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第112話 新婚旅行

 ミルドランド大陸から遠く離れ、海洋性の大型の魔物が跋扈する海域。そんな人の踏み込めない領域にエデン帝国の知られざる領土、カナン島がある。


 この広大な島には豊富な地下資源が埋蔵されており、島に多数作られた採掘場では昼夜を問わず地下資源の採掘が行われている。採掘された地下資源は島の中央部にある巨大製錬プラントに集められ、製錬された後に化学プラントや各種工場で使用され、エデン帝国を支える数多の先進機器を生み出しているのだ。


 またカナン島では物質を宙に浮かせられるという伝説の石『浮遊石』をも産出する。エデン帝国はこの浮遊石の独占によりミルドランド大陸の空の支配者となった。それ故にカナン島で浮遊石が産出されるという事実はエデン帝国最大の機密なのである。


 そんなカナン島にある別荘に、俺とテレーゼは新婚旅行と称してやって来ていた。



 ◇◇◇



「テレーゼも早くおいでよ」


 心地よいそよ風のそよぐ広い露天風呂に身を沈めながら、脱衣所から出て来ようとしないテレーゼを手招きする。


「でも……、恥ずかしいです」


 別荘は険しい山の切り立った崖の上にあり、周囲から覗かれる心配は全くない。そもそもこの広大な面積を誇るカナン島に、人はほとんど住んでいない。


 だが恥ずかしがりやのテレーゼは野外に設えた露天風呂に抵抗があるようで、脱衣所で服を脱いだまでは良かったが、そこから外に出てこようとしない。人目が無いと分かってはいても、塀も立木も無い開放的な野外に足を踏み出す勇気が出ないようだ。


「早くおいでよ。誰も見てないから大丈夫」

「タツヤさんが見てます」


 これは失敗。期待に満ちた眼差しで脱衣所の方を凝視していたのがまずかったようだ。

 だが晴れて正式に夫婦となったのだ。妻の身体をいかに鑑賞しようと誰にも文句を言われる筋合いはない!

 とはいえこのままでは埒が明かない。


「じゃあ、目を瞑ってるからおいでよ」

「絶対に見ないで下さいね」


 俺は目を閉じた。…………ふりをして薄目で様子を窺った。

 意を決したテレーゼが脱衣所から急ぎ足で出て来た。明るい太陽の下で見るテレーゼの裸体がとても眩しい。小さなタオルで身体を隠してはいるが、その神々しいまでの美しさは小さなタオルなどで隠しきれるものではない。

 テレーゼは湯船の縁までやってくると、湯に手を浸しその熱さを確かめる。そしてそのほっそりとした美しい足を湯に浸そうと……。


 ……これは駄目だ。生粋の日本人としてはとても見過ごす事はできない。


「テレーゼ、湯に入る前に掛け湯をするのが入浴のマナーだよ」


 テレーゼは驚いて動きを止めると俺の顔を見た。そして手桶に湯を汲むとザッと掛けた。……俺の頭に。


「何で見てるんですか! 見ないでって言いましたよね!」


 テレーゼに叱られてしまった。俺は頭から流れ落ちる水滴を拭いながら言い返す。


「目を閉じるとは言ったが、見ないと言った覚えはない! そもそも愛しい妻の姿を目に焼き付けるのは夫としての当然の権利、いや義務でさえある!」

「もう! 何を訳の分からないことを言ってるんですか」


 お馬鹿な会話のおかげでテレーゼの羞恥心が少し和らいだようだ。彼女は手桶に汲んだ湯を自分の体に掛けると、ゆっくりと湯船の中に身を沈めた。


「こうしてテレーゼと一緒に温泉に入れるなんて……、ああ、幸せを実感するなぁ」


 別荘は山の中腹の張り出した崖の上に建てられている。崖下には広大な森が広がり、視界を遮るものが何もない素晴らしい眺望が望める。


 俺はそっとテレーゼを引き寄せるとその華奢な体を背後から抱き締めた。テレーゼは抗うことなく俺の胸に背を預けてもたれ掛かる。テレーゼを抱き締める両の手の中に柔らかな双丘が収まる。うむ、これは素晴らしい。大きすぎず小さすぎず実に素晴らしい張りのある肌ざわり。


「素敵な眺めですね。こんな自然の中でお風呂に入れるなんて、何だかすごく解放的な気分になります」

「ここは俺のお気に入りの場所なんだ。テレーゼも気に入ってくれて嬉しいよ」

「天空の島から下界を見下ろすのとは違って、ここでは自然をとても身近に感じますね」

「この一帯はカナン島を発見した当初、島の地下資源を調査してて見つけた温泉地なんだ。一目で気に入ってすぐに別荘を建てた。その頃はカナン島の開拓に大忙しで、疲れが溜まって倒れそうになるとここに泊まりに来てたんだ。温泉に浸かって一晩ぐっすり眠れば翌日には気分爽快だ」

