ。何だか笑いが込み上げてきた。言われてみれば簡単な話じゃないか。
じゃあ僕がやった事は何だったんだ。
一人で盗賊の中に突っ込んだ。
僕が盗賊に取り囲まれたせいで、ソフィーもノーラも遠距離からの攻撃が出来なくなった。
その僕はと言えば、最初の一人こそ倒しはしたものの、後は積極的な攻めに出られずに膠着状態に陥ってしまった。
黒獅子たちやノーラが加勢に来てくれたから助かったが、あのままだったらどうなっていたことか。
結局僕は皆の足を引っ張っただけなのか……。
「これは君たちが今後も冒険者としてやっていくうえで、しっかりと心に刻む必要があると思ったからこそ、あえてきつく言わせてもらった」
タツヤさんが僕の肩に手を置いた。
「けどまあ、ここまで言っておいて何だが、実のところ俺はオスカーの行動が間違っていたとは思っていないんだ」
これだけ僕の心をズタズタにしておきながら、この人はいったい何を言ってるんだ?
「俺の言った事は全て後付けの理屈だ。盗賊がどう動くかなんて誰にも予想なんて付かない。まだ余裕があると思って様子見をしていたら、気が付いたら二人とも殺されてましたって可能性もあった。依頼主を一番に守れとも言ったけど、それも状況次第だ。盗賊たちが依頼主を襲う前に先手を打って奇襲を掛けて殲滅ってのもありだろう」
ソフィーが何とも言えない表情で言う。
「結局、オスカーのやった事は良かったんですか? それとも悪かったんですか?」
「依頼主の立場で言えば、あれは叱責に値する行動だ。俺個人としては、あれは称賛に値する行動だ」
「答えになってないような……」
タツヤさんが頭をポリポリと掻いている。
「実は俺も以前、オスカーと同じ事をしてるんだ。だから人に偉そうに説教できる立場ないんだよ」
「どういう事です?」
「前にクラレンス商会の商隊が盗賊に襲われたことがあって、テレーゼが危害を加えられそうになったんだ。俺はスーツを着て盗賊共の中に飛び込みテレーゼを助け出した。後でケルビムに叱られたよ。冷静さを欠いたまま己の力を過信し戦いに身を投じただろうってね。返す言葉がなかったよ。その時の俺は欲求のままに剣を振るっていた。だからオスカーの気持ちが良く分かる。誰かを守りたいと思ったら、他の事になんて頭は回らないよな」
タツヤさんが僕を見た。とても優しい目だ。
「過程はどうであれ、結果としてエルもフローラも傷一つ付かずに救い出された。オスカーが彼女たちを最後まで守り通したからだ。彼女たちを救ったのはまぎれもなくオスカーだよ。誰にでも出来る事じゃない。俺はオスカーを誇りに思ってるよ」
涙が出て来た。自分のやった事をちゃんと肯定してくれる人がいる。
その事実がどれだけ心の支えになっていることか。
ノーラが僕にしがみついてきた。見れば彼女も涙を流していた。
「そうだよ。オスカーは間違ってなんてないよ。あそこで助けに入らないなんて考えられないよ」
ソフィーも無言で僕たちに抱きついた。彼女も涙目だ。
「オスカーはあれでいいんです。あれで」
タツヤさんは僕たちが落ち着くまで黙って待っていてくれた。
駄目だな。自分の弱さを自覚すると、悔しさのあまり涙が出てしまう。
自分じゃ、そんな泣き虫だとは思ってなかったんだけど……。
「まあ、それでも君たち三人に思うところはある。最大の問題は皆揃って冷静さを失ったことだ」
これに関しては何も反論出来ない。あの時は確かに三人とも冷静さを失っていた。
「君たちに足りないのは経験だと思う。もっと人相手の場数を踏むべきじゃないかな。これまで魔物相手の討伐依頼ばかり受けてきたんじゃないか?」
その通りだ。受ける依頼のほとんどは魔物の討伐ばかりで、たまに受ける護衛依頼でも盗賊と出会った事など一度も無い。まともに人と戦ったのは今日が初めてだ。
「今後は護衛依頼とか盗賊討伐依頼とかの依頼を増やして、怒りを抑えたり悪意を受け流したりする経験を積むといいんじゃないかな」
タツヤさんが頭を掻きながら言う。
「まあこれはただの商人でしかない俺の意見なんで、あまりあてにはならんけどな」
