第三話「失われた三千世」
残灰の砂漠
瓦礫に腰掛けたセレスが、雲一つない青空を見上げる。
「……」
『いい日差しだよね。世界が滅びたなんて嘘みたい』
「うん」
『そう言えばさ、セレスはなんで独立傭兵として戦ってるの?セレスくらい強かったら、ギルドに所属しとけば安泰に暮らせるよ?』
「……」
セレスは空を見上げたまま、思考の時間を稼ぐように右手を握って開いて、右膝を何度か軽く叩く。
「自由で、いたかったのかもな」
『自由で?』
「壊れないように何かを維持することに、疲れた」
『……。へ、へぇ〜。じゃ、じゃあさ、セレスは自由でいられたら、それで満足?』
「いや」
視線を水平に戻し、セレスは立ち上がる。
「自由であるためには、何かを維持するよりも遥かに強くならねばならない」
『強く……なりたいってこと?』
「そう。誰よりも強く……何にも縛られず、自由でありたい。そのために……怨愛の修羅の痕跡を、探してる」
『怨愛の修羅……今のこの世界を作り出した、天災……』
セレスはフィールドを立ち去り、再び砂漠を歩き始める。
「怨愛の修羅が最初に出現し、全てを破壊し尽くした始まりの地……政府首都アルマを目指してる」
『政府首都アルマ……って、全てのギルドが禁足地として指定してる場所だよ?あんな危険地帯、盗賊だって立ち入らない。強力なモンスターも、小さな微生物も、空気だって恐れて逃げ出すくらいのヤバいところなんだし……』
「だからこそ。リスクのない強さは、一般人にこそ必要だから。私みたいな……」
『狂人?』
「そう。狂人には、リスクがあるけど途轍もなく強い、それくらいでいい」
『でも……ギルド勢力全てを敵に回すことになっちゃうよ?もしそれでセレスが勝って、物凄く強くなったとしても……怨愛の修羅と同じ、人類種の天敵扱いされちゃうよ』
砂丘を登っていき、その頂点から見渡す。すり鉢状になったその区域は、メガストラクチャーの残骸が乱立する、まるで森林のような場所だった。
「全部殺せばいい」
『……ッ……』
フレスは電子音声ながらも息を飲み、セレスは構わずに続ける。
「仕事で敵を殺すことも、人間にとって迷惑だからモンスターを殺すことも、動物や、植物を食うことだって。
私は、選んで殺すことを上等だとは思わない。
平等に、私の手で殺し尽くす」
メガストラクチャー・ルインデルタ
セレスは残骸の森へ入っていく。砂地に突き刺さった残骸には、わずかばかりの蔦が巻き付いており、遠くかすかに水音が響いてくる。
「先に言っておく」
『なに?セレス?』
「私の考えに、ついていけないと思ったら。
すぐに言ってくれていい。
ちゃんと面倒を見てくれそうなギルドに預ける」
『いや、ちょっ……さっき会ったばっかりだし、皆殺しって普通に口からポロって出て来てびっくりはしたけど!
