第9話 冒険者ギルド
俺は今、冒険者ギルドに来ている。
テレーゼに頼んで連れてきて貰ったのだ。
冒険者ギルドに来た理由など言うまでもない。
冒険者登録をして、身分証明に使えるギルドカードを発行してもらうためだ。
ちなみにテレーゼには、俺を送り届けた後に商会に帰ってもらった。
登録にどれだけ時間が掛かるか分からなかったからだ。
ギルドの入口の扉を開けて中に入る。
入口を入ると広いロビーがあり、壁にはたくさんの紙が張られている。
その横には受付カウンターがあり若い受付嬢と中年の男性職員が並んで座っている。
ロビーの奥は酒場が併設されているようで、酒瓶の並んだカウンターや丸テーブルが見える。
噂に聞く冒険者ギルドそのものだ。
何で冒険者ギルドと酒場が一緒になってるんだろう?
日本の感覚で言えば役所のカウンターの奥に飲み屋のカウンターが並んでるようなもんだろ。絶対変だよね?
さて、問題は受付の男女二人のうちどちらに声を掛けるかだ。
テンプレの発動を考慮すると、受付嬢に声を掛けるのは非常に危険だ。
この受付嬢も御多分に漏れず若くて美人だ。この人目当てのファンも多そうだ。
俺がこの受付嬢に気軽に声を掛けると、奥の酒場にたむろしている素行の悪い冒険者が現れて、難癖を付けてくるのは目に見えている。
受付嬢は危険な罠だ。ここは大人しく男性職員に声を掛けよう。
「すいません。冒険者登録をお願いしたいのですが」
受付の男性職員が返事をする間もなく、俺の後ろで誰かが大声を出した。
「おい! お前みたいなガキがこんなとこで何してやがる!」
(何でだよ! 男に声かけても駄目なのかよ! それに俺はガキじゃねえよ!)
俺は後ろを振り返った。そこには大柄で人相の悪い男が立っていた。
だが、その視線は俺に向いていない。
男の視線の先には、十代と思われる少年と少女が立っている。彼らの後ろにもう一人少女が隠れており、どうやら三人連れのようだ。
少年は戦士風の装いをしているが、体に不釣り合いな大剣を背負っており、思いっきり違和感がある。
隣の少女はレイピア使いの剣士のようだが、小柄な体のせいで何だか中学生のコスプレみたいだ。
奥の少女は杖にローブ姿の魔術師だ。二人の陰に隠れてオドオドしてる。この娘もあまり様になってないな。
うん。これは確かにガキだな。
それも『田舎から出てきました』って雰囲気まる出しだ。
更に悪い事に、男一人に女二人の組み合わせだよ。
人相の悪い大男が絡みたくなる気持ちも分からんでもない。ヤツは女とは縁の無さそうな顔してるからな。
「ここは子供の遊び場じゃねえんだ! とっとと家に帰りな!」
これもお決まりのセリフだな。
あ、魔術師の女の子が泣きそうだ。さすがに女の子を泣かすのは見過ごせんな。
俺は大男に言い返せず固まってる三人と大男の間に割って入った。
「なあ兄さん。初心者冒険者への指導かな? 実は俺も冒険者になりたくて登録に来た新人なんだよ。一杯奢るから向こうでちょっと話を聞かせてくれないか?」
背後に隠した手で三人に『さっさと行け』と合図を送りつつ、大男を酒場に引っ張っていこうとした。
「おい、てめえ! 関係ねー奴がしゃしゃり出てくるんじゃねえ!」
駄目だった。
とっさに割り込んだので、失敗した場合の次善の策など考えてない。どうしよう?
「おい! 聞いてるのか!」
あんた気が短いな。これはさっさと逃げた方がいいか?
大男がいきなり殴りつけてきた。
俺は吹っ飛ばされて床に転がった。
油断していた。問答無用で殴られるなんて全く想定してなかったのだ。
所詮俺は平凡な中年サラリーマンだ。取っ組み合いなんて子供の頃の兄弟ゲンカくらいしかした事がない。
突然の暴力に対して、とっさの対応など出来ようもない。
「いたた………。あれ? そんなに痛くない」
殴られた感覚はしっかりあって確かに痛かったんだが、思った程の痛みではなかった。
この大男、一見ムキムキに見えるが実はへなちょこ?
