第116話 黒い森の戦い
『こちらノーラ。現場に到着。立派な馬車が止まってて周囲を十数人の盗賊が取り囲んでる。馬車の近くに何人か人が倒れてるみたい。たぶん馬車の御者や護衛だと思う』
偵察に出したノーラから状況が伝えられてきた。
エミーの言った通り馬車が襲われていたようだ。
『待って…………馬車の中からきれいなドレスを着た女の子が引っ張り出された。ああ、もう一人女の子が出て来た。こっちはちょっと地味。何だか貴族のお嬢様とお付きの人って感じ。ドレスの女の子が盗賊と言い争ってる。遠すぎて会話は聞こえない……。あっ、盗賊が二人を縛ろうとしてる』
縛るって事はどこかに連れていくつもりなのだろう。今すぐ殺される心配はなさそうだ。
であれば対応を考える時間の余裕はある。
「その二人の少女の他に、生き残りはいるか?」
『見える範囲にはいない』
「ノーラ、なぜ襲撃者が盗賊と分かった?」
『えっ? だって、馬車を襲ってるんだよ。みんな小汚いボロの服着てるし、髭面で不潔そうだし』
「了解した」
武装集団が馬車を取り囲んでいるとなれば、普通は馬車が盗賊に襲われていると思うだろう。
だが馬車で逃走中の犯罪者を官憲が捕縛しようとしている可能性だってあるのだ。
念のためにと聞いたのだが、どうやらその線はなさそうだ。
さて、どうする?
少女が二人も盗賊に捕まっているとなれば、見て見ぬふりは出来ない。
今すぐにでも助けに入りたいところだが、大きな問題がある。
今の俺は一介の行商人であって、盗賊と戦う力など持ち合わせていないのだ。
護衛に雇ったオスカーやデイヴィッドは、俺やテレーゼやエミー、そして行商の馬車と積み荷を守るのが仕事である。
こちらが襲われたのならともかく、無関係の人たちを助けるために盗賊と戦えと命じる訳にはいかない。それは依頼の範疇を超えている。
御者台から後ろを振り返ると、幌馬車の中からこちらを見ているデイヴィッドと目が合った。
俺のすぐ後ろで、ノーラとの交信を聞いていたようだ。
「デイヴィッド、追加依頼を受ける気はないか? この先で少女が二人、盗賊に捕まっている。盗賊は十人以上、脅威の度合いは不明。奴らを倒して少女二人を救出したい。盗賊の方が数が多い。当然危険を伴うが、その分報酬ははずむ」
デイヴィッドがニヤリと笑った。
「追加依頼の必要はない。こちらの進路上に盗賊が待ち構えているのなら、それを排除するのも俺たち護衛の仕事だ」
「感謝する。じゃあ後はオスカーたちにも……」
ブレスレットからソフィーの叫び声が響いた。
『オスカーーー!!』
悲痛な叫び声だ。一体何が?
「ソフィー! 何が起きた!?」
『盗賊の一人が女の子に乱暴しようとしたの。それを見てオスカーが盗賊たちの中に飛び出した! 今、盗賊たちを相手に戦闘中!』
くそっ! 正義感の強いオスカーがそんな光景を見せられて黙っている訳がない。
だがいくら特殊スーツを着てると言っても、十人以上を相手に戦うのは無謀過ぎる。
俺は急いで手綱を取り、幌馬車を走らせ始めた。
馬車を操りながらソフィーたちに指示を出す。
「ソフィー、ノーラ。遮蔽物に隠れたままオスカーを援護!」
了解の声が返ってこない。
「ソフィー! ノーラ! 聞こえているか!? 姿を隠したままオスカーを援護だ! 返事をしろ!」
『駄目! 援護できない! 人が密集し過ぎて魔法は使えない!』
『銃も無理! ここからじゃ後ろの女の子に当たっちゃう! ああっ、オスカーが囲まれた! 早く助けないと!』
まずい。二人ともオスカーの危機を目の当たりにして冷静さを失っているようだ。
こんな状態でオスカーの援護を強いれば、却って状況の悪化を招きそうだ。
「すぐそっちに行く。ソフィーとノーラは指示あるまで動くな!」
馬車を疾走させながら、幌馬車の中の者たちにも指示を出す。
「テレーゼとエミーは積み荷の間に隠れててくれ。絶対に外に顔を出すなよ。デイヴィッド、現場の手前まで馬車を進める。合図したら馬車を降りてオスカーの加勢に向かってくれ。少女の救出が目的だが、無理と判断したなら撤退してくれ」
「了解だ!」
遠くから騒めき声が聞こえてきた。
見えた! 前方に人だかりが出来ている。あれに間違いない。
目を凝らせば少女が二人、豪華な馬車の前で寄り添っているのが見える。
オスカーがその少女たちを背に大剣を構えている。
大勢の盗賊たちがオスカーを取り巻き、今にも切りかからんと剣を向けている。
俺は手綱を引いて馬車を止めた。
「デイヴィッド、頼む!」
「おう! みんな、行くぞ!!」
黒獅子の五人が幌馬車から飛び降り、前方の人だかりに向かって走り出した。
デイヴィッドはオスカーが盗賊たちに取り囲まれているのを見ると、盗賊たちの注意を引こうと雄叫びを上げた。
「黒獅子デイヴィッド、ここに推参! 盗賊ども! 命の惜しくない者からかかって来い!」
重戦士クロヴィスと槍使いレベッカが、デイヴィッドに続き盗賊たちの中へと飛び込んでいく。
