第七話「生存境界」
海洋
『あ、あのさ……すごく言いにくいんだけど』
「(なに)」
『このまま泳いでいくの?』
セレスは凪の海を凄まじい速度で泳いでいる。
「(当然だ。この世界に海を渡る乗り物なんて、一部の物好きしか持ってない。独立傭兵が船を海に浮かべるなんてしたら、禁足地に立ち入ろうとしているのがバレバレだ。ここに来る前に破壊されているさ)」
『それはそうだけどさ……海にもモンスターはいるんだよ?必然的に、地上での生活に特化した人間の身体じゃ、海に適応したモンスターに苦戦するのは必至だよ』
「(海竜なら大丈夫だ。狩り慣れてる)」
セレスが泳ぎ続けていると、不意に海底の方から大きな氷塊が次々に浮上してくる。
「(来たぞ、フレス)」
『ここより深い水深を起点にして、海水温が異常に低下していってるよ!氷塊の間に生命エネルギー反応確認!』
「(オーヌ・ピシャペルだろう。海竜の一種で、冷気を操る……)」
海底から長大な体躯を持つ巨大な海蛇のような生物が突進し、セレスは泳ぐ速度を上げて躱す。浅いところまで浮上したために淡い日光で照らされ、海蛇の姿が顕になる。セレスを追いかけるそれは、カサゴのような荒い骨組みのヒレが並ぶ、蒼黒の海竜だった。
「(ほら、言ったとおりだ)」
『オーヌ・ピシャペル……冷気を操る海竜種、ピシャペル属の中でも最大の種……だね』
オーヌは甲殻の狭間から冷気を噴出して加速し、こちらの正面を取って大口を開け、突進してくる。こちらは右手から雷霆を口内へ放ってからしなやかに回転しながら前に出て躱し、雷霆を喰らったオーヌはやや怯みながらもすぐに向きを変え、冷気を一気に発してから長大な尾で海流を動かし、セレスの周囲に冷気を配置して凍らせ、閉じ込める。
「(さすが、頂点捕食者なだけはある。あの巨体に、冷気を巧みに操る能力、この海でまともに戦える敵はいないだろうな)」
『そんなこと言ってる場合じゃないよ!周囲の海水の流動性が低下してる……このままじゃ氷漬けだよ!』
セレスは狼狽するフレスを余所に火球を氷壁に撃ち込んで粉砕し、それどころか海中で自分自身を炎上させて海水温を上げて抵抗する。オーヌは氷柱をいくつか生成して飛ばすが、セレスは熱量の増加に糸目をつけず、やがて海中に陽炎が起こるほど煮立たせる。
『ちょちょちょ!無茶しすぎだって!』
セレスは熱量をその場に炎ごと残しながら、魔力糸をヒレに括り付けて急接近し、両手に魔力剣を生み出しながら回転の勢いをつけて一閃して頭部近くのヒレを折り取り、そのまま尾先に糸を突き刺して頸部から尾までを滅多切りにして離れる。オーヌが悶えつつも口から冷凍光線を放ちながら振り返り、海中に巨大化したダイヤモンドダストのような氷晶を形成し、まるで機雷のように両者の空間を埋める。それらと光線が放った冷気で視認性を著しく悪化させつつ、オーヌは一旦急潜航してから冷気を発しながら急浮上してセレスを狙う。
『下!』
「(ああ)」
セレスは懐からグレネードを取り出してそのままオーヌの口へ放り込んで急襲を回避し、食われたグレネードがオーヌの口内で爆発し、大量の電撃を発して冷気の制御を乱して怯ませる。そこを逃さず、メイスを呼び出して両手で掴み、内部からの衝撃で甲殻が剥がれた頭部を強打して潰し、鼻先を失って藻掻くオーヌの脳髄目掛けてゼロ距離で雷霆を叩きつけ、絶命させる。
オーヌの身体から莫大な冷気が放出されながら、力を失って海底へ落下していく。
「(ほら、慣れてるから)」
『えっと……本来なら討伐できればギルドランキング上位も目指せる大物なんだけど……まあ、いっか』
セレスは浮上しながら、再び目的地に向けて泳ぎ始める。
「(海の中はいい。静かで、どこまでも沈んでいけるようだ)」
『そうかな……私はちょっと、底が見えない感じが苦手かも。単純に怖いもん』
「(底のない……ああ、まるで人間の欲望、好奇心だな)」
『底のない、欲望かぁ……怨愛の修羅が焼き尽くした後でもこうやって、人間が強かに生きていけてるのも、その欲望のお陰なのかな』
「(さあな。だが少なくとも、生き物は争うことを捨てられない。そして争い殺し合うことが、自然の輪廻なんだ)」
『そう……だね。生き物は常に殺し合ってきた。水を啜って、草を食んで、肉を裂いて、骨が地面に還る……』
「(それが自然のあるべき姿だ。だからこそ、かつての、全ての争いを放棄した世界は、怨愛の修羅に滅ぼされた)」
『……』
やがて海底が迫り上がっていき、間もなく対岸に着くことを悟らせる。




