いざ、王城でパンとスープのハーモニー
(パネラさまにワンピースをプレゼントされてしまった!)
待ちに待った王城開放日の今日。
ミールは配達と設営を手伝ったらすぐ店に戻るつもりだった。
……だったのだが、まさかのまさか。
パネラが外行きのワンピースをプレゼントしてくれて、
「ぜひ当日楽しんでね」
と微笑んでくれたのである。
(これでクズ……じゃなかった、パネラさまの婚約者の顔も拝めるかもしれないしね。
パンへの反応も気になるし)
ミールは気合十分で当日を迎えた。
そして気合十分なのはミールだけでなく、パネラ、ユシリス、シムレルも同じだった。
ミールは開場前にパンの準備があったため、早めに現地入りした。
王城の庭は満開の花で彩られ、目玉の生垣の迷路もツヤツヤと手入れされている。
庭園の中心にある噴水の近くが休憩スペースだ。
ミールが両親とパンを運び込み、休憩スペースへ向かうと、何やらいい匂いが漂ってきた。
(トマト……?なんの香りだろう?)
近づくと、パンを置く予定のテーブルの横で、大鍋をぐるぐる混ぜている青年がいた。
青みがかった黒髪の青年は、真剣な表情で鍋の中を覗き込んでいる。
ミールはパンの籠をテーブルに置き、その青年――シムレルに声をかけた。
「こんにちは。パン屋のミールです。スープを出されるんですか?」
シムレルは顔を上げ、お玉を鍋から引き上げた。
「こんにちは。スープ屋のシムレルです。そうです。あなたはパンを?」
「ええ」
「……パネラ様の好きなパンって、あなたのところのなんですか?」
「え!パネラ様をご存じで?」
「実は僕、あの婚約者さまからスープを出すよう頼まれたんです」
(な、なんと?!)
ミールは驚いて目を丸くした。
「パネラ様は今日、婚約者さまとゆっくり話したいとおっしゃってました。
それで、パンを色々出されるようにと」
「手紙が届いて、すんごーく喜んでおられましたよ。
パネラ様が好きなパンに合うスープを用意するのも、話を弾ませたいからみたいですし」
「それは!では婚約者さまはパネラ様を嫌っているわけではないのですね?!」
「……嫌われてると思われてるんですか?
それを聞いたら、土にのめり込んで今までの所業を後悔するくらいには、パネラ様のことを好きですよ」
(それは一体どういう……?!)
「それなら安心しました!今日、お互いの誤解が解けますね!」
「……そう願います」
「ところで、ちょっとスープを味見させていただいても?」
「あ、なら僕もスープに合うパンを試食したいです」
「ぜひぜひ。実はチーズを練り込んだパンがあるんです。絶対合います」
シムレルが容器にスープをよそってくれたので、
ミールはその中にチーズ入りの一口パンを二つ入れた。
ちょうどいい具合にスープがパンへ染み込んでいく。
トマトの赤とパンの香りが、食欲を刺激した。
「「いただきます」」
二人同時に口へ運ぶ。
「「!!」」
((お、美味しい……!! 合う!!))
ミールはゆっくり嚥下すると、興奮気味に感想を述べた。
「パンにジュワッて染みてるトマトスープ、最高ですね!」
「本当に!チーズの味が噛んでるうちに出てきて美味しい」
二人は思わずもう一杯おかわりしてしまった。
ミールはのんびりとした調子で、
「早くお二人に召し上がってほしいなー」
と口にしたが、シムレルは「そうですね……」と答えつつ、どこか不安げだった。
(ユシリス様はちゃんと話せるんだろうか……)
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ミールとシムレルが準備を終える頃、観覧者が入場したとの声が広まった。
(パネラ様はいつ頃いらっしゃるのかしら。きっと今日はいつもよりおめかししてるわよね。美しさの限界突破……)
噴水近くを訪れた観覧者は、食べ物が用意されているとは思っていなかったようで、パンもスープも大盛況だった。
ミールもシムレルも追加を出したり、説明したりとせわしなく動いていた。
その時、遠くからざわめきが近づいてきた。
(あ、来られたかな?……!!)