魔法使いのクロエは少し手前で立ち止まり、盗賊たちに向け風の攻撃魔法を放っている。
シーフのテリーは無防備となっているクロエの前に陣取り、周囲に警戒の目を向けている。
戦場は双方の怒号が飛び交い、混戦状態に陥っていた。
馬車に残った俺は、どこかに盗賊が隠れ潜んでいるのではないかと周囲の森を見回した。
「テレーゼ、そこの物入から俺のガンベルトを取ってくれ」
テレーゼから手渡されたガンベルトを腰にはめ、愛用のリボルバーを引き抜く。
護衛である黒獅子たちが出払っている今、テレーゼとエミーを守るのは俺の仕事だ。
◇◇◇
豪華な馬車の前に二人の少女が後ろ手に縛られ立っている。
一人は豪華な青いドレスを着た、いかにも貴族のお嬢様といった感じの美しい少女だ。
もう一人はその侍女だろうか、こちらも美しい顔立ちでメイドのような服装をしている。
盗賊の首領と思わしき男がドレスの少女に近づいた。
「さてと、お嬢ちゃん。もう護衛も御者も全部片付けた。後はお嬢ちゃんたち二人だけだ」
少女は馬車の近くに倒れている護衛の男に目をやった。
動く気配はない。既にこと切れているようだ。
「私が誰だか知っての狼藉か!」
「さあな。俺たちが知ってるのは、お嬢ちゃんをある場所まで連れていけば、金がたんまり手に入るって事だけだ。お嬢ちゃんがどこの誰かなんてどうでもいいことだ」
「私たちを解放すれば、お前たちが手にするはずの金額の倍払おう。今すぐこの縄を解きなさい」
盗賊の首領が苦笑している。
「おいおい。そんな話、信じられる訳ないだろ。お嬢ちゃんたちを解放しても金を払うどころか、ばっさりやられてそれで終わりだ」
「神に誓って約束は守る!」
「だから信じられんと言ってるだろうが。貴族の約束なんぞ盗賊の約束と同じくらい当てにならん」
ドレスの少女が悔しそうに唇をかんだ。
「そんな話はどうでもいい。これから移動するがおかしな真似はするなよ。もし逃げようとしたりすれば……」
「逃げようとすれば、どうすると言うのだ!」
あえて言葉を止めた盗賊の首領を、ドレスの少女が厳しい口調で問いただす。
盗賊の首領は近くにいた盗賊を見て目で合図を送る。
合図を受けた盗賊は、侍女と思わしき少女に近づくと襟元に手を伸ばし、その服を荒々しく引き裂いた。
少女の胸元が大きくはだけ、白い肌が露わになった。少女が甲高い悲鳴を上げた。
「きゃーーー!」
ドレスの少女が叫ぶ。
「フローラ!!」
「お嬢ちゃんには手は出せんが、こっちの娘っ子はどう扱おうと俺たちの自由だ。お嬢ちゃんが俺たちの指示に従わん場合は、この娘が……」
首領はそれ以上言葉を続ける事が出来なかった。
どこからともなく現れた大きな白い鳥が、盗賊と少女の間にふわりと舞い降りたからだ。
◇◇◇
気が付けばオスカーは大剣を振りかざし、盗賊たちの真っただ中に飛び込んでいた。
オスカーの大剣が唸る。
「ギャーーー!」
少女の服を引き裂いた盗賊が血飛沫を上げて倒れた。
他の盗賊たちは、いきなり出現した白い鳥の姿をした男を見て茫然としている。
「早く馬車の中へ!」
オスカーは少女たちにそう言うと二人を背後に守るよう位置し、大剣を構えて盗賊たちの前に立ちふさがる。
馬車は丈夫な箱馬車だ。中に籠っていてもらった方が守りやすい。
いきなり現れた鳥の姿の男に戸惑っていたドレスの少女が、馬車に目を向けて言う。
「無理! 手を縛られていては馬車に入れない!」
オスカーは自分の迂闊さを呪った。
馬車の扉は閉まっている。後ろ手に縛られていては開けようもない。
それに馬車の車高は高く、取っ手にでも掴まらないと乗り込めそうもない。
盗賊たちと対峙している今の状況では、扉を開けて二人の乗車に手を貸す余裕などない。
驚きのあまり動きの止まっていた盗賊たちが、一斉にオスカーを取り囲んだ。
「貴様、何者だ!」
オスカーは無言のままだ。
「誰かは知らんが、とっとと死ねや!」
盗賊の一人がオスカーに剣を振り下ろした。
オスカーは大剣を一閃し、振り下ろされた剣を弾き飛ばした。
本来であれば、そのまま前に踏み込み敵を屠るのであるが、背後に少女たちを庇っている状態では、迂闊に前に出る事は出来ない。
二度、三度と剣が繰り出されるが、オスカーは素早い剣捌きで全ての剣を打ち払う。
盗賊たちは目にも止まらぬ早さで大剣を振るうオスカーを攻めあぐねていた。
それを見た盗賊の首領が自らも剣を持ち檄を飛ばす。
「何をしている! 一斉に掛かればいいだけの話だ! それっ!」
馬車と少女を背にしたオスカーに、首領と何人かの盗賊が一斉に剣を繰り出す。
「キン! キン! キン! キン!」
同時に繰り出されたいくつもの剣先を、両手で構えた大剣を素早く振って次々と防いでいく。
「何だとっ! 何で今のを防げるんだ!」
その素早い大剣の動きを目の当たりにし、盗賊たちが驚愕の表情を浮かべる。
だが本当に驚愕していたのは当のオスカー自身だった。
(あ、危なかった! よくぞ今の攻撃を防いだ! あんな鋭い動き、もう二度とは出来ないぞ!)