いくら温厚な俺でもさすがに頭に来た!
俺は服に着いた埃を払いながら立ち上がった。
「話し合いの余地無しかよ!」
「何ほざいてやがる!」
相手のパンチをモロに喰らって痛感した。ろくに喧嘩の経験もない素人が、巨漢のチンピラ相手に格闘を挑むのは無謀過ぎる。
まともに戦えば袋叩きに合うのは確実だ。ではどう戦う?
弱者が強者に戦いを挑むとなれば、背後からの奇襲ぐらいしか思い浮かばないが、さすがに既に対峙している状況では奇襲など出来はしない。
出来るとしたら隙を見ての一撃離脱くらいか。
俺は両手を上げて降参のポーズを取りつつ大男に近づいた。
その姿を見てヤツは体の力を抜いた。今だ!
俺は姿勢を低くしてヤツの懐に飛び込み、体を回転させ勢いを付けて大男の腹に渾身の肘打ちを打ち込んだ。
「ぐえっ」
大男が崩れ落ちる。
「やったか?」
ああっ、しまった!
今、盛大にフラグを立ててしまったような……。
だがそれは杞憂に過ぎなかったようだ。大男は気絶していた。
人生初の実戦は勝利に終わった。さすが俺!!
本当は一撃入れて相手が怯んだ隙に、さっさとこの場から逃走するつもりでいたのだ。
そのため、出口までの逃走経路は目視で確認しておいたのだ。
しかし相手が倒れた事で、逃げ出す必要は無くなってしまった。
最初に俺が声を掛けた受付の男性職員が、他の職員と一緒に気絶した大男を運び出していく。
いつの間にか俺の周囲に人だかりが出来ていた。
「すげーな! ガースの野郎を一撃だぞ!」
「あいつ只者じゃねーな。早すぎて動きがよく見えなかったぞ」
「ガースもあんなのに負けるとは見掛け倒しな野郎だな」
思わず野次馬共に怒鳴っていた。
「おい! お前ら見てたのなら、こうなる前に止めてくれよ!」
くっそー。あれだけトラブルを警戒してたのに結局テンプレ展開だよ!
しかしまあ、うまく倒せて良かった良かった。……良かった。
……俺が……倒した!?
(何か変だ! 何かがおかしい!)
俺は格闘技なんてやった事ないのに、たった一撃で相手を倒してしまった。
考えられない!
単に体が若返っただけじゃなくて、身体能力も強化されてるのか?
それに俺はこんな好戦的な性格じゃない。
あんな人相の悪いチンピラから進んで喧嘩を買うなんて、今でも信じられない。
俺は一体どうしてしまったんだ? 漠然とした不安が俺を襲う。
「あ、あの、助けていただいてありがとうございました」
後ろを振り返ると、ローブの魔術師の少女が俺に礼を言い頭を下げている。戦士の少年と剣士の少女も一緒に頭を下げている。
おお、ちゃんとお礼を言える子達だな。素晴らしい。
最近の若者は大人に対して礼儀が……。
いや、今はそんな話はどうでもいいな。
「俺が勝手にやった事だし、大した事でもない。気にする必要はないよ」
「でもお怪我は……」
「俺の身体は頑丈に出来てるから怪我なんてしてないよ。ほら、この通り」
軽く身体を動かして何ともない事をアピールし、これ以上の礼は不要とばかりにその場を離れた。
トラブルはあったが、本来の目的である冒険者登録を済ませてしまおう。
受付の男性職員は、大男を抱えてどこかに行ったきり戻ってきてない。
受付カウンターには女性の受付嬢が一人だけだ。
大丈夫かな? もう罠はないだろうな?
