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第118話 裏切り

「悪いが俺の知った事じゃない。貴族のお嬢様だか何だか知らないが、平気で人にナイフを向ける輩なんて、怖くてとても同行させられない」

「タツヤ様!」


 フローラが悲痛な叫びを上げた。


 後ろから誰かが俺の袖を引っぱった。振り返るとエミーが立っていた。

 エミーは俺を引き寄せると、小声で耳元に囁いた。


「あのお嬢様、お兄ちゃんが思うほど悪い人じゃないと思うよ。たぶん虚勢を張ってこの場の主導権を握ろうとしてただけだと思う。これまで何度も何度も人に騙されて、もう心が張り裂けそうなんだよ。今ももうどうしていいか分からなくて途方に暮れてる。何も言わないんじゃなくて、何も言えないんだよ。たぶん私と同じだ……」


 何でエミーにそんな事が分かるのか?

 まあ、どう考えても勇者の能力なんだろうな。


 お嬢様の状況については、俺もある程度予想はしていた。


 彼女は何者かに追われ、この人目の少ない黒い森に逃げて来た。

 そして彼女を狙う何者かは、盗賊団を使って後を追わせ彼女を誘拐しようとした。

 俺たちが通り掛からなければ、この試みは成功していたはずだ。


 お嬢様は俺にこう聞いた。『どこの手の者だ?』と。

 彼女を狙う者は一人ではなく、複数いるということだ。


 確かに汲むべき事情はありそうだ。

 だが、それはそれ、これはこれだ。

 俺はエミーの頭に手を置き、小声で囁き返す。


「エミー、ありがとう。彼女が訳ありなのは分かった。さすがにここで放り出すのは気が引けるから、近くの街までは連れていくつもりだ。けど自分の立場を分からせておく必要はある。まあ見ていろ」


 お嬢様は相変わらずの冷たい視線でこちらを見ている。

 俺はお嬢様に向かい、腕で周囲の護衛たちを差し示した。


「お嬢さん。そちらにも事情はあるんだろうが、まずは彼らに何か言うべき事があるんじゃないか? 彼らはお嬢さんを助けようと身の危険をも顧みず戦った。命を落とす危険だってあった。言っておくが報酬目的で助けた訳じゃないぞ。ただ盗賊の手からあんた達を救い出したいって想いだけで戦ったんだ。そんな彼らに言うべき事があるだろ」


