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白砂青松
砂地の海岸に並んで生えている松の中で一際大きな樹がある。
自分は何時も決まってその樹に攀じ登っては二俣に腰を下ろして遠くを眺めることを習慣にしている。
今日は風は凪いでいて波は到って穏やかだ。
平日の朝ということもあり海辺には自分以外の人間の姿は見受けられない。
水平線を見渡すと客船や貨物船が木の葉ほどの大きさで視える。
寄せては返す波が浜の砂粒を洗う音や風が木の葉を揺する音に混じって時々低い第一音や高い第四音の汽笛が聞こえる。
目線を右手に向けると山の稜線を覆うようにして濃い灰色の雲が連なっているのが確認できる。
あの雲がここまで来るのは夕方になるだろうと算段し家の掃除と洗濯それから買い物は早めに済ませて置こうと決める。
ここで目が覚めた。
気象衛星の精度や計測器樹の演算処理能力は幾何級数的な割合で日進月歩している。
しかし過去の気象情報が蓄積され又どれだけ緻密な結果が得られるようになっても将来時点の天候を正確に予測するのは至難の業である。
むしろ初期値の小数点以下僅か数厘数毛の違いが一週間後や一ヵ月後の予報を全く正反対にしてしま場合が珍しくない。
科学が学問以前の勘や知覚に必ずしも勝るとは限らないということを心に留めて置くべきなのだろう。




