第119話 お嬢様の処遇
夕食が済んだ野営地は落ち着いた雰囲気に包まれていた。
周囲が闇に包まれれば、もう夜の見張り番以外は何もする事はない。
枯れ枝を集めて焚かれている焚火の周りで、皆がそれぞれに寛いでいる。
エルとフローラも、ゆらゆらと揺れる炎をぼおっと見つめている。
二人のところに行き、温かい飲み物を渡す。
「エル。少しは落ち着いたか?」
「ああ、落ち着きはしたが……。私はこれからどうすればいい?」
「それを今から話し合おうと思ってね」
正直言えば、これ以上この娘たちに深入りしたくはない。
俺には行商の裏に隠された本来の仕事があるのだ。
面倒事を抱えた娘を二人も連れていては自由に動けない。
最寄りの街まで連れて行って、そこで彼女たちとはお別れしたい。
「エルを狙っている者やその理由に心当たりはあるのか?」
「ああ、黒幕の見当は付いた。たぶん間違いない。私を狙う理由も明白だ」
「それは貴族の家のお家騒動ってことで間違ってないか?」
「…………ああ、その通りだ」
「そうか」
この先の質問は慎重にしなければならない。
これ以上詳しい話を聞けば、もう後には引けなくなるような気がする。
「エルはこれからどうしたい?」
エルは黙ったまま首を振った。
「分からない」
「俺たちは行商をしながら王都に向かう。この先のトルスタットの街までなら君たちを連れて行ける。アドニスの街は王都までの経路から外れているからちょっと無理だな」
「もうアドニスには用はない。行けばたぶん捕らわれる」
「ならこの先のトルスタットの街まで行くとしよう。それでいいか?」
エルが顔を伏せた。
「私たちにはもう行く場所などないし帰る場所もない」
フローラがエルの肩を抱いた。
「タツヤ様。考える時間を一晩いただけませんか。お嬢様とよく話し合ってみます」
「分かった。だったら今夜は二人で幌馬車を使うといい。敷物を敷いて眠れるようにするよ」
「ありがとうございます」
フローラがエルを支えて馬車に向かう。
俺たちの会話を近くで聞いていたテレーゼに目をやると、彼女は頷いてエルたちの後を追って行った。馬車の中で寝られるよう準備してくれるつもりなのだろう。
目配せ一つでテレーゼと意思疎通が図れるというのはなかなかいいな。愛情の強さを感じられて深い満足感がある。
馬車に向かっていたフローラが足を止めてこちらを振り返った。
「あの、タツヤ様」
「どうした?」
「盗賊に襲われた時に、私たちを守ってくださった護衛の方を探しているのですが……。ずっとお見掛けしないのですが、あの方はどちらにいらっしゃいますか?」
やっぱり聞いてきたか。何も訊かずに忘れてくれれば楽だったのに……。
「鳥の姿をした人のことか? それはうちの雇った護衛じゃないよ。皆に尋ねたら盗賊たちの中にいきなり舞い降りてきて、戦いが終わったら人知れず消えていったそうだ。盗賊の一味ではないのは確かだし、通りすがりの正義の味方じゃないかって話だ」
「そうですか……。ちゃんとお礼を言いたかったのですが……」
俺の説明にフローラが肩を落とした。
ふと見れば、テレーゼが何か言いたそうな顔でこちらを見ている。
むむ、テレーゼの目や表情を見ても彼女が何を言いたいのかさっぱり読み取れない。
もしかして俺のテレーゼへの愛情が足りないと言うのだろうか?
