第五話「Rusting gash,Rusting gush,Rusting gouache」
斯界の底
『衛星が認識してる地図データと照合して……うわ、セレスって地図もなしにまっすぐアルマに向かってたの?ここまで来るとオカルトだよ』
泥濘を進みながら、フレスが変わらず駄弁る。
『パワードスーツや魔力はその辺の残骸から供給修復できるとは言っても、セレス自身の体力は大丈夫?』
「心配ない」
『うんまあ……私がモニターしてるバイタルサインからすると、ぜんぜん大丈夫なんだけどさ……あっ、セレス。この先はなんか……衛星画像から見ると何も変わんない。
ずっと真っ暗で、何も状況を把握できないの。
迂回しない?情報が少なすぎて、危険だと思うよ』
「……。どのみち、後で破壊することになる」
『でも……』
「それに、私が真っ直ぐアルマに向かっていることは、私に目をつけているギルド勢力も把握しているはず。当然、この先に人員を送り込んでも無駄死にさせるだけだとわかっている」
『あっ、そっちね。確かに一理あるわ』
無明の桃源郷
泥濘を越えて辿り着いたのは、霧のように闇が立ち込めた、不気味な施設の残骸だった。汗を流すだろうほど強烈だった日差しはまるで届かず、夜よりも暗くなっていた。
「見えないな……」
『広域レーダーもジャミングされてるみたいに黙ってるね……』
ともかくとセレスが真っ直ぐ前に進み続ける。多くの残骸には昏い蒼光がこびりついており、そこかしこに、消えない蒼炎が滾り続けている。
「……」
セレスが横目に蒼炎を眺める。
『どうしたの?』
「いや……この炎、何らかの意思を感じる。これは……とても強い、恨みの念だ。いったいどれだけの時間を、恨みのためだけに専心し続けたらこうなるのか……」
『恨み、かぁ……私にはよくわかんないけど、観測してる限りでは、通常の炎ではないみたいだね……』
次第に形を残した金属製の通路の残骸が姿を現し、盛り続ける蒼炎に対して抗い続けている。
「私もここに立ち入るのは初めてだが、ここまで過去の残骸が残っているとはな」
『そうだね……私もちょっと意外かも』
セレスが進み続けて施設のエントランスホールらしき場所に出ると、遠くから悲鳴が近づいてくる。
「うわあああああああ!助けっ……助けてくれえええええ!」
男が前方から叫びながら駆けてくる。
『服装からして、ギルド〈パーシュパタ〉の一般的な冒険者パーティ、身体データは勇者みたいだね』
「興味本位でここに入って、壊滅して逃げ出したんだろう」
男がセレスを発見すると、血相を変えて直進してくる。
「あんた!助けてくれ!騎士が……灰の騎士が……」
セレスが身構えると、男は頭上から降ってきた大柄な騎士によって、大剣で串刺しにされる。
「い……や……だ……おかあ……」
そのまま床に縫い付けられ、止めとばかりに深く差し込まれて蒼炎で焼き尽くされる。
騎士はこちらを向く。闇に汚れ、灰を被り、痩せさらばえた鎧の騎士は、全身に焼き裂かれたような傷跡を残している。
『こいつ……!ギルド〈アルメール〉所属のランキング四位、色付きのアッシュだ!』
「なるほど、次代の英雄として名を馳せた男が、こんなところを彷徨っていたとはな」
アッシュはセレスへ咆哮し、大剣を引き抜いて肩に担ぐ。周囲の蒼炎と闇が彼に渦を巻きながら取り込まれていき、わかりやすく殺意を向けてくる。
「英雄と殺り合うのも悪くない。ホワイトにやられたぶんの鬱憤を、晴らさせてもらおう」
