第105話 不死の魔王
私はスパーノ。元異端審問官であり、現在は大量殺人の罪で聖騎士団の施設の地下牢に捕らえられている囚人だ。
牢に繋がれていた私は、ある日フォンタネージ枢機卿の訪問を受けた。枢機卿は牢の中の私にこう切り出した。『魔王が復活した』と。
大陸に魔王が復活した。魔王は瞬く間にアルビナ王国とホルス王国を傘下に収め、エデン帝国なる国を興した。
セントース聖王国は復活した魔王に対抗するため、過去の文献を元に異世界からの勇者召喚の儀式を行った。儀式は成功し一人の少女が勇者として召喚された。
ステータスを確認した結果、少女は確かに勇者としての適性を備えていた。但し、それはあくまで適性であり、魔王を倒すにはそれなりの経験を積ませ能力の向上を図る必要がある。
聖王国は何人かの優秀な聖騎士を教育係として付け、勇者育成に取り掛かった。
訓練を重ねた結果、剣の使い方は何とか様になってきた。魔法も全属性の初級魔法が使えるようになった。回復魔法は未だ使えないようだが大した問題ではない。聖都には回復魔法の使い手などごまんといる。必要なら魔王討伐の際に優秀な回復魔法の使い手を数人同行させれば済む話だ。
無事に基礎訓練を終え、教育係たちは更なる訓練のため、勇者を迷宮都市ファーゴへと連れて行った。魔物との実戦を通した訓練を施すためだ。
だが、ここに来て勇者の致命的な欠点が露呈した。魔物の存在や討伐に対する耐性が全く無かったのだ。
例えそれが小さな野ネズミであろうと、いざ対峙すると悲鳴を上げて逃げ出してしまう。魔物を捕獲し動けない状態にして差し出しても殺すことが出来ない。
聖騎士たちの奮闘にもかかわらず、迷宮での勇者の育成に成果は上がらなかった。
魔王討伐に勇者は使えない。もし使えるとしても年単位の育成が必要であろう。だが、魔王の脅威は目の前だ。何年も待ってはいられない。
フォンタネージ枢機卿はそんな状況を私に説明し、私に依頼を持ち掛けてきた。魔王暗殺である。暗殺成功の暁には牢から出し、制限こそあれど自由の身にするという話だ。
まあそんな約束が守られるかどうかは怪しいものではあるが。
私はもちろんこの依頼を承諾した。ただ承諾にあたり条件を出した。
条件の一つは私を勇者の教育係とし勇者の対応を一任すること。
もう一つはシャーラ大聖堂の地下に収められているという聖武具のひとつ、聖短剣の貸与である。
揉めるかと思ったが、どちらの条件もすぐに認められた。
使えない勇者にいつまでも拘っていられないし、聖武具も魔王の魔の手が聖王国に伸びれば、無為に失われてしまう可能性が高い。出し惜しみをする余裕は無かったのだろう。
勇者の臆病な性格など、私の持つ催眠スキルにかかれば問題とはならない。催眠状態に落ちた者は、私の命令に逆らえなくなる。苦手どうかは関係ない。私が魔王と戦えと言えば戦わざるを得ないのだ。
実のところ催眠スキルは、それほど便利なスキルではない。催眠をかける相手とある程度の信頼関係が無いと効果を発揮しないのだ。そもそもある程度の信頼関係が築けているのなら、催眠など使わなくても頼み事くらい聞いてくれるだろう。
そんな実用性に乏しいスキルだが、今のような状況には有効だ。しばらく勇者の教育係として付き添えば、信頼関係の構築は難しくないだろう。
魔王暗殺。今まで何度も行ってきた異端者の断罪より遥かに心が躍る。
全ては神の御心のままに……。
◇◇◇
「陛下ーーーーー!!」
バルコニーに男と女が飛び込んで来た。
スパーノは素早くその男女を見た。確か男は帝国の外務大臣ノルベルト。ベールで顔を隠した女は皇帝の秘書のアリスという名だったか。
二人は一面の血だまりの中に魔王が倒れているのを見ると、その脇に立っている私に目を向けた。私の手には血に染まった短剣が握られている。
「貴様、陛下に何をした!」
「見ての通りですよ。安心なさい。魔王は滅びました。もうあなたたちは魔王のくびきから解き放たれたのです」
「何を世迷い言を! 皇帝陛下は人間だ。魔王などではない!」
「あなた方は魔王に騙されていたのですよ。……ふむ、魔王が死んだと言うのにまだ影響力が残っているとは。さすが魔王。私の催眠スキルなどとは違って強力な洗脳能力だったとみえる」
「何を訳の分からんことを。お前は自分が何をやったか分かっているのか? セントース聖王国はエデン帝国皇帝をその手に掛けた! 帝国は必ず聖王国に報復する! 聖王国は終わりだ」
「これは帝国皇帝の暗殺ではありません。復活した魔王を勇者様が討ち果たしたのです」
「そんな屁理屈が通るか! お前が皇帝陛下を暗殺したことは明白だ!」
私は血に染まった短剣と血塗れの鎧姿に目をやった。
「ああ、これですか。こんな格好していますが実は私は聖騎士ではありません。私は神の代行者スパーノ。神の思し召しにより、勇者様が魔王を討ち取るお手伝いをさせていただきましたが、セントース聖王国とは無縁の存在ですよ」
「誰がそれを信じるか。セントース聖王国はエデン帝国を敵に回した。皇帝陛下を殺されて帝国が黙っていると思うか!」
