第113話 皇帝の苦悩
帝都バベルの中央に聳え立つバベル城。その皇帝の執務室で俺は思案に暮れていた。
「はあ、どうしたものやら……」
エデン帝国は帝都バベルを首都とし、属国三国を従える強大な帝国である。
そんな強大な帝国も国家運営の面では数多くの問題を抱えており、日々問題解決に向けて奔走している状態だ。
「解決すべき問題が多すぎる。課題が山積みだな……」
テレーゼとの幸せな二泊三日の新婚旅行は瞬く間に終りを告げた。
後ろ髪を引かれる思いでカナン島の別荘を後にし帝都バベルへと戻ってきたのだが、城の執務室で俺を出迎えたのは、机の上に所狭しと積まれた決裁待ちの書類の山であった。
手近な書類の束を掴み、ペラペラとめくってみる。
「ちょっと留守にしただけでこんなに溜まってしまうとは……。もう一人で処理出来る分量じゃないよな」
思わず漏れた俺の愚痴に、執務室に控えていたメイド兼秘書のアリスが応える。
「せっかく文官が充実してきたのですから、彼らに任せてしまえばよろしいのでは?」
アリスの指摘は正しい。皇帝ならば玉座にどっしりと構え、何事にも『良きに計らえ』と唱えていればいいのである。面倒な実務作業など皇帝自ら行うべき仕事ではない。それは家臣の仕事である。
「そうだな。今までは人手が足りなかったから自分で処理してきたけど、文官の数も揃ってきた事だし、もう俺が自分でやる必要は無くなってるんだよな…………。よし決めた。この書類の山は担当割りして文官たちに渡してしまおう。今後は彼らに権限と責任を持たせて、自己の裁量で案件を処理させる。俺は文官たちの手に余る案件だけ引き受ける事にするよ」
これで今の仕事の大半は俺の手を離れるはずだ。今後は細事に煩わされることなく、もっと大局に立った問題処理に専念できる。
俺は今現在帝国で問題となっている数々の事案について思いを馳せた。
何と言っても問題が多く、常に頭を悩ませているのが帝都バベルである。
帝都バベルは未だ建設途中の未完成の都であり、街の建物や城壁は日々工事が進められている。その工事のために各地から建設作業者が続々と集まってきており、帝都は人でいっぱいの状態だ。
作業者を住まわすための宿舎は常に不足状態だ。大量に必要となる食料や日用品も需要に供給が追い付いていない。気性の荒い作業者の流入による治安悪化の問題もある。このような問題については枚挙にいとまがない。
帝国の国政を司る組織整備も急務である。新規に立ち上げた都市ゆえに、街の行政組織が円滑に機能していないのだ。
問題は帝都バベルだけではない。帝国の支配下にある従属国にも問題は数多い。
最近エデン帝国の三番目の属国となった宗教国家セントース聖王国。
しばらく前のこと。セントース聖王国はエデン帝国皇帝であるこの俺を、魔王と決めつけ暗殺しようと企てた。
その際俺は神の使徒を名乗り(実は詐称)、天より舞い降りし巨大天使(実は巨大ロボ)と巨乳天使(実はメイドロイド)と共に聖都の住人の前に姿を現し、聖王国の教皇を厳しく糾弾した。その結果、セントース聖王国はエデン帝国の支配を受け入れ、属国化に同意したのである。
だが聖王国の各地には、未だに帝国の支配を受け入れず抵抗を見せるレジスタンス組織が勢力を増しており、対応に苦慮しているのだ。
エデン帝国の二番目の属国、ホルス王国。この国はセントース聖王国以上に問題が多い国だ。
かつてホルス王国はアルビナ王国に宣戦布告し、国境を超えてアルビナ王国領に侵攻した。
アルビナ王国に侵攻したホルス軍は、とある街で街の住民の全てを虐殺するという蛮行を犯しエデン帝国の逆鱗に触れた。
その結果、ホルス王国は帝国に王都を攻め落とされ、帝国の属国としてその支配下に置かれることになる。
帝国はホルス国王ルートヴィヒの戦争責任を問い、直ちに処断するつもりであった。だが国王を処断すればホルス王国内で内乱の発生する可能性が高く、国の荒廃を恐れた帝国は苦渋の決断として国王による暫定統治を認め戦後の混乱収拾を図ったのだ。
時来たれば現国王ルートヴィヒを退位させる。これは帝国の決定事項だ。問題は数多の王位継承権者の中から誰を国王に据えるかだ。
順当なら王位継承権第一位のエルヴィン王子が次期国王なのだが、帝国は王位継承権順位など気にせず、継承権を持つ者の中から帝国に従順な者を選び次期国王に据える方針だ。そのため、現在密かに王位継承権者たちの身辺調査を進めているのだが、人手不足により必要な調査が進んでおらず、次期国王の選定作業は停滞している。
ホルス王国にまつわる問題は他にもある。
先の戦争で帝国はホルス軍を退けるため、空中フリゲート艦サラマンダーを戦線に投入した。だがサラマンダーの存在や戦場への出現は事前に予知されていた。対抗策を用意して待ち構えていたホルス軍はサラマンダーを大地へと落とし、艦を鹵獲するために艦内に特殊部隊を侵入させてきた。
辛くも鹵獲は免れたものの艦は深刻な損傷を受けた。この世界でエデンの科学力に対抗できるものなど存在しないと信じ込んでいた俺にとって、これは衝撃的な出来事だった。
いったい誰がサラマンダーの出現を予知したのか?
