聖女の罠と偽装カップルの機転
シムレルとミールにはその後、遠征の詳細が届けられた。
出発は一週間後。
行き先は西の国境沿いで、何もなければ二週間で到着するらしい。
鍋や大きな調理器具は運搬専門の人員がいるため持参不要。
小麦などの重い食材は、途中の街で調達していくとのことだった。
(ふむふむ……全然想像つかないけど、やるっきゃないわね。
お父さんとお母さんにも相談しよう)
ミールが今回の話を両親に伝えた時、二人はひどく驚き、
「危険だからやめなさい」と強く反対した。
しかしミールは、仲良くなったパネラを悲しませたくないこと、
そして殿下をシムレルと共に支えたいことを切々と伝え、
なんとか渋々ながら遠征の了承をもらったのだった。
パネラもミールとシムレルが遠征に行くと聞き、一目散にパン屋へ駆け込んできた。
「殿下に加えて……ミールまで旅立ってしまうなんて……!」
おいおい泣き出したパネラに、ミールはあたふたと慰めるのに必死だった。
「お、お土産買ってきますから!」
「遠征に行くのよ! しかも、わたくしもう幼子じゃないわ。
皆が無事に帰ってきてくれれば、それでいいのよ!」
「……そうですよね……アハハ。
私とシムレルは後方にいるので安全だと思います。
殿下のことは戦いの場ではお守りできませんが、
普段の食事で美味しいものをどんどん食べてもらって、
パワー全開で動けるようにサポートしますから!」
パネラはぎゅっとミールを抱きしめた。
「どうか……無事で……」
「地元の美味しいパンがあったら、参考に食べてきますね」
「……もう! ミールったら!」
涙目ながら微笑むパネラに、ミールも
「やっぱり美少女は笑顔が一番」
と微笑み返した。
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旅立ちの日は快晴だった。
ミールはパンをこねるための板や、よく使う香草を何種類も鞄に詰め込み、集合場所へ向かった。
シムレルは小鍋やまな板、そして大事にしているお玉まで持って、すでに到着していた。
「おはよう、シムレル! 小鍋とか重くない?」
「おはよう。一週間前から背負って試したんだ。大丈夫そうだよ」
「あ、殿下は馬に乗られるんだね」
遠くに、キラキラと銀髪を揺らしながら馬に乗るユシリスの姿が見えた。
その視線をたどっていくと、パネラにいきついた。
パネラはユシリスと視線を絡めた後、ミールとシムレルのほうを見頷いた。
(パネラ様、私たちが殿下を悪の手(?)からお守りしますので!)
シムレルが小声で耳打ちする。
「聖女さまは、あそこの馬車に乗るらしい」
「なるほど……なんかゴテゴテした馬車だし、周りにイケメン護衛が大量にいるね……」
「一体どういうお人なのやら……」
二人がコソコソ話していると、ラッパの音が高らかに鳴り響いた。
ついに出発の時間となったのだ。
(どうか無事に遠征が終わりますように!!)
ミールとシムレルは同時にそう願った。
ゾロゾロと長い隊列が動き出した。
一日目は王都寄りの比較的大きな街まで進む行程で、
上位の者たちは街の宿泊所へ、それ以外は周囲で野営となった。
ミールとシムレルは歩兵たちの食事を一段落させると、
ユシリスに言われていた通り、側に侍るため宿泊所を訪れた。
夕食は残念ながらユシリスの願い叶わず、
各将と聖女アユナを交えた会食となった。
年嵩の将軍が口を開く。
「今回は聖女様が同行してくださるのですから、
電光石火の勢いでドラゴンを追い払えましょう!」
「その通りです。聖女様が近くにいらっしゃるだけで、力がみなぎるようです」
「まあ皆さん、おだてすぎですわ」
将軍たちは一様に聖女へ媚びるような態度を見せたが、
ユシリスは無表情のまま黙々と食事を進めていた。
その時、聖女アユナはおもむろに立ち上がり、
侍女からワインの瓶を受け取ると、しずしずとユシリスへ近づいた。
「殿下、お疲れでしょう。こちら、私がお持ちしたワインです。
美味しいのでぜひ」
「聖女様がラノッテ伯爵から頂いたそうです。
あそこは葡萄の産地ですから」
アユナを見つめながら頬を染めた側近が説明を添える。
ユシリスはワインをちらりと見た後、シムレルへ視線を送った。
シムレルは持っていたハーブウォーターの瓶を手に、
アユナとは反対側のユシリスの隣へ進み出る。
「殿下、僭越ながら……お疲れのご様子。
悪酔いの可能性もありますので、気分をリフレッシュできる
ハーブウォーターをお持ちしました」
「……そうだな。出発ということで緊張していたようだ。
聖女アユナ、そのワインは勝利の暁に頂くとしよう。
そのほうが皆も心置きなく、樽を空にするほど飲めるだろうからな」
ユシリスの言葉に場が大いに沸き、
「そのためにも早く帰還できるようにしましょう!」
と声が揃った。
アユナは笑顔を浮かべたが、その表情がわずかに引きつっていることに、
ミールとシムレル、そしてユシリスだけが気づいていた。
夕食後、ユシリスは宿泊所の自室へ戻った。
シャツのボタンをいくつか外し、ソファへどかりと座る。
「やれやれ……一日目から仕掛けてきたな。
目が恐ろしかったぞ。シムレル、準備が良かったな」
「いえいえ、お役に立ててよかったですよ」
「私なんて唐辛子の粉持ってますから!
