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第117話 お嬢様と侍女

 盗賊との戦いは終わった。


 十数名いた盗賊たちは全て倒した。

 捕えられていた少女たちは無事に守りきった。

 こちらは死者はもちろん、負傷者さえ出ていない。

 我々の完勝だ。


 俺はオスカーを呼び出した。


「タツヤだ。オスカー、聞こえるか?」

『はい、オスカーです』

「お疲れのところ悪いんだが、助けた娘たちにこれ以上スーツを見られたくない。今すぐこっちに戻ってきてくれ」

『オスカー了解』


 ソフィーとノーラにも注意しておかないといけない。


「ソフィー、ノーラ。もう少ししたらそっちに行く。それまでその娘たちの面倒を見てやってくれ。君たちはスーツ姿を見られてないはずだけど、もし何かスーツの事を聞かれても、何も答えないでくれ」

『ソフィー了解』

『ノーラ了解』


 まずはこれでいい。

 俺は幌馬車の中へ声を掛けた。


「テレーゼ、もう大丈夫だ。出て来ていいよ」

「あなた、エミーさんが……」


 困惑気味の声に幌馬車の奥を覗き込むと、テレーゼがエミーの肩を抱いてこちらを見ている。


「どうしたの?」


 顔を伏せたエミーが小さな声で言う。


「ごめんなさい……。私、何も出来なかった。私、勇者なのに何もできなかった……」


 皆が戦っている最中、自分は馬車の中に隠れて震えていた事を苦にしているのだろう。


「気にするな。今のエミーはただの女の子だ。押し付けられた称号に振り回される必要はない」

「でも、勇者の力は弱者を救うための力だって……」


 くそっ、セントース聖王国のやつらめ。エミーに要らぬ責任感を負わせやがって!


「なあエミー。『柔道四段』とか『剣道五段』とかあるだろ。勇者の称号なんてああいった資格とか段位と同じだよ。さしずめエミーは『勇者初級』ってところだな。資格や段位は持ってればある程度の能力の証明にはなる。でもそれだけのものなんだよ。それがあるからって人間偉くなる訳でもないし、何かしらの義務が生じる訳でもない」


 柔道や剣道を勇者と同列に並べるのはさすがに苦しいか。

 いや、エミーの勇者という重圧を少しでも和らげられるなら、どんな屁理屈でも構わない。とにかく押して押して言いくるめてしまおう。


「考えてみろよ。『柔道四段』の人は闇の犯罪組織と戦わないといけないのか? 『剣道五段』だったら紛争地帯で戦争終結のために戦わないといけないのか? そうじゃないだろ。エミーだって同じだ。『勇者初級』だからって盗賊と戦う必要なんてないし、ましてや世界を救うために魔王と戦わないといけない事も無い。そんな義務どこにも無いんだよ!」


 勇者を召喚した聖王国への怒りで、つい語気が荒くなってしまった。

 エミーが俺の強い口調にたじろいでいる。


「でも……」

「でももへちまもない。エミー、よく聞け。エミーが勇者としてどんな力を持っているのか俺は知らない。だがその力はエミーの力だ。エミーが必要だと思えば遠慮なく使えばいいし、必要ないと思えば何もする必要はない。エミーの力は他人から強要されて使うものじゃない。エミーは自由だ。自分の思うように生きればいい」


 エミーはまだ何か言おうとしたが、馬車の外で物音がしたのに気付き口を閉じた。


「タツヤさん。戻りました」


 特殊スーツを着たオスカーが幌馬車の中に入ってきた。

 白い鳥を模したヘルメット、ボディースーツ、グローブ、ブーツ、そしてマント。

 科学の力で無双するあの鳥風忍者の雄姿である。


 エミーが特殊スーツ姿のオスカーを見て、目をぱちぱちとさせている。

 そう言えばエミーにこのスーツを見せるのは初めてだったか。


 エミーがオスカーを指差した。


「チャッカマン!!」


 違う。それはガスライターだ。


「オスカー、ご苦労様。スーツを脱いでくれ」


 オスカーが胸の前に腕のブレスレットを掲げた。


「変身解除!」


 特殊スーツは消え去り、皮鎧姿のオスカーが現れた。


「何それ! かっこいい! どんな仕組みなの!?」


 エミーがオスカーのスーツに興味津々だ。

 ついさっきまで自分が勇者であることに悩んでいたはずだが……。

 まあ、うじうじと悩むよりはマシではあるな。


「オスカー。助けた二人の前では、もうスーツは使わないでくれ。スーツの存在はまだ公にしたくない」

「分かりました。でももう散々見られちゃいましたよ」

「まあそうなんだけど……。何とか誤魔化せないかな」


 俺は少し思案してからオスカーに言った。


「要はスーツの男がオスカーだってばれなきゃいいんだ。少女たちを助けたのは偶然通りがかった鳥の仮装をした怪しい男で、俺たちとは無関係の人物だ。だから俺たちは何を聞かれようが何も答えられない。よし、これで行こう」

