第115話 黒獅子
冒険者ギルドの朝は早い。冒険者たちが条件のいい依頼を求め、空が明るくなると共に押し寄せてくるからだ。
そんな冒険者たちで賑わうギルドのロビーに、俺は昨日に引き続きやって来ていた。
昨日、ホルス王国まで行く荷馬車の護衛として冒険者オスカーのパーティーを雇った。
だが行商に同行する人数が増えたため、もう一組護衛パーティーを雇うことにしたのだ。
ギルドの受付カウンターで護衛依頼を申し込むと、受付の女性職員が依頼内容と報酬などの条件を聞き取り書面にしたためる。
記載内容に間違いが無いことを確認し、依頼料を支払えば発注手続きは完了だ。
早速、職員がロビーの掲示板に俺の発注した護衛の依頼票を張り出している。後は依頼を受けるパーティーが現れるのを待つだけだ。
護衛依頼が受注されれば、発注者であるクドー魔道具店に連絡がくるはずだ。
どんなパーティーが受注するのだろうか?
数日間行動を共にするのだ。あまり変なパーティーが来ないことを祈ろう。
ギルドを出ようと入口の扉から足を踏み出した時、中へ入ろうとしていた冒険者と正面からぶつかってしまった。
「うわっ!」
不意な衝突に思わず尻もちをつく。
床に座り込んでしまった俺に、相手の男が手を差し出した。
「すまない、大丈夫か?」
俺は男の手を掴んで立ち上がると相手の顔を見た。精悍そうな顔立ちの男で、上から下まで黒で統一した鎧を身に付けている。
俺と男の目が合った。
「あれ? タツヤじゃないか。こんなところで……」
俺は両手で男の腕をガシリと掴んで叫んだ。
「黒獅子デイヴィッド、確保ーーーー!」
◇
冒険者パーティー「黒獅子」。アルビナ王国フォラントの街を拠点とする冒険者パーティーである。
戦士デイヴィッドをリーダーとした、重戦士クロヴィス、シーフのテリー、槍使いレベッカ、魔術師クロエの五人パーティーだ。
その昔、フォラント近郊の森でトロールの討伐に当たっていたデイヴィッドたちは、討伐に失敗し二体のトロールから反撃を受けた。トロールたちの反撃は苛烈を極め、槍使いレベッカが瀕死の重傷を負ってしまう。
偶然その現場に遭遇した俺とオスカーはトロールとの戦闘に介入。バッタ風筋力増強スーツの力をもって二体のトロールを撃破したのである。
戦闘後、俺はデイヴィッドに秘密保持を誓わせた上で、瀕死のレベッカを流星号に乗せ教会に運び込んだ。迅速な治療のおかげでレベッカはかろうじてその命を繋ぎ止めたのである。
デイヴィッドは別れ際に俺にこう言った。『今後何か困った事があったら言ってくれ。俺達はいくらでも手を貸す』と。
◇
「デイヴィッドは俺にこう言ったんだ。『今後何か困った事があったら言ってくれ』ってね」
「何度も繰り返すなよ。分かってる、俺たちはタツヤに大きな借りがある。俺たちにできる事ならなんでもするよ」
俺は掲示板から剥がしてきた一枚の紙をデイヴィッドに差し出した。
「実は今まさに困ってるんだ。だからこの依頼を受けてくれない?」
「何だ? ホルス王国の王都までの荷馬車の護衛か。依頼主はクドー魔道具店、工房主タツヤ」
「そう、依頼主はこの俺だよ。口の堅くて信用のおけるパーティーを探してたんだ。その点、黒獅子なら文句なしだ。もし今空いてるならぜひ引き受けて欲しいな。報酬も悪くないはずだし、借りを返すチャンスだと思うぞ」
「フォラントからの商隊護衛が終わったところだから、空いてはいるんだが……」
デイヴィッドは依頼票を見て考え込んでいたが、やがて軽く頷いた。
「いいだろう。大恩あるタツヤの頼みだ。その依頼引き受けた」
「やった、ありがとう。本当に助かるよ。これで予定通りスーツの試験を進められる」
「試験? 何のことだ?」
「いや、こっちの話だ」
◇◇◇
ホルス王国南部の国境近くに「黒の森」と呼ばれる魔物が数多く生息する深い森がある。
その鬱蒼と茂る森の木々の間を、二頭立ての大型の幌馬車が粛々と進んでいる。
「はい、あなた。あーんして」
「テレーゼ、駄目だよ……。皆が見てる」
御者台で馬車を操る俺の隣で、テレーゼが切り分けた果実をフォークに刺して俺の口元に差し出している。
幌馬車の中に乗っている面々が、面白そうな顔をしてその様子を見守っている。
諦めて差し出された果実を口に入れモグモグと咀嚼する。果実は実に美味しいのだが居心地はとても悪い。こういうのは二人きりの時にやって欲しいな。
