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第106話 天使降臨

 天空の島エデン。

 島内に建つ屋敷の一室で、俺はアンドロイド操縦用のゴーグル型のヘッドセットを外し汗を拭った。


「ふう、さすがにアンドロイドを二体交互に操作するのは骨が折れるな」


 今回、セントース聖王国に出向くに当たって、俺は二体の男性型アンドロイドを用意した。

 俺と寸分たがわぬコピーアンドロイド、ブラック1とブラック2である。セクサロイドをベースに製造されており、アンドロイドだと見破られる可能性は極めて低い。


 今回のアンドロイドは特別製だ。魔王として襲われることを想定し、首や手足を切られても、切られた部位が独立して機能するように作ってあるのだ。

 何でそんな面倒な機能を付けたのかと言えば……まあ、何というか、単に面白そうだったからだ。

 トカゲのしっぽと同じだ。危険を感じたら即座に切り離し、相手が驚いている隙に逃げるのだ。


 想像して欲しい。手首を切り落とせばその手首がもぞもぞと指を動かしながら動き回る。足を切り落とせばその足がビクビクと跳ね回る。襲撃者が恐怖するのが目に見えるようではないか。


 二体用意したのは、余計なギミックに凝りすぎたため各部の信頼性が低下し、不具合の出る可能性があったからだ。聖王国に入国してしまえば、不具合が出てもその場での修理など出来はしない。そんな時は予備機と入れ替えて対応しようと思ったのだ。


 俺はゴーグルを放り出すと、部屋のソファーに座り込み声を上げた。


「あー疲れた。おーい、誰かお茶を……って、誰もいないか」


 普段屋敷内の管理をしている三人のメイドは、全員がセントース聖王国に出張っている。


「かしこまりました。お茶ですね。すぐにお持ちします」


 俺の声を聞きつけてアルビナ王国の王姉アレクシアが顔を出した。

 アレクシアは騎士団の護衛のもとアルビナ王国へ帰国の途に就いた……ということにしてあるが、それは見せ掛けだ。

 アレクシアとクリスティンの二人は、聖都を出た所で迎えを出し天空の島エデンに連れて来ている。この島ほど安全な場所は他にないからだ。

 実をいうと天空の島エデンは、現在聖都セレスの上空にいる。


「ああ、アレクシアか。すまん。メイドに頼んだつもりだったんだ」

「かまいませんよ。いつもお世話して貰ってばかりですから、こんな時ぐらい何かさせて下さい」

「いや、それこそクリスティンの仕事だろ」

「クリスは大浴場で入浴中ですので」

「奴は君の付き人だろ。主人を放り出して何してるんだよ。まったく」


 アレクシアが入れてくれたお茶を飲み一息入れる。


「聖都の状況はどうなっているのですか?」

「ああ、俺ついさっき、勇者に刺されたうえに暗殺者に首を刎ねられたところだ」

「ええっ! 大丈夫なんですか? ……って大丈夫に決まってますね。目の前に本人がいるんですから。でも何だか変な気分です」

「それは同感だよ。首が切断されて床を転がってる最中、頭の中を走馬灯が駆け巡ってたからな。感覚がリアルに感じられるから本当に殺されたような気分だよ。まあ暗殺者は捕獲したからもう大丈夫」


 俺はケルビムを呼び出した。


「ケルビム、作戦の準備は出来てるか?」

『はい、全偵察機は聖都内の所定の位置に配置済みです』

「あれは?」

『問題ありません。シャーラ大聖堂の上空で待機しています』

「ブレンダとセシリアも準備はいいか?」

『ブレンダはコクピットに搭乗し待機中。セシリアはデッキで待機中』

「よし、作戦開始の合図を待て」

『了解しました』


 俺はお茶を飲み干すと、空になったカップをアレクシアに返した。


「ありがとう、休憩は終わりだ。そろそろ向こうへ戻るよ。そこのモニターに俺の見ている光景が映るから、アレクシアも状況が知りたければここで見てるといい。じゃあ、行ってくる」