 相手はかなり高位の貴族の娘だと思うが、もう丁寧な口の利き方などしていられない。


 俺の言葉にお嬢様が護衛たちを見た。ゆっくりと一人一人の顔を順に見ていく。

 しばしの沈黙の後、お嬢様は皆に向かって軽く頭を下げた。


「私とフローラを盗賊の手から助け出してくれたことに感謝する」


 あまり感謝しているようには見えなかったが、それでもちゃんと礼を言い頭を下げた。貴族が平民に頭を下げるなんて通常では考えられない事だ。今はこれで良しとしよう。


「俺を殺そうとした事については?」


 お嬢様が俺に向かい深く頭を下げた。


「それについても謝罪しよう。その……貴殿を盗賊の一味だと思ったのだ。すまなかった」


 彼女はこの一連の出来事を、盗賊と俺とで示し合わせた狂言だと思ったのだろう。

 盗賊を使って自分たちを襲わせ、それを俺が偶然を装い救い出す。そうやって彼女の信頼を得るように仕向けたと。


「分かった。感謝の言葉も謝罪の言葉も確かに受け取った。もうこれ以上とやかく言うつもりはない」


 俺はまだ膝を付いて俺に哀願している侍女に手を差し延べた。


「フローラだっけ? 立ってくれ。そんな恰好されてると話もできん」


 フローラは俺の手を掴み立ち上がると、もう一度深く頭を下げた。


「タツヤ様の寛大なお心に感謝いたします」


 俺はお嬢様に聞いた。


「お嬢さん、あんた名前は?」


 お嬢様が口ごもる。名は言いたくないようだ。

 誰しもが知るような有力な貴族の娘なのだろう。


「家名や名前が明かせないなら偽名でもいい。毎回『お嬢さん』って呼ぶのも何だからな」

「……エルだ。エルと呼んでくれ」

「分かったエル。聞きたい事は山とあるが、まずは先程の話だ。アドニスの街に行きたいって話だけど、アドニスへ行くつもりなら何でこんな森に来たんだ。方向が違うだろ?」

「何を言っている? この森を抜ければアドニスの街の近くに出るだろ」

「いや、この黒い森は国境近くまで続いてる。その先はエデン帝国だ。アドニスの街とは方向が違う」

「そんな……」


 エルとフローラが顔を見合わせている。

 俺たちの会話を聞いていたデイヴィッドが話に加わってきた。


「お嬢さんたち、騙されてたんじゃないか? 馬車の周りで殺されてた御者と護衛の男たちの死体を調べたが、あれは貴族が雇うような堅気者じゃない。たぶん奴らは盗賊とグルだったんだろ」

「アドニスに向かっていると思っていたら、実は黒い森に連れ出されていたって事か。御者と護衛は手引きした口封じに殺されたのかな? となるとこの件の黒幕はエルの身近な人物かも知れないな」


 エルの目付きが鋭くなった。


「何でそう思う?」

「護衛と御者が黒幕の手先ならエルの誘拐なんて簡単だろ。エルを馬車に押し込めて黒幕のところ連れていけばいい。だがそれをやると黒幕が誰かは一目瞭然だ。だからこんな手間を掛けて人気の無い森で盗賊に攫わせたんだ。身代金目的の誘拐だと思わせてね。エルを襲うよう指示を出した者は、自分の正体は隠したままエルの身柄を確保したかった。身元を隠すって事はエルのよく知る人物である可能性が高い」


 俺は気になっていた事をデイヴィッドに尋ねた。


「デイヴィッド、護衛と御者が堅気じゃないって言ったけど、それって見ただけで分かるものなの?」 

「ああ、胸に小さな入れ墨があった。街のゴロツキはよく仲間内で同じ意匠の入れ墨を入れるんだ。貴族の家に雇われるような者がそんな入れ墨を入れるとは考えにくい」


 それは確かにおかしい。俺はエルに尋ねる。


「エル。御者と護衛は長く使っている者たちだったのか?」

「いや、我が家に古くから仕える者は訳あって使えなかった。だから今回は信頼の置ける者に馬車や護衛の手配を頼んだ…………、まさか……」


 エルの顔が歪んだ。


「奴か! 奴が黒幕か! 確かにそう考えれば、これまでの事は辻褄が合う。でもなぜ? なぜ私たちを裏切った? ……もう誰も信じられない。奴が黒幕ならアドニスに向かうのも危険だわ」

