第十話「古びた火の王」
政府首都アルマ地下 大空洞
無明の闇の中を降下していき、空間認識能力が狂う程度の時間の後に着地する。
「しかし……アルマの地下に、こんなところがあったとはな」
『そうだね……あ、言うまでもないと思うけど、広域レーダーは沈黙してる。あたしのサポートも……』
「大丈夫だ。フレスは賑やかしてくれるだけでいい」
『なんかそれ、遠回しに役立たずって言ってない?まあいっか』
位置関係がわからないような一面の闇の中を歩き始める。
「……」
セレスが細い呼吸をしながら、顔を顰める。
『そう言えば、イエローから貰ったあの球体……中に、彼女の情報が色々と集積されてたよ』
「……。そうか」
『うん。イエローは〈アルメール〉所属の色付き、ギルドランキング八位……さっきも見たけど、綺麗な金髪を指してそう呼ぶようになったんだって。
かつてはアッシュを含めて四人パーティーで冒険してたみたい』
「ふむ……痴情の縺れでもあったのか?」
『本人が書いてることから推測するだけだけど……アッシュとイエローは恋人関係だったって』
「それで、あの施設の残骸で全滅し、アッシュがイエローを逃がした……ということか?」
『うん。あの蒼炎は〈怨愛の炎〉……憎しみに反応して蒼く、愛に反応して赫く燃えるらしいよ。
そしてここを包むものは、〈無明の闇〉……』
「無明の闇、か」
やがて立ち込めた闇が晴れていき、霞んだ太陽が照らす、灰と煤に覆われた平原に出る。
政府首都アルマ地下 淵源の砂丘
地平線の果てには、楽器を模したような超巨大な塔が壊れかけて鎮座していた。
『なに、ここ……』
「あの建物……どうにも見たことがないな。崩壊前の物でもないようだが……」
『レーダージャミングは継続中……ここがアルマの地下なのかもわかんないよ』
セレスは変わらず歩を進め、坂を下っていく。平原は赫と蒼、二色の炎が燻り、空には同じく紅と蒼、それに白の蝶たちがまるで火の粉のように舞っている。
「今の世界の砂漠より、よほど荒廃しているな……」
『うん……』
灰の海から僅かに顔を出した残骸を見つけ、セレスはそれを引き上げる。それはどこかの施設の看板のようで、酷く損傷していた。
「〈吸 人 最 議 アウ ム パ テオ 〉……読めないな。この世界の建造物の名前か?」
『うーん……最高評議会、っていうのはまだ推測できるけど……それ以外は固有名詞っぽいからわかんないね……』
「まあいい。学者の真似事をしても意味はない」
セレスは金属製の看板を投げ捨て、平原を進む。緩やかな坂になっている平原の中央、最も海抜が低い地点に辿り着く。
「何か……とてつもなく恐ろしい気配が……」
そして前方の空間が爆発し、凄まじい勢力の蒼炎と共にアッシュが現れる。
『アッシュ!?なんで!?』
「イエローの狙いはこれか」
アッシュは変わらず大剣を持って、亡者のように重く一歩一歩近寄ってくる。
「れぇえい……」
「……?」
セレスが構えると、彼女の身体から意図せず淵源の蒼光が粒子となって立ち上る。それを見た瞬間、アッシュは上体を反らして発狂し、全身から蒼炎を吹き出す。
「れぇえええええええええいぃぃぃぃぃいいいいいッ!!!!!!」
アッシュは飛び上がり、宙返りしながら大剣を振り下ろす。セレスは素早く回避しながら大きく逃げ、態勢を立て直す。
「なんだ……!?」
『凄い出力……爆発的な感情エネルギーの増大を検知!』
「なんて憎しみだ……!」