後の調査でホルス王国の辺境の地に代々予知能力を受け継ぐ一族が住んでいることが判明した。当代の予知者である『紫炎の予知姫』と称される予知者がサラマンダーの出現場所と日時を予知し、それをホルス王国に伝えたようなのだ。
後日、詳しい話を聞くため予知姫を帝都バベルに召喚しようとしたのだが、予知姫は既に一族の元から姿をくらませていた。今に至るまで、予知姫の行方は杳として知れないままだ。
またホルス軍はサラマンダーに対し、数々の未知の魔法を繰り出してきた。
浮遊石の浮遊反応を打ち消す魔法や艦の電子ロックを解除する魔法など、エデンの技術に対抗する為にだけに用意されたとしか思えない魔法の数々。
調査により判明したのは、これらの魔法はホルス王都を訪れた旅の魔法使いが、多額の褒賞と引き換えに王国に伝授したという事実のみ。魔法使いの素性も、なぜこんな特殊な魔法が存在するのかも、全ては謎のままだ。
旅の魔法使いは魔法を伝え終えるとホルス王都から姿を消した。
予知姫や謎の魔法使いは帝国にとって放置できない最大級の脅威である。何としてもその行方を突き止め、帝国でその身柄を押さえる必要がある。だがどちらもその行方に関しては有力な手掛かりもなく調査は行き詰っている。
最後はエデン帝国の最初の従属国であるアルビナ王国。
現在、この国と帝国の間は良好な関係が保たれており、若き国王ギルベルトの統治に大きな問題は起きていない。今のところ帝国がギルベルト王の治世に口を挟む理由は無く、帝国の政治的介入は最小限に留めている。
理想的な宗主国と従属国の関係であり、当面は現状維持の方針で大丈夫だろう。
「こうやって考えると、対処すべき優先度が高いのは何と言っても帝都バベルだな。今後帝都の内政に関しては全て宰相ブラッドに任せることにしよう。彼は極めて有能だ。彼ならこの局面を何とか乗り切ってくれるはずだ」
帝都の問題の数々は、面倒ではあるが決して解決できない問題ではない。人と金と時間の使い方次第で何とでもなる。こういった分野では下手に俺が口を挟むより、全てブラッドの采配に任せた方がいい結果が出せるはずだ。
「セントース聖王国のレジスタンス組織への対応は、聖都セレスに派遣している外務大臣ノルベルトを総督に任じて対応を一任しよう」
本当はレジスタンス組織への対応は俺自身で行うつもりだった。だがそれは宰相ブラッドに反対された。神の使徒(自称)を名乗る俺が聖王国の問題に介入すれば、周囲にどんな影響を与えるか想定出来なかったからだ。
そこで俺はセントース聖王国からは距離を置く事とし、代わりに外務大臣ノルベルトを聖王国に派遣し事態の収拾に当たらせているのだ。
ノルベルトを総督の地位に就けて権限を強化してやれば、今以上に聖王国に圧力を掛けられる。レジスタンスを高圧的に抑え込むか、それとも柔和に懐柔するかはノルベルトの判断に任せてある。彼の手腕に期待しよう。
「そうなると残る問題はホルス王国か。必要なのは次期国王選定のための王位継承権者の身辺調査、消えた予知姫の捜索、謎の魔法使いの追跡。どれも調査ばっかりだ。特に王位継承権者に関する調査は極秘裏に進める必要がある。これはホルス王国への潜入調査が必要だな」
現在のエデン帝国の皇帝府には、こういった調査を任せられる部門がない。強権を以て調査に当たる可能性を考えると、調査は軍部に担当させるのが妥当だろう。だが帝国にはその肝心な軍部が存在しない。
軍務大臣バジルに命じエデン帝国正規軍の設立を急がせてはいるが、都市国家であるエデン帝国は通常の国に比べて国民の数が圧倒的に少ない。その少ない国民の半数は交易を生業とする商人が占めているのだ。そんな帝都で軍人の徴募を行っても大した数は集まらない。
現状どうしても軍隊が必要な場合は、アルビナ王国に頼んで騎士団を借り受けているのが今の帝国の状況なのだ。
とまあそんな理由でエデン帝国にはまだ正規の軍隊は存在しない。……のではあるが、俺直属の非正規組織ならちゃんとあったりする。
「ホルス王国に関する問題は、俺が直々に対処するしかないな。だけど潜入調査となると長期に渡る調査が必要だ。むむむむむ、新婚早々にして家を空けることになろうとは。ああ、テレーゼに何て言えばいいのか……」
アリスが俺の言葉に驚いてこちらを見た。
「マスター。まさかとは思いますが、ご自身で調査に赴くおつもりですか?」
「そうだよ。けど心配は無用。バベル城には影武者アンドロイドを残しておくから、俺の不在が外部にばれる恐れはない」
「普通は逆ですよね。現地調査には影武者アンドロイドを派遣して、マスターが城から指示を出すべきでは?」
「実際の調査は俺じゃなくて俺の秘密諜報組織シャドウにやらせる。シャドウは大規模な組織改編が終わったばかりで、組織が想定通りに機能するか確認が必要なんだ。だから現場に行って自分の目で確かめたい」
「余計な差し出口をして申し訳ありませんでした。てっきり書類仕事に嫌気が差して城から逃げ出す算段をしているのかと思っていましたので」
「…………」
俺の本心などアリスにはお見通しだったようだ。
まあいい、とりあえず今後の方針は決まった。
溜まりに溜まった決裁待ちの書類を文官に引き継いで、自由の身にならねばならぬ。
さすがに長期に渡り城を空けるとなると、宰相にもちゃんと話を通しておく必要がある。
「アリス、宰相を呼んでくれ」
宰相を説得したらさっそく街に出て旅の支度をするとしよう。
むふふふふ、何だか楽しくなってきたぞ。