「お嬢様……」

「フローラ……。ああ、私たちはこれからどうしたらいいの? うううっ」


 エルは侍女のフローラと抱き合うと、わんわんと泣き出してしまった。

 黒幕の正体を悟り、張りつめていた糸が切れてしまったようだ。


 頭のネジの外れた冷血漢と思っていたが、エミーの言う通り精一杯虚勢を張っていただけのようだ。

 こうなってしまうと、もうあまり冷淡な態度も取れない。


「エルを狙って別の追手が来ないとも限らない。とりあえずここを離れよう」


 俺たちは急いでその場から移動することにした。

 黒い森の中では馬車の通れるような道は、今いる街道しかないのだ。

 早く森を抜けないと、また見つかって襲われるかもしれない。


 エルとフローラは俺の幌馬車に乗せ、彼女たちの乗って来た馬車は森の中に放置することにした。

 豪華で非常に目立つ馬車のため、もしこれを使えばエルが乗っていますと周囲に知らせるようなものだからだ。

 二人の荷物を俺の幌馬車に移し替え、馬車を引いていた馬を森の中へと放す。


「よし、行こうか」


 俺は御者台に座り馬車を進めた。

 この森を抜けるまでは警戒を緩められない。

 護衛全員で馬車の周囲を守りながらの移動となった。




 一時間程して馬車は黒い森を抜け、野営の出来る開けた場所に着いた。

 見晴らしの利く平地なので、近づく者がいればすぐに分かるはずだ。


「デイヴィッド。野営地の安全確認を頼めるか? その間に野営の準備をしておくよ」

「了解した」


 黒獅子のメンバーが四方へと散っていく。

 幌馬車の中にいるエルとフローラに声を掛ける。


「すまんが、周囲の安全確認とテントの設営が終わるまではこの中にいてくれ。二人の存在を誰かに見られると面倒だ」


 エルはまだ放心状態だ。代わりに侍女のフローラが返事を返した。


「分かりました。お嬢様と一緒にここに隠れていますから大丈夫です」


 馬車の荷台からクドー魔道具店製の調理器具の数々を降ろし、夕食の準備に取り掛かる。

 こういった場面ではテレーゼの本領が発揮される。

 手慣れた手つきで食材を次々と処理し、それを鍋に放り込んでいく。

 エミーもテレーゼの指導の元、別の鍋で何かを作り始めた。


 調理はテレーゼたちに任せ、俺はオスカーたちと一緒にテントやタープの設営作業だ。

 テントやタープもクドー魔道具店のオリジナル商品で、軽くて丈夫で組み立てやすい。

 商品サンプルも兼ねているので赤や青の原色を使っており、とても華やかだ。


「ソフィー。エルたちを呼んできてくれ。テントやタープで周囲を囲んだから、万一外から見られても二人がいる事は分からないはずだ」

「分かりました。呼んできますね」


 設営が終わる頃には黒獅子たちも戻って来て、野営地は一気に活気付いた。

 総勢十三名の大所帯だ。活気も出ようというものだ。


「本当にこんな大きなテントを使わせて貰っていいのか?」

「ああ。テントは三張りある。パーティー毎に一張りづつのつもりだけど、それでいいか? エルとフローラは俺たちのテントに入れるよ」


 デイヴィッドがニヤニヤしている。


「ほう、タツヤのテントにか!? 悪いことは言わん。手は出さん方がいいぞ」

「笑えん冗談だ。嫁や妹が横で寝てるのに、どうやって手を出すんだよ? それに嫁や妹がいなくても、エルに手を出そうとすればナイフで首を刎ねられる。俺はまだ死にたくないよ」

「ははっ、確かにな」




 夕食は大賑わいだった。

 特に黒獅子たちが出来上がった料理を口にして大騒ぎしている。


「野営でこんな温かい食事を腹いっぱい食べられるなんて感激だ!」

「タツヤ殿、このスープは何ですか? 高級食堂だってこんなおいしいスープ出てきませんよ。これが野営料理とは信じられない!」

「ねえ、この煮込み料理のお肉、何の肉なの? こんなに柔らかくてとろけるような食感。こんなお肉、今まで食べたことないわよ」

「うまい! これはいったい何だ? この素材でこんなおいしい味が出せるのか? どんな隠し味を使ってるんだ?」

「まったりとしてしつこくなく、それでいていつまでも舌に残る豊かな食感。嗚呼、俺は今まさに天国にいる心持ちだ」


 彼らの論評を聞いてテレーゼとエミーが照れている。

 テレーゼたちの料理が褒められるのは俺としても非常に嬉しいが、最後の方はちょっと危ない感じの奴がいたぞ。


 エルとフローラも自分の器を手に、黙々と食べている。

 こちらは何の評論も加えていないが、スプーンで料理を口に運ぶ速さを見れば、十分満足しているのが見て取れる。


 エルが空になった器をじっと見ている。


「まだおかわりはあるぞ。よそおうか?」


 そう言ったとたん、空の器が俺の前に突きつけられた。フローラだった。


「フローラ、お嬢様を差し置いておかわりを頼むのはまずくないのか?」


 フローラがそっと目を逸らした。でも器は俺に差し出されたままだ。よほど美味しかったとみえる。


「まだ沢山あるから、そう急ぐ事はないよ」


 俺は恥ずかしそうに差し出されたエルの器と、ずっと差し出されたままのフローラの器を受け取り、鍋から肉料理をよそって返した。


「腹が減っていては、まともな考えなんてできないさ。どんどん食べろ」


 腹がいっぱいになれば、そうそう悲観的な考えに陥ることも無いだろう。

 今はただ食欲のままに腹を満たせばいい。

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