セレスが狼狽えているところへアッシュが一瞬で接近し、体重をかけて大剣を振り下ろす。セレスは自分の冷静さを一気に引き戻して大剣を躱しながら翻ってステップを踏み回り込んで、猛烈に強化された雷霆をアッシュの背に叩き込む。が彼は仰け反りも怯みもせずに全身を使って回転斬りを繰り出しながら向きを合わせつつ飛び退き、セレスもバックステップでそれを躱しつつ、アッシュは力を込めて前方を薙ぎ払い、蒼炎による強烈な熱波を飛ばす。セレスが地面を殴って魔法陣を展開しつつ、瞬時に水柱を立てて熱波を凌ぎ、重ねて大剣による刺突で水柱の壁を貫通し、見切っていたセレスが頭上から強烈な威力を以て雷霆を叩き込み、爆発とともに直線上に落雷を連続で起こして強引に押し込む。
「ちっ……衝撃は与えられても生命を削り落としている感覚が無いな……」
『この人は……生きてる……んだよね……?』
アッシュは縮こまった身体を強引に動かし、上体を上げて咆哮する。セレスが構え、力むとともに大量の粒子が舞い上がると、彼は再び発狂し、大剣を掲げて爆炎で包み込む。
「この光に反応しているのか……?」
『じゃあ、もしかして……』
「よっぽどこの光が憎いらしい」
獣のような姿勢だったアッシュは堂々と二足で立ち、威圧感を帯びながら、蒼炎が螺旋状に絡みついた大剣を構えて歩み寄ってくる。
「古びた火の王……」
アッシュは一気に踏み込んで刺突を繰り出し、セレスが軽く後退して躱すと、彼は今までの乱雑な戦い方ではなく、整然と再び踏み込みながら斬り上げてくる。それも躱すと、最速の回避を潰すように一拍溜めてから炎でリーチを伸ばしながら前方を薙ぎ払ってくる。その軌道を潜るように避けながら斜め後方に飛び上がり、大剣の防御を回り込むように雷霆を二発繰り出すと、アッシュはハンドスプリングで後転して躱し、左手に蒼炎で棚引く旗を巻き付かせた旗槍を生み出し、それを投げつけてくる。強く踏み込んで瞬間移動のように右に躱し、旗槍が元いた場所へ突き刺さって大爆発する。そのままセレスを追って旗槍の幻影が大量に降り注ぐ。
『こ、これ!魔力じゃない!魔法でもテクノロジーでもない!完全に原理が不明な攻撃だよ!?』
「もっと根源的なものか……!」
セレスは右手に魔力剣を呼び起こしながら駆け抜け、その軌跡に魔力剣をばら撒いてアッシュへ射出していく。アッシュは甲高い音とともに大剣の柄を大幅に伸長して槍のごとくしながら、胸を張って全身から衝撃波を放って魔力剣弾幕を対消滅させ、両手で槍を掴んで力み、セレスの移動先に飛び上がって斜めに切り込み、地面に槍を突き立てる。セレスは飛び上がって爆発から逃れながらアッシュの首に左手から魔力糸を伸ばして突き立て、一気に近寄りながら魔力剣の一撃を加え、着地しながら糸を一気に引き絞って強引に再接近しながら左手にも魔力剣を呼び出しながら高速回転して斬撃をアッシュの背中に叩き込む。しかしアッシュはよろけず怯みもせず、素早く翻りながら左拳で殴りつけて滞空させ、そこに柄を戻した大剣の振り下ろしで叩き伏せる。致命的な追撃を重ねようとしたアッシュの動作を妨害するために竜化して質量を一気に増大させ、衝撃で押し返す。最初から甲殻を圧縮して尻尾を展開し、間髪入れずに尻尾を伸ばして刺突を狙う。後退していたアッシュの胴体を刺し貫いてなお動き続けて、本体を引き寄せて掴みかかると、アッシュは大剣でセレスの両腕を受け止める。
「れい……れいぃ……れぇえええええええええいぃぃぃぃぃいいいいいイイイイイイイッ!!!!!!」
アッシュは再三となる発狂を見せ、そのまま紫光を放って竜化する。俊敏性を重視した細い下半身に、筋力に特化したマッシブな上半身、そして槍のような尾が生え、拳の先に杭のような爪も生まれ、前腕部に荒目の鋸のような刃が備えられている。
