第103話 波乱のパーティー
この数日、セントース聖王国に目立った動きはない。
エデン帝国の親善使節団に同行し聖都セレスを訪れていたアルビナ王国王姉アレクシアと王国宰相の娘クリスティンは、滞在予定を切り上げアルビナ王国へ帰国させた。
緊急の用件で国元から帰国指示が出たという理由にしてあるが、実際は暗殺者の登場で安全を確保できなくなったためである。
アレクシアの帰国には親善使節団を護衛していた騎士団を付けておいた。
元々護衛はアルビナ王国から借り受けた騎士団だ。エデン帝国にはまだ人による正規の騎士団的な組織がなく、アルビナ王国のギルベルト王に要請して派遣してもらっていたのだ。
聖都に残る使節団員の護衛にはバトルロイドの重騎士隊を呼び寄せた。護衛としてのスペックはこちらの方が圧倒的に上だ。彼らがいれば使節団員に危害を加えられる危険はないだろう。
帝国皇帝である俺と帝国使節団員は滞在期日まで聖都に留まる予定だ。
教皇が俺に暗殺者を差し向けるつもりだとしても、計画だけで実行されない可能性もある。最後まで暗殺者が現れなければ、まだ関係改善の余地はある。
教皇には魔王討伐のために、何か協力できないかと何度も打診しているのだが、これといった回答は返って来ていない。
まあ向こうにしてみれば『何を白々しい』といった感じなのだろうが、こちらとしても実在しない魔王の討伐など、どう協力していいか悩むところなので好都合だ。
俺は連日エデン帝国皇帝として聖都の教会にお金を寄付して回り、司教や司祭たちと親善を深めることに専念した。
最高権力者である教皇の懐柔に失敗した以上、暗殺に全く関与していないはずの司教や司祭たちを味方に取り込んでおくぐらいしか、事態改善の糸口が見いだせないのだ。
教会を訪ねて回る際、意図的に護衛を少なくしたり警備に隙を作ってみたりしてみたが、暗殺者が現れる気配はなかった。
ケルビムの予測では、暗殺者は聖都滞在の最後の晩に予定されている懇親会で行動に出る確率が高いとのことだ。
セントース聖王国は宗教国家である。
一般的な国家であれば、外国の賓客をもてなすため豪華な舞踏会を開き、自国の貴族たちと親交を深めさせる場とするのだが、セントース聖王国には貴族制度などなく華美なパーティーも好まれていない。
とはいえ、自分たちが少数派であるとの認識はちゃんとあり、外国からの賓客をもてなすような場合は、相手国の風習に合わせてパーティーを開く寛容さは持ち合わせている。
今回も親善使節団の帰国前夜に、聖王国訪問の締めとして懇親会を開いてくれるという。
聖王国としては教皇や枢機卿たちが一堂に会する場で俺を殺害し、実は帝国皇帝は復活した魔王であったと公表するつもりなのだろう。
教皇や枢機卿たちが口を揃えれば、集った教会関係者はその言葉を信じるしかない。
もし暗殺に失敗しても、過去に教会から追放された狂信者の仕業として処理すればいい。万一暗殺者未遂犯が生きて捕えられても、密かに口を封じてしまえば真相は全て闇の中だ。
とまあ聖王国側はそんな感じで考えているのだろうが、そうは問屋が卸さない。俺の暗殺者対策は万全である。どんな暗殺者が来ようとも俺を殺すなど不可能だ。暗殺者の身柄もこちらで押さえるつもりだ。口封じなどさせはしない。
暗殺が計画だけで実行されなければ何も問題はない。
暗殺が実行されても未遂で終われば聖王国は首の皮一枚でつながる。
もし暗殺が実行され俺の体に傷一つでも付けば……、その時は聖王国は終わりだ。
◇◇◇
親善使節団が帰国する前夜、聖都セレスの迎賓館で親睦会パーティーが催された。
会場はセントース聖王国にしてはかなり華美な様式の屋敷で、他国からの賓客向けに作られた施設のようだ。
大広間にはテーブルがいくつも並べられ、料理や酒が所狭しと並べられている。
この親睦会の主賓は当然のことながら帝国親善使節団であり、他の招待客は俺たちが技術交流した各分野の専門家たちや、聖都内の教会の司教や司祭たちだ。
教皇は出席していないが、代わりに枢機卿が何人か来ている。
懇親会は立食形式で、あちこちに人の輪が出来ており話がはずんでいるようだ。
聖職者が大勢集まる会なので堅苦しい雰囲気になるかと思っていたが、聖職者たちも大いに飲んで食べて語っており、かなり盛況である。