アッシュが一気に踏み込みながら全身を使って大剣で薙ぎ払い、セレスがバックフリップで躱すとアッシュも同様に薙いだ勢いで回転しながら飛び退き、そこにセレスが右手で懐から取り出した魔力弾式のサブマシンガンを連射する。高速な弾速と精密な射撃によって全弾をアッシュに届けるが、彼の表皮を覆う蒼炎に阻まれる。アッシュは獣のように低く構えてから左手で跳ねて飛び上がり、大剣を下に向けて急降下してくる。セレスは右に飛び退きながら左手に魔力剣を生み出し、一気に出力を上げて踏み締めてアッシュの脇腹に叩きつける。彼は反射的に左腕を振って迎え撃ち、そのまま前腕部を断ち切られる。しかし振りに合わせて蒼炎が撒き散らされ、それらを受けてセレスは後退し、全身に魔力を流して消化しようとする。
「……ッ」
『消えない……!?意思を持って焼こうとしてるみたいに……!』
アッシュが向きを直しながら再び飛び上がり、今度は空中で前転しながら全体重をかけて兜割りを繰り出し、セレスはサブマシンガンを投げ捨てながら右に側転して躱しつつ、今度は兜目掛けて雷霆を撃ち込み、更に転がって離れてサブマシンガンを拾い上げて狙いをつけ直す。だがアッシュは雷霆の直撃を受けても構わずに再び飛び上がりながら前転し、空中で無茶な方向転換で合わせながらセレスに兜割りを繰り出し、判断が一瞬遅れたセレスが身を捩って大剣を避け、身代わりにサブマシンガンが木っ端微塵にされる。
『あぶなっ――』
アッシュは左腕を再生して伸ばしてセレスの肩を掴み、即座に大剣を突き出して彼女の腹を貫通させる。
『セレス!?』
「がふっ……」
そのままセレスは蒼炎に包まれて火達磨にされ、もう用はないとばかりに大剣を振り抜いて地面に叩きつけられる。
「フレス……」
セレスは燃やされながらも口を開く。
『ど、どどどどうしたら……』
「フレス……!」
『はひ!?なに、セレス!』
「ここ……は……外からじゃ……中の様子はわからない……んだよな……?」
『う、うん。そうだよ。周りの闇のせいで何も見えない……』
「わかった……!」
セレスは蒼炎に包まれたまま立ち上がり、立ち去ろうとしていたアッシュはそちらを向いて威嚇のように吠える。
「準備運動にはちょうどいい……!」
両腕を顔の前で交差させ、身体を丸めて力む。
「竜化!」
セレスのやや細い身体はみるみるうちに膨れ上がって筋肉質になっていき、長大な尾が生えた、マッシブな竜人へと変貌する。そして右腕に柄の長大なメイスを呼び出して握る。
「ハアアアァァァッッ!」
セレスが雄叫びとともに突っ込んでメイスを突き出し、アッシュはその直撃を受けつつも構わず大剣を返し、セレスがそれを左手で受け止め、メイスを振り上げて追撃を振り被る。だがアッシュも同様に左手でメイスを受け止め、そのまま蒼炎を伝わらせて燃やそうとしてくる。両者同時に離れ、互いの得物が激突して後退する。
メイスで地面を突き立て、ひしゃげて捲れた床の金属板を放り投げ、アッシュが前進しながら左拳で弾き飛ばし、続いて接近から繰り出してきたメイスの振りを頭を下げて躱し、下から斬り上げによってセレスの右腕を狙う。だがそこへ尾が割り込み、先端に配された鋭利な槍のような甲殻でアッシュの左脇腹を突いて突き飛ばし、振り返したメイスで頭部を強く撃ち抜いて大きく押し込む。
ダメージが蓄積し、蒼炎の勢いがやや衰えたアッシュは、再び渦を巻いて蒼炎と闇を取り込もうとする。セレスはその隙を逃さず、突進しながら尾先を向け、そこから魔力によって光線を照射して削り、アッシュが力を取り戻して迎え撃ち、メイスの殴打によって合わせられた大剣をへし折り、両手で掲げて構え、全力で振り下ろして叩き伏せる。
強烈な衝撃が地面に走り、アッシュから蒼炎が霧散する。
『エネルギー反応は……消えたみたい』
「すっきりした」
セレスはメイスを消しながら竜化を解き、振り返って先に進み始める。
『え、えーっと……』
「他言無用」
『わかってるって!』
彼女が立ち去ったあと、静かにアッシュは蒼炎を内側から噴き出して起き上がり、右手に大剣を再生し、再び闇の中へ歩み去っていった。




