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第107話 神の使徒

 シャーラ大聖堂の一室で、俺は教皇ガルヴァーニとテーブルを挟んで座っていた。

 テーブルの向こう側には教皇と賢者ペッキア、そして七人の枢機卿。

 こちら側は俺一人で、俺の後ろには八人の重騎士が護衛として並んでいる。


 まあはっきり言って今の俺に護衛など不要だ。

 この部屋にいる者は全員、大聖堂上空に現れた天使をその目でしかと見ており、天使の言葉もちゃんと耳にしている。

 天使が俺を神の使徒と呼び、もし危害を加えれば神が許さないと明言したのだ。

 これで俺に手を出せる者がいればお目に掛かりたい。


「ではガルヴァーニ教皇。まずは釈明を聞こうか。なぜ俺を殺そうとした? エデン帝国皇帝である俺を殺せば、帝国が報復に来るとは思わなかったのか? エデン帝国がその気になれば、セントース聖王国など簡単に滅ぶぞ」


 教皇もペッキアも、大聖堂内にいた七人の枢機卿も、今夜俺が暗殺者スパーノに狙われることを知っていたはずだ。

 そのうえで暗殺成功の報を今か今かと待ち続けていたのだろう。

 でなければ本来聖王国各地に散らばっているはずの枢機卿のうち、七名までもが大聖堂に集まっている理由がない。


 返事を渋る教皇に、俺は言い放った。


「外に聖都の住人たちを待たせている。あまり時間を浪費すると、群衆が大聖堂に雪崩れ込んでくるぞ」


 俺は教皇との話し合いの前に、大聖堂の周囲に集まった群衆相手に演説をぶっておいた。

 自分が聖王国を訪問中のエデン帝国皇帝で、神の遣わした使徒であると明言し、これより教会の腐敗を正すため大聖堂での話し合いに臨むと説明したのだ。

 その上でもし一時間しても俺が戻らない場合、俺が教会の者に害されているとみなし救出のため教会に踏み込んで欲しいと頼んである。


 天から現れた天使様が、神の使徒である俺に従えと命じたのだ。敬虔なルーン教徒である住人たちは、嬉々として俺の指示に従ってくれるだろう。

 大聖堂を守る聖騎士たちも、数で勝る群衆を押しとどめる事など不可能だ。そもそも聖騎士たちもルーン教徒である。降臨した天使の言葉を無視はできまい。


 大聖堂の上空に浮いていた小さな金髪天使は、俺が大聖堂に足を踏み入れると巨大天使の手の上に戻っていき、巨大天使と共に天高くに去っていった。

 群衆たちは膝を付き天界に還る天使にいつまでも祈りを捧げていた。




「あなたは本当に神の使徒なのか? 魔王ではないのか?」


 俺の釈明の要求には応えず、教皇は俺に疑問をぶつけてきた。


「神の御使いである天使様の言葉を疑うか。聖職者としてあるまじき行為だな」


 教皇が顔を伏せた。

 たぶん教皇はあの天使を本物だとは思っていないし、俺を神の使徒だとも思っていない。まだ俺を魔王と思っているようだ。だがそれを証明することも出来ず、悶々としているのだろう。


