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「ケリーが閉じ込められているの。わたしくは何も出来なくて。お願いですから、ケリーを助けて下さいませ」
彼はアリサの必死な願いに、柔らかい笑みで返した。
「アリサ様、大丈夫ですよ。私にお任せ下さい」
ズボンのポケットから鍵束を取り出し、その内のひとつをつまみ上げて鍵穴に入れる。ロックを解除し、ドアを優しく開けると、ケリーが倒れ込んできたので受けとめてから声をかける。
「おっと、大丈夫ですか?」
彼の声に反応したケリーが謝罪した。
「すいません。大丈夫です。お手数をおかけしました」
ケリーは彼にお礼を言ってから立ち上がる。意識を失って倒れたとかでなく、急にドアが開いたためにバランスを崩して倒れただけだった。
身を案じたアリサが心配そうに見つめている。
「ケリー、大丈夫なの? 無理をしてはいけませんよ?」
「お嬢様、ご心配をおかけしました。急にドアが開いたのでよろけてしまいました。お恥ずかしい限りです。商業ギルドのあなた様にもご迷惑をおかけしました。えっと失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「そうだわ。わたくしもお名前を存じておりません」
両手を合わせるような仕草してアリサも彼の名を知らないことを告げた。
「これは大変失礼しました。貴族様に名乗るのも憚られたので申しておりませんでした。わたしはバーンズと言います。アリサ様、ケリー様」
バーンズは右手を胸に当て、頭を下げて謝罪する。
彼の名を知ってアリサは嬉しそうにしている。
「お名前を聞けて良かったですわ。ところで、わたくしはケリーが閉じ込められた原因をすごく知りたいのです。ケリー、教えていただいてよろしくて?」
アリサのケリーにした質問を気になっていたバーンズも便乗するようにお願いした。
「私も気になっておりました。ケリー様はどうして閉じ込められたのでしょうか? 教えていただけたら幸いです」
ケリーは右手を頬に当てて思案する。アリサが怯えるといけないのでどうするか迷った。嘘を言うわけにもいかず、事の経緯を二人に話すことにした。
「この部屋から物音をした原因を知りたくて部屋に入ろうとしたのです。最初は鍵がかかって入れずに、住民の皆様にご挨拶が終わって戻ってきたら、不思議なことにドアが開いてたのです。それから部屋に入って捜索しましたら、クローゼットを開けると黒のローブを着た男性の幻を見ました。振り返ったら居なくなってましたが、怖くなった私は急いで玄関に向かいました。しかし、いくらドアノブを回しても扉が開かなくて外に出られませんでした」
ケリーの話を聞いたバーンズは小さい声で独り言をつぶやく。
「クリプトの呪い」
呪いと聞こえたアリサはバーンズに尋ねた。
「えっ? バーンズは何を仰られたの?」
自分の呟きを聞かれていたことを知ったバーンズは、恥ずかしそうに頭を掻きながらはにかんだ。
「これはアリサ様。ただの独り言です。気にしないでください。とりあえず私は扉を調べますね」
バーンズはそう言うと玄関の扉を調べ始めた。外側のドアノブを回したり、内側のドアノブを回したりと真剣な表情で調べている。
アリサとケリーはバーンズの様子を固唾をのんで見守る。
1分もしないで作業を止めたバーンズが二人に語りかけた。
「どうやら鍵が壊れてますね。ロックがかかったり勝手に解除したりします。特に内側のドアノブを回しても開かないようになっていました。ケリー様が閉じ込められたのはそのせいですね。部屋の点検が終わったら修理しておきます」
原因が分かりケリーは安心したのか不安な表情が晴れていた。
「よかったです。私ったら変なものを見てしまったもので、幽霊にでも閉じ込められたと思いパニックになっていました。バーンズさん、原因を教えて頂いてありがとうございます」
「わたくしからもお礼を言わせてくださいませ。ありがとう存じます」
「ご丁寧にありがとうございます。では私は部屋の点検に向かいますね。アリサ様、ケリー様、失礼します」
バーンズは二人に頭を下げた後、扉が完全に閉まらないようにドアの隙間にストッパーを挟んでから部屋に入って行った。
彼を見届けるとケリーがアリサに振り向き、声をかける。
「ではお嬢様、お家に帰りましょうか」
直ぐに家に戻る気が起きず、外の空気を吸って気分転換したいと思ったアリサはケリーに提案してみた。
「家に戻っても誰もいないのですから、少しでいいから散歩したいわ。駄目かしら?」
「そうですね。私も散歩したいと思ってたので丁度いいです。行きましょう」
階段を下りている最中にアリサは気になっていた事をケリーに尋ねた。
「さっきバーンズはクリプトの呪いと呟いてましたが、ケリーは何か知っていて?」
「クリプトの呪いですか、私は存じておりません。後で旦那様達に聞いておきましょうか?」
「いいえ、お父様たちを心配させるのも悪いですから大丈夫です。わたくしの聞き間違いかも知れませんし」
薄暗い階段を一階まで降り、外に出ると気持ちよい風が吹いていた。アリサは目を閉じて新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。横目で見ていたケリーも真似している。春の息吹を感じるような草花の匂いが鼻をくすぐる。遠くから楽しそうな子供たちの笑い声が耳に届いた。
しばらく歩いていると煙突から煙が出ている小屋が見えた。
「ケリー、あの建物は何ですの? 煙が出ていますけど」
アリサに言われてケリーは建物を見た。
「ああ、あれはゴミを燃やす建物です。前のお屋敷にはゴミを処分する魔道具がございましたが、あれは高価ですし、それなりに魔力も要ります。平民には燃やして処分する方が手間がないのですよ。ここは集合住宅なので捨ててよい日が決まっております。私も朝方に捨てて参りました」
ゴミ捨てなどしたことがないアリサには、平民の生活が知れたことが嬉しかった。
「ケリーは物知りですね。いつも助かっておりますよ」
「恐縮でございます。このようなことであればいつでも尋ねてください」
慌ただしくゴミ捨てに向かう住民を想像してアリサはくすりと笑うと、その場を後にした。
しばらく敷地内を歩いていたのだが、住民達から遠巻きに見られていることに気づく。アリサは自分が貴族だから仕方ないと思っているが、同じ住宅に住む仲間だから少しは仲良くしたいと考えている。どうにかしたいが妙案を思い付く事はなかった。
モヤモヤした気持ちで歩いていたが、前方に地面に何か描いている女の子が見えた。何をしてるか知りたくてアリサは近づいていく。アリサ達の足音に気づいたのか、女の子が見上げてこちらを見た。
女の子と会話したいアリサは声を掛けた。
「何を描いているの? わたくしにも見せてくださる?」
女の子はアリサの呼びかけに答えないで黙っている。急に立ち上がると背を向けて走り去ってしまった。
女の子の姿が見えなくなるまで見ていたアリサはため息をこぼす。誰にも受け入れてもらえない事でアリサを虚しさが包み込んだ。
「ケリー、わたくし疲れました。帰りましょう」
「はい、お嬢様」
さっきまで辺りにいた住民もいつの間にか姿が見えなくなっており、その場に残された二人の家路につく足取りはいつもより重くなっていた。
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