◇
皆が寝静まった野営地。
夜の見張り当番に小用だと伝え、野営地から少し距離を取る。
周囲を窺い誰もいない事を確認して、ブレスレットに呼びかける。
「シャドウ・ゼロ。ストレイカーだ。応答せよ」
『はい、シャドウ・ゼロです。定時連絡が遅れているようですが、何かありましたか?』
通信の相手は秘密諜報組織シャドウの諜報部の新部長だ。
元々この部長職にはアンジェロを就けていたのだが、アンジェロは組織の大規模改編の際に『老兵は死なず。ただ消え去るのみ』との名言を残し、老齢を理由に引退してしまった。
常々『後任を育てなければ辞めさせない』と通告してあったため、アンジェロは引退に際し一人の女性を後任として推挙した。アンジェロの推す人材だけあって彼女の能力には目をみはるものがあり、俺は彼女をシャドウの新しい諜報部長に登用した。
二代目諜報部長の名はグローリア。新たなシャドウ・ゼロである。
「こっちの用件の前に、進捗報告を聞きたい」
『了解です。まずはシャドウ2とシャドウ3ですが、予知姫と魔術師の行方を追って街での情報収集に当たっています。今のところ目ぼしい情報は得られていません』
シャドウを使ったホルス王国の調査は今日から始めたばかりだ。
さすがに初日から成果が出てくるとは思っていない。
『ホルス王国の王位継承権者たちの情報収集にはシャドウ4からシャドウ7を充てています。昼間は王位継承権者たちの予備調査を実施。現在はディーネによる強行調査の準備中です』
「それなんだが、俺の都合でそっちに合流出来なくなった。強行調査は俺抜きで進めてくれ」
『了解しました。強行調査は何回か他の街でも予定していますから、視察の機会はまだあります』
本当はこっそりと野営地を抜け出し、別行動中のシャドウの部隊と合流して調査活動の視察を行うつもりだったのだ。
エルとフローラを保護した事で、早くも予定の行動が取れなくなってきている。
「視察の件はまあいいや。それでこっちの用件なんだが、ホルスの王位継承権者たちの容姿は把握してるよな?」
『はい、身体的特徴の情報は全員分揃っています』
「映像データを送る。そこに映っている少女が王位継承権者の中にいるかどうか、大至急調べて欲しい。もしいれば、現時点で入手済みの情報を全て送ってくれ」
ブレスレットを使って密かに撮影しておいた映像を送る。
ホルス王国が後継者問題で揉めているこの時期に、高位貴族のお嬢様の誘拐騒ぎである。
話が出来過ぎだ。関連を疑うのは当然であろう。
『司令。照会が終わりました』
俺の問い合わせに対する回答はすぐに返って来た。
ブレスレットに送られてきた照会結果をホログラム表示させる。
それを目にした俺は、思わず呻いた。
「これは……どういう事だ?」
◇◇◇
翌朝、テレーゼやエミーと一緒に朝食の準備をしていると、エルが馬車から降りて来た。
「おはよう。眠れたかい」
「ええ、自分でも不思議なくらい良く眠れたよ」
顔の表情を見るに、まんざら社交辞令という訳でもなさそうだ。
昨日はまるで人を凍らせるかのような冷たい目をしていたが、今日の彼女からはそんな冷たさは感じられない。
「それは良かった。貴族の娘に馬車で寝ろってのは無茶だったかと、後から心配になってたんだ」
「野外で寝るなんて初めての経験だったが、それほど悪くない」
「それを聞いて安心したよ」
侍女のフローラも起きて来た。
「食事にしようか。二人とも、そこに座ってくれ」
時間をかけて作る夕食と違い、朝食はパンとお湯を注ぐだけで作れる簡単スープのみだ。
「見た目は質素だが、味は悪くないはずだ」
俺は二人の前に朝食を置き、テレーゼを手伝っているエミーに指示を出した。
「そろそろ他の者たちも起こそう。エミー、総員起こしだ」
「アイアイサー!」
エミーはフライパンとお玉を手に俺に敬礼すると、護衛たちのテントへと走って行った。
野営地にカン、カン、カンとフライパンの音が鳴り響く。
「起床! 総員起床! 早く起きないと朝食が無くなるよ!」
テントの中から護衛たちがぞろぞろと起き出してきた。
「お兄ちゃん。総員起床しました」
「うむ。ご苦労であった」
護衛たちはテーブルに並べられたパンとスープを手に取り、好きな場所に陣取って食べ始める。
「じゃあ俺たちも食べるとしようか。エミーもほら、スープは熱いから気を付けろよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
俺たちのやり取りを見ていたエルが言った。
「お前たち、仲がいいな」
「これくらい兄妹なら普通だろ」
「私は自分の兄弟たちとは滅多に顔を合わせないし、会ってもほとんど口を利いた事がない。だからよく分からない」
俺は驚いてエルの顔を見た。
「同じ家に住んでるんだろ?」
「兄弟と言っても、腹違いの兄弟ばかりだからな。同じ屋敷に住んではいるが、屋敷は広いからほとんど出会う事がないし、もし出会っても無言でやり過ごすだけだ」
「それはもう兄弟とは言えないな」
「ああ。だからどんな酷いことでも平気で出来るんだろうな」
この話題はあまり深く聞かない方が良さそうだ。
「それで、エルたちはこれからどうするの? いや、どうしたい?」
エルが黙り込む。
どうやら一晩かけても結論は出なかったようだ。
お嬢様が固まってしまったのを見て、フローラが代わりに答える。
「あの、タツヤ様。ご迷惑とは思いますが、王都まで同行させていただけないでしょうか?」
「王都に行けば今の事態を打開できるのか?」
「いえ、それは……。でももう他に行く当てもありませんし……」
フローラが手を合わせて哀願のポーズを取った。
くっ、この上目遣い。実にあざとい。俺がこういうのに弱いのを見抜いたのか?