 まあ実際、俺はルーンの神の使徒などではないし、大小の天使も真っ赤な偽物だ。

 だが断言しよう。俺も天使も嘘など一切ついていない。俺は何度も『神の使徒』と名乗ったが、一度たりとも『ルーンの神の使徒』と言ってはいない。

 俺の信ずる神はエデンの守護神ケルビムだ。そう俺は『エデンの神の使徒』なのだ。


 なに? 屁理屈だと? いや、そうでもない。

 ケルビムはエデンのほぼ全ての電子機器を支配しており、ケルビムの存在なくしてはエデンの存続などあり得ない。ケルビムは事実上エデンに君臨する神なのだ。

 そして俺はケルビムのマスターであり、同時にケルビムの使徒でもあるのだ。


 なになに? やっぱり屁理屈だと? まあ、そんな細かい事はどうでもいいんだよ。

 要は『俺は嘘など言っていない』というのが大事なところだ。


 ついでに言えば巨大天使の正体は、以前俺が趣味で作った全長十八メートルの巨大ロボットである。

 聖王国の問題に対処すべく倉庫から引っ張り出し、天使風の改装を施したのだ。

 とはいえさすがに金属ボディーの巨大ロボットを天使に見せ掛けるのはかなり無理があった。


 そこでメカメカしいボディーは巨大な長衣ですっぽりと覆い隠し、長衣から外に出る頭と両手だけ天使風のパーツに組み替え、背中には大きな翼を、頭上には光輪を取り付けたのだ。


 顔は神々しい天使風の顔にしたかったのだが、何しろ急ぎの改装であり精巧な表情の天使の顔は実現できなかった。そこで思い切って顔は大理石の彫像風にしてしまったのだが、これが逆に神々しい雰囲気を醸し出すことになり、大満足の出来となった。


 今更の話だが、俺は長らく名前の無かったこの巨大ロボに名を授けた。

 巨大な天使なので『大天使アークエンジェル』だ。

 あまりにもまんまな名前だが、いつまでも『あれ』呼ばわりもかわいそうだ。


 このアークエンジェルが天から舞い降りれば、信心深いルーン教の信者は天使降臨を疑わないだろう。


 今回の作戦ではアークエンジェルは二人のメイドロイドに託した。


 一人はこのロボの専属パイロットのブレンダだ。アークエンジェルには遠隔操縦機能がないため、動かすにはパイロットが必要なのだ。ブレンダはこのロボのテストパイロットも務めており、前回のホルス王城攻略戦に引き続き、今回もコクピットに搭乗しロボの操縦を担当だ。


 もう一人は美貌の天使セシリアだ。金髪ロングの美形巨乳メイドであるセシリアなら、天使風の衣装に着せ替えるだけで、簡単に天使に化けられる。やはり人に語り掛けるには巨大天使より美貌の巨乳天使の方が人目を引くはずだ。


 天使降臨の際は大々的に聖都の住人にアピールするため、エデンの保有する全ての小型無人偵察機を聖都全域に展開させ、鐘の音や聖歌や天使の声を大音量で流させた。数機の偵察機には強力なライトを装備し、舞い降りる天使を周囲から七色の光で照らし出すという演出も加えておいた。


 作戦は大成功だった。鐘の音や聖歌で住人を外に誘い出し、巨大な天使の姿をその目に焼き付けさせた。そして降臨した美貌の天使の口から『神の使徒に従え』と天命を下させたのだ。


 セントース聖王国はもう俺の支配下にある。人に選ばれし教皇と神に選ばれし使徒。どちらの立場が上かは言うまでもない。

 これが普通の国であれば、神の使徒が現れたからといって何が起こる訳でもないが、神への信仰が国是のこの国では神の意思は絶対だ。




 俺はもう一度教皇に尋ねた。


「教皇ガルヴァーニ。なぜ俺を殺そうとした?」

「魔王は滅ぼさねばなりません。魔王が本来の力を取り戻せばもう魔王討伐など不可能です。今しかなかったのです。今しか……」

「はあ、だから何で俺が魔王なんだよ。魔力が多いだけで魔王ってのは無理がありすぎじゃないか。魔力量だけならそこのペッキアだって格段に多いだろ。何で俺は魔王でペッキアは賢者なんだ。納得がいかん」


 俺の指摘にペッキアが応える。


「聖王国に古くから伝わる聖典があります。三百年前に現れた前魔王の記録です。その聖典にはこう記されています。魔王は死してもその魂は滅びず、数百年ごとに復活し大陸を闇で覆い隠すと。前魔王は大陸東部のギララ火山の山頂に復活しました。魔王復活とともに火山は噴火し巨大な火柱を噴き上げたと言われています」