 俺は再びゴーグルを身に付けた。



 ◇◇◇



 俺は立ち上がると首を回して周囲を確認した。次に両手を広げ五本の指を曲げ伸ばしする。

 よし、ちゃんと動く。黒の騎士、ブラック2との再リンクに問題はない。


「ノルベルト。俺のいない間に何かあったか?」

「あっ、陛下。聖王国の勇者なのですが……」


 ノルベルトの視線の向こうには、床に座り込んで泣きじゃくっている勇者エミーがいた。

 心を操られていたとはいえ、自らの手で人を刺したのだ。心に大きな傷を負ったのは間違いない。

 勇者エミーの肩に手を置き、優しく声を掛ける。


「エミー。俺が分かるか。タツヤだ」

「タツヤさん?」


 エミーがバルコニーの隅で首を抱かえて座り込んでいる首無し皇帝に視線を向けた。


「違う、タツヤさんは私が殺した」


 どうやら俺がスパーノと交わしていた会話は、全く耳に入っていなかったようだ。


「エミー、聞いて。あれはロボットだ。本物のタツヤじゃない。見た目は人間だけど只のロボットだ。君は人を刺した訳じゃない。機械を壊しただけだ」

「私は人を殺した。タツヤさんはロボットなんかじゃない」


 駄目だ。自分が人殺しだと思い込んでいる。いや、思い込もうとしている。彼女の罪の意識が彼女にそうさせているのだろう。

 俺は腕のブレスレットでアレクシアを呼び出した。


「アレクシア。聞こえるか?」


 たぶんアレクシアはまだ俺の本体の間近にいるはずだ。ゴーグルを外して会話すれば済む話なのだが、アンドロイドとのリンクを切ると再接続が面倒なので、通信機越しの会話の方が便利だ。


『はい、聞こえています』

「今からこの娘を屋敷に送る。悪いが少しの間、面倒みてやってくれないか。俺を殺したと思い込んでるが、俺の本体を見せれば誤解だと納得してくれるだろう」

『分かりました。お任せください』

「血塗れになってるから、まずは風呂に入れてやってくれ。クリスティンが入浴中だろ。あいつにも手伝わせるといい」

『かしこまりました』


 俺は通信を切るとアリスに命じた。


「アリス。回収艇を降ろすから、お前はエミーを連れてエデンの屋敷に戻れ。アレクシアと一緒にエミーの面倒を頼む。ブラック1も一緒に連れていけ。もう限界だ」


 首を切られた偽皇帝ブラック1は、体内の血液のほとんどを失っている。もちろん本物の血ではない。アンドロイドの血液は冷却水の役目をはたしており、血流が減ると体内の排熱処理ができず機能不全に陥る。


 バルコニーから広間に戻ると、そこには帝国のバトルロイド隊がずらりと整列していた。

 六個小隊総勢二十四機の重騎士たちが並ぶ姿は壮観である。


 もともと彼らは迎賓館の周囲を警備していたのだが、俺が襲われた時点で建物内に突入し、内部にいた警護の聖騎士たちを制圧していたのだ。部屋の隅には拘束された聖騎士たちが転がっている。


「ノルベルト。二個小隊連れて宿舎に戻れ。使節団員たちの安全を確保するんだ。スパーノも一緒に連れていってくれ。ここに残しておいて口封じで殺されては敵わん。安全確保が困難と判断したらケルビムにシャトルを要請して聖都を脱出しろ」

「了解しました」


 俺は整列したバトルロイドに指示を出す。


「レッド隊、ブラウン隊はノルベルトの指揮下に入り宿舎の使節団員を守れ。スパーノは凶悪犯らしいから絶対に逃がすなよ。万一逃げられそうになったら殺して構わない。残りの隊は俺に付いて来い。教皇のいるシャーラ大聖堂に向かう」


