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第110話 憤怒のソフィー

 俺とオスカーたち三人は帝都バベルのクドー魔道具店に戻ると、その扉を押し開けた。


「テレーゼ、ただいま」

「あなた、おかえりなさい。あら、ソフィーさんたちもご一緒ですか?」


 にこやかな笑顔で俺を迎えたテレーゼが、後ろからぞろぞろと店に入って来たソフィーたちを見て軽く会釈した。


「ああ、今日のテストの報酬は店の商品の現物支給なんだ。だから一緒に連れて来たよ」


 そんな俺たちをソフィーが驚いた顔で見ている。


「……え? ええ? テレーゼさん、今、『あなた』って言いました?」

「そりゃ夫婦なんだから、それくらい言うだろ」


 俺の言葉に三人が悲鳴を上げた。


「えええええっ! タツヤさん、結婚してたんですか!?」

「うそっ! テレーゼさんみたいな綺麗な人が、なんでタツヤさんと!?」

「嘘だーーーー! 嘘だと言ってよ、タツヤさん!」


 こいつは今頃何を言っているんだ?

 前に店の宣伝で来てもらった時、テレーゼと引き合わせて妻だと紹介したはずだ。

 ……あれ? テレーゼの事は紹介したけど、夫婦とは言ってなかったか?

 もしかしてクドー魔道具店の単なる女店員だと思っていたのか?


「タツヤさんとテレーゼさんが結婚だなんてありえません! タツヤさん、店長の権力でもって、無理やり関係を迫って結婚を強要したんですね! それとも何か弱みを握って脅迫した?! 見損ないましたよ、タツヤさん!」


 ソフィーが日頃俺をどんな目で見ているかがよーく分かった。

 この暴走娘を何とかしろという意味を込めて、俺はオスカーとノーラに視線を向けた。

 だがオスカーは俺と目が合うとすっと目を逸らした。ノーラに至ってはオスカーの背中に隠れて、俺と目を合わせようとさえしない。

 どうやら二人ともソフィーの暴走を止める気はないようだ。


「ソフィー、お前は何か誤解しているだろ。店長の権力って何だよ。そもそもこの店の店長はテレーゼだ。どちらかと言えば俺の方が従業員なんだよ」

「何か怪しいです。本当に結婚してるんですか?」

「俺たちは相思相愛のちゃんとした夫婦だよ」

「じゃあいつどこで結婚式を挙げたんですか? さあ、言ってみて下さい。私たちは呼ばれてませんよね」

「結婚式? ……えっと……その……まだ挙げてないな。何かと忙しくて……」


 俺は後ろで笑いをこらえているテレーゼに救いを求めた。


「テレーゼ、助けて……」


 テレーゼが笑いながらソフィーに話しかけた。


「ソフィーさん。タツヤさんは私の大事な旦那様ですから、もうそれくらいにしてあげて下さいね」

「こういう時は甘やかしたら駄目です! テレーゼさんが言わないなら、代わりに私が言います。タツヤさん! いつになったらテレーゼさんと結婚式を挙げるつもりですか?! 式を挙げてないなら、それは単なる内縁関係であって夫婦とはいいません。タツヤさんにとってテレーゼさんは都合のいい愛人程度の存在なんですか?」


 ここに至ってようやく俺は気が付いた。

 ソフィーたちは俺が店にいない間にも、店にちょくちょく買い物に来ていたはず。どうやらテレーゼとは気心の知れた会話を交わすくらいの間柄になっていたようだ。

 たぶんソフィーは、俺とテレーゼが夫婦として暮らしをしているのに、俺の都合で結婚式を先延ばしにしていると聞き憤慨してしまったのだろう。

 その結果が店に入ったとたんに始まったあの小芝居という訳だ。どうせノーラとオスカーもぐるだろう。


 この世界では戸籍というものは貴族の間にしかなく、平民同士の結婚は本人たちが互いに婚姻を承諾すれば成立する。別に結婚したとか子供が生まれたからといって、どこかに届け出る必要はない。

 そのため平民は知人や友人を集めパーティーを開き、自分たちが夫婦になったと広く知らしめ、皆から祝福を受ける事で婚姻の証とするのだ。

 制度上はともかく、この世界の習慣に従えば俺たちはまだ夫婦ではない。


 どんな経緯があったかは知らないが、二人の間でそんな話題が出たという事は、それだけテレーゼが今の状況に不満を抱いているという事なのだろう。


「女にとって結婚式は人生で一番大切な行事なんですよ。親しい人たちに囲まれておめでとうって祝福されることは、世の全ての女の夢なんです。それを店一軒与えて気が向いた時だけ顔を出すだなんて、まるっきり愛人扱いじゃないですか!」