「火柱ね。へぇー。そうか火柱ね。ああすまん。続けてくれ」

「復活した直後の魔王は子供の姿をしていました。当初魔王は体力も魔力も乏しく、しばらくは普通の人間として街で暮らしていたようです。やがて身体の成長と共に魔力は急激に増加し、高位の魔法も自在に操れるようになります。更には魔物を使役する能力も獲得していたようです」

「魔物を使役だって?」

「ええ。五体や六体といった話ではなく、数百数千といった魔物を操っていたそうです。その頃から魔王は本性を見せ始めました。住んでいた街の領主を殺め街を支配すると、次はその街を拠点に周辺の街々を魔物を使って襲い、最後には国をも支配するに至ります。そしてそれに飽き足らず大陸全土に向け魔の手を伸ばし始めたのです」


 俺は我が身を振り返った。何だか今の話に似ている所が多い。

 火山に火柱を噴かせるのは俺もやった。アルビナ王国の海岸沖で弩級砲艦イフリートの試射を行った時のことだ。

 魔王は子供の姿で復活したという。俺は二十代に若返ってこの世界に現れた。

 俺は魔法こそ使えないが、魔力量はたぶん魔王級だ。

 魔物の使役は出来ない。バトルロイドなら使役してるけど、あれは魔物じゃない。でも世間にはゴーレムで通しているから魔物を使役していると言えなくもない。

 旧ギナンの街を支配下に置きエデン帝国を建国し、周辺の二国を属国にした。これは否定しようのない事実だ。


 同じではないが確かに状況は似ている。これでは教会が俺を魔王認定したくなるのも無理はない。

 彼らは聖典を大切に保管し、今の世代まで伝えて来たのだろう。常に魔王の脅威を意識していたのなら、こういった反応をしたことは理解できなくもない。


「もういい。お前たちがなぜ俺を魔王と思ったのは分かった。ではなぜ勇者の召喚を行った? 勇者を召喚すべしと、その聖典に書いてあったのか?」

「そうです。前魔王に対しては人間の軍隊が大挙して挑んでも勝てませんでした。魔王を倒せるのは勇者しかいないと判断し、聖職者を集めて召喚の儀式を執り行い勇者を召喚したのです」

「で、召喚した勇者は見事前魔王を打ち倒し、めでたしめでたしという訳か」

「はい。召喚した勇者は聖鎧を身に付け、聖剣と聖短剣を手に召喚されてきたそうです。勇者は魔王討伐の依頼を快諾し、魔術師や僧侶などを仲間に魔王に挑みました。そして見事魔王を討伐したのです」


 何というか、王道のストーリーだな。あまりにも王道すぎて面白くも何ともない。


「それでその勇者はどうなった。助けたお姫様と結ばれて末永く幸せに暮らしたのか?」

「よくご存知で。魔王討伐の旅の途中、ドラゴンへの生贄に捧げられていた姫君を救い出し、将来を誓い合ったそうです。魔王討伐後、姫君の国で結婚し幸せな生涯を送ったとのことです」


 冗談のつもりだったのだが、当たっていたようだ。まるで大昔のRPGのストーリーである。退屈すぎてあくびが出そうだ。


「という事は勇者は召喚されただけで、元の世界には帰らなかったということか。何だか嫌な予感がするが……教えてもらおうか。召喚された勇者エミーが元の世界に帰る方法はあるのか?」


 ペッキアが口をつぐんだ。

 俺は他の列席者にも目をやったが誰も答える者はいない。


「ガルヴァーニ。勇者を召喚した時、勇者エミーには何と説明したんだ?」


 俺の声に強い非難の色が混じっていたのだろう。みるみる教皇の額から汗が噴き出した。


「勇者様には……帰還の儀式を行えば元の世界に戻れると。ですが帰還のための魔力を蓄えるのに最低一年はかかるとお伝えしてあります」

「……嘘なんだな? 帰還の方法なんて存在しないんだな?」


 教皇は何も言わない。俺はテーブルに拳を叩きつけた。


「くそったれが!」

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