受付嬢は、年の頃二十歳前後のように見える。
だがテレーゼの例もある。実は三十とか十五だったりしたら怖いな。女性の歳はよく分からん。
彼女の胸をちらりと見る。
いや、別に見事な胸を見ていた訳ではない。ネームプレートを見てたのだ。
そこには『レナ』とあった。
「すいません。冒険者登録をお願いしたいのですが」
「はい、登録の前に冒険者ギルドについての説明は必要ですか?」
「お願いします」
受付嬢のレナから冒険者ギルドの説明を受ける。
冒険者ギルドは仕事の依頼をランク付けした上で、毎朝掲示板に掲げるので、ギルドメンバーは自分のランクに合った依頼を選んで受注手続をする。
依頼を受注し、無事に依頼達成すれば報酬が支払われる。依頼を達成できなかった場合は罰金を支払う事になる。
依頼の大半は魔物の討伐である。討伐した証に魔物の討伐証明部位を切り取り、ギルドに提出することで報償を受け取れる。
魔物の牙や爪や毛皮など、素材として使えるものや食用となる肉などは、討伐報償とは別にギルドが買い取りをしてくれる。
ギルドに所属する冒険者にはその実力に応じ、ランクが付けられる。
ランクはA~F、それとSの7ランクだ。
一番下のFは準メンバーの仮免ランクだ。
冒険者登録した直後は、全員がこのランクになる。
受けられる依頼に制約は多いが、その代わりギルドが各種サポートをしてくれる。
死亡率の大きい初心者を死なせない為の対策だ。
E~Aは一般メンバーで、依頼をこなすことにより順にランクは上がっていく。
Eは初心者、Dは中堅、Cはベテラン、Bは一流、Aは超一流といった区分けだ。
実際はAランクの上にSランクが存在するが、これは特殊なランクのため別扱いだ。
ちなみに仮免のFランクを除くと、ギルドメンバーの七割はDとCが占めている。
Bまで行けるのは一握りで、Aは数える程しかいない。
冒険者はメンバーを集めてパーティーを作ることが奨励されている。
個人と集団では魔物と遭遇した場合の生存率が桁違いなのだ。
ギルドとしても貴重な人材を無駄に失いたくないので、パーティーの結成や加入などの斡旋もしてくれる。
ありがたい事に、冒険者の仕組みもテンプレのようだ。
俺の歳になると、新しい事を覚えるのは大変なのだ。テンプレ万歳!
「問題ないようでしたら、こちらの書類に記入をお願いします」
俺はこの世界の字が書けない。
正確に言えば「異世界言語」のおかげで字は書けるのだが、パトリック曰く『三歳児レベルの字』なので、現在文字の書き方を特訓中なのだ。
頼みのテレーゼは、商会に帰したのでここにはいない。
「すいません。字が書けないんですが……」
「大丈夫ですよ。私が代筆しますから質問に答えてください」
名前や年齢などの記載事項をレナに伝え代筆してもらう。
「所属パーティーは決まってますか?」
「未定です」
「職種はなんでしょうか?」
「職種って戦士とか魔術師とかの職種のこと?」
「ええ、そうです。決まってなければ適当でいいですよ」
「じゃあ戦士で」
職種って自己申告なの? 適当でいいなんて、適当すぎるだろ!
最後にレナが記載内容を読み上げ、間違いがないか確認してきた。
「間違いないです」
「では、登録料は銀貨一枚になります」
登録料を払って冒険者登録は無事に完了した。
しばらく待たされた後、チェーンの付いた金属製のプレートを渡された。
商業ギルドのギルドカードと似ている。軍隊のドッグタグみたいでちょっとかっこいい。
「冒険者ギルドのギルドカードです。身分証になりますから常に身に着けるようにしてください。無くした場合は有料での再発行になりますから注意してくださいね」
プレートを見ると先ほど伝えた情報が刻まれている。
職種が『戦士』で記載されちゃったよ。本当にいいのかな?
聞けば刻まれた文字はギルドに設置してある魔道具で書き換えが可能らしい。
後から職種を変えても大丈夫そうで安心した。
「タツヤさんのランクはFです。Fランクだとソロで受けられる依頼は少ないですね。ソロの方は常時依頼の薬草採集がお勧めです。Fランクは三回の依頼達成でEランクに昇格です。登録後一ヵ月以内にEランクに昇格できないと登録抹消されますから注意してくださいね」
おい待て! 登録抹消の話なんて最初の説明になかったぞ!
俺のように身分証欲しさに登録するだけのペーパー冒険者対策か?
それとも、実力のない冒険者には早めに引導を渡そうという魂胆か?
仕方ない。予定に無かったけど何か簡単な依頼探すか。
俺は掲示板に向かった。