「確かにこんな大自然の中でゆったりお湯に浸かっていると、疲れも悩みもみんな飛んで行きそうです」

「ああ、絶景を眺めながらの温泉も素晴らしいけど、夜に満天の星空を眺めながら入る温泉もまた格別なんだ」

「でしたら夜にまた一緒に入りましょうか」

「そうだな。昼も夜も、明日も明後日も、一年後も十年後も、死ぬまでずっと一緒だ」


 俺はテレーゼを抱きしめる手に力を込めた。

 ついでに両の手をさわさわと動かし、その柔らかな二つの感触を楽しむ。うむ。これは実に良いものだ。手が吸い付いて離れない。


「ああ、もうこのままずっともみもみ……、いや違った。ここで二人で暮らそうか。帝国も皇帝もどうでもいいや。面倒事は全部放り出してここでのんびり暮らそうよ」

「ふふっ、とても魅惑的なお話ですけど、そんな事をするとブラッドさんが怒って飛んできますよ」


 そうだな。確かに予定の期日には帝都に戻らないと、帝国宰相ブラッドが重騎士隊を引き連れてこの別荘に攻め込んで来そうだ。


「このところブラッドのやつが妙に厳しいんだよね。遠慮が無くなってきたというか、平気で俺を怒鳴りつけるんだよ。こんな立派で偉大な皇帝様を捕まえて怒鳴りつける家臣って、何かおかしいよね」

「それはあなたがいつも面倒事ばかり押し付けてるせいですよ」


 テレーゼが冷たい……。

 普段から俺とブラッドの掛け合いを間近で見る機会の多いテレーゼは、こういう時はたいていブラッドの側に付く。愛する夫より鬼宰相の肩を持つとは何たることか。


「奴め、毎日机の上に書類の束を積み上げて『これに目を通して裁可しろ』って怖い顔で迫るんだよ。どうも奴は俺をいたぶって自分のストレスを解消してる節がある。いつか皇帝に対する不敬罪で処罰してくれよう。どんな罰がいいかな? 寝ている間に顔に落書きでもしてやるか。猫のヒゲがいいか? それともくるくるヒゲか? おでこに『肉』って書くのも……いや、これはこの世界では通じないか……」


 テレーゼが俺から体を離して振り返る。


「冗談だとは思いますけど……、間違ってもそんな馬鹿な事しちゃ駄目ですよ」


 あきれ顔をしたテレーゼに釘を刺されてしまった。

 ちっ、ブラッドめ。命拾いしたな。慈悲深いテレーゼ様に感謝するがいい。


「はあ、皇帝府の文官を日々増員しているというのに、人が増えれば増えただけ決裁待ちの書類も増えていく。何かが間違っている気がするな」

「私もお手伝いしましょうか? 書類仕事なら少しは役に立てると思いますよ」

「いや、将来的には俺の仕事を補佐してもらいたいけど、その為に今は帝都バベルの現状や諸外国の情勢を頭に入れておいて欲しいな。それとその合間に貴族の礼儀作法も覚えないといけない。今後周辺諸外国と外交していくのに必要になってくるはずだ」


 エデン帝国の帝都バベルには貴族はいない。帝国が貴族制度を取っていないためだ。

 元々帝都バベルの元となったギナンの街には領主一族と数家族の貴族しか住んでいなかったのだ。その数少ない貴族たちは、ギナンの街が帝国領として割譲された際に全員がこの街を去っている。

 帝国では今後も貴族制度を採用するつもりはない。だが大陸の多くの国に貴族制度がある以上、外交の上で貴族の礼儀作法は必須である。


「それを想うと憂鬱です。しがない平民の出の私に貴族の振る舞いが出来るかどうか……」

「そこは俺も同じだよ。俺だって元はしがないサラリーマン……いや、平民だ。貴族社会の礼儀作法なんて全然知らないよ。でも皇帝と皇帝妃という立場となれば、避けて通れる問題でもない。帝都に戻ったら礼儀作法の教師を手配しよう。問題はそんな人材が見つかるかどうかだけど……」


 皇帝や皇妃の教師を務めるとなれば、身元が確かで高度な教養を持ち秘密を守れる人格者でなければならない。そんな条件に合うのは上級貴族ぐらいだが、帝都バベルにはその上級貴族がいない。となればアルビナ王国かホルス王国で人材を見つけて帝国に招聘する必要がある。