それはそれとしてこんなところで愛想尽かすわけなくない!?』
「そう。賑やかで楽しいからずっと居てくれると助かる」
『うわっ!?』
「?」
『褒め言葉知ってたんだ!?』
セレスはフレスの反応に少し笑みを零しながら進んでいき、残骸が折り重なって少々薄暗くなった中心地に到達する。
水面が出来るほど水が湧出しており、澄んだ水が底の砂地まで見透かしている。
「綺麗な水だ」
『うん。人体がそのまま飲んでも大丈夫そうだね。本当に汚染が少ない綺麗な真水だよ』
セレスが片膝をついて、右手で水を掬う。
「だが……」
口をつけて水を啜り、喉を鳴らしてから続ける。
「こんなところ、どこかのギルドが目をつけているに違いない」
『わ!わ!わ!メガストラクチャー周辺に敵性反応多数!囲まれてるよ、セレス!』
「まあ、新鮮な水を飲めただけでもいい。魔法で出すものは不味いし」
『そもそも魔法は一時的に他の物理現象を再現してるだけですぐに魔力に戻っちゃう……とかは今はどうでもよくて!』
「どこのギルド?」
『TA部隊最大手……ブリューナクだよ!』
「なるほど。だったらたぶん、ここの侵入者を抹殺するための無人機だろうな」
『あー、無人機かぁ〜じゃあ大丈夫だね!とはならないでしょ!』
「喚いてもしょうがない。この砂漠で、ギルドに目をつけられながら逃げおおせるのは無理。無人機を蹴散らして先に進むしかない」
セレスは水場を後にし、奥へ進んでいく。
メガストラクチャー・ルインデルタ 外周
残骸の森から外に出ると、外部からこちらの動向を把握していたのか、大量の無人型TAが待ち構えていた。
「よおよおよお、どんなネズミが俺たちのオアシスに近づいたかと思えば、最近話題の女傭兵さんじゃねえか」
やたらと貫禄のある、けれど短絡そうな声が響く。無人機の群れの中央に、脚部がタンク型の無限軌道となっている重装型のTAがいた。
『また色付き!?ランキング7位のオレンジだよ!?』
「水、美味しかったぞ」
セレスが尻込みせずそう返すと、オレンジは大笑いする。
「ヌハハハハ!この状況で笑えるぜ!普通なら女なんぞ取っ捕まえて回して砂漠に捨てるもんだが、この攻勢ならミンチも残らないかもなぁ!」
オレンジは右腕を上げ、大型ショットガンをセレスに向ける。それに応じ、無人機たちが各々の武器を構える。
『セレス、行けそう?』
「行けそうかどうかじゃなくて、殺すだけ」
無人機たちが一斉に右手に持つ銃を乱射し、セレスは左拳で地面を殴りつけて大量の砂を巻き上げ、魔力で固めて銃弾を受け止める。
「ハッ、その程度の魔法で止められるかよ!」
オレンジが左手に持ったグレネードランチャーを放ち、砂壁に砲弾が着弾して壁を崩壊させる。
『マジックジャマー……!』
「対抗魔法を詰めた弾頭か。高級品だ」
セレスは凄まじい密度の弾幕に晒されつつも、パワードスーツの防御力に任せて真正面から突っ切る。そして最も身近にいた無人機の頭上に飛び乗り、首を引き千切って無力化しつつ、制御を失って停止した右腕を持って豪快に身体ごと使って振り回す。余りにも素早い一連の動きに無人機の駆動制御AIがついて行けないのか、そのジャイアントスイングに巻き込まれて複数体が薙ぎ倒され、放り投げながら雷霆で撃ち抜くことで巨大な機雷とし、一定の動きで退避しようとして塊になっていた無人機たちを爆発に巻き込む。
そこへオレンジの大型ショットガンの散弾が飛んでくるが、体表に魔力の流れを作って子弾を受け流しながら接近し、走りながら退いていくオレンジに一瞬で肉薄して強烈な打突を胴体に叩き込む。
「ごあああああっ!?」
激しく後退させられつつも、なおセレスが張り付き、右側の無限軌道を力尽くで引き千切られる。即座に脚部の右側が砂にハマり、身動きが取れなくなる。
「てめえ……!」
オレンジの怒りの声を遮るように、フレスの声が聞こえる。
『セレス!なんか高速でこっちに飛んできてる!』
「……!」
感じた強大な殺気を避けるために大きく飛び退くと、上空を超高速で通り過ぎていく何かの攻撃が、寸分違わずオレンジを貫く。
「うぐ……ぉ……」
突き刺さったのは大型の撃針で、高速かつ高度からの攻撃だったにも関わらず見事にコックピットを貫いており、独創的な墓標にも見える。
「死んだな」
『一応色付き……だったんだけど』
「単に強いと言っても、こいつは単独の強さよりも指揮能力に秀でてる方だったんだろう」
セレスがオレンジの横を通り過ぎると、撃針が展開して連鎖爆発を起こし、砂漠に新たな残骸を撒き散らす。
「今日は色々ある日だ」




