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体調が回復したアリサは騎士団から要請させた騎士から自宅で事情聴取を受けることになっていた。当初は騎士団の詰め所まで来て欲しいとお願いされたが、アリサはまだ子供だから、質問によってパニックを引き起こしても対処しやすい自宅にしてもらったのだ。
自宅に駆け付けた騎士はアリサと一緒の下級貴族で名前はラリックと自己紹介してきた。リビングに招き入れ、ソファーに対面で座ると、ラリックはアリサに質問を始めた。
「亡くなっていた故人と面識ありますか?」
ラリックの問いに一瞬、この前フィラーと遊んだ時に見た黒いローブの男が浮かんだ。
その一瞬をラリックは見逃さなかった。
「ゆっくりでいいので答えてください。面識ありますか?」
「……なんと答えていいのか分かりませんが、この間、フィラーちゃんという女の子と遊んでいた時に見た、黒いローブを着た男の人に似てると思いました。一瞬見ただけなので、確かかどうか分かりませんけど……」
アリサはそのまま俯いて、フィラーの言ってたおじさんの事は黙っていた。確信が無かったので、曖昧な事を言うのは躊躇われたからだ。気づけば体が震えていた。抑えるように両手で自分の身体をさすった。
アリサと違ってラリックの表情は明るくなっていた。アリサの様子に気づかずに口を開いた。
「ホントですか! 実はですね、少し前に黒いローブを着た血の気がない男性が現れたと通報されたんですよ。似顔絵があるので、見て頂いてもよろしいですか?」
「……はい」
本音としては確認するのが怖かったのだが、見ないと言えなかった。
ラリックは通信の魔術具で誰かに連絡すると、直ぐに呼び鈴が鳴った。ケリーが応対すると、新たな騎士が羊皮紙を手に持ちリビングにやってきた。テーブルの上に、アリサが確認しやすい位置で羊皮紙を置いてくれた。
「ではお嬢さん。この似顔絵を見てください。お嬢さんが見たというローブの男に似ていますか?」
「は、はい。この人で間違いありません」
アリサが見た男と通報されたローブの男は同一人物だった。
アリサの回答にラリックは興奮していた。彼の隣に立っていた騎士は腕を組んで片手を顎に当てながら静観している。
アリサはどうしても聞いておきたいことを自分からラリックに質問した。
「ミイラのご遺体ですが、お名前とか分かりました?」
「いいえ、今は専門家の人に調べてもらっています。分かったら知りたいですか?」
アリサは迷ったが「はい」と答えた。これ以上関わりたくなかったが、ミイラの遺体が誰なのか気になっていたから。
ついでとばかりにもう一つ質問した。
「例の部屋はいったい何だったのでしょうか?」
「空間魔術が使われていたことは分かりましたが、それ以上のことはまだ分かっていません」
「……そうですか」
予想通りの答えにがっかりした。あれから日が経っているから進展あったと思っていたのに。
ラリックは手のひらサイズの羊皮紙に何か書き込むと顔を上げた。
「今日のところはこれで結構です。ご協力感謝します。もしかすると、また話を伺う事になるかもしれません」と言い残し、もう一人の騎士と一緒に騎士団の詰め所に向かっていく。アリサは階段口の前に止めてある馬車までラリック達を見送った。
アリサはその場で考えを巡らせた。
あのミイラの正体が浮かんできそうだったけど、靄が掛かっているようで、はっきりしない。それにあの部屋はいったい何なのだろう。ミイラは祭壇の前に座っていたし、壁には羊皮紙がいっぱい貼ってあった。何かしていたと思うけど何もひらめかない。
疑問を解決できまま重い気持ちで自宅に戻ろうとすると、野次馬の群れの中にフィラーの姿があった。
フィラーはアリサに向けて無邪気に手を振っている。
アリサは、無理やり笑顔を作って、フィラーに手をあげて応えた。
アリサはフィラーと会話した内容を思い出した。
・魔方陣を掻ける
・教えてくれたのはおじさん
・おじさんの家には入ったことがない
・フィラーの指差した先が、304号室であったことを
アリサはそれ以上考えるのを止めた。
ミイラに触れた骨の感触と、冷たさがまだ手に残り、息が苦しくなって動悸がしてきた。考えるのを止めようとしても、祭壇に向かって座っている黒いローブの姿と、腐った食べ物の異臭の記憶とともに蘇ってくる。
フィラーはまだ幼い。集合住宅に住んでる別のおじさんと記憶が混同していただけかもしれない。
そもそも指差した方向が間違っていたのかもしれない。
きっとそうに違いないわ。
アリサは繰り返し自分にそう言い聞かせて、解せない事柄を増やさずに済むように努めた。
その夜、アリサはベッドの中でなかなか眠りにつけずにいた。時刻を確認すると深夜1時を回ってた。家族のみんなは就寝している筈で、物音ひとつ聞こえない。
ミイラのいた部屋の匂いが鼻の奥にいつまでもこびりつき、アリサから離れてくれない。
その匂いの記憶は、否応なしにミイラの顔を思い出させる。
ベッドに横たわり、目を閉じても、そのことだけが脳裏を駆け巡っている。
我慢できなくなったアリサは、大きく長い溜息を吐きだしながらベッドから起き上がった。
机に座り、備え付けのランタンを点け、大好きな魔術の本を一冊手に取る。パラパラとめくるけど、ぜんぜん頭に入ってこない。
お茶でも飲んでこようと椅子から降りようとした時に異変が起きた。
ドン! ドン! ドン!
アリサは音を聞いた瞬間固まってしまったが、ゆっくりと音のする壁に目を向けた。
ドン! ドン! ドン! …………ドン! ドン! ドン!
アリサを悩ませる音が今夜も聞こえてきた。
「ちょっと噓でしょ。だ、だって騎士団が調査しましたし。……だって……どうして?」
アリサは全身から血の気が引き、息苦しくなって手で胸を押さえた。
震える足でふらつきながら、両親の部屋に行きドアをノックしながら「お父さま、お母さま。開けてくださいませ!」と叫んだが、起きてこなかった。鍵が掛かっていて部屋には入れない。
諦めてケリーの部屋に行き、さっきと同じように「ケリー! ケリー! アリサよ、開けてっ!」と呼びかけるが返事は返ってこなかった。
アリサはリビングのソファーに倒れ込み、目をぎゅうっと瞑り、手で耳を押さえているのに、音が聞こえてくる。
人の気配を感じたので、顔だけ横に向けてそっと目を開けると、黒いローブの男が立っていた。血走った目でアリサを見ていた。
衝撃が強すぎたのか、アリサは叫び声も上げず、そのまま眠るように気を失った。