その言葉を聞いて、ソフィーが眉を吊り上げた。
「ここまで人を散々こき下ろしておいて、それを言いますか!?」
「すまん、すまん。だって俺は高ランクの冒険者じゃないから、そんな的確な助言なんて出来ないよ。でも、咄嗟の判断に迷わないようもっと経験を積むべきだってのは、あながち間違ってないと思うけどな。これば冒険者ではなく人生の先輩としての助言だよ」
タツヤさんはそう言うと、僕に向かい背筋を伸ばした。
「えっと、何だ。実はオスカーに謝らないといけない事がある」
「何ですか?」
「フローラから自分たちを助けた鳥の格好をした男はどこにいるって聞かれたんだ。その時に『通りすがりの正義の味方』って答えておいた」
「打ち合わせ通りですね」
「その後、テレーゼに叱られたんだ。二人を救ったのがオスカーだって知らせないのはいかがなものかってね」
「どういうことですか?」
「エルはともかくフローラは自分を助けてくれた鳥男に非常に感謝している。オスカーは二人から賛辞を贈られていいはずなのに、俺の都合でそれを受けられない。それは酷いんじゃないかってね」
「別に構いませんよ。賛辞が欲しくてやった訳じゃないです」
「オスカーはそう言ってくれると思ったが、テレーゼが納得しないんだよ。さっき盗賊に襲われたテレーゼを俺が救い出したって話をしたろ。テレーゼはその時、絶体絶命の危機に颯爽と現れ、盗賊たちを次々と蹴散らした俺に運命を感じたらしい。『この人と絶対に添い遂げる』ってね」
ソフィーが面白くなさそうな声を上げた。
「のろけ話なら間に合ってますよ」
「いや、のろけじゃなくて、貞操の危機を救ってくれた男の存在ってのは、それ程までに女の心を掴むものらしいんだ。それを通りすがりの知らない男にしてしまったのは、あまりにも酷いんじゃないかって詰られた」
「まあ、確かにそれは言えますね」
「とはいえ真相を明かせばスーツの話も出てくる。俺としてはそれは困るんだ」
「単にオスカーが鳥の仮装をしてただけって言えば済む話じゃないですか?」
「オスカーがスーツを使わず、自力であの剣捌きを再現できるなら、それも手だけどな」
タツヤさんとソフィーが同時に僕を見た。
「無理ですよ。そんなに見られたって出来る訳ないでしょ」
「であればオスカーの正体は明かせない。という事で俺はオスカーの手柄を台無しにした事について謝ることしかできん。申し訳なかった」
タツヤさんが僕に深々と頭を下げた。
「本当に気にしてませんから大丈夫です。そもそもスーツを人前で使わないっていうのは、最初から決まってた事です。僕がとやかく言う事じゃありません」
「本当にすまん。もしかするとフローラから好意を寄せられてたかもしれないのに」
「あの人、たぶん僕より年上でしょ。僕は年上には興味ありませんから大丈夫です」
タツヤさんが驚愕の表情で僕を見た。
「ま、まさか……。オスカー、お前そんなにイケメンなのに……。まさか、ロ……リ……」
「やめて下さい! 何を言いたいのか想像は付きますが、僕に幼女興味はありません。僕は同世代の女性がいいんです」
タツヤさんはほっとした様子で、僕の耳元に顔を近づけると小声で訊いた。
「じゃあ、ソフィーとノーラのどっちなんだ? まさか両方なのか?」
「違います! 何でそんな話になるんですか」
男一人と女二人のパーティーで、男女のカップルが成立すれば、その時点でパーティーは崩壊する。僕はこのパーティーを壊すつもりはない。
それにソフィーやノーラを異性として意識しているかと訊かれれば……。
うーん、それはないかな。
その後タツヤさんは黒獅子のメンバーを呼んで、あの盗賊との戦いでの僕らの行動を評価させたり、他にどういう対応を取れたのかなどを皆でじっくりと検討させた。
黒獅子の人達は僕らの欠点を容赦なく指摘していった。
耳に痛い言葉をこれでもかと投げつけられた。
それなりに実力をつけ、一人前の冒険者のつもりでいた僕のプライドはボロボロにされてしまった。
確かに有用な話は多かったが、もう少し優しく言って欲しかったなぁ。




