存在
気が付くと前後左右天地悉皆白で覆われた空間に立っている。
周囲では何かガヤガヤと音がしているが何の音かさっぱり判らない。
とにかく何でも良いからここがどういう場所でどうしてここに居るのかどこに向かえば良いのかはっきりする手掛かりを探すことにする。
どこまで歩こうが走ろうが跳ぼうが見えるのは真っ白な虚空ばかり。
どれだけの時間が経過しているのか分からない。
これ以上無鉄砲な捜索は徒労でしかないと判断して休憩することに。
でも何となくこの白い地面に腰を下ろすことに躊躇を覚える。
せめてベンチでもあればと思っていると目の前に公園やバス停でよく見かける青いそれが現れる。
あまりの都合の良さに吾が目を疑う。
恐る恐る座る。
しかしそれは確かに存在し座り心地も手触りも本物そのものである。
ここはその場に居る人間があれば良いと思うう物だけ現存するのだろうか。
試しに何か飲み物で喉の渇きを癒したいと思ってみる。
するとベンチの上にお盆に載った急須と湯呑みが現れる。
丁度飲み頃の緑茶で一服する。
頭の中に求めているものの姿を具体的にありありと想像出来れば良いのだろうか。
今度は海沿いに広がる石畳の重厚な街並みを想像する。
目を閉じ顎に手を当てながら以前旅した時のそこの様子をゆっくり丁寧に思い起こす。
再び目を開くとそこには当時のままの港町が広がっている。
バックパックを背負いミニベロに跨り坂の下の船着場へと石畳の坂道を駆け下りて行く。
ここで目が覚めた。
結局人間は皆それぞれに見たい物だけを見て見たくない物を見て見ぬ振りをしているのではないだろうか。
存在感の重さや確からしさはそれを見たいと思う人間の数や思い入れの強さで決まっているのかもしれない。