鳥の姿を模したこの特殊スーツは、機動力重視のスーツである。
相手の剣を受けないよう常に動き回り、敵を翻弄しつつ死角に回り込み大剣で一閃する。
それが試行錯誤の末にオスカーが編み出した、このスーツの最も有効な戦い方なのだ。
だが背後に二人の少女を庇っている状態では、この場から一歩も動くことは出来ない。
自分がこの位置から動けば、盗賊たちはすかさず背後の少女たちに襲いかかるだろう。
彼女たちを人質に取られ、盾として使われれば、こちらはもう手も足も出せない。
今はスーツの腕力と瞬発力を頼りに敵の攻撃を防いでいるが、機動力を生かせない戦いが続けば、いつまで持ち堪えられるか分からない。
(オートモードに任せるか? ……いや、それは駄目だな)
チラリと頭に浮かんだその考えを慌てて否定する。
オートモードはこのスーツが備える自動戦闘機能だ。
敵を倒すために最適な動きを計算し、装着者の意思を無視して身体を強制的に動かすのだ。
この機能を使えば、使用後に動けなくなるという代償はあるものの、戦闘に勝利する確率は格段に上がる。
だがオスカーには確信が持てなかった。
果たしてオートモードは少女たちの存在を考慮してくれるのか?
少女たちを守りつつ盗賊たちを撃退してくれるのなら問題はない。
だが少女の安全など気に掛けず、ただひたすら狂戦士と化して敵を屠るのであれば、オートモードは使えない。
(どうすればいい?!)
その時、盗賊たちの後方から叫び声がした。
「黒獅子デイヴィッド、ここに推参! 盗賊ども! 命の惜しくない者からかかって来い!」
戦士デイヴィッド、重戦士クロヴィス、槍使いレベッカの三人がこちらに向かってくる。
(助かった! デイヴィッドさんだ!)
デイヴィッドたちが迫って来るのを見て、盗賊の首領が手下に指示を出す。
「おい、ラント! 五、六人連れて向こうに当たれ!」
オスカーを囲む盗賊の半分がデイヴィッドたちに向かっていく。
攻勢に出られない状況は変わらないが、盗賊が半分に減ったのなら何とか少女たちを守り切れるはずだ。
盗賊たちがオスカーに剣を繰り出し、オスカーがそれを防ぐ。
何度かそんなやり取りが続いた後、戦況が一気に傾いた。
オスカーを囲む盗賊たちが、一人、また一人と倒れだしたのだ。
「ノーラ!」
胸の前にしっかりと銃を構えたノーラが、盗賊たちに発砲しながら近づいて来ている。
オスカーや後ろの少女たちが射線に入らないよう、慎重に位置取りをしているようだ。
なぜかノーラは特殊スーツを着ていない。どういう訳だ? スーツの不調か?
「どうなってやがる? あれは武器なのか?」
手下たちがノーラに倒されていくのを見た首領は、形勢が不利になったと見て後ずさりを始めた。
そして向きを変えると脱兎の如く駆け出し、森の奥へと姿を消してしまった。
首領の逃走を見た残りの盗賊たちも、慌ててその後を追う。
「こちらノーラ。ソフィー、そっちに四人行ったよ。お願い」
『ソフィー了解』
突然森の奥で爆発が起こった。一度だけではない。爆発は何度も何度も続いた。
『こちらソフィー。盗賊、四ダウン』
少しの沈黙の後、通信が入った。
『戦闘終了だ。みんなよくやった。盗賊は全て倒したし周囲に残党もいない。俺たちの勝利だ』