確かにそこにパネラがいた。
いつも艶めく金髪はさらに輝きを増し、レースをふんだんに使ったデイドレスが可憐に揺れている。
腰はきゅっと絞られ、スカートはふんわり広がり、まさに絵画のようだ。
しかし、その腕は――
隣の婚約者の肘に、ほんの少しだけちょこんとかけられているだけで、なるべく距離を取ろうとしているのが丸わかりだった。
しかも、その隣の婚約者は「不本意だ」とでも言いたげな顔で周囲を睨み、まるでパネラをないがしろにしているように見える。
(っていうか婚約者さんって殿下では?!
姿見で見たことあるんですけど?!!!)
(し、しかも王子の婚約者といえば、仲が悪くて有名な侯爵令嬢って……え……)
シムレルの「やっと来られたか」という声に、ミールは慌てて駆け寄った。
「シムレルさん!!!殿下です!!!パネラ様は侯爵令嬢??!!」
「あれ?知らなかったの?パネラ様と仲良さそうだから知ってるかと」
(あわわわ、パネラ様も言い出しにくかったのかな……)
しかし、その間も二人の距離はまったく縮まらない。
パネラが意を決してそっと肘に両手を添えると、
ユシリスはビクッと肩を震わせ、睨むような顔で距離を取ろうとするのがありありとわかった。
(え……?殿下やっぱりクz……)
周囲の観覧者たちもひそひそと囁き合っている。
「噂は本当だったのね……」
「見て、あの距離。殿下の不機嫌そうなお顔といったら」
パネラはその声が聞こえたのか、
顔色がどんどん悪くなっていった。
ミールはその姿に胸を締め付けられた。
「……盛況か?」
ユシリスが声をかける。
ミールとシムレルはかしこまって、二人同時に「はい」と答えた。
「ミール、素敵なパンをありがとう。どれも美味しそうだわ」
「もったいないお言葉です。パネラ様が準備を一緒にしてくださったおかげです」
「パネラが準備を……?」
ユシリスが思わずパネラを見ると、パネラは萎縮したように縮こまった。
「パンの感想を伝えていただけですわ」
「そんなことありません!ここにあるパン、殿下が好まれるものがほとんどなんです。
パネラ様は殿下に喜んでほしいと頑張られていたんです」
「パネラ……」
今度はパネラの顔がぱっと色づき、
「……大げさに言っているだけです」
とさらに視線を落とした。
「私も……私も……そなたと……スープを……」
「こほん。スープ屋のシムレルですが、殿下もパネラ様と幼き頃に食べたトマトスープが忘れられず、
パネラ様が今も好んで召し上がると聞いて、僕に作るよう命じられたのです」
「え……?殿下が、わたくしのために……?」
パネラの視線がようやく上がり、ユシリスとぱちりと目が合った。
ユシリスは湧き上がる羞恥と興奮を、なんとか理性で押さえつけている。
((殿下、正念場です!!))
ミールとシムレルの心の声が重なる。
「……パネラ。今まで言葉少なで誤解を与えてしまい申し訳なかった。
どうしても美しく成長したパネラを前にすると言葉が続かず、
そんな自分が不甲斐なく、会いに行けないという悪循環に陥っていたのだ。
……どうか許してくれ」
「ユシリス様……そうだったのですね。わたくし、嫌われたかと思っていて……」
「そんなことは断じてない!
パネラのことを、嫌いだなんて、そんなことは絶対に、天地がひっくり返ってもあり得ない!」
急に大きな声を出したユシリスに驚いたパネラは、
次の瞬間にはクスクス笑ってユシリスの肘に体を寄せた。
「そんなふうに思っていただいてたなんて。今度からちゃんと教えてくださいね」
その姿があまりにも愛らしく、ユシリスは「全て伝える。全て」と大きく頷いた。
シムレルはそれを見て、
(全て伝えるのはまずいのでは……?)
と心の中でツッコミを入れた。
そしてこの日を境に、ミールとシムレルの生活は更に大きく動き始めることになる――。