物理的に襲われたら投げてやろうと思って」
((唐辛子……))
ユシリスとシムレルは思わず吹き出した。
「私の側近も怪しいな。何人か聖女に見とれていたし……」
ユシリスはやれやれとため息をつく。
「まあ、まだ始まったばかりですよ。
僕たちもフォローしますんで、パネラ様のためにも頑張りましょう」
「そうだ! パネラに手紙を書いて気分を変えよう。
そうだ、それがいい」
ユシリスはいそいそと便箋を取り出し、ペンを握った。
ミールとシムレルは、ユシリスが元気を取り戻したのを確認して退出した。
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次の日は街を出発し、夕食は野営となった。
昼食を作るため、ミールとシムレル、そして二人の両親くらいの年代の男が輪になって芋の皮を剥いていた。
「二人ともいい腕してるなぁ」
「僕たち、スープ屋とパン屋の子供なんで。小さい頃から慣れてますから」
シムレルが人好きのする笑顔で答える。
「スープ屋とパン屋なんて、いい組み合わせだな!」
「でも聖女様も召し上がりますし、緊張で力んじゃいますね」
ミールが照れたふりをして話しかける。
「ああ、聖女様ね……」
男は聖女の名が出ると、微妙な反応を返した。
ミールはすかさず質問する。
「聖女様がどうかされたんですか?」
「いや、本当かどうかわからないけどな。
以前は庶民にもよくしてくれていて、大事故があった時なんて、現場まで駆けつけて治療してくれたんだ。
俺なんかも遠くからだけど、お顔を見たよ。
だけど最近はお貴族さまの治療ばかりで、俺たちみたいな庶民には見向きもしなくなっちまった……」
「え……そうなんですか? それはショックですね」
「まあ、上には上の考えがあるんだろうさ」
ミールとシムレルは目を合わせ、
(やっぱり聖女はあやしい……)
と心の中で同時に呟いた。
シムレルは剥いた芋を蒸して潰し、ポタージュを作る。
チーズを少し入れて味を濃くし、お気に入りのお玉でグルグルと混ぜ、焦げつかないように丁寧に仕上げた。
一方ミールは、香草を練り込んだ平焼きパンを作っていた。
発酵なしで焼けるパンを店で練習しておいたのだ。
大きな鉄板で次々と焼いていく。
スープとパンが完成し、まずユシリスのもとへ運ばれた。
側近の一人がポタージュと平焼きパン、果物を配膳する。
ミールとシムレルは前日同様、給仕として部屋の隅に立っていた。
「お、今日は二人が作ってくれたんだな。香りでわかる」
((香りでわかるんかい))
ミールとシムレルは笑いそうになりながら心の中でツッコミを入れた。
「王城の開放日に出されたスープとパンが好評だったと聞きましたが、この二人が作ったのですね。
私もぜひ行きたかったのですが、奉仕活動が終わらず残念でしたわ」
アユナが悲しそうに微笑むと、周囲の者たちは
「そんな日まで奉仕活動とは素晴らしい」
「来年がありますとも」
と口々に慰めた。
その時ふと、ミールは嗅ぎ慣れない匂いに気づいた。
自分が入れた香草は把握している。
今日はピリッとした大人の味にしたはずなのに、甘い香りがしたのだ。
ユシリスはもう食べようと皿に手を伸ばしていたが、
ミールが「あっ!!」と声を上げたので、その手がピタッと止まった。
「あー、今ユシリス様のパンに小さな虫がー。
私、とても目が良いんですー」
棒読みだったが、ミールは目を見開き、
なんとか異常をシムレルとユシリスに伝えようとしていた。
「さすがミール! 細かいことに気づくな。
すみません殿下、楽しみにされていたところ申し訳ありませんが、お取り替えいたします」
「うむ、よく気づいてくれたな」
シムレルはパンの皿を下げ、ミールが安全なパンをサーブした。
「やはり二人の料理は最高だな」
「……本当に」
アユナはギリッと奥歯を噛みしめた。
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