第十一話「とこしえに眩みし無縁浄土」
平原を越えて塔の麓まで辿り着いたセレスが見上げる。
「アルマを覆う覇気の発生源は……ここか」
『ううっ……この、名状し難い圧迫感……セレスは大丈夫……?あたし、ちょっと怖いまであるんだけど……』
「置いていくぞ」
『やーっ!ちゃんと着いていくって!』
雑談を交わしながら、セレスは塔の内部へ向かう。
政府首都アルマ地下 黄金の枢機
内部は酷く損壊しているが、上部へと伸びた無数の管が未だに残っていた。
「妙な施設だな。崩壊前の世界にあった、金管楽器とやらか?」
『にしてはデカすぎる気がするけど……』
見学もほどほどに、セレスは折り重なって階段のようになった瓦礫を上がっていく。その先には、同じように荒廃してはいるものの、かつては豪奢だったのだろう広い通路に出る。壁が剥がされており、そこを始点にして、セレスの胸元あたりの高さに一直線の傷が通路の先まで壁に刻まれている。
「怨愛の修羅に焼かれた、というわけではないようだが……それでも激しい戦闘の跡があるな」
『う、うーん……なんか……』
「どうした?」
『なーんか、既視感が……』
「そうか。フレスが既視感を感じるのなら、ここは崩壊前からあった施設なのかもな」
『いや、そうじゃなくて……うーん、凄く大切で、凄く嫌な記憶のはずなのに……』
「フレスはAIだが、これだけ高度な会話が可能なのなら、何か雛形になったものがあったんだろう。デジャブか何かで混濁しているんじゃないか」
『そう、なのかな……』
通路を進むと、丁字路に差し掛かる。正面先は崩落が激しく、左方向には明らかに豪華な一対の扉があった。
「……」
『セレス……心臓の拍動が乱れてる』
「今にも握り潰されそうだが……それ以上に……求めているものが、眼の前にある興奮が勝っているんだ」
逸る気持ちを抑えながら、セレスは扉を開く。
黄金の枢機 評議会
扉を開いた向こう側は、広い平面のフロアと、その正面の壁面に備えられた、平面を見下ろすような議席、更にその背後に大きな窪みを誂えた巨大なパイプオルガンが配されていた。
「……」
壁面の一部が激しく損傷している他、子供のものと見られる白骨が扉近くに放置され、内部もまた、激しく焼かれた痕跡がある。
『中、こんな風になってたんだ。……ここで、あいつが戦ったんだ』
「フレスが言っていた、惚れた男の話か?」
『あっ……覚えてたんだ』
「ああ。フレスのする雑談はその男の話ばかりだったからな。コーヒーが好きだとか、大柄で筋骨隆々だとか、優しくて気が利くとか」
『でも……顔は全然思い出せないんだよね』
「思い出す必要はないわ」
二人の会話を遮るように、議席から声がする。セレスがそちらを見上げると、中央にある議長席に女が座っていた。真紅の長髪を携え、冷酷で嗜虐的な表情を貼り付けたその女は、こちらを見ながら言葉を続ける。
「ようこそ、独立傭兵セレス。イエローと私以外に、ここに辿り着く者がいるとは思わなかったけれど」
『ギルドランキング一位、〈パーシュパタ〉所属のレッド……』
「こいつが……?」
セレスが怪訝な表情を見せると、レッドは余裕を持って微笑む。
「ふふ、フレス・ベルグ……まさか怨愛の修羅、その誕生に立ち会った上で、時を経てこんなところまで流れ着いてしまうなんて……なんて愚かな鳥なんでしょうね」
「(フレスのことを把握しているのか……)」
『……』
「かつて、この世界で行われた最終決戦。そうして獣たちは楽園に辿り着き、宙核は怨愛の修羅を生み出し……夢見鳥が、新たな規範の支配者となった」
「何の話をしている」
「この物語をなお覗き込む、狂人のために伝えているのだわ」
レッドは立ち上がる。
「淵源の光は、全てを教えてくれた。この世界の外、この世界がどうやって作られたのか……そうなってしまったら、私はこんな世界で争い続けることも、いつか怨愛の修羅に全てを焼き払われるのも、全てが馬鹿らしくなった」
議席を飛び越え、レッドがセレスの前に着地する。
「だから私は、光が教えてくれた……理外の覇王の力を求めた」
「理外の覇王……だと?」
「そう、かつて三千世界の全てを超越したという、最強の覇者……私はそれを以て、何者にも干渉できない、絶対の存在となりたい」
レッドの身体が突如発火し、全身を炎が覆う。
「怨愛の炎か……?」