 バトルロイド隊を引き連れて、近くのシャーラ大聖堂までぞろぞろと歩く。

 今夜は満月に近く夜でも周囲は結構明るい。これから始める作戦にとっては好都合だ。


 シャーラ大聖堂にはすぐに到着した。白亜の巨大な聖堂で聖都セレスの代名詞ともいえる建築物である。

 なぜか夜間にも関わらず大聖堂前には大勢の聖騎士が集結している。彼らは俺たちの姿を見て騒めいている。本来なら不審な重騎士の集団が現れれば誰何するはずだが、誰も前に進み出る様子はない。


 どうしたものかと考えていると、聖騎士たちを掻き分け一人の男が進み出てきた。


「皇帝陛下。お久しぶりにございます。以前帝都バベルにて二度ほど陛下に拝謁させていただきました、セントース聖王国ペッキア子爵にございます」


 進み出て来たのは、セントース聖王国の外交官ペッキア子爵であった。


「やあ、ペッキア子爵。いや聖王国内ではペッキア司教と呼ぶべきかな? それとも賢者ペッキアと呼ぼうか?」

「お好きに呼んでいただいて構いませんよ」

「君は俺を皇帝と呼んだな。魔王と呼ばなくていいのか?」

「何を言われているのか分かりかねます。魔王などと……」


 ペッキア子爵は何か言いかけたが、そのまま口を閉じてしまった。そして目を細めじっと俺を見る。何だか眉間にシワがよっている。


「魔力が……、あれほどあった魔力が今は感じられない。どういう事だ?」

「俺の魔力量が見えるのか。やっぱり鑑定能力があるのは間違いないようだな。それで君の目には今の俺はどう見えているんだ?」

「微かな魔力の流れは感じられますが、ただそれだけです。これは人間の魔力じゃない。以前に感じた全てを闇に飲み込むような暗き魔力が一切感じられない」


 アンドロイドのこの体の内部には、動力源として魔石が組み込んである。ペッキアが感じ取ったのはたぶんその魔力だろう。魔石から取り出した魔力はすぐに電力に変換されてしまうから、外から感知できる魔力量など微々たるものなのだろう。


「へぇー、全てを闇に飲み込むような暗き魔力ねぇ。それが俺を魔王と認定した理由か?」

「何のことでしょうか?」

「この期に及んでまだしらを切るつもりか。まあいい。賢者ペッキア、ガルヴァーニ教皇に取り次ぎを頼みたいのだが」

「こんな夜中にどのような御用ですか?」

「先ほど、俺を魔王として暗殺しようとした輩が現れた。しかも勇者を暗殺道具に使って殺しにきたんだ。その件について教皇から釈明を聞こうと思ってね」

「何のことか分かりかねます。教皇様はもう就寝されておりますので、今日のところはお引き取り願います」


 ペッキアが腕を左右に広げ手のひらを上に向けた。その手の中に青白い大きな火球が出現した。帰らなければそれを投げつけるという意味かな?