「ちょっと無理がありませんか? 顔はバイザーで隠れてたから見られてないと思いますけど、声はしっかり聞かれてます。声を聞けば僕がスーツの男だってばれると思いますよ」

「そこは何を言われても知らぬ存ぜぬで押し通そう。不審に思われても証拠なんてないんだ。何とか誤魔化せる」


 オスカーは不安げな顔をしている。


「まあ僕はかまいませんけど……。本当に大丈夫かなぁ?」

「オスカーは戦闘には加わらず、すっと俺と一緒にこの馬車を守っていた。テレーゼとエミーもそれで話を合わせてくれ」


 俺たちのやり取りを聞いていたテレーゼとエミーが頷いた。




 盗賊と戦闘があった場所まで幌馬車を進めると、ゆっくりと停車させた。

 そこかしこに盗賊や馬車の護衛たちの死体が転がっている。


「デイヴィッド、ご苦労様。誰も怪我とかしてない?」

「ああ、問題ない。かすり傷さえ負ってないよ」

「圧勝だな。歴戦のパーティーだとは聞いてたけど、ここまでとは思ってなかったよ」

「なに、盗賊たちの中に手練れはいなかったからな。余裕だったよ」


 周囲を見回すが、助けたはずの少女たちの姿が見当たらない。


「助けた二人は?」


 デイヴィッドが豪華な箱馬車を指差した。

 ソフィーとノーラがその馬車の前に立っている。


「服を破られたんで、中で着替えてる」


 俺はデイヴィッドを連れて箱馬車から少し離れると、先程オスカーと決めた設定を伝え口裏合わせを頼んだ。

 盗賊に乱入したスーツ男は俺たちの知らない人であり、戦いが終わると人知れず消えてしまったと。


「分かった。皆にも伝えておこう」


 箱馬車の扉が開き、中から二人の少女が降りて来た。


 一人は青い豪華なドレスを着た金髪碧眼の少女だ。十代後半と言ったところか。美しく整った顔立ちで、典型的な貴族のお嬢様といった雰囲気だ。

 馬車や衣装の豪華さを見るに、かなりいいところのお嬢様なのだろう。


 もう一人はお嬢様の侍女であろうか。同年代くらいの娘で、いかにも侍女といった服装をしている。こちらも金髪碧眼の美しい娘なのだが、何だか妙にオドオドしている。

 まあ盗賊に乱暴されそうになったのだ。ビクついてしまうのは無理もないだろう。


 俺はお嬢様らしき少女の前に進み出た。


「馬車が盗賊に襲われているのを見て助けに駆け付けたのですが、お怪我はありませんでしたか?」

「…………」


 少女は俺の問い掛けには何も答えず、俺をじっと見ている。

 どうやら、俺が何者かいぶかしんでいるようだ。


 少女が無言で俺に手を差し出した。


(ん?)


 これは握手を求められているのだろうか?

 よく分からなかったが、とりあえず差し出された手を握ってみた。


 その瞬間、天と地が反転した。俺は自分に何が起こったのか分からなかった。


 気が付けば俺は地面に転がされており、その俺の体の上に少女が馬乗りになっていた。

 少女のドレスの裾が大きくはだけ、白く細い足が膝上まで露わになっていたが、それをじっくり鑑賞している暇など俺にはなかった。

 何しろ俺の喉元に、細いナイフが突きつけられていたからだ。


 どこかで悲鳴が上がった。あれはテレーゼの悲鳴だろうか?