 セントース聖王国とのいざこざの最中は、天空の島エデンを聖王国の上空に移動させていたため、その間屋敷に戻れなかったテレーゼは、クドー魔道具店の住居で寝泊りしていた。

 傍から見れば俺は愛人に店を任せて遊び歩いている放蕩男に見えるのかもしれない。


「親しい人たちにこれが自分の夫だって紹介したいんです。これから二人で一緒に生きていくって皆に知ってもらいたいんです。お金が無ければ質素な式でもいいんです。結婚式は夫婦としての第一歩なんです。忙しいってのは式を挙げない理由になりませんよ」


 全くもって返す言葉が無い。ソフィーの言葉の一つ一つが俺の胸を抉る。

 ソフィーの言葉に思うところがあったのだろう、テレーゼの瞳にうっすらと涙が浮かんでいる。

 俺はテレーゼの前に立つと彼女をしっかりと抱きしめた。


「すまん、テレーゼ。ずっと式を挙げようとしない俺に不安を感じてたんだな。俺は駄目な男だな。テレーゼの不安に気付いていなかった。ソフィーの言う通りだよ。確かに忙しさは言い訳にならない。ちゃんと式を挙げて大手を振って夫婦と名乗ろう」

「私は大丈夫です。あなたのお仕事が大変なのは承知しています。私の事は気にしなくても……」


 それ以上は言わせない! 俺は咄嗟にテレーゼの口を塞いだ。

 あいにく俺の両手はテレーゼを抱き締めるのに使っているので、仕方なく俺の口を使って塞がせてもらった。


 どこかで息を呑む気配がする。そっと横目で見ると、ソフィー、オスカー、ノーラの三人が顔を真っ赤にして俯いている。三人とも初心だね。……俯いてはいるのだが、時折こちらに視線を向けてくるのは、こういう事に興味のあるお年頃なのだろう。


 長い抱擁の後、俺はテレーゼを放して言った。


「テレーゼ、長く待たせてすまなかった。ちゃんと日取りを決めて結婚式を挙げよう。少し先だが一か月後だ。一か月後に結婚式を挙げよう」


 テレーゼの顔が真っ赤だ。俺の結婚宣言に感激してしまったようで、顔を伏せて俺の胸をポコポコと叩いている。


「人前で何するんですか! もう恥ずかしくて顔を上げられないじゃないですか!」


 違った。ここにも初心な人がいました。どうやらソフィーたちの前で熱烈なキスをされたのがよほど恥ずかしかったようだ。


 ソフィーがテレーゼの手を取って喜んでいる。


「テレーゼさん、良かったですね。私たちもちゃんと聞いてましたから、今度は大丈夫ですよ。もしタツヤさんがこれ以上うだうだ言うようなら私に言って下さい。自慢のファイヤーボールを二、三発お見舞いしてやりますから」

「やめんか! 一発喰らうだけで死んじゃうわ! それにいいのか? 俺を殺せばテレーゼに一生恨まれるぞ」

「大丈夫です。死なないよう加減はします」

「嘘をつくな! お前、ファイヤーボールの威力を調整できなくて苦労してるだろうが!」

「おほほほほ、何のことでしょうか」


 ノーラもテレーゼに抱きついている。


「テレーゼさん。おめでとう。これでちゃんと夫婦と名乗れるね。でも何で一ヵ月も先なのかな? 結婚式なんて三日もあれば出来るでしょ?」


 ノーラの非難がましい目でこちらを見た。俺はすかさず返してやった。


「テレーゼが一生忘れられないような式を開く。それには準備が必要なんだよ。急いでありきたりな式を開くつもりはない!」

「わあっ! タツヤさん、かっこいい!」

「何だ、惚れちゃったか? 悪いが俺はテレーゼ一筋だ。ノーラの気持ちには応えられん」

「タツヤさんって、おだてるとすぐに調子に乗るよね」

「おだてると木に登るのはノーラの方だろ。今日も木から木へと猿のように……」

「むっきー!」


 ノーラに向う脛を蹴られた。



 ソフィーたち三人は、俺とテレーゼの結婚式の話がうまくまとまった事に満足したようで、嬉々として帰っていった。テレーゼも嬉しそうな顔だ。


 俺は彼らを送り出すと、店の扉に閉店の札を掛けテレーゼに言った。


「ちょっと早いが店を閉めようか」

「はい」


 テレーゼは頷くと店の片づけを始めた。俺も店の片づけを手伝いながらテレーゼに言う。


「実はテレーゼに聞いてもらいたい事がある。俺が結婚式を先延ばしにしていた事にも関係している」


 テレーゼが不安そうな顔で俺を見た。俺の言葉の端に不穏な気配を感じ取ったようだ。

 ここから先、テレーゼにどう説明すればいいのか……。


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