「皇妃として社交界デビューするまでにはまだ一年ある。焦る必要はないよ」

「『まだ一年ある』じゃないです。あと一年しかないんです。たった一年で礼儀作法が身に付くと思いますか?」

「大丈夫。心配は不要だよ。もし何かおかしな振る舞いをして誰かの気分を害するような事があったとしても、こっちは天下御免の皇妃様だ。『それが何か?』って顔して堂々としていればいい。誰も文句は言わないよ」

「確かに面と向かって文句は言わないでしょうけど、陰で教養の欠片もない下賤な成り上がり者と後ろ指差されます」

「大丈夫。テレーゼをそんな目で見る輩がいたら、バトルロイド大隊を差し向けてふん捕まえる。でもって地下牢に閉じ込めて昼夜を問わず、耳元で皇妃様を崇め称える賛歌を流し続けてやる。一ヵ月も続ければ皇妃様の熱烈な崇拝者に生まれ変わるんじゃないかな?」

「それ、全然大丈夫じゃないです! はあぁ、ますます不安になってきました」


 テレーゼは大きなため息を付くと、悩まし気におでこに手を当てた。


 ほう、これは新たな発見だ。悩まし気なテレーゼの顔もなかなか魅惑的で素敵じゃないか。



 ◇◇◇



 昨日、俺とテレーゼとは親しい者だけを集めてささやかな結婚式を挙げた。これで俺たちは正式な夫婦となった訳だが、宰相ブラッドからの要請で帝国内外に向けた帝国皇帝としての結婚式を一年後に執り行う事になった。

 面倒この上ない話なのだが、これには大きな理由がある。


 周辺の国々から見れば、エデン帝国は綺羅星の如く突然現れ、瞬く間に周囲の国を支配下に収めてしまった得体の知れない国なのだ。エデン帝国の次の標的はどの国か? 近隣諸国は警戒し、謎の帝国の動向を探ろうと動き出している。現に商人やら冒険者やらに扮した各国の密偵が帝都バベルに押し寄せているのだ。


 エデン帝国はこれ以上の勢力拡大を望んでいない。

 諸外国と紛争を起こさないためには、帝国の意向を広く大陸中に知らしめ、各国と友好関係を築く必要がある。だが今の帝国は内部の組織固めに奔走しており、大陸の国々と個別に外交を行う余力が無い。かと言っていつまでも周辺諸国に対し沈黙を決め込む訳にもいかない。


 だからこその結婚式である。

 皇帝の結婚式となれば、周辺諸国の大使を帝都バベルに招待する十分な名目となる。一堂に会した大使を前に帝国の意思を丁寧に説明すれば、少ない労力で最大限の外交成果が見込める。皇帝の結婚式は帝国の意向と威厳を広める絶好の機会であり、絶対に外せないイベントなのだ。


 周辺各国には既に結婚式典の招待状と帝国の意向をしたためた親書を送りつけてある。これでしばらくは時間が稼げるはずだ。

 その間に可能な限りエデン帝国の内政強化と属国三国にまつわる諸問題を解決するのだ。



 ◇◇◇



「と言っても、どうにも抱えている問題が多すぎなんだよな。今後一年でどれだけ解消できるのやら……」


 風呂から上がり涼んでいると、テレーゼが冷たい飲み物を持ってきてくれた。

 グラスを受け取り一気に飲み干す。熱くなった体に冷たい飲み物が心地よい。


「城壁と街の建設作業者の確保、城壁工事の遅延問題と資材調達、旧市街地の治安維持、商業地区の早期整備、その他諸々。帝都バベルは問題だらけだ。属国も同じだ。ホルス王国は王位継承問題でゴタゴタ続きだし、セントース聖王国は属国化したばかりで未だ混乱が続いている。うまくいってるのはアルビナ王国くらいなものだ」


 ついつい漏れ出る俺の愚痴を聞いて、テレーゼが眉を顰める。


「タツヤさん。ここにいる間は仕事の話はしないはずでしたよね」


 そうだった。ここには二泊三日の新婚旅行として来ているのだ。

 メイドも連れて来ていないし、緊急時以外は連絡も寄越すなと指示してある。

 帝都バベルに戻るまでは仕事の話は厳禁だ。


 俺はテレーゼの手を引き寄せると横抱きに抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。


「ごめん。ここにいる間はテレーゼの事しか考えないようにするよ」


 腕の中のテレーゼが顔を赤くしている。

 テレーゼを横抱きにしたまま寝室へと向かい、大きなベッドの上にそっと降ろす。


「一応聞いておくけど、男の子と女の子、どっちが欲しい?」

「……両方」

「想定外の答えだったな。男女二人となるとかなり頑張らないとね」


 まだ陽は高いが構うものか。愛する妻のご要望である。頑張って励むとしようか。

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