「動けば殺す」


 冷たい声だった。脅しではない。動けば本当に殺される。そう思わせる声だった。

 デイヴィッドやオスカーたちが一斉に剣を抜き、俺と少女を取り囲んだ。


 俺は一呼吸おいて息を整えると、転がされたまま少女に言った。


「どういうつもりですか? これが命を救った恩人に対する礼ですか?」

「お前は何者だ? どこの手の者だ?」

「私の名はタツヤ。エデン帝国の帝都バベルで魔道具商を営んでいます。妻と妹を連れてホルス王国の王都まで行商に行く途中です。周りにいるのは護衛の冒険者たちです。お疑いなら私の腰のポーチに行商手形が入っていますから検めてください」


 少女は侍女に声を掛けた。


「フローラ」


 フローラと呼ばれた少女が俺の腰のポーチを探る。


「お嬢様、ありました」

「読み上げて」


 フローラが行商手形の記載を読み上げる。俺の言った内容と一致していることを確認すると、少女は俺から視線を外した。

 テレーゼからエミー、護衛たちへとその視線が移っていく。


「馬車が一台に護衛が八人か。少し護衛の数が多いようだが、何故こんなに護衛を連れている?」

「護衛が多いですって?! 愛する妻や妹を守る護衛ですよ! 八人どころか八十人いたって足りないくらいですよ!」


 少女はしばし無言でいたが、喉元からナイフを外すと俺の上から降りた。

 彼女が腕をひと振りすると、手に握られていたはずのナイフがどこかに消えた。


(こいつ何者!?)


 このお嬢様、とんでもない奴だ。

 貴族の娘かと思ってたけど、実は暗殺者なのかもしれない。

 それとも貴族の娘は、護身用に暗殺術でも習うのが普通なのか?


「あなた!」


 テレーゼが駆けて来て俺に抱き着いた。体が震えている。

 俺が殺されると思って恐怖に身がすくんでいたのだろう。


(テレーゼにこんな思いをさせるとは!)


 俺の怒りが一気に爆発した。


「おい! 危険を冒してまで助けてやったのに、これは一体何の真似だ!」


 もう丁寧な口の利き方などしていられない。

 お嬢様はテレーゼと抱き合っている俺を、青い冷ややかな目で見て言った。


「タツヤと言ったな。私たちをアドニスの街まで送り届けなさい。礼ははずみます。行商の途中という事であれば、その馬車に積んだ荷は全てこちらで買い取ってもいい」


 俺の抗議は完全に無視かよ。


「人の喉元にナイフを突きつけておいて、何をふざけた事を言ってるんだ!」


 俺は確信した。このお嬢様はどこか頭のネジが外れてる。

 相手にしてはいけないたぐいの人物だ。


 俺は周囲で俺とテレーゼを守っている護衛たちに目を向けた。


「デイヴィッド、オスカー、すぐに出発だ。ぐずぐずしてると魔物が盗賊の死体をあさりに集まって来る。その前にこの場を離れよう」


 お嬢様が眉を顰めている。


「礼はすると言っています。何が不満なのですか? 商人は金さえ積めばどんな無理難題でも便宜を図ると聞いているが、お前は商人ではないのか?」


 誰だよ、このお嬢様にそんな馬鹿な話を吹き込んだのは。

 いや、あながち間違いでもないか……。


 お嬢様を無視して馬車に向かおうとした俺たちの前に、侍女のフローラが飛び出した。


「お待ちください!」


 フローラは胸の前で手を合わせ、上目づかいで俺を見上げた。


「タツヤ様、私どもにはもう護衛も御者もおりません。このような場所に置き去りにされてはお嬢様が……。失礼な振る舞いの数々、主に成り代わりこの私がお詫びいたします。どうかお許しを」


 侍女が地面に膝を付き俺に頭を下げた。まるで教会で神に祈りを捧げるかのような姿勢だ。

 年若い少女にこんな格好で哀願されると、何かいけない事をしているような気分になってくる。


 俺が何も言わないのを見て、フローラが俺のズボンに縋りついた。


「近くの街までで構いません。どうか同行させていただけないでしょうか。何卒、御慈悲を……」


 やめてくれ! これじゃあ、俺がいたいけな少女をいたぶっている極悪人みたいじゃないか!


 お嬢様に目を向けるが、当の主はそんな侍女の姿を見ても、まるで他人事のように何の反応も示さない。


「悪いが俺の知った事じゃない。貴族のお嬢様だか何だか知らないが、平気で人にナイフを向ける輩なんて、怖くてとても同行させられない」

「タツヤ様!」


 フローラが悲痛な叫びを上げた。

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