だがここで弱気になってはいけない。言うべき事は言ってしまわないと。
「君たちを盗賊から助けたのも、最寄りのトルスタットの街まで連れていくのも、当然の事だと思っている。だが王都まで連れて行くとなると話は別だ。君たちは何者かに狙われているんだ。トルスタットの街で馬車と信頼できる護衛を雇って、自分たちだけで王都に向かうのが筋だと思うんだが」
フローラが哀願のポーズを取ったまま、俺の前に膝まづいた。
だからそのポーズはやめろと言うのに!
「元々アドニスの街に行こうとしていたのは、お嬢様に身の危険が迫ったため支援者のいるアドニスに逃げ込もうと思ったからです。ですがその支援者が私たちを襲った黒幕の可能性が高いとなると、もう頼ることは出来ません。そうなると今の私たちには…………お金がありません」
金がない?!
確かにお金が無くては馬車も護衛も雇えないし、道中宿に泊まることも出来ない。
だから俺たちに王都まで連れていって欲しいのか。
「悪いが俺は商人だ。金にならない慈善事業をするつもりはない。トルスタットの街までは送ろう。そこから先は自分たちで何とかしてくれ」
フローラが俺の足にしがみ付いた。
周囲で食事をしている護衛たちが、興味深そうに俺たちを見ている。
「では私の体を報酬としてお受け取り下さい。王都に着くまで毎晩、私がタツヤ様の夜伽を勤めましょう。初めてですのでうまく出来るか分かりませんが、精いっぱい勤めさせていただきます。なにとぞ、王都までの同行をお許し下さい」
周囲の護衛たちが一斉に立ち上がった。
女性陣からは冷ややかな眼差しが向けられ、男性陣からは殺気が向けられている。
あれ? 君たち俺の護衛だよね?
それって雇用主に向ける態度じゃないと思うんだが……。
黙り込んでいたエルも、フローラの言葉に慌てている。
「フローラ! 何を言っている! 駄目だ、そんな事は私が許さない! 報酬が必要だと言うのであれば、それは私が払うべきものだ。その……、私も経験はないが……」
話がどんどんおかしな方へと進んでいる。これはまずい。
「待て待て! 俺はつい先日結婚したばかりなんだ。君たち、俺の新婚生活を破綻させるつもりなのか?」
「いや、そんなつもりは毛頭ないが、私には支払うべき報酬を用意出来ない。だから……」
「それ以上何か言う前に、後ろを見ろ、後ろを!」
俺の言葉にエルとフローラが後ろを振り返る。
「ひっ!」
「きゃあ!」
テレーゼがにこやかな顔で二人を見ていた。
その背後に黒いオーラを感じたのは俺だけだろうか。
まあいい。二人はテレーゼに任せておけば大丈夫だろう。
◇◇◇
結局結論の出ないままトルスタットの街まで行くことになった。
このままズルズルと王都まで連れて行く羽目になりそうで非常に怖い。
俺の今回の行商の旅の目的は三つある。
一つ目は『紫炎の予知姫』と呼ばれる予知者の捜索。
二つ目はホルス王国に未知の魔法を伝えた謎の魔術師の探索。
三つ目はホルス王国の次期国王選定のための王位継承権者の情報集め。
正直言って最初の二つは調査対象の地域が広すぎて俺の手に余る。
なのでシャドウの諜報員に任せるしかないかと思っている。
そんな俺でも王位継承権者たちの情報集めならある程度は出来るはず、という想いでホルス王国に潜入したのはいいのだが、ひたすら増え続ける行商メンバーに危機感を覚えていた。
(やっぱり失敗だったな……)
その場の思い付きでエミーを加えて、テレーゼも加え、更にはお嬢様と侍女を拾ってしまった。
護衛たちの仕事は王都に着くまでだからその先は一気に人数が減るが、それでもこれだけ大人数だと自由に動き辛い。
街の市民の目線でホルス王国の内情を調べたいとの思いから、実際の行商人として装備や商品を揃えて馬車で旅をしているが、そんなこだわりさえ持たなければもっと楽に活動出来たはずなのだ。
今更方針転換も出来ない。このまま行商の旅を続けるしかない。
(はあぁ……、失敗したなぁ)