「なあ、ノルベルト。暗殺者は来ると思うか?」
俺は隣に立つ外務大臣のノルベルトに小声で囁いた。
彼は聖都に到着して以降、聖都の官僚や有力者たちと面会を重ね、人脈形成に力を注いでいた。この会場に来ている者たちからよく声を掛けられるところを見ると、事はうまく運んでいるようだ。
「もうこの会場くらいしか暗殺のチャンスはありませんからね。断念したのでなければ必ず現れます」
「何かあればすぐに護衛に助けを求めろよ。俺は大丈夫だがお前たちは危ない」
迎賓館の周囲は俺のバトルロイド重騎士隊が警備に当たっている。
会場の大広間内では大柄で白い鎧兜のホワイト1と、俺と同じマスクを着けた黒鎧の騎士の白黒コンビが、俺の護衛として壁際に控えている。
「心得ています。何かあれば陛下を盾にして逃げますから安心してください」
「いや、対応は間違っていないが、言い方ってものがあるだろ」
「身を挺して家臣を守る皇帝陛下って素敵です」
「言ってろ」
ノルベルトは顔見知りらしき若い女性から声を掛けられると、俺の前から消えてしまった。
どうやら彼は若い女性との人脈作りにも精を出していたようだ。
それに引き換えこの俺はずっと教会巡りばかりしていたため、知り合いになったのは高齢の男性聖職者ばかりだ。不公平感が半端ない。
「マスターもどこかでお話に加わってはいかがですか?」
俺は振り返り、後ろに控えていたアリスを見た。
今日の彼女は豪華な青いドレスと帽子、そして顔にはベールが付けられている。いつもの仮面はドレス姿に合わないので付けていない。
俺はと言えば、今日は皇帝の立場を強調しないように、他の使節団員と同じような質素な服を着ているのだが、そうなると逆に目元を隠すマスクが強調され、返って目立つ結果になっている。
「今日の俺は狙われてる立場だ。巻き込む可能性があるから、あまり人を近くに寄せたくない」
「大丈夫です。マスターも私も傍目には素顔を隠した怪しげな者ですから、誰も好き好んで話に来ませんよ」
それはそれで悲しいじゃないか。
悲しい話題から気を逸らすように、俺は暗殺者の事を考えた。
「それにしても暗殺者はどうやって俺を殺しに来るつもりかな?」
真っ先に思い浮かぶのは魔法による殺害だ。
だがこの建物には魔法結界が張られており、内部では魔法は使えない。
俺が暗殺者なら、まずは魔法結界を何とか解除し攻撃魔法で標的を仕留める。
もちろん暗殺者が魔法を使える場合に限定されるが、これが一番簡単で確実だ。
次は武器による殺害だ。
このパーティー会場は入場の際に持ち物を検査されるため、大きな剣や槍は持ち込めないが、短剣程度なら隠して持ち込むのはさほど難しくない。
会場内には護衛もいるが、壁際で怪しい人物が近づかないよう見張っているだけである。標的にうまく接近してしまえば、護衛が駆け付ける前に殺せるはずだ。
他には毒物による殺害だろうか。
食べ物や飲み物に毒を混ぜる方法は、標的に毒入りの食べ物や飲み物を手渡しできる場合にしか使えない。
直接手渡すのが無理ならば、パーティーで出された食べ物や飲み物に手あたり次第に遅効性の毒を混入するという方法もあるが、それはもはや暗殺ではなく無差別殺人であろう。そうなる可能性は低いが魔王相手ならやりかねないから怖い。
高威力の魔法で外部から建物ごと潰すという方法もあるが、これだと相手を確実に殺せる保証はない。
「アリス、お前なら俺をどう殺す? もちろんアンドロイドがマスターを殺せないのは承知してる。これは純粋に殺害手法の考察だ」
「マスターを殺すのであれば、ハニートラップが有効かと。美女をあてがって一夜を過ごさせ、その事実をテレーゼ様の前で暴露すれば、マスターは絶望のあまり首をくくってあの世へと旅立つでしょう」
「そんな訳あるか! おれは浮気なんてしない! したとしてもテレーゼなら俺の過ちを許してくれる……はずだ。浮気がばれたぐらいで誰が死ぬか!」
アリスが口元に手を当てた。どうやらベールの向こうで笑っているようだ。
「冗談ですよ。でもマスターは精神攻撃に弱いですから、けっこう有効だと思います」
アンドロイドのジョークは全然笑えない。アリスにもっとジョークの経験を積ませれば、洗練されたジョークへと昇華するだろうか?
