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第111話 エピローグ

 店の片付けをしながら、俺はテレーゼに話しかけた。


「前にクラレンス商会に結婚の挨拶に行っただろ。あの時はすぐにでもテレーゼと結婚式を挙げるつもりでいたんだ。……けどあれから状況が大きく変わっている」

「タツヤさん……、それは……」


 テレーゼが不安そうな顔で俺を見た。俺の口調から不穏な気配を感じ取ったようだ。


「元々エデン帝国はアルビナ王国の上に立つために便宜的に作った国なんだ。皇帝としてアルビナ王国を支配下には置くが、実際の統治はこれまで通りアルビナ国王が担う。俺には国の運営なんて無理だからね。実際、国の統治はギルベルト王に任せて、俺は気ままな生活を送ってた」


 いつの間にかテレーゼの手が止まり俺をじっと見ている。俺も片付けの手を止めるとテレーゼを椅子に座らせ、俺もその隣に腰を降ろした。


「そんな方便として作ったエデン帝国にホルス王国が加わり、そして今回セントース聖王国が加わった。この二国は内政に問題が多くて、アルビナ王国みたいに統治を丸投げという訳にはいかないんだ。正直なところこの帝都バベルも建設途中で手一杯の状況なのに、新参二国の面倒まで見るのは厳しい。今は宰相を始めとした文官たちが総動員で事に当たっているが、今後文官の増員がうまく進まないと問題が顕著化する。……帝国は大きくなりすぎた」


 俺はテレーゼの手を取り握り締めた。テレーゼも無言で俺の手を握り返している。


「最初はテレーゼを皇妃として迎えるつもりだった。でもそれはすぐに考え直した。帝国の運営には綺麗事ばかり言っていられない。人から恨まれる事もあれば、命を狙われることもある。嫌な事だってしないといけない。実際、俺はホルス王国のアルビナ侵攻に介入しホルス兵を大勢死なせている。俺はテレーゼをそんな世界に引き込みたくなかったんだ。だから結婚式を先延ばしして、帝国とは一線を引いた場所でテレーゼと暮らせるようにこの店を作ったんだ」


 俺は店内を見回した。テレーゼと一緒に間取りを考えて建てた店だ。上階は二人が暮らせる住居になっており、裏手には俺の工房もある。

 テレーゼはこの店の店主として、俺は工房主と皇帝の二足わらじを想定して建てたのだ。


「正直、帝国なんて放り出してテレーゼと一緒にこの店に専念できたら、どれだけ幸せかとも思う。けどエデン帝国は俺の持つ軍事力を背景に成り立っている国だ。俺がいなくなれば帝国は自壊し、周辺三国は混乱の渦に巻き込まれる。今更皇帝を辞めるなんてできないんだ」

「皇帝と工房主の掛け持ちは、もう続けられないということですか?」

「ああ、たぶん無理だ。というより初めから無理があったんだ。天空の島エデンはセントース聖王国との紛争が始まって以来、ずっとセントースの聖都セレスの上空に留めたままだ。おかげでテレーゼはエデンの屋敷に帰れず、この店で一人暮らしだったろ。俺も店に来られなくて全てをテレーゼに任せきりだった。皇帝を続けるとなれば、こんな状況がこれからも続くと思う」

「あなたは、どうしたいのですか?」


 俺は言葉に詰まった。取れる選択肢は少ない。そしてどの選択も俺にとって満足できるものではない。


「テレーゼ、狡いようだが俺には決められない。君に選んで欲しい。選択肢は二つだ。一つ目は魔道具店の店主として今の生活を続けること。但し今言ったように、今後俺は店に出られない事が多くなるはずだ。結婚早々にテレーゼとは別居になるかもしれない」

「……それは嫌です。確かに店を開くのは夢でしたけど、一人では意味がありません」

「二つ目は皇妃として表舞台に出て、俺の身近で行動を共にすること。さっきも言ったが皇妃となれば嫌な思いをする事も多々あるはずだ。せっかく始めたこの店も諦めるしかない。正直どっちも気が進まないが、他にいい方法が思い浮かばない」


 沈黙が訪れた。テレーゼは口を押えて何か考え込んでいたが、やがて厳しい顔で俺を見つめた。


「タツヤさん。私は怒ってます。式こそまだ挙げてませんが私はあなたの妻です。私たち二人の問題を何故一人で決めてしまうの? もっとあなたの妻を信頼して下さい。悩んでいることがあれば相談してください。私に話しても役には立てないかもしれません。でもあなたが悩んでいるなら私も一緒に悩みます。困っているなら一緒に解決策を考えたいです。もっと私を頼ってください。私はあなたの妻なんです」


 テレーゼが本気で怒っている。こんなに剥き出しの感情をぶつけられたのは初めてだ。


 最近どこかで同じような事を言われた。……そうだ、ブラッドだ。

 セントース聖王国との問題を話し合っていた時、宰相ブラッドに言われたのだ。『陛下はいつまで経っても私を信用しては下さらない』と。

 俺はあの時、己の浅はかさを悔い改めるとブラッドに約束した。それなのにまた同じことを繰り返していたのか?