『違う。これは……確かに高出力ではあるけど、普通の炎だよ』
「当然でしょう。私は誰も愛せない、憎めない。それでも私は例外になりたいのよ、特異点に」
レッドが右手を伸ばすと、逆手に真紅の長剣が生み出されて握られる。
「さあ、セレス。その鳥のお守りを止めて、眠りなさい」
セレスが応じるように構える。
「断る。フレスが居ようが居まいが……私の目的が変わることはない」
「おめでたい人ね」
レッドが長剣を順手に戻して振ると、空間に縦向きの斬撃――斬閃――が複数配置され、固定される。セレスが初手で放出していた魔力糸がそれに触れると起動し、大量の斬撃を撒き散らしながら爆発し、消滅する。レッドが斜め後方に飛び退きながら左手に大槍を生み出して投げつけ、再びセレスが糸を伸ばしてレッドに突き刺して大槍の着弾と爆発から逃れ、衛星のように動きながら、懐から修復したサブマシンガンを取り出して乱射する。レッドは空中で姿勢を制御しながら左手に長剣を瞬間移動させて腹を向けて弾丸を弾き、セレスは右手に淵源の蒼光で象った長剣を生み出す。
「ルナリスフィリア――」
レッドがそれに驚いて一瞬硬直し、その瞬間に魔力糸を引いて肉薄し、レッドの長剣と激突する。
「耳学問で全てを知った気になっているんだな、お前は」
「煽って技が崩れるほど若くないわ」
強く弾いてから長剣を右手に移して振り被る時間を省略し、セレスは左手にも蒼光剣を呼び出して迎え撃ち、右手の蒼光剣を逆手に持ち直してレッドの側頭部を狙って突く。レッドは周囲の空間を歪めて速度を遅め、素早く着地して逃れる。
『空間魔法……!』
「今更ただの魔法でどうこうなると思っているとはな」
レッドが長剣を振り抜き、セレスの周囲の空間に大量の斬撃を巻き起こすが、セレスは自身を雷霆に変えて瞬時に着地し、そのままの勢いで突進して双蒼光剣を交差して振り抜く。縦向きにされた長剣で受け止めながら衝撃で後退しつつ、左半身を引いて構え、居合のように振り抜き、蓄積した衝撃を斬撃として飛んでいき、セレスは蒼光剣の弾幕を形成して飛ばして迎撃しつつ、左手に握っていたものも投げつける。レッドが右半身を引いて両手で長剣を振り上げ、地面から巨大な炎の壁を生み出して弾幕を阻み、それでも擦り抜けた蒼光剣へとセレスが瞬間移動し、降下しながらの一撃をレッドが弾き、続いて長剣に叩きつけるように蒼光剣を振り、強烈な衝撃で硬直した蒼光剣を左逆手で迎えに行き、もう一度衝撃を与えてから右拳で強打してレッドを押し飛ばし、凝縮した蒼光剣を連続で打ち込み、右手に移した蒼光剣に力を注ぎ込んで一閃し、長剣をへし折る。
「ちっ……!」
間髪入れずに蒼光剣を雷霆に変えて投げつけ、レッドを貫いて爆発する。
「イエローとアッシュを倒しただけはあるようね」
「出し惜しんでる暇があるなら本気で来たらどうだ?」
「恐れる必要はないわ、セレス。死に急ぐ必要もね」
残った電撃がレッドの体表で暴れる。
「あなたも、そのAIも、残さず私の糧にしてあげる」
力むと帯電していた電撃が消滅し、レッドを中心として凄まじい力の波動が巻き起こる。
「そうだ……付け焼き刃の力ではなく……お前本来の力を見せてみろ……!」
『凄い力……ッ!人間がこんな出力を補助もなしに……!?』
レッドは自然に浮き上がり、自身を抱くように両腕を交差させ、顔を埋める。力の嵐の中でレッドの双眸が輝き、一瞬姿が完全に消える。
「竜化……!」
力の嵐を引き裂きながら、竜化したレッドがその姿を現す。翼と前脚が合体し、翼端から豪壮な関節剣のような副尾が二本棚引く真紅の竜となった彼女は前脚を大きく開いて咆哮し、濁った金色の瞳を輝かせて着地する。
「なるほど、その姿なら見覚えがある」
『パーシュパタの機関誌、〈ハスラーワン〉の表紙……正真正銘の最強、レッドの竜化体……!』
副尾がカラカラと軽い骨の音と、甲高く小さく纏まった金属音を同時に撒き散らす。竜の中でも大柄な肉体と、まるで重装備の騎士のような風貌が、凄まじい圧力を放つ。
「この心臓を握り潰すような覇気がお前から出ているのだとすれば……」
セレスも竜化し、装甲を圧縮しながら尾を展開し、天を仰いで咆哮する。
「お前を殺して、私が特異点になってやる!」