「何それ? めっちゃカッコいいな! やっぱ魔法って憧れだよな」

「魔王相手にどこまで通用するかは分かりませんが、お帰りいただけないのなら、この命尽きるまで戦う覚悟です」


 あれ? この人、とうとう俺を魔王と言っちゃったよ。


 賢者ペッキアの言葉に、後ろにいた聖騎士たちも一斉に剣を抜いた。魔王と認識した上で戦いを挑むとは実に勇敢な騎士たちだ。

 だが残念ながら俺は戦うつもりなどさらさらない。俺のこの体はセクサロイドがベースのアンドロイドなのだ。戦闘能力などこれっぽっちもありはしない。


「いい覚悟だ。だが俺は戦いにきた訳じゃない。賢者ペッキア、お前は一つ誤解している。俺は魔王じゃない。俺は神に遣わされた使徒なんだ」

「言うに事欠いて神の使徒ですか。神を愚弄するにも程がある」

「どちらが神を愚弄しているのか、その目で確かめるがいい」


 俺は胸の前で手を組み、片膝を突いて天を仰いだ。


「神よ。天にまします我が主よ。 我が願いを聞き届けたまえ」


 俺の祈りに応えるように、どこかから鐘の音が聞こえて来た。


「ゴーーーーーン」


 別の場所でも鐘が鳴り始めた。そして聖都の街中の至る所から、次々と鐘の音が鳴り響き出した。


「ゴーーーーーン、ゴーーーーーン、ゴーーーーーン」


 鳴っているのは教会の鐘ではない。聖都の空一面で鐘が鳴り響いているのだ。

 大聖堂の前の聖騎士たちが周囲を見回している。何かが起ころうとしているのは確かだが、それが何か分からず不安げに周囲に目を向けている。

 ペッキアも両手の炎を消して、何が起こるのかと警戒している。

 街の住人たちも家々から飛び出て来て、ワイワイと周囲を見回している。


 やがて鐘の音がやんだ。そして鐘の音に代わり、どこかからともなく美しい音色の聖歌が夜空に響き始めた。聖歌の歌声は何十何百もの老若男女の歌声が合唱しているような、そんな心に染み渡るような荘厳な音色だ。

 大聖堂の建物から大勢の聖職者が外に出て来て、一様に天を仰ぎだした。


 誰かが空を指差し叫んだ。


「おい、あれを見ろ! 空から何かが降りてくるぞ!」


 月明りに照らされた夜空を何か白い物がゆっくりと降りてきている。

 空の白い何かに四方から明るい光が当てられた。


「まさかあれは……天使様!」

「背中に白い翼がついてる! 間違いない! 天使様だ!」

「見ろ! 天使様だ! 天使様が降臨なされたぞ!」

「何て大きな天使様なんだ!」


 明かりの中に現れたのは巨大な天使だった。その身長は大聖堂の鐘楼に匹敵するであろう大きさだ。足先まである白い長衣に身を包み、背中には一対の白い羽根が生えている。頭部は大理石の彫像のような白い顔をしており、その頭上には輝く光輪が浮いている。


 衆人が見守る中、巨大天使はシャーラ大聖堂の真上まで降りてきて空中で停止した。巨大天使が腕を持ち上げ手の平を上に向けると、いつの間にかそこに小さな天使が立っていた。

 長い金髪を結い上げ、美しく整った顔立ちだ。こちらも頭には光輪が、背中には羽根が生えている。普通の人のサイズで、絵に描いたような天使の姿だ。


 街の中では大勢の人が天使の降臨を見ようと外に出て空を見上げている。中にはひざまづいて祈りを捧げている者もいる。

 天使をもっと近くで見ようと集まって来た群衆で大聖堂の周囲はいっぱいになった。


 小さな金髪の天使が宙に浮きあがった。天使が群衆を前に口を開く。


「神はお怒りです」


 透き通るような美しい声だ。どうやらその声は、聖都中に響き渡っているようだ。


「神は聖王国の民を救うため、地上に使徒を遣わしました。使徒の名はエデン帝国皇帝タツヤ。彼はエデン帝国皇帝としての力を使い、セントース聖王国の民を救おうと活動しています。ですが教会は彼をうとましく思い、魔王の烙印を押して殺めようとしています。セントース聖王国の民よ、神はお怒りです。教会が神の使徒を害すれば、神は決してこの国をお許しにならないでしょう。民よ、行きなさい。行って神の使徒を救いなさい。行って神の使徒の言葉に耳を傾けなさい。行って教会の過ちを正しなさい」


 大聖堂を囲む群衆たちは天使の言葉を聞くと、大聖堂を守る聖騎士たちを遠巻きに取り囲んだ。その目は怒りに溢れている。一触即発である。何かきっかけさえあれば、彼らは聖騎士たちに襲い掛かり教会へと雪崩れ込むだろう。ペッキアの顔は蒼白だ。


 俺はペッキアの前に進み出ると言った。


「賢者ペッキア。もう一度言おうか。ガルヴァーニ教皇に取り次ぎを頼むよ」

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