 己の言動を顧みれば確かにテレーゼの言う通りだ。俺はテレーゼに選択肢を突きつけて返答を迫った。けどそれは間違いだ。テレーゼに選択を迫るのではなく、一緒に問題について話し合うべきだったのだ。


「タツヤさん、私を皇妃にしたくないのは、私が平民だからですか? 教養も無ければ礼儀作法も知らない女だから、皇妃には相応しくないと思ったのですか?」

「何を馬鹿な事を。この世界の人間じゃない俺が皇帝をやってるんだぞ。平民とか教養とか礼儀は関係ない」

「なら何も問題ありません。今後は皇妃としてあなたを支えていきます。今までは私の存在が皇帝の仕事の邪魔になるのかと思って何も言いませんでした。でもあなたの思いが分かった以上もう遠慮はしません。夫を助けるのは妻の役目です」

「いいのか? この店は諦めることになるぞ」

「知りませんでしたか? 私、けっこう欲深な女なんです。せっかく建てた私たちのお店を諦めるつもりはありません」

「でも、めったに店に来られなくなるぞ。それでは経営が成り立たない」

「店番を雇えばいいだけですよね?」

「えっ?」


 この店は俺とテレーゼの二人の店だ。そういう思いがあったため、人を雇うと言う発想は全く無かった。でも言われてみればその通りだ。

 代理店長を置けば毎日顔を出せなくても問題はない。店を畳む必要など全くないのだ。


「テレーゼはそれでいいの? 他人に店を任せても?」

「良くはないですけど店を潰すよりはましです。それにタツヤさん。セシリアさんたちに頼んで店を手伝ってもらう事は出来ないのですか?」

「そうか、こういう時こそメイドロイドの出番か。ブレンダとセシリアのどちらかを店長代理として……いや、いっそのこと、もう一体店番用のメイドロイドを作るか」


 一人でいろいろ考えていたのが馬鹿みたいだ。俺の悩み事などテレーゼにかかれば、瞬く間に解決だ。やはり俺にはテレーゼが必要だ。

 俺はテレーゼの前に片膝を付き、彼女の手を取った。


「テレーゼ、俺は君がいないと駄目みたいだ。改めてお願いするよ。ちゃんとした式を開くから、正式に俺の妻になって欲しい。皇妃として俺を支えてくれないか?」

「はい。喜んでお受けします」


 俺はテレーゼを強く抱きしめた。

 俺は一人じゃない。テレーゼと一緒ならどんな困難だって乗り越えられそうな気がする。



 ◇◇◇



 結婚式までの一ヵ月。それはそれは大変な日々であった。


 帝国宰相ブラッドと三人の大臣を集めテレーゼを紹介し、今度この人と結婚すると宣言したところ、そんな相手がいたのなら何故今まで隠していたのだと大層怒られた。

 別に意識して隠していたわけではないが、なにぶんプライベートの事なので、わざわざ教える機会が無かっただけのことだ。


 おまけに結婚式は親しい者だけを招待して行うと言ったら、これまた怒られた。

 帝国皇帝の婚姻となれば、エデン帝国の威光とテレーゼ皇妃の存在を広く世に知らしめるため、盛大な結婚式を開く必要があると言うのだ。大陸の主要国にも招待状を送り、外交の場として活用すべしとも言われた。

 そうなると一ヵ月後に結婚式というのは到底無理な話であり、通常は準備に一年、どれだけ急いでも半年は必要になる。


 冗談ではない。テレーゼを皇妃とするのはいいが、帝国民の前に広く顔を晒してしまうと、今後クドー魔道具店の店主を続けられなくなる。それにこれまで結婚式をズルズルと先送りにしてきたのに、更に一年待てというのは到底受け入れられない。


 宰相たちと侃々諤々《かんかんがくがく》と激論を戦わせた結果、結婚式は二回行うという事で決着を見た。

 一ヵ月後に俺とテレーゼの知人を集め内輪の結婚式を開き、一年後には国内国外に向けて国を挙げた公式な結婚式を開くのだ。

 実質夫婦として一年も暮らした後に公的な結婚式を開くなど、はっきり言って意味不明ではあるが、いつも面倒な内政や外交の仕事を押し付けている手前、あまり強く反対も出来なかったのだ。


 テレーゼに関しては皇妃として人前に出る場合は、俺と同じようにマスクで顔を隠すことになった。皇妃の素顔を隠しておけば、魔道具店の店主が皇妃だとはばれないはずだ。


 マスクで顔を隠した皇帝と皇妃。ブラッドにはお似合いの仮面夫婦ですねと言われてしまったが、ちょっと待て。それって言葉の意味が違うだろ。


 まあ紆余曲折はあったが、決める事さえ決めてしまえばその後の準備は順調に進んだ。



 ◇◇◇



 一ヵ月後。


 俺とテレーゼは天空の島エデンの庭園の一角に建てられたチャペルにて、ひっそりと結婚式を挙げた。


 花々の咲き乱れる美しい庭園の中に建つ真新しい白亜のチャペル。

 楽器を手にしたガーデロイドたちが綺麗な音色の曲を演奏している。

 参列者の見守る中、俺と純白のドレスで身を包んだテレーゼが指輪を交換し、そして口づけを交わす。


 皇帝タツヤの治世を支える、皇妃テレーゼの誕生であった。

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