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商業ギルドから指示された使用人の男達が荷物を部屋まで運び入れてくれる。ミレイアとしても初めて出会った他人に自分らの荷物を任せることには抵抗はあるが、一人しかいない我が家の使用人にすべてを任せることは無理なのは分かっている。家具などは重いので女性であるケリーにはそもそも不可能なことだ。
建物の前に止められた4台の馬車の荷台から家具や木箱を取り出して運んでいる逞しい体つきの男たちは、汗をぬぐいながら慣れた手つきで作業をこなしている。6階建ての各階に4家族住める集合住宅では、2棟並んで建っており、アリサ達は303号室と書かれた部屋を借りている。
下級とはいえ貴族なので商業ギルドは眺めのいい6階の部屋を進めていたが、階段の上り下りが大変との理由でミレイアが拒んだ。アリサとしては6階が良かったのだが、両親を思えば仕方がないと受け入れた。
1時間かからず全ての荷物は運びこまれた。ミレイア指示のもと、必要な場所の設置まで完了している。
4部屋ある中で出窓が付いている部屋を自分の部屋にしてもらったアリサは、ベットの上に腰かけてため息をついていた。
内見に来た時に感じた気持ち悪さが頭から離れていない。ここしか選択肢が無かったとはいえ、できることなら前の家に戻りたかった。ベッドに置いてあった女の子のぬいぐるみを手に取り、ギュッと抱きしめる。
コンコン
ドアがノックされた音に思わず身構えたが、知っている声が聞こえた。
「お嬢様、宜しいでしょうか?」
使用人のケリーの声だ。
「はい、どうぞ」
返事を返すとドアが開きケリーが入ってきた。柔らかい笑顔のケリーを見ると少し安心する。母親より5歳年上で37歳のケリーにはいつも助けてもらっている。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
ケリーはベッドの前に置かれたローテーブルまで移動すると、手に持っていたトレーをいったん床に置き、テーブルの上を拭いている。引っ越してきたばかりで掃除しきれていないのが気になったのだろう。
アリサの部屋は勉強机にベット、ローテーブルを置くとあまり部屋にスペースがない。これはアリサの部屋だけではなくほかの部屋も同様だ。もともと平民向けの住宅で貴族のことを考えていないため、そこまで広い部屋はないからだ。貧乏貴族で荷物が少ないから選択肢に入っただけで、一般的な貴族では荷物が入りきらないので無理だった。
アリサがローテーブルの上に音を立てないでカップを置いてお茶を注ぐケリーを眺めていたら、テーブルの上に置いてあった本が邪魔だと思い手に取った。貴族学校で使用する魔術の本だ。
アリサは魔術が好きだ。下級貴族なので魔力は多くない。上級貴族のように豊富な魔力がないと魔術を唱えたり、多岐にわたる魔術具に魔力を込める事が出来ないので仕事の選択肢が少ない。だからこそ下級貴族は文官ばかりで、読み書きが可能な平民でも出きるような書類作業が主な仕事になる。
部屋で過ごす事の好きなアリサの趣味は読書と裁縫で、高価な本はめったに買ってもらえない。友達や学校の図書室で借りた本を読んでいる。本の中でも魔術は自分では魔力不足で唱えれなくても、空想するのが楽しいので新しい知識を欲している。
何か視線を感じて嫌な気がしたアリサは、持っていたカップをテーブルの上に置いた。
ドンッ――!
壁を叩く大きな音が聞こえた。怖くなったアリサはケリーの側に近寄る。
「お、お隣でございますかね? 何かあったのでしょうか」
普段狼狽える事がないケリーも動揺している。
「それは無いわ。だってお隣は空き部屋と聞いてますもの」
商業ギルドの人が母親に説明している時にアリサも聞いていたので知っていた。最上階を拒んだ母親に住民の騒音を気にしたギルドが、空き部屋と隣接した部屋を提示してきた時に一緒にいたからだ。
「お隣ではなく上の階の間違いでしたかね」
「それも違うわ。上の階も空き部屋だと聞いています」
二人して天井を見上げたが、何も起こらない。困惑したケリーが尋ねた。
「お嬢様、先ほどの音はどこからしたのでしょうか?」
「それは……わたくしにも分かりません。それよりもリビングに行きましょう」
ケリーにティーセットを片付けてもらい、足早にリビングに移動した。
リビングに着くと、仕事から帰ってきたデュークとミレイアが談笑していた。アリサの姿に気づいたミレイアが声を掛ける。
「アリサどうしたの? 不安そうな顔して。お父様が帰ったのだから挨拶をしなさい」
ミレイアに指摘されて挨拶しようと思ったら、先にデュークから声を掛けられた。
「ただいま。ミレイア」
「おかえりなさい、お父さま」
父親とハグをすると、心が落ち着いてきた。疲れている顔した父親に言うことを躊躇ったが、それよりも恐怖のが強く、話すことにした。
「お父さま、お母さま聞いてください。この家は変です。先程もわたくしの部屋で大きな音が聞こえてきました。わたくしは怖くて仕方ありません」
涙を浮かべている娘の必死な言葉にデュークとミレイアは顔を見合わせ、困惑顔を浮かべた。
「子供はたまに幻聴が聞こえたり、不思議な物が見える時があります。知らない土地に来たので心が疲れていたからでしょう」
ミレイアは気のせいだと言ったが、アリサはすぐに反論する。
「お母さま違います。私だけではありません。ケリーも一緒に聞きました。ねえ、そうでしょ? ケリー?」
みんなの視線がケリーに集まる。
「はい。お嬢様の仰る通り、私も聞きました」
少し考えていたデュークはアリサの頭を撫でながら声を掛けた。
「もしかすると野良猫が入りこんだかもしれないね。そういう話を聞いたことがある。まったく可愛いアリサを怖がらせるなんて困った猫だ。明日商業ギルドに確認するように言っておくよ。よくある話だからアリサも必要以上に怖がらない方がいいよ。さて、そろそろ夕食にしたい。ケリー頼む」
「分かりました。旦那様」
その日の夕食は引っ越し祝いでいつもより豪華だった。使用人が1人なのでケリーも一緒に食べる。貴族としては稀有な行いだが、この家族は誰も気にしない。みんながご馳走に舌鼓を打つなかアリサは食が進まなかった。自身が体験した怪奇現象に怯えていたから。
夕食後お風呂に入ったアリサは自室に戻らずにリビングに滞在していた。娘を心配する両親も就寝時間までは、たわいのない会話で一緒に過ごした。
出来ることなら今夜は一緒に寝たいと思っていたアリサだったが、両親の寝室のベットでは三人並ぶには手狭とミレイアに言われ、しぶしぶ自室に戻るのだった。
眠たくなるまで気分を落ち着かせるために、部屋で読書をしていたアリサは視線を感じた。
ドンッ、ドンッ――!
連続して壁を叩く音が聞こえる。
「キャッ――!」
(こ、怖い……。気のせいで無ければ、空き部屋になっているお隣と上の部屋から聞こえたわ。どうしてなの?)
怖くなったアリサは布団を頭まで覆うように被り、早く朝になって欲しいと願った。
(朝になったらお父さま、お母さまにお願いして、前の家に戻るように説得しよう。うん、それがいいわ)
ギュッと目を瞑り息を潜めるようにしながら、早く夢の世界にいきたいと切実に思っていた。