「魔王討伐の事実はすぐに周辺国や大陸各国に通達されます。皆、我がセントース聖王国の偉業を褒め称えるでしょう。戦争ですか? 魔王の死でアルビナ王国やホルス王国も独立を取り戻すでしょうし、属国が離反したエデン帝国など小さな都市国家でしかありません。魔王のいない帝国にどれだけの力があると?」
「貴様は帝国の力を甘く見過ぎだ」
「まあ私は神の御意思を代行したに過ぎません。今後帝国と聖王国がどうなろうと、私の知るとことではありません」
私は茫然と立ちすくんでいる勇者に近づいた。
今の勇者は私の催眠スキルで何でも命令に従う人形と化している。彼女の顔の前に手を差し出し指を立てた。
「勇者様、私の指を見て下さい。私が三つ数えたら勇者様にお願いした全ての指示は解除されます。三……、二……、一……」
私が指をパチリと鳴らすと、その音を聞き勇者が我に返った。無表情だった顔に表情が戻って来る。
「あ……、え……、私、何を……」
彼女は自分の着ている服が血で赤く染まっているのに気付き、何か言おうとしたが、床に転がっている首なし死体に気付くと、目を見開き悲鳴を上げた。
「きゃーーーー! 私、私が……。いや、いや、いやーーーーーーーー!」
私はブルブルと震えている勇者を見て、思わずため息を付いた。
「はあ、勇者様。念願の魔王討伐を果たされたのです。もう少し喜ばれたらいかがですか」
「私が……、私が殺した……」
催眠状態での行動は、催眠が解けてもちゃんと覚えている。
「神により与えられし試練はここに果たされました。魔王討伐の栄誉は勇者様のものです」
勇者はその言葉を拒絶するように、首を左右に振っている。
「では勇者様。私の教育係としての役目はこれで終わりです。そろそろお暇させていただきます。実は私、囚人でしてね。牢獄に連れ戻される前に消えるとしましょう」
自由の身にするという約束はたぶん守られないだろう。ここはさっさと退散するに限る。
バルコニーから出て行こうとする私の背中に声が投げ掛けられた。
「そんなに急いで帰る事もないだろ。お前にはいろいろ聞きたい事がある。今夜は月が綺麗だ。男同士では色気はないが、夜景を見ながら朝まで語り明かすってのも乙なもんだぞ」
声の主は血だまりの床に転がった魔王の生首だ。
閉じられていたはずのその両の眼はしっかりと見開き、嬉しそうな表情で私を見ていた。
「きゃーーーーーーーー!!」
勇者が先程とは比べられない程の叫び声を上げた。
「まさかアンデッド!? 念のために首を切り落としたいうのに、首だけになっても死なないとは……。さすが魔王だけのことはある」
床に横たわった首の無い魔王の胴体が動き出した。胴体は四つん這いの状態で、手を右に左にと動かし首を探している。その胴体を見ながら床に転がっている魔王の首がぼやく。
「くそっ。頭と胴体が別々だと変な感覚だな。首無しの体を動かすのがこんなに難しいとは知らなかったよ」
首を探し出せず狼狽えている胴体に代わり、皇帝の秘書が魔王の首を拾い上げた。首無しの胴体は立ち上がると、秘書から首を受け取り小脇に抱え込む。
「ありがとう、アリス。ちょっと視線が低くて違和感はあるが、これなら動くには問題なさそうだ」
「こうして見るとまさにデュラハンですね。おどろおどろしくてマスターにお似合いですよ」
「それ褒めてる? 実は俺、デュラハンって大好きなんだ。前にパープル3が首を切られた時に、こんなふうに首を抱えて歩いててな、あれがカッコ良くてデュラハン隊を編成しようかって本気で考えてたんだ」
抱えられた魔王の首が秘書と談笑している。まるで今の状況を楽しんでいるような感じだ。周囲を見回すとノルベルトまでもが、魔王と秘書の会話を聞いて忍び笑いをしている。
(おかしい! この男は先程まで主を殺され憤っていた。なぜ笑っていられる? 先程の憤りは欺瞞か? それにこの魔王だ。アンデッドかとも思ったが、こんな快活なアンデッドなど聞いた事がない。もしかして……)
「あなたはいったい何者ですか?」
「ああ、内輪で話し込んで悪かったな。暗殺者スパーノ。で、俺が何者かって? 今頃何を言ってるんだい。俺はエデン帝国皇帝タツヤ様だ」
そう簡単に正体を明かす気は無さそうだ。
「北方のどこかの国には人間そっくりなゴーレムがいると聞いた事があります。あなたゴーレムですね? あなたがゴーレムなら近くに操っている者がいるはずだ」
私はバルコニーを見回した。帝国の人間でこの場にいるのは皇帝の秘書と外務大臣ノルベルト。そして護衛である白い甲冑の重騎士と黒い鎧の騎士だ。
護衛たちはロープで拘束されていたはずだが、いつの間にか拘束が解かれている。
それに彼らを拘束して押さえつけていた聖騎士たちの姿が見当たらない。彼らはどこに行った? いや、今はそんな事はどうでもいい。
問題は護衛の黒の騎士だ。
私はじっと黒の騎士を凝視した。大柄な白の重騎士と違い、こちらは中肉中背。全身が黒一色の装備のため気付かなかったが、彼の髪の色は魔王と同じ黒だ。魔王と同じマスクをしており素顔は見えない。
(こっちが本物の魔王だ!!)