竜化した衝撃でセレスは吹き飛ばされ、貫通していた尾も強制的に引き戻される。
「なるほど、これが“怨み”の正体ということだ」
『こんなの……!』
セレスが尾を自身の前方に侍らせ、帯電させる。そして淵源の蒼光で整形したメイスを掴み、飛びかかる。尾で地面を削りながら振り上げ、アッシュは全身から迸る蒼炎でそれを無効化しつつ、右腕の刃でメイスを迎え撃つ。火花を散らして削り合い、飛び上がって慣性を殺しながら振返し、左腕の縦振りで弾かれ、続く右腕の一撃により、鋸目に合わせてメイスの柄を削り取られてへし折られ、体当たりから左拳を受けて激しく吹き飛ばされる。
「ぬぅううっ……!」
『ダメージが蓄積して……!?』
セレスが受け身を取りながら地面を滑り、その合間でフレスが驚いた声を上げる。
『セ、セレス!』
「どうした……」
『傷が勝手に治ってるよ!?』
「フレスがエネルギーコントロールしてくれてるわけじゃなくてか……?」
アッシュが両腕の鋸を擦り合わせて火花を散らし、右刃を地面につけて振り抜くと、直線状の蒼炎が凄まじい勢いで突っ込んでくる。右にサイドロールして躱すが、即座に重ねられた左刃の一閃が直撃し、両腕を交差させて受け止める。
「うぐぉああああッ……!」
攻撃を受けてその場で硬直するセレス目掛けてアッシュが飛び上がり、前方に着地しながら左拳で地面を殴りつけ、凄まじい威力の螺旋状の蒼炎で飲み込む。
『セレス!』
フレスの声が遠巻きに聞こえ、意識が奪われていく。
「(これは……アッシュの意思では、ない……
これは……怨み、憎しみ、劣等感、そしてなによりも……
憧れ。
蒼い光……それを帯びた絶対強者への……憧れ。
ああ、そうか……)」
セレスは蒼炎の嵐の中で立て直し、メイスを再度呼び起こして振り、アッシュの左刃をへし折って攻撃動作を中断させ、ついに仰け反らせる。流れるような動作でメイスを構え直して右腕に動かし、全身を使って打突を腹に打ち込み、重ねて落雷で撃ち抜き、メイスの先端を蒼光で刃に変え、薙ぎ払って斬撃を加える。
立て直したセレスの全身からは白煙が上がり、焼き裂かれたような文様が刻まれている。アッシュは肩で息をしつつ、折られた左刃を修復する。
『高エネルギー反応、継続中だよ……』
「ああ。今の一撃でわかった。アッシュは……もう、自我を失っている。今のやつを動かしているのは、別の何かの意思だ」
『それって……』
「これが、イエローの言っていた愛情というやつらしい」
アッシュが踏み込み、一気に速度を高めて突進を繰り出す。セレスがそれを避けると、アッシュはそこを起点として大きく三角形を描いて軌跡に蒼炎を残しながら元の位置に戻り、飛び上がってから全身に蒼炎を纏って突貫してくる。セレスは敢えて躱さずにメイスで受け止め、全身から蒼光を発して抗う。全力で抵抗して押し切ってアッシュを地面にめり込ませ、飛び上がってからメイスで脳天をかち割る。止めとばかりに右拳でメイスの柄に全体重をかけて引き裂き、アッシュを両断する。半身はそれぞれ地面に倒れ、文字通りの灰となって混ざる。
「……」
セレスが竜化を解き、堪えきれずに片膝をついて崩れる。
「はぁ、はぁ、はぁっ……」
『セレス……』
その場に突き刺さったアッシュの大剣を抜き、背に収める。
「心配は要らない。まだ戦える」
『うん……』
「あの塔を目指すか……」
少しだけ溜息を漏らし、セレスは歩き始める。