口の中の果物を飲み込むと、今度は反対側から別の果物が差し出された。
「はい、お兄ちゃん。あーんして」
「エミー、お前もか!」
勇者エミー。魔王を倒すべくセントース聖王国に召喚されし心優しき女勇者である。
今回のホルス王国への旅、彼女は俺の妹として同行している。同じ黒目黒髪なので兄妹と言えば誰しも疑うことなく納得してくれる。偽装がとても楽なのだ。
そのエミーが俺の口に果実をグイグイと押し付けている。
「ほれほれ、私みたいな美少女手ずから食べさせて貰えるだなんて、お兄ちゃんは果報者だよ。本当に感謝してよね」
「口に無理やりねじ込むのを止めてくれたら感謝するよ。だいたい自分を美少女だなんて言う奴、俺は初めて見たぞ」
「もう、お兄ちゃんったら照れちゃって」
駄目だこいつ。妹役にはまり過ぎだ。
「お兄ちゃん、モテモテじゃないか。全く以て羨ましい限りだ」
幌馬車の荷台で寛いでいる冒険者パーティー黒獅子のリーダー、デイヴィッドがさもおかしそうに笑っている。他の黒獅子のメンバーもうんうんと頷いている。
「何言ってるんだ。デイヴィッド、街であんたが大勢の女の子に囲まれて鼻の下を伸ばしてるのを見掛けたぞ。俺はあんたの方がよっぽど羨ましいよ」
そう言ったとたん、俺の足に激痛が走った。
テレーゼが俺の足を思い切り抓り上げたのだ。
「タツヤさんは私といるより、大勢の女の子に囲まれる方が嬉しいんですか?」
「痛い! 痛たた! 痛いよテレーゼ! 俺が悪かった! さっきのは言葉の綾だよ! 俺にはテレーゼがいるんだ! デイヴィッドがどれだけモテようと、ちっとも羨ましくなんてない!!」
テレーゼは満足気に微笑むと俺の足から手を離した。
黒獅子のやつらは腹を抱えて笑い転げている。
(これは一応潜入調査なんだけどな……。こんな調子で本当に大丈夫か?)
今更の話だが、妻や妹を同行させたのは早計だったかもしれない。家族連れのスパイなんて前代未聞だ。
不安を抱えつつ馬車を進めていると、腕のブレスレットから声が響いた。
『オスカー、二時方向に何かいる。注意して。あれは…………、魔物発見! ゴブリン、三。ホブゴブリン、二。他にはいないと思う』
馬車に先行して進路の警戒に当たっていたノーラが魔物を見つけたようだ。
俺は手綱を引いて馬車を停止させた。
幌馬車に乗っていた黒獅子のメンバーが一斉に飛び降り、馬車を守るように取り囲む。
御者台のテレーゼとエミーは幌馬車の中へと移り、積み荷の間に身を隠している。
俺たちが魔物に備えている間も、ブレスレットからは声が流れ続けている。
『オスカー了解。こちらからも視認した。ノーラ、奥にいるゴブリン三匹は任せていい?』
『任された』
『ソフィーは僕と一緒に手前のホブゴブリン二匹の相手だ。合図したらホブに爆散魔法。その後は僕が突っ込むから援護に回って。ノーラもソフィーの魔法を合図に攻撃開始。二人ともいい?』
『ソフィー了解』
『ノーラ了解』
『よし、カウント開始。五……、四……、三……、二……、一……。行け!』
馬車の前方の森で大きな爆発音がした。ソフィーの最近習得した魔法、エクスプロージョンが炸裂したようだ。
しばしの沈黙の後、通信が再開された。
『こちらノーラ。ゴブリン、三ダウン』
『オスカー了解。ホブゴブリン、一ダウン。………いや、二ダウン。戦闘終了。ノーラと僕は伏兵がいないか周辺の警戒。ソフィーは魔石の回収を頼む』
『ソフィー了解』
『ノーラ了解』
そこまで聞いて俺はデイヴィッドに声を掛けた。
「デイヴィッド。魔物は片付いたみたいだ。戻ってくれ」
馬車の警護に回っていたデイヴィッドたち黒獅子のメンバーが、ぞろぞろと幌馬車に乗り込んでくる。
黒獅子の女魔術師、クロエが俺の近くにやってきた。
黒のローブと黒のとんがり帽子といった、いかにも魔法使いといった感じの女の子だ。
「ねえ、本当にこれでいいの? ずっとあの三人に任せきりなんだけど、交代しなくて大丈夫?」
「何度も言うけど、これは彼らの着ているスーツの耐久試験なんだ。どこまで酷使に耐えられるかの確認なんだから、彼らが助けを求めない限り手出しは無用だ」
「言ってる事は分かるんだけど、ただ見てるだけってのは結構イライラするのよ」
「もしかしてクロエって戦闘狂?」
「そういう話じゃないでしょ!」
槍使いのレベッカが感心したように言う。