迂闊だった。本物の魔王は護衛に扮し間近で偽魔王を操っていたのだ。
私は手にしている聖短剣を見た。魔を打ち払う力があると言われている短剣だが、それはあくまで勇者が使った場合の話だ。催眠を解いてしまった以上、もはや勇者は使えない。
私が使っても勇者程の効果は望めないだろうが、他に道は無い。
私は短剣を低く構え、刃先を黒の騎士へと向けた。
「あなたが本物の皇帝ですね。そこにいる偽皇帝と同じような背格好でマスクも髪の色も同じ。服だけ交換すれば皇帝と護衛はいつでも入れ替われる。護衛として偽皇帝に付き従うように見せかけ、実は後ろからゴーレムの偽皇帝を操っていたんだ」
幾ばくかの沈黙の後、黒の騎士がさもおかしそうに笑いだした。
「くっくっく、ぐははははは。よくぞこの俺が本物の皇帝だと見破った! 褒めてつかわそう、暗殺者スパーノ!」
私は黒の騎士に踊りかかろうと、聖短剣を握り締め体をぐっと沈めた。
「……なんて言うと思ったか。この痴れ者め!」
黒の騎士の言葉に、私は前のめりになった体を何とか押しとどめた。
「少しタネ明かししてやろう。そっちの首無し皇帝がゴーレムってのは正解だ。お前が言うように俺と偽皇帝が状況に応じて入れ替われるようにしているのも正解だ。だがお前は勘違いをしている。俺たちは皇帝と影武者ではない。影武者その1と影武者その2、つまりこの俺もゴーレムという訳だ」
(何だと! では二体のゴーレムを操っている本物の皇帝はどこに?)
私は黒の騎士から視線を外し白の重騎士を見た。素顔を隠しているのはもうこの重騎士しかいない。
いや違う、もう一人いた。皇帝の秘書アリスだ。彼女もベールで顔を隠している。皇帝が女装して秘書のフリをしている可能性は十分にある。
そこまで考えて気が付いた。顔が見えているかどうかはこの際問題ではない。そもそもエデン皇帝の顔など誰も知らないのではないか。
これが世の世襲の王であれば、幼少の頃から国民の目に触れられており、皆その顔をよく知っている。
エデン皇帝が世に現れたのはつい最近だ。おまけに普段は顔をマスクで隠している。皇帝が本物かどうかなど、どうやって判別すればいいのだ?
実は外務大臣と称しているノルベルトが、本物の皇帝であるという可能性だってある。
(もう誰が魔王か分からない。かくなる上はこの場の全員を殺しますか。ですが首を切っても死なないゴーレムなんてどうすれば倒せる? 手足全てを切り刻めばいいのですかね?)
私の考えを読み取ったように、首無し皇帝が私に言った。
「全員殺せば問題ないとか思ってるだろ。残念ながらここにいるのは皆、帝国のゴーレムだよ。本物の皇帝は安全なエデン帝国からこのゴーレムたちを操っている。どう足掻いたところで、この場にいない皇帝の暗殺など不可能だよ」
首無し皇帝が白の重騎士に指示を出す。
「ホワイト1。この暗殺者を拘束しろ」
白の重騎士が素早い動きで迫って来た。体格差はあるが白の重騎士は丸腰だ。十分戦える。
手にした聖短剣を振り上げようとした時、肩に鋭い痛みを感じ思わず聖短剣を落としてしまった。
黒の騎士が素早く床に落ちた短剣を拾い上げ、まじまじと短剣を見た。
「希代の暗殺者もレーザー兵器には敵わんだろ。……何だこれは? 何だかヤバそうな短剣だな。これは没収させてもらうよ」
気が付けば私は細いワイヤーで手足を縛られ、口には猿轡をはめられていた。どう足掻いても解けそうもない。
勝敗は決した。魔王暗殺の試みは完全に潰えた。
首無し皇帝に抱かえられた皇帝の首が、縛られた私を見下ろし言った。
「セントース聖王国はエデン帝国皇帝暗殺を企み失敗した。もう遠慮はしない。派手にやるとしよう。スパーノ、お前に本当の神の思し召しというものを見せてやるよ」




