殿下お守り偽装カップルで聖女に対抗だ!
ミールとシムレルが一緒に登城する日になった。
非公式の呼び出しとはいえ、王城開放日に着ていた一張羅を身につける。
王城全体がどこか浮き足立っており、シムレルが到着するまでの間、ミールはソワソワと落ち着かない様子だった。
「呼び出したのに待たせて悪かったな」
ユシリスは、この前パネラが来た時と同じように顔色が悪かった。
「単刀直入に言う。
君たち二人に――結婚を前提とした付き合いをしている“偽装カップル”を演じてほしい」
「え……それはどういう……」
ミールとシムレルは予想外すぎる言葉に固まった。
「実は今度、ドラゴン退治のために遠征があるんだ」
「噂で聞いてますが、それと僕たちが何の関係が?」
「私は王族の一人として旗頭となる。
一ヶ月以上、王城を離れなければならない」
「それは……ご苦労様です。民の一人として感謝申し上げます」
「うむ……で、その遠征に“噂の聖女”が同行するのだ」
「……それで……?」
ユシリスは拳をぎゅっと握りしめた。
「私は……私は、パネラに誤解されるようなことは断じてしたくない!!!」
(まあ、そうでしょうね……)
ミールはうんうんと頷いた。
両片想いを経て、今はラブラブ期真っ只中。
もし遠征中に“ユシリスと聖女がフォーリンラブ”などと噂が立てば、パネラがどう感じるか想像するだけで胸が痛む。
「なので二人には、私の食事を支える者としてできるだけ行動を共にしてほしい。
“結婚を約束した二人”と私が一緒にいても、特に変な噂は立たないだろう。
もちろん戦場では後方にいてもらう」
「「はあ……」」
ミールとシムレルは顔を見合わせた。
「側近の方にずっと一緒にいてもらったらいかがですか?」
「あいつらは危ない。聖女に篭絡される可能性がある」
(だからと言って私たちでいいのかしら……)
ミールとシムレルは、面倒なことになったという感情を隠しもせず眉間に皺を寄せた。
「幸い、君たちの料理の腕は皆に知れ渡っている。
調理部隊に臨時で入ってもらって、助けてほしい。
どうか私を……助けてほしい」
「パネラ様からも聖女のことを伺いましたが、そんなに力を持った方なんですか?」
「うむ……以前は行事の時に会うと薄気味悪いと感じるだけだったが、
休養明けからは明らかに周囲の人間がおかしくなっている。
特に上位貴族たちの傾倒が甚だしい。
今回の遠征も“聖女が心配だ”という建前で、各貴族が私兵を出すと言っている。
神殿は聖女経由の献金が倍増して、踊らんばかりのはしゃぎようだがな」
ユシリスは気に食わなさそうに鼻を鳴らした。
(なにそれこわい……)
ミールはパネラから話を聞いた時と同じ感想を抱いた。
「私は殿下ももちろん心配ですが……
パネラ様がまた以前のように勘違いなさるかもと考えると胸が痛みます。
どうなるかかなり心配ですが、お連れください」
「……僕も何ができるかわかりませんが、乗りかかった船ですんで。
ユシリス様とパネラ様のために一肌脱ぎますよ」
「二人ともありがとう!!」
ユシリスがほっと息をついたところで、側近が次の予定を案内に来た。
「すまない、もう行かねばならない。
詳細については人を遣わすので準備を頼む」
「「承知いたしました」」
二人が頭を下げると、ユシリスはすぐに退出した。
ミールとシムレルは王城をあとにし、帰路についた。
「それにしても……シムレルには彼女さんとかいなかった?
偽装カップルなんて言ったら、傷つく人がいるのでは……」
「いや、彼女なんかいないし。
毎日スープかき回してるから、そんな時間ないよ。
ミールこそ大丈夫なのか?」
「私だって毎日パン焼いて店番して、
次の日のために早めに寝ちゃうし……彼氏なんてつくる時間ないなあ」
「似た者同士だな」
シムレルはミールに向かってにやりと笑った。
それを見て、ミールもなんだか嬉しくなって微笑み返した。
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聖女の名前はアユナといった。
黒髪はまっすぐ腰まで伸び、つやつやと輝いている。
王城近くの中央神殿――その祭壇で祈っていたアユナは、静かに目を開けた。
髪と同じ黒の瞳が、ギラギラと光を宿している。
(ついにここまで来たわ……)
アユナがこの中央神殿に来たのは、実は最近のことだった。
前聖女――同じ名を持つ“アユナ”が、急に聖力を失い、亡くなった。
その凶事に、高位神官たちは色を失い、慌てふためいた。
なんとか事実を隠蔽し、
「前聖女とそっくりの人材を見つけなければならない」
と焦りに焦った結果――選抜されたのが、今のアユナだった。
アユナは孤児だった。
何も突出したところのない、ただの子供。
だがある日突然、さまざまな物に“黒い光”が見えるようになった。
最初は怯えた。
しかし慣れてくると、その黒い光が
人間や動物の怪我や病気を示していることに気づいた。
そして――
自分がその黒い光に手を添えるだけで、癒せることにも。
(わたしは一体……?)
その力はすぐに孤児院長の知るところとなり、
村の神官へ、都市の神殿へ、上級神殿へと伝わっていった。
アユナはみるみるうちに“聖女”として祀り上げられた。
そして前聖女アユナが亡くなったことで、
身代わりとして、ついには首都の中央神殿へ――。
(ここまで来たのだから……絶対に最高位を手に入れてみせる!!)
聖女アユナの瞳には、欲望の炎がたぎっていた。
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