「タツヤ殿、彼らは本当にDランクなのですか? ここからは戦っている姿は見えないが、会話を聞いてるだけでもずいぶん手練れな感じがする」
前にレベッカと出会った時、彼女は瀕死の重傷を負い意識の無い状態だった。そのため、彼女から見れば今回の護衛依頼が俺との初対面である。
魔道具店の前でレベッカと再会を果たした時、彼女は命を救ってくれた事について深く礼を言い、それ以来俺のことを「タツヤ殿」と敬称付で呼んでいる。
けっこう生真面目な性格のお姉さんだ。
「ああ、もうすぐCランクって話も聞こえて来てるけど、今はまだDランクだな」
「彼らの活躍は、その会話できる腕輪のおかげでしょうね。離れていても連携が取れるとなると、集団での戦い方が一変しますね」
「あの腕輪は販売を検討中なんだけど、価格が高く付きそうでどうするか悩んでるんだ」
それを聞いてシーフのテリーも話に加わってきた。
「会話できる腕輪もそうだけど、やっぱりスーツの力がすごいって事でしょ? そっちは幾らで売り出すつもりなんだい?」
「残念ながらスーツは売り物じゃないし、そもそも存在自体あまり公にしたくない」
慌ててデイヴィッドが会話に割り込んできた。
「テリー、それ以上はやめろ。余計な詮索は無しだ」
「ああっと。その……すまん」
やはり黒獅子は安心出来るな。ちゃんと引き際を心得ている。
ちょっとピリピリし過ぎのような気もするが、まあいいか。
ブレスレットから声がした。
『タツヤさん。オスカーです。魔石の回収が終わりました』
「タツヤ了解。それじゃあ、先に進もうか」
俺が御者台に座ると、テレーゼとエミーも荷台から戻って来て俺の両脇に陣取った。
「テレーゼ、大丈夫? 怖くなかった?」
「あなたと一緒なら全然怖くありませんよ」
ああ、こんなセリフが聞けるとは夫冥利に尽きるというものだ。
「お兄ちゃん。何で私には何も聞いてくれないの?」
「だってエミーって俺より強そうだもん」
「かよわい妹に向かって何てこと言うのよ!」
「ぐぇっ!」
エミーに脇腹を小突かれた。冗談抜きに痛いぞ。
「エミー、マジ痛いから止めて。見ろ、涙が出て来たじゃないか。こんな優しくて素敵なお兄様を泣かすとは、お前は鬼か!」
「こんな可愛い鬼がどこにいるってのよ!?」
テレーゼが俺の袖を引いている。
「あなた。早く馬車を出さないとオスカーさんたちに置いてかれますよ」
「それはいかん。さあお馬さんたち、もうちょっと頑張ってくれよ」
俺は手綱を取ると、馬車を先へと進めた。
それからも何度か魔物と遭遇したが、魔物はオスカーたちの手により全て撃退された。
「思ったより順調に進んでるな。あと一時間もすれば森を抜けられそうだ。森を抜ければ野営できる場所があるはずだから、今日はそこで野営だな」
そう言った俺の腕をエミーが掴んだ。
「どうした?」
「お兄ちゃん、馬車を止めて」
エミー真剣な表情を見て、俺は言われた通り馬車を止めた。
エミーは立ち上がり前方を凝視している。俺もその視線を追うが何も見えない。
「この道の先で何か起きてる。誰かが助けを求めてる」
(これは勇者の力か? 危機感知みたいな能力なのか?)
俺はすぐさま馬車の前方に位置しているオスカーを呼び出した。
「オスカー、止まってくれ。周囲に何か異常はないか?」
『こちらオスカー。………………特に異常はありません』
「分かった。周囲を警戒しつつその場で待機してくれ」
『オスカー了解』
俺はエミーに聞いた。
「助けを求めてるのはこの道の先にいるのか? 森の中じゃなくて?」
「この道の先。たぶん馬車が人に襲われてる」
(馬車を人が襲ってるとなると盗賊か? けど、こんな魔物が多くて人も住まないような森に盗賊なんているのか?)
もっと情報が必要だ。
「オスカー。この道の先で馬車が何者かに襲撃されている可能性がある。正確な位置は不明。偵察を頼めるか?」
『こちらオスカー。偵察に出ます。ノーラ、君が一番足が早い。先行してくれ。僕とソフィーは後から追う』
『ノーラ了解。先行するね』
「タツヤだ。ノーラ、もし本当に馬車が襲われていても手出しはするな。まずは状況を報告してくれ。危険を感じたら即時撤退。自衛以外の戦闘は禁止。了解か?」
『ノーラ了解』
「オスカー、ソフィー、君たちも了解か?」
『オスカー了解』
『ソフィー了解』
俺は馬車の前方の森に視線を向けた。
(何だか嫌な予感がするな。この先でいったい何が起きているんだ……)