レッドが右前脚を振り下ろし、当然副尾が続いて地面を抉り、風を切る音とともに重量で刻みつける。セレスが飛び退いて躱しながら前方に転がりながら突っ込み、レッドは左前脚を軽く振って副尾で薙ぎながら返し、そのまま後退していく。二度の振り抜きを器用に高度を合わせて副尾の隙間を通り抜けながらなおも駆けて詰め続ける。レッドは副尾を震わせながら四脚で地面を捉えて力み、副尾に凝縮したエネルギーを、両前脚を振り抜いて叩きつけ合うことで爆破させ、セレスに回避を強要する。
「これは……!」
『闘気!?』
「遅いッ!」
セレスが空中を舞うところへ、既に硬直から解放されたレッドが飛びかかりながら右副尾での斬撃を叩き込みながら先端を丸め込んでセレスを捉え、共に着地してから締め上げる。
「うぐっ……!」
「私の人生で見たことない……あなたのような、輝く決意に満ちた人間は……!」
締め上げながら、左副尾も絡みつけて四重に締め上げる。
『セレス……!構造的に脆い部分が多いよ!関節部分を切断して……!』
「(任せろ……!)」
セレスが副尾に掴みかかり、渾身の力で引き千切ろうとする。
「ッ……!?」
しかしびくともせず、その上で力が抜けていく感覚に陥る。
『セレスのエネルギーが……吸い取られてる……!?』
「なるほどな……生命エネルギーを獲物から直に吸い上げられるなら、最強なのも宜なるかなと言うところ……だな!」
セレスは全身から淵源の蒼光を発して出力を取り戻し、両腕を掲げて手刀にし、全ての副尾を一気に切断して逃れ、反動でレッドは転がりながら後退し、吸収したエネルギーを転化して一瞬で副尾を修復する。
「ハハハハッ!セレス!本当に素晴らしい精神だわ!」
レッドが再び四脚で力み、激しく副尾を動かして交差させながら、副尾全てに最大出力の闘気を噴出させる。
「あなたの精魂を吸い尽くせば、きっと私は……さあ!私を理外の高みへと導いて、ルナリスフィリア!」
「ウルアアアアアアアアア!」
セレスが両足でしっかりと踏み締め、装甲を展開しながら再び蒸気を噴出させ、更にバルクアップして大柄に変異し、装甲の隙間から淵源の蒼光を眩く放つ。
『うわっ!?なになに!どうなってるの!?』
「ウガアアアアアアッ!」
セレスが猛獣のごとく吠え猛り、全身から蒼炎を噴き出し纏う。レッドが右前脚を振り下ろし、右副尾を同じように振り下ろすと、セレスは直撃も構わずに特攻する。鋸のように削り取りながら闘気の爆発が起こって追撃し、しかしセレスの左手刀で副尾を切断させ、自身の尾を凄まじい勢いで射出する。レッドは右副尾を修復しつつバックジャンプで滞空し、空中から突進してサマーソルトで尾とともに副尾を振り抜き、副尾が薙ぎ払った前方に闘気の爆発を連続で起こす。セレスは爆発の直撃を受けながら、メイスを右手に呼び出してそのまま空中のレッドの、サマーソルトを繰り出している最中の背中に直撃させ、メイスが瞬間砕けて凄絶な雷撃を起こして体勢を崩させる。だがレッドは甲殻の狭間から闘気を器用に噴出して身体制御して向きを整え、副尾を下方に向けて急降下して突き立て、大量の闘気爆発を前方に起こす。またも回避を放棄して直撃を受けつつも尾を伸ばし、レッドの首に巻き付けて自身を引き寄せて急接近し、頭部に右爪を突き刺し、そのまま引き千切る。レッドは大きく仰け反り、しかし頭を喪失したまま副尾を戻して力み、渾身の闘気を解放して、波濤のように粉砕しながら進んでいく。セレスはレッドの頭を握り潰して吸収しながら、右手にアッシュの大剣を呼び出し、右半身を引いて構え、刀身を蒼炎で覆い尽くして全身で投擲する。そして容易に闘気の壁を引き裂き、レッドの胴体を刺し貫く。
「アハ、アハアハハハハハ」
レッドは頭部を失ったまま乾いた笑いを溢し、数歩下がって頽れる。
「……」
セレスが黙して竜化を解き、背を丸めて肩で息をする。
「あなた……終わりね……二度と、人間として生きていけるなんて、思わないことよ……」
「元から……未練などない……」
「あは、はははは……人類種の天敵の……一部として……ずっと生きていけるのなら……妥協点としては……これ以上ない……」
レッドは灰になって崩壊し、大剣が貫いた核だけが残される。セレスは大剣を拾い上げ、核を引き抜いて大剣を背に戻す。
「……」
『セレス……』
フレスの言葉に答えず、核を砕いて吸収する。
『また……あたしから……どっかに、行っちゃうんだ……』
間もなく、フレスの反応がパワードスーツから消える。
「……。行こう」