いや待てよ。普段から俺がオヤジギャグしか言わないからこのレベルなのか?
俺たちがそんな馬鹿話をしていると、ヴァッローネ枢機卿が挨拶にやってきた。
彼は俺が教皇と会談した時に同席していた枢機卿の一人だが、あの時は直接言葉を交わしていない。この小太りの枢機卿も俺を魔王と思って恐れているようだが、暗殺には反対していた。こういう人物とは繋がりを持っておきたい。
「ヴァッローネ枢機卿、今夜は我々使節団のためにこのような宴を開いてもらい、大変感謝している」
「いえいえ。こちらこそ大したおもてなしも出来ず申し訳ありません。皇帝陛下には教会への多大なる寄進に加え、各地の教会にも足を運び個別にお布施を頂いているとか。感謝の念に堪えません」
「実は教皇猊下にルーン教への改宗を願い出たのだが、我が皇帝という事で返事を保留されてしまったのだ。早く改宗できるよう教会の関係者の好意を集めておこうという下心ありきだよ」
教皇に頼んだ改宗の件はずっと保留のままで進展はない。
まあ、教皇にしてみれば魔王のルーン教への改宗など認められるはずはない。今夜俺が殺されてしまえば問題は解消するのだから、回答を引き延ばすのは当然だ。
「ところで今夜は教皇猊下はお見えにならないのかな?」
「少し体調が優れぬようでして、宴席は遠慮させていただいております。回復魔法を使える者には事欠かきませんが、高齢からくる不調は回復魔法では治せません」
元々教皇は出席予定だったはずだ。本当に体調不良なのか、はたまた目の前で行われる暗殺に恐れをなして逃げたのか。
「教皇猊下はいらっしゃいませんが、代わりにお客様をお呼びしています。到着が遅れているようですが、着きましたらすぐにご紹介いたします」
「お客? どなたかな?」
「それは到着してからのお楽しみということで」
俺は思わずヴァッローネ枢機卿の顔を見た。まさかスパーノとかいう暗殺者を堂々と俺に紹介するつもりなのか? 流石にそんな登場の仕方は俺の予想を超えている。
「お客とやらには興味を引かれるが、そう言われるとしつこく聞く訳にもいかんな」
「きっと驚かれますよ」
これは気を付けなければ。
握手した相手を指の間に隠した毒針で刺し殺すなんてのはよく聞く話だ。けど俺は偉い皇帝様なので下々の者と気軽に握手などしないので問題はない。
とはいえ紹介と称して目の前まで接近されると、隠し持った刃物で切り付けられるなんてこともありうる。
その後は挨拶にやって来る教会関係者と言葉を交わし、親交を深めていた。
いくらか時間が経った時、俺の前に再びヴァッローネ枢機卿がやってきた。
「皇帝陛下。遅れていたお客様が到着したようです。間もなくこちらに来ますからご紹介いたします」
その言葉が終わらぬうちに、大広間の入口付近からザワザワとした騒めきが聞こえてきた。
入口には人だかりが出来ており、戸口に立つ者の姿は見えない。
「あ、あの、すいません。通していただけますか」
室内に女性の声が響くと人だかりが左右に開いた。そこに現れたのは若い少女だった。
年の頃は十代後半。長い黒髪に黒い瞳。着ている服はセーラー服。かわいい顔立ちで間違いなく日本人だ。
少女は聖騎士に先導され俺の前までやってくると、不思議そうな顔でじっと俺の顔を見つめている。
ヴァッローネ枢機卿が誇らしげにその少女を俺に紹介する。
「こちらはセントース聖王国が魔王討伐のために召喚した勇者様です。今は魔王討伐に向けて迷宮都市で訓練中なのですが、休養のため聖都に戻られたというので、無理を言ってこちらに来ていただきました」
ヴァッローネ枢機卿の言葉など俺の耳には全く入っていなかった。
俺の目は少女に釘付けになっていたのだ。
「ええっと、私は……」
名を名乗ろうとした少女は、俺の異様な雰囲気に気が付き言葉を止めた。
「エ……、エ……」
「え?」
俺は少女を引き寄せると、力いっぱい抱きしめた。
「エリカーーーーーーっ!」




